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私説 西遊記の遊戯  作者: 光闇居士


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第六回:観音、宴の跡に心を寄せ 小聖、威を示して大聖を降す。

挿絵(By みてみん)

「天眼、魔猿を射り 慈眼、法界を観る」 

悟空VS二郎神


【しおの】

さて、天の神々が大聖を幾重にも取り囲み、束の間の静寂が戦場を支配していた頃のこと。

遥か南海の普陀落伽山には、大いなる慈悲の心で衆生の苦しみを救う、霊験あらたかな観世音菩薩がおわしました。この日、菩薩は西王母の招きに応じ、年に一度の蟠桃の宴へと向かうべく、一番弟子である恵岸行者を伴い、宝玉で飾られた樓閣が連なる瑤池のほとりへと到着されました。

しかし、そこに広がっていたのは、想像とはあまりに違う光景でした。華やかな宴の席は見るも無残に荒れ果て、調度品は散乱したまま。集っていたはずの天仙たちも、誰一人として席に着くことなく、ただ当惑した面持ちでざわめき、囁き合っているのでした。

菩薩が仙人たちに穏やかに挨拶を交わされると、彼らは堰を切ったように、これまでのいきさつを余すところなく語り始めました。

それを静かに聞き終えた菩薩は、静かにこうおっしゃいます。

「盛大な宴もなく、お酒を酌み交わすこともないのでは、詮方ありません。よろしければ、私と共に玉帝陛下のもとへお目通りに参りましょう。」

仙人たちはその言葉に安堵し、喜んで菩薩に従いました。

一行が通明殿の前まで参りますと、そこには四大天師や赤脚大仙らがすでにおり、菩薩の到着を待っていたかのように丁重に迎えました。彼らの話によれば、玉帝はひどく心を痛めておられ、かの妖怪を捕らえるために天兵を遣わしたものの、未だ何の報せも届いていないとのことでした。

「玉帝陛下にお会いし、お話を伺いたいのですが、お取り次ぎを願えますでしょうか。」

菩薩がそう申されると、天師のひとり、丘弘済がすぐさま霊霄宝殿へと駆け込み、菩薩の来訪を奏上しました。このとき、玉帝の宮殿には太上老君がおられ、その後方には西王母も静かに控えておいででした。

菩薩は皆を率いて殿内へと歩みを進め、まずは玉帝に深く礼を尽くし、続いて老君と王母にも挨拶を交わしてから、それぞれの席に着かれました。

そして、穏やかな声で問いかけます。

「蟠桃の盛会は、いかがでございましたか。」

玉帝は深くため息をつき、憂いを帯びた声で答えられました。

「毎年の宴は、いつも皆が心から楽しむ和やかなものであった。しかし、今年はあの妖猿の乱暴狼藉により、すべてが台無しとなってしまったのです。」

「その妖猿とは、いったい何者なのでございましょう。」

菩薩が尋ねられると、玉帝は事の次第を語り始めました。

「あの猿は、東勝神洲の傲来国、その花果山で石の卵から生まれました。生まれた当初、その両の目から放たれた金色の光は、天の星々を貫くほどであったと申します。はじめはさほど意に介しておりませんでしたが、やがて神通力を身につけ、竜を降し、虎を伏せ、あろうことか自ら冥府の生死の帳簿から己の名を抹消するに至りました。竜王と閻魔王からの奏上を受け、捕らえようといたしましたが、長庚星が進言するには、『この世の万物、九つの穴を持つ者は皆、仙人となる道を秘めております』とのこと。そこで朕は、彼を教え導こうと天界へ召し上げ、『御馬監』の『弼馬温』という役職を与えたのです。

