プロローグ 2
彼女はあっという間に化け物を倒した。
漫画やアニメみたいに戦うのかと期待していた分、あっさり終わって少しがっかりした。
彼女の戦う姿を満喫したかった。
きっと、美しかったはずだ。
僕は勝手に妄想しながら彼女が戻ってくるのを待っていたが、なかなか戻っては来なかった。
何をしているのかと目を細めて観察すると、彼女は一人で話していた。
さっきまでの険しい表情から一変して、穏やかで優しい顔つきをしていた。
その表情を見られただけで心が満たされ、彼女が何もないところで話していようがどうでもよくなった。
そのあとも暫く何もないところで話を続けている彼女を観察していると、急に深く頭を下げた。
僕には何も見えなかったが、彼女にはきっと何か見えていたのだろう。
(やっぱり彼女は特別だったんだ)
僕には見えない存在を見ることができ、その存在を倒すことのできる力を持っている。
これは彼女が神に愛されていることを証明している。
その事実を僕だけが今知っていると思うと、優越感でみたされた。
漫画やアニメだったら、この後、彼女と仲良くなって恋愛に発展することもあるだろうが、僕にはそんな未来は訪れないとわかっていた。
そこまで、現実を見れないほど馬鹿ではない。
どうせ、このあと記憶を消されることになるのなら、今だけはこの優越感に浸っていたかった。
「待たせたわね。大丈夫とは思うけど、怪我はしてないよね?」
後ろで座っていただけなので大丈夫です、と僕は恥ずかしくて口が裂けても言えないことを心の中で言いながら、首を縦に振った。
「そう。ならいいわ。じゃあ、悪いけど記憶を消させてもらうわね」
全く悪いと思っていない顔で淡々と言う彼女は学校とは別人だったが、これはこれでいいなと思った。
「あのっ……!」
緊張して声が裏返った。
(うわぁっ!くっそ、恥ずかしい!)
僕は自分の情けない声に、恥ずかしくて顔が真っ赤になっていくのを感じた。
「なに?」
彼女は面倒くさそうに首を傾げなら返事をした。
その些細なしぐさでさえ、洗練されたように美しく目を奪われる。
「その、ですね。記憶は絶対に消さないといけないのですか」
最後の方は声が小さくなり、自分でも聞こえているかわからないほどだった。
「まぁ。消したくないっていうなら、佐藤だっけ、君の意見を尊重してもいいよ」
「ならっ……!」
そうしてください、と続けようとしたが、それより先に彼女の言葉を聞いて言えなくなった。
「その代わり死んでも文句は言わないでね。一度、さっきのようなものを見たら、記憶を消さない限り今後も見ることになるよ。見えるってことは、向こうにも気づかれるってこと。話しかけられたり、ついてくるだけならいい方だけど、憑りつかれて人を殺すことになるかもしれない。一番最悪なのは食われて死ぬことだけど。力を持っているものなら、対処できるけど君は違う。まぁ、それでも記憶を消さないでおきたいというなら、君の意見を尊重するよ。それで、どうする?」
どうするって、聞いているようで実質選択肢は一つしかない。
「消します。すみません」
彼女が怒っているような気がして謝るしかなった。
「そう。じゃあ、今度こそ消すね」
彼女は手を僕の頭に近づけてきた。
頭に手をのせて記憶を消すのか、と推測する。
彼女が僕の頭に触れる。
記憶は消えるが、それと引き換えにいい思いができると喜んだが、手は触れる直前で止まり、光を発した。
(うん。まぁ、そうだよね。そんな気はしてたよ)
僕は光の眩しさで目を瞑った。
それと同時に、意識が遠のいていった。
「ねぇ。大丈夫?」
美しい声が聞こえて、意識が浮上していく。
「あ、はい。大丈夫です」
上手く目が開けられず、地面を見たまま言う。
いつ倒れたんだ?と不思議に思いながら声をかけてくれた人見ると、そこには学園一の美女、天使鳳梨がいた。
「え!?あ、天使さん!?」
驚きのあまり声が裏返る。
「倒れてるから心配したよ。大丈夫?」
心配そうに僕の顔を覗き込んでくる、天使がいる。
幸せすぎて今死んでもいいと僕は本気で思った。
「え、はい!大丈夫です!元気です!」
「そう?ならいいけど。なんで倒れたか覚えてる?」
彼女にそう言われて思い出そうとするが、記憶がすっぽり抜け落ちたみたいに何も思い出せなかった。
「まぁ、あとは帰るだけだし。家に着いたらゆっくり休んだほうがいいよ」
「そうします」
(倒れたところを見られたのは恥ずかしいいけど、そのおかげで天使に心配して貰えたなんて役得過ぎる)
今日はなんていい日なんだ、と僕は感動した。
「じゃあ。お大事にね。佐藤君」
「はい。大事にします」
僕は天使の笑顔に見送られながら別れた。
もう少し一緒にいたかったが、僕には彼女を引き留める方法がなく泣く泣く別れるしかなかったのだ。
「なーにが、大丈夫?だよ。お前が記憶を消したから倒れただけなのに、あんなに顔を赤らめて感謝するなんて、あいつも馬鹿だな」
男は宙に浮きながら悪態をつく。
「それ以上、馬鹿なこと言うなら、あんたの順番を一番最後にするわよ」
「なっ!それは、ないだろ!」
男は顔面蒼白になる。
前にやらかして、順番を一番最後に回されたのだ。
ようやく順番が回ってきたというのに、それだけは勘弁してもらいたかった。
「なら、黙って」
「はい」
「それで、あんたの未練の場所はどこだっけ?」
今からそこに向かおうと思い尋ねるが「周南市だ」と知らない地名を言われた。
「それどこよ?」
「山口県だ」
「ここどこか知ってる?」
「東京だろ」
「あんた、お金は?」
「幽霊が持っているわけないだろ」
「悪いけど、また今度ね」
「そりゃあ、ないぜ」
幽霊は鳳梨に抱き着く。
「仕方ないでしょ。今日は月曜日。学校が休みまであと四回も学校に行かないといけないのよ。それに、あんたお金ないじゃない。私も、あんたのためだけにお金使いたく無し、行くまで我慢して」
「ひどいぜ!せっかく俺の番がきたっていうのに!」
男は鳳梨の耳元で叫ぶ。
「あら、鳳梨ちゃん。今帰り?」
近所に住む山田さんの奥さんに話しかけられたが、男のせいで全く聞こえなかったが問題はない。
昔、ある幽霊のせいで読唇術を身につけられた。
そのおかげで、山田さんの奥さんがなんて言ったのかは分かった。
「はい。そうです。山田さんもですか?」
「うん、そうなのよ。あ、そうだ……」
この人に出くわすと高確率で長時間話に付き合わされる。
そのせいで、ずっと読唇術を使って今日は会話をしないといけなかった。
これは幽霊に感謝するべきなのか、それとも怒るべきなのか、何とも言えない気持ちにさせられた。




