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軸がブレる 後編【攪真依存if・打ち切り供養】 【軽度の描写あり注意】

 記憶がない。そう気がついたのはヨルハのおかげだった。


「あんなに脳繍さんに絡んでたのに、すっかり冷めたわねぇ。薄情な攪真」

「脳繍……? 誰やそれ」


 何気なく返した言葉に、ヨルハの目が大きく見開かれる。しかしそれを見ればわかる。俺は何か忘れてはいけないことを忘れているんだろう。


 この世界には記憶を消す能力なんてざらにある。だから今更驚く事は何もない。

 ただ問題は何を忘れているのか、思い出さなくてもいいような気がしてしまっていること。


「あんなに、織理が足りない~なんて言ってたくせに。1ヶ月も学校休んでどんな心境の変化があったの?」


 コイツがいなければ俺は何も違和感を覚えることはなかったんだろう。確かに1ヶ月、体調不良で休み続けていたが、その間に何があったのか思い出すには少し頭が重い。


「なぁ、その織理ってどんな奴や」

「……はぁ? あんたのクラスメイトでしょ。眼帯付けた華奢な男の子」


 心臓が一拍止まった気がした。いやそれはおかしい。だって今日登校した時、そんな奴はいなかった。誰も話題にしていなかった。ホームルームの時ですら欠席報告もなかったはずだ。


「……なぁ、そいつの家知らんのか?」

「知るわけないじゃない。直接のお友達じゃないのよ。ってか攪真大丈夫? もしかして記憶喪失系の能力にかかった?」


 言われて、俺も薄々察していた。十中八九そうだ。誰か知ってる奴が居るならばそいつに聞いて家に行くのが確実だが……同じ洗脳系だからわかる。この規模で記憶を書き換えられるほどの能力者が無事なわけがない。どうせ一日持つか持たないかだろう。明日になればきっと術は解ける。



 ――――



 そう思ってたのは3日前のことだ。流石にここまで続くとなると能力の後遺症に悩まされてもおかしくないはずで。


「織理……」


 呟くと妙にしっくりくるのが気持ち悪い。コイツを忘れてるなら、術者はその脳繍であろう事は察せる。赤の他人が一人の人間の記憶を奪うなんて脈絡が無いだろうし。ただ、何故。