ところが、あの者は官位が低いと不平を鳴らし、天に背きました。すぐさま李天王と哪吒太子を差し向けましたが、その後、再び詔を下してなだめ、『斉天大聖』という、位はあれど俸禄のない名誉職を与えました。すると今度は、暇を持て余してはあちこちを遊び歩き、問題を起こしかねない。そう案じた朕は、彼に蟠桃園の管理を任せることにしたのです。しかし、彼はまたもや法を破り、園の古い大桃をことごとく食い荒らしてしまいました。

そして、宴が催された折、俸禄なきゆえに招待されなかったことを逆恨みし、あろうことか赤脚大仙を騙してその姿に化け、宴に忍び込みました。そして、仙界の馳走と美酒を盗み食いし、果ては太上老君の仙丹までも大量に持ち去り、己が山の猿どもと分け合って楽しんでいるという始末。

朕は心を痛め、十万の天兵と、天羅地網をもって彼を捕らえさせました。しかし、丸一日が過ぎようというのに、いまだ何の報告もありません。勝ち負けがどうなったのか、皆目わからぬのです。」

この話を聞き終えた菩薩は、傍らに控える恵岸行者に命じました。

「そなた、急ぎ天宮を降り、花果山の様子を詳しく探ってきなさい。もし戦の最中であれば、力を貸して一働きするのです。そして、必ず確かな報告を持ち帰るのですよ。」

恵岸行者は心得たとばかりに身なりを整え、鉄棍を手にすると、雲に乗って宮殿を飛び出し、まっすぐに花果山へと向かいました。

山へ到着すると、天羅地網が幾重にも張り巡らされ、各陣営の門では見張りが鈴を鳴らし、鬨の声を上げて、山を水も漏らさぬほどに包囲しています。

恵岸は雲を降り、声を張り上げました。

「陣門の天丁よ、取り次ぎを願いたい。私は李天王が二の太子、木吒。南海観音様の第一の弟子にて、法名を恵岸と申す者。君命を受け、軍の情勢を探りに参った。」

その声はたちまち陣営の奥へと伝えられ、やがて李天王より、網を開き、彼を中へ通すよう命令が下りました。

空がようやく白み始めた頃、恵岸は令旗に従って陣中へと入り、父である李天王と四大天王に拝礼しました。

「息子よ、お前はどこから参ったのだ。」

父の問いに、恵岸は答えます。

「父上、私は菩薩様のお供で蟠桃の宴に参上いたしましたが、宴は荒れ、瑤池は寂寥としておりました。そこで菩薩様は皆を率いて玉帝陛下にお目通りになりましたところ、父上たちが下界で妖猿と戦い、一日経っても勝敗がわからぬ、とのお話でした。それで、菩薩様が私に命じ、実情を探りに参らせた次第です。」

李天王は厳しい表情で語りました。

「昨日、ここに陣を構え、まずは九曜星に戦わせた。だが、あの猿は凄まじい神通力を振るい、九曜星は皆、敗れ逃げ帰ってきた。その後、我ら自らが兵を率いて出陣すると、あの猿も陣を敷いて応戦してきた。十万の天兵と入り乱れて日暮れまで戦ったが、奴は分身の術を使い、我らを退かせたのだ。兵を収めて調べてみれば、捕らえたのは狼や虎、豹といった獣ばかりで、猿の妖怪は一匹たりとも捕らえられておらぬ。今日もまだ、戦は始まっていないのだ。」

話している最中、突如として陣門の外から報告が入りました。

「大聖が、一群の猿の妖怪を率い、陣外にて戦いを挑んでおります!」

四大天王と李天王親子が、まさにこれからの策を練ろうとしていた時でした。

木吒こと恵岸が、進み出て言いました。

「父上、私は菩薩様より、戦があれば力を貸すようにとのお言葉を賜っております。未熟者ではありますが、私が行って、かの『大聖』なる者がどれほどのものか、見届けてまいりましょう。」

