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三宅さんの横顔と、魔法を使わない僕の喉

神様を論破した翌日。

 僕を待っていたのは、輝かしい栄光でも、溢れ出す才能でもありませんでした。

 ただの、ひどくお腹が空く「日常」です。

 十億円を断ったことで、僕の財布は相変わらず小銭が数枚。

 魔法のチョコを断ったことで、僕と「三宅さん」の間には、相変わらず冷たくて高い壁がそびえ立っています。

 効率を求め、結果を欲しがる世の中から見れば、僕はただの「愚か者」かもしれません。

 でも、もし僕の手元に魔法があったなら。

 三宅さんのあの完璧主義の裏側にある、震えるような繊細さに気づくことは一生なかったでしょう。

 これは、最強の力を拒絶した僕が、一回の「挨拶」に魂を削り、一回の「予習」に人生を懸ける、ひどく非効率で、最高に贅沢な物語の続きです。

神様を論破した翌日の教室。

 僕の視線の先には、窓際の特等席で教科書をめくる三宅さんの姿があった。

 三宅——。

 学年一の美貌と、模試で常にトップを譲らない明晰な頭脳。その完璧すぎる立ち振る舞いは、周囲に「自分たちとは住む世界が違う」という透明な壁を感じさせていた。誰に対しても等しく冷淡で、必要以上の言葉を交わさない。それが彼女のパブリックイメージだった。

 だが、僕は知っている。

 以前、忘れ物をしたクラスメイトの机に、彼女が名前も告げずにそっとノートを置いていったところを。彼女の冷たさは拒絶ではなく、完璧であろうとするがゆえの「不器用な距離感」なのだ。

(神様、見てるか)

 僕は心の中で、空のどこかにいるはずの退屈な存在に語りかける。

(もしあのチョコを使えば、彼女は今すぐ僕の元へ駆け寄って、その仮面を脱ぎ捨てるだろう。でも、それは彼女の『意志』じゃない。僕が欲しいのは、彼女が自分の心で、僕を選んでくれる瞬間なんだ)

 昼休み。僕は勇気を振り絞り、彼女の席へと向かった。

 心臓が肋骨を突き破りそうなほど激しく脈打つ。十億円を断る時より、今のほうがよっぽど恐ろしい。

「……三宅さん」

 彼女がゆっくりと顔を上げた。冷ややかな氷の刃のような視線。普通の生徒ならここで言葉を飲み込むだろう。

「何?」

 短く、そっけない拒絶。

 けれど、僕は逃げなかった。

「次の英語の予習なんだけど、三宅さんの解釈を聞きたくて。……あ、忙しかったら後でいいんだけど」

 三宅さんは一瞬、驚いたように目を見開いた。彼女の完璧な計算式に、僕という「異物」が入り込んだ瞬間だった。

 彼女は周囲を一度気にすると、ほんの少しだけ声を潜めて言った。

「……五ページ目の関係代名詞のところ? あそこなら、構文が複雑だから……」

 語られたのは、いつもの冷たい拒絶ではなかった。むしろ、教えたくてたまらない自分を必死に抑え込んでいるような、熱を持った丁寧な解説。

 彼女の指先が、僕の教科書を指し示す。

 魔法の介入を許さない僕の物語。その一ページ目に、小さな、けれど確かな文字が刻まれた気がした。

 放課後、校舎を出ると、あの少年の姿をした神様が街灯の上に座っていた。

「馬鹿だねえ。チョコ一粒で、その三宅さんは君の奴隷になったのに。わざわざ嫌われるかもしれないリスクを負うなんて」

「リスクがあるから、三宅さんの言葉には価値があるんだよ」

 僕は笑って、神様を追い越した。

 財布の中身は相変わらず寂しい。けれど、今日交わした数分間の会話は、神様が提示したどんな財宝よりも、僕を豊かにしてくれていた。

完璧主義で冷たいと思われている三宅さん。でもその内側には、誰よりも繊細で優しい素顔が隠されています。

 もし主人公がチート(チョコ)を使っていたら、その「繊細な素顔」に気づくことさえなかったでしょう。

 相手を自分の都合のいいように変える魔法と、相手の本当の姿を知るために時間をかける努力。

 あなたはどちらに「人間としての価値」を感じますか?

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