「あんなに絡んでたって言うし、もしや俺がストーカーでもしたんか……?」


 いや俺に限ってそれは無い。まして男なんかに。そんなことしなくたって俺は遊び相手もいる、告白だってよくされる。態々手を出す意味がない。


 とりあえず先生のところにでも行って自宅を突き止めるか。記憶はなくても記録は残る、名簿にでもあるだろう。



 ――――



 そうして辿り着いたのは町外れのアパートだった。寂れた外観、築年数は50年以上……な気がする。正直廃墟の様に薄暗い雰囲気が漂っている。

 錆びた階段を登り、薄暗い二階部へ。新聞受けに入ったままの手紙類が廊下に転がっている。

 殆ど表札のない扉を見ながら、目的の部屋を探す。そして、見つけた。真新しい「脳繍」の表示。

 一呼吸置いてインターホンを押す。ぽーん、と音が鳴るものの足音一つ聞こえなかった。もう一度押す。何も変わらない。

 ドアノブに手をかけて引くと恐ろしいことに開いていた。


「……邪魔するで」


 日当たりが悪いのか薄暗い室内に人の気配はなく、自分の足音だけが響く。


 玄関最初の扉を開ければソファが目に入る。その上に人が眠っているのが見えた。この人が織理だろうか、俺は側に寄ってその体を揺らす。


「ん……、誰」


 ゆっくりと開かれた右目はどこか濁っていた。


「攪真、擾繰攪真。お前が織理か?」

「攪真……? なんで」


 その声は僅かな驚きを含んでいる様で。織理は腕を使って上体を起こす。


「……初めまして……攪真。脳繍織理。何かよう?」

「お前が何か記憶を奪っとるんがわかってな」

「……思ったより早かった、気が付かれるの」


 どこか苦しげに吐かれた言葉、まるで自分の無力さを責める様な。


「俺、皆の記憶から消えたくて……」


 それは苦しげな答え。そんな理由で? と思ってしまうのは傲慢なのだろうか。人に忘れられる、それ以上に怖いことがあるのか。


「……こんなことしたら代償がでかいんちゃうか?」

「少しね。でも気にすることじゃない。攪真はどんなよう? 記憶を戻したい? それは無理だけど」


 淡々と答える織理はこちらなど見ていない。拒絶されているのは伝わってくる。


「なぁ、まさか立てへんの?」

「そう。ごめんね、埃っぽくて」


 いやそういう事ではなくて。代償が体に出るタイプの能力者なのだとしたら尚更こんな事をしては……本当に真意が読めなかった。


「なら……俺が掃除したるわ。なんかほっとけん」

「いいから。もう来ることもないし」

「……その状態で一人で暮らすんは無理ちゃうか」

「大丈夫、どうにかなるから」


 頑なに断ってくるコイツに多少苛立ちも覚える。()()()()コイツは可愛げがない。


「じゃあ代償、どこに出てるか教えてくれたら帰るわ」

「どこでもいいでしょ……。両足と、右目、あと内臓のどこか」


 そのまま織理は横になった。もう話すことなどないとでも言うかのように。だがそれを聞いて帰るわけがない、関わってしまった以上見捨てて帰るのは気分が悪い。

 どうせ許可なんて出ないのだ、勝手に掃除でもしてやろう。俺は自分で言うのもなんだが面倒見のいいお兄ちゃんでありたいと思うわけで。

 幸いにも掃除機はそこにある、箒もあった。それを手に取り窓際へ向かう。


「何もしなくて良いから」


 後ろで声が聞こえたが気にする事はない。窓を開けると僅かに風が入る。それだけでこの澱んだ空気がマシになる気がした。織理も止めなかった。きっと諦めたのだろう。

 


 しばらく掃除しているとふと棚の上にあった写真が目につく。


「……織理と、俺か」


 ぼそっと呟く声は聞こえなかっただろう。ただその写真に写る楽しげな俺とどこか不満そうな織理。これは、と織理に聞きたい気持ちを抑えて目を逸らす。仮に過去の俺たちが仲良かったとして、それを消さなくてはならないほどに織理は追い詰められたのだとしたら触れる方が酷だ。


 一通り終わらせて織理の元に戻る。織理はすでに寝落ちしており、小さな寝息を立てていた。


「可愛いなぁ……織理」


 無意識だった。その言葉に俺は俺を殴りたくなった。きっと俺はこれを知っていて、だからそう思うのだとわかるから。きっと俺が何をしたのかを思い出そうとすれば、思い出せるだろう。洗脳の能力は万能でもない。それに俺も同じ様な能力を持つのだから、やろうと思えばなんだって……

 


――――



「まぁ、普通に考えたら何もしない方がいいわよね。だって攪真、脳繍さんに執着しすぎだったし」

「お前はどっちの味方なん」

「そりゃ普段通りの日常に味方するわ。態々家に通い詰めるとか普通にキモいし」


 ヨルハの葉に衣着せぬ言い方に多少は傷つきそうになる。だが確かに家に上がるのは気持ち悪い、気がする。いやしかしアイツの状態で放置するのは……


「いっそ告白でもしたら? あんたのことが好きやったんやー! って」


 バカにした様な俺の真似、いやしかし告白する様な恋愛感情があるかといえば、今はない。俺は女の子が好きだし、織理はどちらかといえば……人形の様な、飾りたい物でしか……いやちがう。また変な事を考えている。とにかくヨルハのアドバイスは少し的外れだった。