「息子よ」と天王は言います。「お前も菩薩様のもとで長年修行を積んだのだ。多少の神通力は身についているであろう。だが、ゆめゆめ油断はするでないぞ。」

りりしい太子は、両手に鉄棍を握りしめ、きらびやかな上着の裾を固く結ぶと、陣門から勇み足で飛び出し、声高に叫びました。

「斉天大聖とは、いずれの者か!」

大聖は、如意棒を地に突き立て、声に応じて言い放ちます。

「この老孫わしがそうだ。お前は何者だ、よくもわしに名を問うたな。」

「私は李天王が二の太子、木吒。今は観音菩薩の宝前にて、弟子として護法の役を務めている。法名は恵岸という。」

「ほう。お前は南海で修行しているのではなかったか。なぜ、このような場所でわしに会おうとする。」

「師の命により戦況を探りに来たが、その猛々しい有様を見て、特別にお前を捕らえに来たのだ。」

「よくもそんな大口を叩いたな。逃げるなよ、老孫の一撃、とくと味わうがよい!」

木吒は少しも恐れることなく、鉄の棒でそれを受け止めました。二人は山の中腹、陣門の前で、激しく打ち合い始めました。その戦いは、凄まじいものでした。

棍は棍でも鉄の質が違い、交わる得物は同じでも、振るう者は異なる。一方は太乙散仙を名乗る大聖、一方は観音の弟子たる真の龍。渾鉄棍は千度叩かれて鍛えられ、如意棒は天の川の底を鎮めた神珍。まさしく好敵手が出会い、互いの奥義を尽くして戦います。一人の棍は嵐のように荒々しく、もう一人の棒は水のようにしなやかにして隙がない。陣には旗がひらめき、太鼓が鳴り響く。一万の天将が固唾を飲んで見守り、一洞の妖猿が鬨の声を上げる。昨日までの混戦も激しかったが、今日の戦はさらに凄まじく、猿王の真の才覚には感嘆するばかり。木吒はついに力尽き、敗れて逃げ帰ったのでした。

大聖と恵岸は、五十合、六十合と打ち合いましたが、ついに恵岸は腕が痺れ、もはや応じきれず、一瞬の隙を突いて陣へと逃げ帰りました。大聖もまた、猿の兵を収め、洞門の前に陣を張りました。

天王の陣では、天兵たちが太子を出迎え、道を開きました。恵岸は息を切らしながら訴えます。

「恐るべき大聖、恐るべき大聖にございます!まことに神通力は広大無辺、この私では到底敵わず、またしても敗れてしまいました!」

李天王はその様子に驚き、すぐさま天界へ助けを求める上奏文を書き、大力鬼王と木吒太子に、天へ昇り奏上するよう命じました。

二人は一刻を争い、天羅地網を抜け、瑞雲に乗って天へと急ぎました。通明殿にて四大天師に会い、霊霄宝殿へと導かれて上奏文を奉ると、恵岸は再び菩薩に礼をいたしました。

「戦の様子は、どうでありましたか。」

菩薩の問いに、恵岸は答えます。

「師の命を受け花果山に赴き、父に会ってご意向を伝えました。父が申すには、昨日かの猿王と戦ったものの、捕らえられたのは獣ばかりで、猿の妖怪は一匹も捕らえられていない、とのこと。ちょうどその時、彼が再び戦いを挑んできましたので、私も鉄棍を手に五十合あまり戦いましたが、力及ばず、敗れ帰りました。父は、私と大力鬼王を上界へ遣わし、助けを求めさせた次第にございます。」

菩薩は静かにうつむき、物思いに沈まれました。

一方、玉帝は上奏文を開き、助けを求める言葉に、思わず苦笑されました。

「この猿の妖怪、どれほどの力があるというのか。十万の天兵にも敵うとは。李天王がまた助けを求めてきたが…さて、どの神兵を援軍に送るべきか。」

その言葉が終わらぬうちに、観音菩薩が合掌し、進み出て奏上されました。

「陛下、ご安心くださいませ。貧僧がひとりの神を推薦いたします。この者であれば、必ずやあの猿を捕らえることができましょう。」

「ほう、推薦する神とは、誰のことか。」

「陛下の甥にあたられます、顕聖二郎真君にございます。彼は灌洲の灌江口に住まい、下界の人々の信仰を集めております。かつて六匹の化け物を討伐し、また梅山の義兄弟と、その配下にある千二百の草頭神は、皆、広大な神通力を持っております。ただ、彼は『命令は聞くが、召集には応じない』という気性でございますので、陛下が直々に調兵の勅旨をお出しになり、彼の助力を請われれば、たちどころに捕らえることができましょう。」

