表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/19

第十六章:名前のない温度、あるいは溶けかかった氷菓子

放課後の図書室。

 そこは、数日前まで僕たちの「聖域」だった場所だ。


 りんは、いつもの窓際の席に座っていた。

 僕が近づいても、彼女は顔を上げない。ページをめくる指先は冷たく、周囲には「話しかけるな」という鋭い拒絶のオーラが漂っている。


 僕は何も言わず、彼女の正面に座った。

 彼女がビクッと肩を震わせる。けれど、僕は話しかけない。ただカバンから、少しだけ形が崩れたコンビニの限定アイスを取り出した。


 それは、彼女が以前「翠ヶ丘の近くには売ってなかった」と、少しだけ悔しそうに話していた新作のアイスだった。


 コトッ、と。

 机の上に、アイスを置く。


「……何のつもり?」


 凛が、掠れた声で言った。視線は教科書に落ちたまま、けれどその瞳は、確実にアイスのパッケージを捉えている。


「計算ミスだ。……溶ける前に食べないと、もっと計算が狂うぞ」


「……バカ。……そういうこと聞いてるんじゃないわよ」


 凛がようやく顔を上げた。その瞳は少し赤く、完璧な「鉄面の美女」の仮面は、もうボロボロに剥がれ落ちていた。

 

「……どうして、追いかけてこなかったの」


 彼女の問いは、刃のようだった。

 

「追いかけて、無理やり『大丈夫だ』なんて言われたら……私はきっと、あなたのことも嫌いになってた。……あなたの前でだけは、惨めな三宅凛みやけ りんになりたくなかったんだ」


「……」


「でも。……追いかけてこないのも、それはそれで……腹が立ったわよ。私、あそこでずっと、待ってたんだから」


 凛は、乱暴にアイスの袋を破った。

 一口、口に運ぶ。冷たさに眉をひそめながら、彼女は小さく「……甘い」と呟いた。


如月きさらぎくん」


「……何?」


「……ううん。……やっぱり、まだダメ。……もう一回、ちゃんと呼び直せるようになるまで、待ってなさいよ」


 彼女はアイスで冷えた頬を隠すように、そっぽを向いた。

 氷の壁はまだそこにある。けれど、その厚さは、昨日よりもずっと薄くなっていた。

「どちらにしろ」という言葉の裏にある、二人の「譲れないプライド」がぶつかり合ったシーンになりました。

 律の「追いかけない」という判断は、凛にとって「寂しさ」と「救い」の両方だったようです。

 

 名門校出身の彼女にとって、最も守りたいのは「自分の尊厳」。

 それを律が守り抜いたからこそ、彼女は再びアイスを口にすることができました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