「そう? 私から見たら貴方は恋する面倒臭いメンヘラ男だったけど」

「お前俺のこと嫌いなんか? てか仮にそうなら告白させたらあかんやろ……」


 メンヘラ男など救いがない。メンヘラ女ですらお手つきしたくないと言うのに。しかもそれが自分だなんて最悪以外の何者でもない。

 過去の俺が織理に恋愛感情を抱いていたとして、なら俺はそれを伝えなかったのだろうか。伝えて付き合って、もしかしてDVでもやらかして記憶を消された……とか? 考えられるパターンはいくらでもあるが、考えられるパターンの行動をしていたとは思いたくない。


「……ま、ええわ。とりあえず織理の家に飯作りに行ってくる」

「やっぱキモいよ攪真。兄弟ごっこに戻るにしても、2日に1回は普通に怖いって」

「でも、俺のせいであんな……足も視界も奪われた可能性があるやんか」

「アンタのせいだって確証も無いじゃない。むしろ脳繍さんは関わりたくないかもよ」


 それはそうだ、それは分かっている。ヨルハは俺を引き止めたいのか背中を押したいのかわからないが、どっちにせよ俺はやる事をやる。




――――



「織理、今日の飯は焼き鮭とほうれん草の胡麻和えやで」

「……ありがとう。そんなに毎日来なくていいのに」


 織理の体を抱き抱えて食卓に座らせる。最初の数日は嫌がっていたが、今はそのまま身を預けてくれる様になった。と言うより諦めたのだろう。

 勝手に借りた魚焼きグリルから鮭を取り出し、これも勝手に借りた皿に乗せる。胡麻和えは家から持ってきた奴だ。


「ほら、早よ食べや。冷めてまうで」

「いただきます……」


 箸で綺麗にほぐしながら織理は口に運ぶ。小さな口でゆっくり食べる様はなんだか小動物みたいで可愛い。


「いつも、ありがとう……攪真」


 そのセリフに嬉しくなってつい顔が緩む。へら、っと笑ってしまえば織理は少し気まずそうに顔を逸らした。


「で、もね……ほんとうに、関わらなくて良いから……」


 なんでここで怯えられているのだろう。やっぱり過去の俺は暴力でも振るったのだろうか……笑いながら。実際織理を見ていると言いようのない感覚が湧いてくる気がしていた。ただこれは思い出してはいけない、自覚してはいけないものだ。


「俺、織理の世話焼きたいだけなんや。だから気にせんといて」

「違くて……ぅ、ゴホッ、ゴホッ」

「織理!?」


 重い咳に俺も立ち上がり近くによる。口元を押さえていた織理の手からは血が伝っていた。


「ぅ、ぁ――……おれ、もう一度は無理だから……攪真の記憶、もう消せない、から」

「無理に話すな……ほら、これで口濯ぎや」


 水を汲みそれを手渡した。改めて現状を理解できる様で俺は何ともやるせなくなる。


「……俺はきっと織理を傷つけたんやろな」

 織理の体をさする。過去の自分を殴りたくなって仕方ない、こんな風に人の人生を奪って今の俺はヘラヘラ笑えるなんて。


「傷つけてない……俺が、悪かっただけ……」


 何言っとんのや、そんな言葉を吐きそうになった。こんなに代償が重い奴が、人と関わる気のなさそうな奴が俺に何をしたって言うんだ。


「お前が悪かったとしても、そうさせたのは俺なんやろ。……だからもう、お前はなんも背負わんでええ」

「攪真……やめて、お前のせいじゃ……」

「なぁ、俺に織理の側にいる権利をくれへん? 仮にお前のせいならそれを償いにしてや」


 きっと織理は望んでいない。俺が関わる事を望んでいない。ならそうしてあげるのが優しさなのか、そうかもしれないがそれは嫌だった。


「償い……、わかった……」


 別に本当に償って欲しいわけじゃない。と言うより俺は織理の言葉を信じていない。こんな自己肯定感の低そうな奴、なんでも自分のせいにするに違いない。

 ただそう言った方が織理は頷くだろうと思っただけ。償うべきは俺なのだとここまで来ればわかる。


「なんでも頼ってな。俺、織理のこと大好きやねんから何でもしたるで」





――――



 あの日から俺たちは少し距離が近くなった。と言ってもそもそも織理は自力で動くのが困難な以上、離れていくことなんて無いのだけど。


「織理、おはようさん。朝ごはん出来てるで」

「ん……ありがとう……」


 寝起きの織理はいつも以上にぼんやりしていてあどけない。リビングまで行くにも俺が横抱きにして連れて行くのだ。最初こそ嫌がっていたが俵担ぎが怖かったらしい、以降何も言わなくなった。