玉帝はこれを聞き、すぐさま調兵の勅旨をしたため、大力鬼王にそれを持たせて遣わしました。

鬼王は勅旨を奉じ、雲に乗って灌江口へと向かい、半刻もかからずに真君の廟へと到着しました。門番が慌てて中へ取り次ぎます。

「外に天からの使いの方が、帝の勅旨を携え、ご到着になりました。」

二郎真君は、梅山の兄弟たちと共に出迎え、勅旨を恭しく拝受し、香を焚いてから開きました。そこには、こう記されていました。

『花果山の妖猿、斉天大聖が天に背き、桃を盗み、酒を盗み、仙丹を盗んで、蟠桃の宴を乱した。十万の天兵と十八張りの天羅地網をもってこれを囲んだが、いまだ勝利を得ていない。ここに、我が賢き甥、二郎真君と義兄弟たちを召喚する。直ちに花果山へ赴き、かの妖怪の討伐に助力せよ。成功の暁には、厚く褒賞し、高位に昇らせるであろう。』

真君は勅旨を読み終えると、大いに喜び、こう言いました。

「天の使いよ、ご苦労であった。すぐにも馳せ参じ、助力いたそう。」

鬼王が天へ戻り報告した話はさておき、二郎真君はすぐさま梅山の六兄弟、すなわち康、張、姚、李の四太尉と、郭申、直健の二将軍を殿前に集め、言いました。

「今、玉帝より勅命が下った。我らで花果山へ行き、妖猿を降伏させることになった。さあ、皆で参ろうぞ。」

兄弟たちは皆、勇んで承諾しました。すぐさま手勢の神兵を点呼し、鷹を放ち、犬を連れ、弩を構え、弓を張り、荒々しい風に乗って、瞬く間に東の海を越え、花果山へと到着したのでした。

天羅地-地網が幾重にも張り巡らされ、進むに行けないのを見て、二郎真君は声を張り上げました。

「天羅地網の神将たちよ、聞くがよい。我は玉帝の命を受け、妖猿を捕らえに来た二郎顕聖真君である。急ぎ陣門を開け、道を通されよ!」

その声はたちまち神々の間を駆け巡り、四大天王と李天王は、皆、陣門の外へ出て真君を迎え入れました。挨拶を交わした後、戦の様子を尋ねると、李天王はこれまでのいきさつを詳しく語りました。

真君はそれを聞き、笑って言いました。

「この小聖わしが参ったからには、必ずやあの猿と変化の術で勝負をつけましょう。皆様は、天羅地網を頭上から外し、四方だけを厳重に固めて、私の戦いを見守っていてくだされ。もし私が奴に負けたとしても、皆様の助けは要りませぬ。私には義兄弟たちがおります。もし私が奴に勝ったとしても、皆様が手を下すには及びませぬ。私には義兄弟たちがおります。ただ、托塔天王(李天王)殿におかれましては、照妖鏡を手に空中に立ち、私をお助けいただきたい。奴がもし戦に敗れ、どこかへ逃げ出そうとした時に、その姿を鏡に映し出し、逃さぬようにしていただきたいのです。」

