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記憶のない少女と再生の世界

作者: 反逆の猫
掲載日:2025/12/19




 記憶がない。


 私は自分の名前も、これまでの人生も思い出せない事に気が付いた。


 辺りを見回す。


 そこは、ガラスでできた世界だった。


 けれど、世界のあちこちはひび割れて、消滅していく。


 記憶はないけれど、常識というものはある。


 世界とはこんな状態であって良いものではないだろうという常識が。


 頼るものが何もない状況で、こんな世界に放り出された私は、一体どうすれば良いのだろう。







 とりあえずあたりを歩いてみることにした。


 人間の姿が見当たらない。


 人間どころではなく、犬や猫などの存在もだ。


 虫もいない。

 植物ははえているが、ガラスだ。


 どこを見渡しても、生き物の姿がない。


 はっきりいってこれは異常事態だ。


 一体どうすれば良いのだろう。


 私は途方にくれるしかなかった。


 とりあえず歩き疲れた。


 一時間ほど歩いて、ちょうど良い公園があったので、私はそこで休憩する事にした。


 昼間なのに花火があがっている。


 空に描かれる花は、見えづらいことなくくっきりとしていた。


 大きな惑星がいくつも浮かんでいるが、昼である。


 この世界は普通ではないのだなとあらためて思った。


 ここが私にとって縁のある地かどうか。


 それすらも分からない。






 これからどうすれば良いのだろう。


 空を仰いでみるけれど、ヒントらしきものは何もない。


 このまま途方に暮れ続けるしかないのだろうか。


 見通しの悪さに暗い気持ちになった。


 けれど、そんな私に声をかける存在がいた。


「お嬢さん、お嬢さん。そんなに暗いお顔をしていたら、可愛いお顔が台無しですよ」


 声の主に視線をむける。


 相手はネコだ。


 黒いネコ。


 なぜかネコが喋っている。


 ネコは喋らない生き物のはずだったのだが。







「お嬢さんは自分の名前が分かりますか? 自分の事をどれくらい覚えていますか?」


 私は首をふる。


 何も覚えてはいないからだ。


 ネコは「そうですか」とつぶやく。


「それなら分かりました。記憶が戻るまで私が一緒についていてあげましょう」


 ネコはベンチにのって、私の顔をまっすぐ見つめる。


「こう見えても私、良いネコなのです。困っている人は放っておけません」


 猫には良いも悪いもなかった気がするが、私はとりあえず頷いた。







「では、お嬢さん。休憩が終わったらいきましょう?」


 どこへいくというのだろうか。


 首を傾げていると、ネコは得意げな顔をしながら言った。


「あなたの記憶を取りもどす旅に、ですよ」


 他にやる事などない。


 急に現れたネコとやらはうさんくさいが、ついていくしかないようだ。


 旅に出るために必要なものは雨傘。


 時折り、雨が降ってくれるらしいから、傘で体を守るらしい。


 私は、そのあたりに落ちていた真っ白な雨傘を拾って、持ち物にする。


 それからネコの後をついていき、様々な場所をめぐる事にした。







 街の中にある数多の家の一つ。


 特別なところはない、少し他の家よりも広めの家。


 ネコに導かれた私は、家のドアをあける。


 カギはかかっていなかった。


 家に入ったとたん、室内にあった無数の光の粒が私の体に吸い寄せられていった。


 私はそれで記憶を思い出す。


 家。


 その場所は私にとって大切な場所だった。


 喜びや安らぎもあれば、悲しみや苦痛もあった。


 それらの経験が私という存在を、かつては構築していたようだ。


 思い出したが、まるで実感がわかない。


 記憶が一部戻っただけでは、何も変わらなかった。


 かつての私のような振舞いや言動など、できようもない。


 それに、かつてのように喜怒哀楽の感情を動かす事もできない。


「記憶は思い出せたかい?」


 私は頷く。


 ネコは、次の場所へ私を導いた。






 2番目に訪れたのは学校だ。


 子供達が勉学に励むところである。


 こちらも他の普通の学校よりは敷地が少し広めで、建物も大きい。


 学校の中に足を踏み入れると、またしても内部にあった光の粒が私の体の中に吸い込まれていった。


 私は記憶を思い出す。


 それを見守っていたネコが「記憶は思い出せましたか?」と尋ねてきた。


 私は頷く。


 かつての私には少なかったが、友達が存在していた。


 友達と過ごした日々は大切なものでかけがえのないものだった。


 生涯を終える頃には、その友達の数が少しばかり増えて、楽しかった記憶もある。


 一生の記憶もうっすらと思い出し始めてきたようだ。


 その事を伝えると、ネコは「良かったですね」と嬉しそうに言った。


 ネコは私を次の場所へと導いた。






 3番目に訪れた場所は、不思議な場所だった。


 薄暗いお城の中だ。


 なぜか踏み入れるのに抵抗感があったが、じっとしていても退屈なだけだ。


 何も分からない、何も変わらないままなので、私は内部へ。


 すると、光の粒子が私の体の中に入り、記憶が思い出された。


 それは、最後の記憶だと確信できた。


 なぜならそれは、私が生涯を終えた時の記憶だったからだ。


 記憶によると私は、このお城の中で息絶えたらしい。


 助けはこず、助け出される事もなく、最後は一人きりだった。


 そのことを話すとネコは「どう思いましたか?」と尋ねてきた。


 私はどうも思わなかった。


 知るべき事は全て知ったはずだが、私は何も変わらない。


 ネコが求めていた感想とは違うだろうが、「途方にくれるしかない」とだけ答えた。


「そうですか、ではお嬢さんが途方にくれなくなるまで、私ものんびりお付き合いいたしましょう」


 とネコは言った。


 特に断る理由もないため、私は頷く。






 それから長い時間が流れた。


 どれだけの時間が流れたのかは正確には分からない。


 しかし、人であったのなら、まぎれもなく発狂するだろう、長い長い時間である事はわかった。


 そんな世界には、時々雨が降ったため、私は雨傘で体を守る。


 降り注ぐ雨はキラキラと光る雨のようで、流星のようで、金平糖のような塊。とりあえずはよくわからないものだった。


 しかし、少しとげとげしていたそれらが体に当たると痛いため、雨傘は役に立っていた。






 そのうち、世界に変化が訪れた。


 今まで見てきた世界が消えて、そして別の世界が誕生する。


 それらの光景は、今までのものとは比べ物にならないくらいの、リアルさを備えていた。






 やがてその世界で生き物が生まれ、文明が築かれる。


 その時になっても、ネコは私の傍にずっといた。


 そんな中、私は新しい世界の息吹に懐かしいものを感じていた。


 かつての世界にあったものと同じ気配を感じたのだ。


 この世界に好ましい物を覚えた私は、どうせ何もする事がないのだから、とそこに生きる者達を守る事にした。


 その私の決断を知ったネコは、「これで私のお役目も終わりですね」と言って、その場から去っていった。


 ネコの正体が何者なのか、私には分からなかった。


 しかし、きっと通り悪いネコではないのだろうという事だけはわかった。




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