 洗脳を解いて良いと頼んだが、それは叶わなかった。結局解除しても失ったものは戻らないらしく、そうであるならそのままの方がいくらがマシだろう。かつての自分のことを忘れたままでいいのか、と言えば良くはないが。織理が俺を信じてくれるまではそのままにしておこうと決めた。


 食事が終われば平日なら学校、休みなら一緒にゴロゴロする。織理が外に出られない為、それくらいしかない。


 だが俺はそれが少し嬉しい。自分でも驚くが俺はそこそこ独占欲が強かったようで。だから俺以外が織理に関わらない、頼られるのは俺だけと言う状況が心地いいみたいだった。本当にこれは厄介な性格だと思う。まして恋人でもないのに。


「攪真は……ずっとここにいて大丈夫なの?」

「ん? 全く問題ないで」


 へら、と笑うと織理が体を震わせた。

 ――またか。その殆ど見えていないと言う目に俺の笑う顔はどう見えているのか。俺が気の抜けた笑い方をするたびに織理はどこか怯えを滲ませる。


 これはいよいよ俺が笑いながら殴るタイプのゴミだった可能性がある、いやでも俺はそんなことするか? そうしてまた失った記憶が気になってしまうのだから嫌になる。距離は近づいてもあと一歩何かが足りない、織理の安心を守るためにはどうしたら。


 空いた時間、俺は織理の足に触れた。一応毎日マッサージして見ているが、これと言って変化はない。感覚がないのか足裏を擽ろうが反応はなく、正直治すのは絶望的だろう。


「……不便やんな、これじゃ」

「少し。ごめん、攪真……こんな事させて」

「何でそこで謝るんや。どうせ原因は俺にあるんやろ?」

「無いよ、攪真には。全部俺が悪い」


 まただ。コイツは全部を自分のせいにする。


「なぁ、織理……俺はお前のことが好きなんや。だから、そんな風に自分を責めるの見てると……」

「……やめて。好きって言わないで。もう嫌だ……」

「俺のこと、嫌いなん?」

「やめてってば!! もうやだ……っ、何で何もうまくいかないの……」


 コイツの叫びを初めて聞いた。ぽろぽろと落ちる涙が、コイツの琴線に触れた事を伝えてくる。思わず俺は織理を抱きしめた、押し返そうとする弱い腕を気にする事なく強く。


「嫌……攪真……、何も思い出さないで……」

「何も思い出しとらん……織理のためなら全部忘れるから」


 織理は静かに俺の腕の中に収まってくれた。僅かに濡れていく服に愛おしさを感じながら俺は織理を抱きしめ続けた。



――――



「はぁ、貴方の記憶をですか」

「せや、思い出すんじゃなく記録として見たい。アンタなら出来るやろ」


 俺はその日、書憶のもとに訪れていた。【ブック・オブ・マイライフ】と言う能力を持つ彼は人の記憶を本にして読むことができると言う。直接思い出すのではまた同じことを繰り返すだろう。だから俺は記録として事実だけを受け止めたかった。

 そうしなければ織理の犠牲に償いきれない、その罪悪感を持って俺は漸く織理に全てを捧げられる気がしたから。


「まぁ出来ますが。忘れて欲しいことを思い出す意味があるのか」

「意味なんて後からついてくるもんや。頼む、二の舞になりたくないんや」


 書憶は溜息を吐いて本を開いた。それを読むのは彼だけ、俺はそれを伝えて貰うしかない。

 記憶を読んでいるであろう彼の顔は歪んだ、まさに引いているのがわかる。


「……うわって言っていいですか。擾繰さん貴方……気持ち悪いですね」

「言うに事書いてそれかいな……何したん、俺」


 それは衝撃的な事実だった。交友関係を広げていく織理に不安を抱いた俺は、能力の限界を知る為という体で相手を願い、そして自滅した。織理を軟禁し、抱き潰しては、甘えていたらしい。確かに気持ち悪い、自分であると信じたくないほどだ。そして織理はその俺を元に戻すために記憶を消した、と言うことのようだった。