天王たちはそれぞれ四方に布陣し直し、天兵たちは厳かに列を整えました。

二郎真君は、四太尉、二将軍、そして自身を合わせた七兄弟を率いて、陣営から打って出ました。彼は配下の者たちに、陣地を固く守り、鷹と犬を決して放たぬよう命じました。

真君が水簾洞のすぐ外まで来ると、一群の猿たちが整然と陣を敷き、その中央には「斉天大聖」の四文字が染め抜かれた旗が一本、風にはためいているのが見えました。

「あの図々しい妖怪め。天と斉しいなどと、よくも名乗れたものだ。」

梅山の兄弟たちが言います。

「感心している場合ではありますまい。いざ、戦いを挑みましょう。」

陣門にいた小猿が真君の姿を見て、慌てて洞窟の奥へと知らせに走りました。

それを聞いた猿王は、すぐさま金箍棒を手に取り、黄金の鎧を身に着け、歩雲履を履き、紫金冠をかぶり直すと、陣門から颯爽と現れました。目を凝らして見れば、かの真君の姿は、まことに清らかで気品にあふれ、秀麗なものでした。

その姿は清らかで顔立ちは端正、両の耳は肩まで垂れ、その瞳には光が宿る。頭には三山飛鳳の帽を戴き、身には淡い鵞鳥色の衣をまとう。腰には新月のごとき弾弓を下げ、手には三尖両刃の槍を執る。かつては斧で桃山を切り裂いて母を救い、弾丸でつがいの鳳凰を射止めた。八匹の化け物を誅してその名は遠くまで知れ渡り、梅山の七聖と義を結ぶ。心は高く、天の縁者であることを誇らず、傲然として灌江に住まい、神となる。これこそが、赤城昭恵の英霊なる聖者、無辺の神通力を現す二郎真君その人でありました。

大聖はこれを見て、にやりと笑い、金箍棒を掲げて大声で言いました。

「お前はどこの小僧だ。よくも大胆に、ここへ戦いを挑みに来たな!」

真君は鋭く怒鳴り返します。

「このごろつきめ!その目は節穴か、この私が見えぬと申すか。私は玉帝の甥、勅命を受けて昭恵霊顕王に封じられた二郎である。今、帝の命を受け、天に背いた弼馬温めを捕らえに来たのだ。まだ己の死に様がわからぬか!」

「ああ、思い出したぞ。」と大聖は言います。「昔、玉帝の妹が下界の男と結ばれ、子をなしたという。斧で桃山を切り開いたというのが、さてはお前のことか。悪態の一つもついてやりたいが、お前とわしの間に恨みはない。一撃打ち込んでやりたいが、その命が惜しい。お前のような若造はさっさと帰り、四大天王でも呼び出してくるがよい!」

真君はこれを聞き、心底からの怒りに燃え、「この無礼者め!その口、二度と叩けぬようにしてくれるわ!わしの一撃、受けてみよ!」と叫びました。

大聖はひらりと身をかわして刃を避け、すかさず金箍棒を振りかざして打ち返しました。二人の英雄の、凄まじい戦いの火蓋が切って落とされたのです。

昭恵二郎神と斉天孫大聖。一人は誇り高き美しき猿王、一方は天界の新たなる希望。互いの実力を知らぬまま出会った二人は、今日この時、ようやくどちらが上かを知ることになります。鉄棒は空を飛ぶ龍のごとく、神の刃は舞い踊る鳳凰のよう。左を防ぎ右を攻め、前で迎え後ろで応じる。梅山の六兄弟が陣の後方から威勢を助け、馬・流の四将が軍令を伝える。旗が振られ、太鼓が鳴り、銅鑼の音が士気を高める。二人の戦いは一進一退、少しの隙も見せません。

真君と大聖は、三百合以上も戦い続けましたが、一向に勝負はつきませんでした。

しびれを切らした真君は、神威を奮い起こし、ぐっと身を揺するや、たちまち身長一万丈の巨大な姿へと変わりました。その姿はまるで華山の頂、青い顔に牙をむき、朱色の髪を逆立てた恐ろしい形相で、大聖めがけて三尖両刃の神槍を振り下ろしました。

