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第十七章:心の解像度、あるいは溶けかけの境界線

温度を下げ.....まそんなことは言いません(制作者)

……アイス、溶けちゃうわよ」


 りんが、小さく呟いた。

 図書室の窓から差し込む夕日は、オレンジ色から深い紫へと溶け始めていた。


 「ああ。下げた方がいいな。……この温度も、僕たちの意地も」


 僕がそう言って少し笑うと、凛は「何それ、全然面白くない」と毒づきながら、それでもアイスの最後の一口を名残惜しそうに食べた。


 昨日のような、刺すような冷気はもうない。

 けれど、以前のような無邪気な「共犯関係」に戻ったわけでもない。

 今の僕たちは、薄いガラス一枚を隔てて隣り合っているような、不思議な距離感にいた。


「ねえ、如月きさらぎくん」


「……なに?」


「……追いかけてこなかったこと、やっぱり少しだけ感謝してる。……あの時、もしあなたが私の手を取ってたら、私はたぶん、あなたのことを一生『翠ヶ丘時代に私をチヤホヤした連中』と同じ箱に放り込んでた」


 彼女は空になったアイスのカップを、指先でくるくると回した。


「私はずっと、完璧でいたかったんじゃない。……完璧でいないと、誰にも見てもらえないと思ってたのよ。でも、あなたは……みっともなく逃げ出した私を、そのままにしてくれた。それが、私を『一人の人間』として見てくれてる証拠だって、一晩かけてようやく気づいたわ」


 それは、彼女にとって最大級の告白に等しかった。

 神様のくれた惚れ薬を使えば、こんな回りくどい時間は必要なかっただろう。でも、この「一晩かけて気づく」という不器用なプロセスこそが、僕が欲しかった「自分の力での結末」だ。


「……じゃあ、そろそろ『如月くん』も下げていいか?」


「……。……まだ、検討中」


 彼女は少しだけ口角を上げた。それは、氷が溶けた後に現れる、春の芽吹きのような笑顔だった。


「でも、明日の朝。……もし私の機嫌が良くて、お腹が空いてて、あなたが美味しそうなお菓子を持ってたら。……一回くらいは、検討してあげてもいいわよ」


 彼女はカバンを手に取ると、軽やかな足取りで図書室を出て行った。

 扉が閉まる間際、彼女が僕の方を振り返らずに小さく手を振ったのを、僕は見逃さなかった。

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