「最悪や……こんな理由で、あいつは……」


 俺は書憶に礼を言ってその場を後にした。合わせる顔がないとはこの事だ、何をしたら償えるんだろう。それと同時に抱く感情もある。


 ――ええなぁ、以前の俺は織理を抱けたんや。あの細い喉が震える様を見れたのだ、甘やかして自分を犠牲にしてまでも俺を大切にしてくれてたのだ。過去の自分に嫉妬している自分に頭を振る。二の舞になってはいけない、俺に出来るのは程々に織理を世話することだけ。俺のせいで失ったものを俺が代わりになってやる事だけ。



――――



「おかえり……? 攪真」

「何で疑問系なん、ただいま織理。めっちゃ会いたかったわ」


 朝と同じ、リビングで座っているだけの織理を見ると胸が痛む。


「攪真……ごめん、寝室に運んで欲しくて……」

「ええよ、織理は軽いからな、運ぶんも楽なモンやで」


 申し訳なさそうな顔をする織理、でも頼ってくれたことが嬉しくて俺からしたらなんてことはなかった。

 ――俺がいなければ織理は何も出来ない、いや出来ないであって欲しい。多分それだけが俺が狂わずにいられる要件だろう。


「織理、愛してるで。織理の思うようにしてくれてええからな」

「なに……急に。…………俺そういうの、応えられない。わからない、から……」

「勝手に愛しとるだけやから織理はそのままでええんよ」


 軽く頭を撫でれば織理はおずおずと手を添えてきた。まるで愛されたことのない子供のように、織理は度々こうして俺の手を受け入れる。それが可愛くて、もっと甘やかしたくなって、俺だけにしかそれを見せて欲しくなくなっていく。


「攪真……、辛くない? 俺は何も返せない……もし、その、……抱きたくなったら抱いていいから。それくらいしか……俺には渡せるものない……」

「あ、かんよ、それは……何も返そうとしなくてええから、本当に」


 あぁ、本当にこの子は自己肯定感が低すぎる。正直抱きたいのは山々だが、こんな対価みたいに差し出されても罪悪感しかない。いや、それもそれでいい気はするけれど、出来るなら織理にだって気持ちよくなって欲しい。


「織理は俺のこと好きにならなくても良い。ただ、俺がしたいからここにいるだけなんや」

「……あり、がと……攪真」


 織理の手が俺の胸元を添えられた。そして織理は、俺に顔を近づけて……


「し、きり……?」


 そしてそのまま唇が重なった。思考が追いつかない、なんで、


「ん、っ……かくま……ありがとう」


 あぁ、こいつは何て可愛い。こんなことされて期待しない方が無理だ。お礼のためだけにキス? なぁ本当にお前はなんでそう……


「……煽るんはやめてや。抱きたくなるから」

「攪真の好きにして良いよ……それが、俺から出来るお返し」


 小さく笑った織理に、俺は力一杯の抱擁で返す。消えそうな織理を繋ぎ止めるように、俺はもう一度キスをした。


 その行為に自責が含まれていることに目を瞑って。



――――


 織理は度々俺に体を差し出した。それしかできることがないのだと。そんな事ない、今度こそ大切にさせてくれ。そう思うのに、俺はこれを拒むのも辛くなってきていた。好きな奴にこんなことされて我慢し続けるのは無理だ。俺の愛はもっと崇高で、なんて言い訳もできない。ただ織理を抱きたかった。


「攪真……お願いだから、抱いて……」


 もう何も返せるものがない、そうやって泣く織理に心が痛む。無駄に色気があるから本当に抱きたくなるのだ、やめてほしい。けれど、それで織理の心が楽になるなら……と思う自分もいる。体のいい言い訳だ。


「なんで、それしかないと思うん? 俺は……」

「だって攪真が……、」


 俺が? 何を? そんなに物欲しそうな顔して居るんだろうか。だがそれじゃまるで俺は体目当てのクズ男じゃないか。


「……好きなんでしょ、俺のこと。なら、また前みたいに……」


 前、つまり記憶を失う前の俺。もしかしてこれも俺が何かやらかした結果の事なのか?


「なぁ、俺はお前に何をしたん……」

「え、? いや……え? 好きだから抱くんじゃないの?」

「いやまぁそうなんやけど……、なんか織理のそれはちゃうと言うか……」


 そう伝えれば織理は少し考え始めた。


「……嫌なら違うことするから、何でも言って。なにか、させて貰えないと俺……不安で」

「織理……何か、……」


 何か、と言われて何を頼めばいい。結局織理はこの好意に対価が必要だと思っているのだろうか。俺が、そうさせたのだろうか。いっそ過去の俺に抱かれたのが気分良くて、とかならまだ幾らでも手を出せたのに。この感じはそんなに望んでいなかったのだろう、え、つまり俺ほぼほぼ強姦……


 俺は考えるのを止めた。今は織理の話だ、今こいつを抱いたら拗れるのは目に見えて居る。どんなに織理が抱いてほしいと言おうが、物欲しそうに上目遣いで見てこようが、めっちゃいい香りがしてようが。

 だからそれ以外、でも動けるわけでもない。


「……ならキスしてや。俺織理からして貰えるんめっちゃ嬉しかったわ」

「キス、いいよ。攪真……屈んで……」


 軽く触れるだけのキス、けれどその不慣れな仕草にドキドキする。


「ほんま可愛いわ、織理……」

「……可愛くはないと思うけど……攪真は趣味悪い……」


 それは照れではなかった。ただ事実を言うだけ、浮かぶのは困惑だ。随所に見せてくる『愛されるわけがない』と言う自己否定、と同時に見せる寂しそうな顔。


「織理のためなら何でもできるわ。ほんまに可愛い……」

「……なら、抱いてよ。お願い攪真……俺、体が疼いて……」


 なんだそのエロい誘い文句。


「……俺、一ヶ月間ずっと攪真に抱かれてた。泣いても逃げたくても、ずっと」

「それは本当に……ごめん」

「違う……嫌だったのに、あれ、生きてる感じがした……脳が真っ白になって、何も考えられなくなるの。……あれ、もう一度欲しい」

 

 それは一種の自傷行為のように聞こえた。何も考えたくないのだと言っている様に聞こえるのは自分の邪推だろうか。


「織理、それは……あまり良くない状況やないか?」

「誰の……せいだと思ってるの。攪真が、……もう良い」

「織理……なら、抱いたるわ。前の俺とは違うだろうけど」


 攪真は、織理の指先が弱々しくも胸元の布地を掴んでいるのに気づいた。薄く震えるような力、それでも確かにそこにある意思に、彼はもう何も迷わなかった。


「織理……ほんまにええんやな……」


 問う声は低く沈み、熱を孕んでいる。織理は何も言わなかった。ただ、かすかに頷くように、顔を攪真の肩に寄せてきた。ふわりと髪が触れる。その匂いだけで、攪真の胸の奥が灼けつくようだった。

 布越しに感じる織理の身体は、いつもの通り痩せて軽く、骨の形すらわかるほどに華奢だ。それなのに、心だけは何度も攪真を振り回すほどに重く、深かった。


「きっと止まれへん……ずっと、こうしたかった」


 織理は攪真の首筋に顔を埋めて、小さく震えた。拒絶ではなかった。熱に浮かされたような吐息が、攪真の耳にかかる。そこへ、優しく口づけを落とした。耳たぶを柔らかく啄ばみながら、湿った舌先でそこをなぞる。


「ん……ぅ、……や、あ……っ」


 最初に漏れた織理の声は驚きとくすぐったさが入り混じったか細い音だった。攪真はその声に反応して、くすぐったそうに笑う。


「織理、声……可愛すぎるやろ。なぁ、もっと聴かせて……俺だけに……」


 そう囁くと、攪真は織理の唇を奪った。深く、迷いなく、そしてとても優しく。舌を差し入れ、絡め、織理の奥から震える吐息を引き出す。織理は慣れていない動きに戸惑いながらも、攪真のリードに流されていった。


「っん……ぁ、はぁ……かく、ま……っ、ぅ、」


 織理の胸元に手を滑らせる。薄い生地の上から、ふくらみを確かめるように、指で優しく撫でる。男としては控えめな胸板、しかし繊細な織理の身体は、そのわずかな刺激でも反応する。

 織理はもどかしそうに目を閉じ、唇を噛みながら肩を揺らした。足が動かないという事実が、彼にとって羞恥や苛立ちを伴っていた。だが攪真はそれすら愛おしいと感じていた。


「なぁ、織理……ここ、気持ちええんか……? 反応、してるやん……」


 左手で胸元の突起を挟むように指先で転がし、右手はもう一方を円を描くように撫でる。織理の身体は薄く粟立ち、胸を押し上げるように震えた。


「あ……ぁ、や、ちが、……きもち、わかんないのに……っ」


 織理の訴えは、頭と体の間にあるズレだった。感覚が鈍いはずなのに、快楽の波は確実に押し寄せている。胸から伝わる刺激が、まるで下腹部に繋がっているように錯覚する。


「ならわかるようになるまで、付き合ったるから……」


 攪真は織理の太腿の付け根にそっと手を置いた。そこにはまだ感覚が残っている。力を込めないまま、指を下腹部の際に沿って滑らせる。織理の腰がびくりと跳ねた。


「ぁっ、ん……っあ……、かくま、……だめっ、そこ……!」


 織理の身体が一気に熱を帯びた。胸の刺激に混ざって、下腹部へ流れ込む快感が弓なりに彼を反らせる。細い喉から漏れる声は、どこか潤んで甘やかで、攪真の理性を刈り取る。


「ここ、気持ちええんやな……もっと、して欲しいって言ってみ……?」

「い、わなきゃ、しない……の……?」


 顔を赤く染めながら、織理は攪真を見上げた。その目は焦点が合わず、でもたしかに彼を求めていた。口を開いた唇は震え、何かを呑み込むようにして――


「……して、攪真……俺、攪真に、抱かれたいの……」


 その言葉を聞いた瞬間、攪真の理性は霧散した。


「任せとき。絶対に、気持ち良ぅしたるから……織理、全部委ねてくれや……」


 攪真の舌が織理の胸に這い、突起を包むように吸い上げる。柔らかく、そして時に強く。織理の細い声が空気を震わせ、攪真の背筋を痺れさせた。


「ふぁっ、あ、あっ……ぅっ……!」


 織理の背中が大きく跳ねた。攪真は唇を離さず、もう一方の胸を指で摘み、リズムよく撫で回す。その刺激は快楽の波となって、織理の下腹部を灼くように焦がした。


「っ、んぁ……! か、くま、まって……それ、や、また……ぅう、っ!」


 一頻り抱いた後、攪真は一人ベットに座る。織理は疲れて気を失ってしまった。

 ――あぁ、本当に可愛い。こんな事では歯止めが効かなくなる。前の自分が織理に溺れたのもよくわかった。だって織理は嫌がらない、与えられるものを全て受け入れようとする。

「織理……俺はお前を壊したいわけじゃ……」

 純粋な好意すら彼の前には歪んでいく。自分が悪いのか織理がそれだけ魔性なのかはわからなかった。

 ――もっと織理を泣かせたい、織理を俺のものにしたい。その考えがずっと胸の奥に燻っているのを見ないフリして攪真は一人外へと出かけた。


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