大聖もまた神通力を使い、身を揺らして二郎と寸分違わぬ巨大な姿へと変身しました。掲げた如意金箍棒は、あたかも崑崙山の頂を支える柱のようです。これで、二郎神の一撃をがっしと受け止めました。

このあまりの光景に、馬・流の元帥は恐れおののいて旗を振ることもできず、崩・芭の二将は怯えて刀をふるうこともできません。

その時、二郎神の陣営から、康、張、姚、李、郭申、直健が号令一下、草頭神たちを解き放ちました。彼らは鷹や犬を操り、弩を構え、弓を張り、一斉に猿の陣営へと襲いかかりました。

哀れなことに、猿の軍の四健将は散り散りとなり、二、三千の妖怪たちは捕らえられてしまいました。猿たちは武器を捨て、鎧を脱ぎ、ある者は叫び、ある者は山へ、ある者は洞窟へと逃げ惑います。その様は、まるで夜の闇に驚いた鳥の群れが、満天の星のごとく飛び散るかのようでした。

さて、巨大な姿となって戦っていた大聖は、ふと自分の陣営の猿たちが混乱し、散り散りになっているのを見て、心に不安がよぎりました。

彼は巨大な姿を収めると、金箍棒を手に、ひらりと身をかわして逃げ出しました。

真君はそれを見て、大股で追いかけながら叫びます。

「どこへ行く!潔く降伏すれば、命だけは助けてやろう!」

大聖は戦いをやめ、ひたすら走り続けました。洞窟の入り口近くまで来ると、ちょうど康、張、姚、李の四太尉と、郭申、直健の二将軍が、群衆を率いて行く手を阻みました。

「この猿め!どこへ逃げるつもりだ!」

大聖は慌てふためき、金箍棒を呪文と共に刺繍針ほどの大きさに変えて耳の中に隠すと、身を揺すって一羽の雀に変身し、梢の先へと飛び移りました。

六兄弟は慌てて辺りを探しましたが、その姿は見当たりません。「猿の妖怪が消えたぞ!」と、皆が口々に叫びました。

そこへ真君が追いつき、「兄弟たち、どこで見失ったのだ?」と尋ねます。

「つい先ほどまでここに囲んでおりましたが、忽然と姿を消してしまいました。」

二郎神は鳳凰のごとき鋭い瞳を凝らして見ると、大聖が雀に化けて木の上にいるのを見抜きました。

彼はすぐさま巨大な姿を収め、槍を置き、弾弓を手に取ると、身を揺らして一羽のハイタカに変身し、翼を広げて雀に襲いかかろうとしました。

大聖はそれに気づくと、ひらりと飛び上がり、今度は一羽の大きな鵜に変身して、空高く舞い上がりました。

二郎神はそれを見ると、すぐさま一羽の大きな海鶴へと姿を変え、雲を突き抜け、後を追います。

大聖は再び身を低くし、谷川へと降り立つと、一匹の魚に変身して水の中へと潜りました。

二郎神は川の淵まで追いかけましたが、姿が見えません。「さては水中に潜り、魚か何かに化けたな。ならばこちらも」と考え、一羽のミサゴに変身すると、川波に身を任せ、じっと待ちました。

魚に化けた大聖が水中を泳いでいると、一羽の鳥が目に入りました。ハイタカのようだが羽の色が違う。鷺のようだが頭に飾り羽がない。きっと二郎が待ち伏せているに違いない、と悟った大聖は、急いで向きを変え、水面を跳ねて逃げようとしました。

「ほう」と二郎神は思います。「水面を跳ねたあの魚、鯉にしては尾が赤くない。スズキの仲間にしては鱗にまだら模様がない。私を見て逃げ出すとは、あれこそあの猿に相違ない!」

そう思うや、追いかけて鋭いくちばしで一突きしました。

大聖は水中から飛び出すと、今度は一匹の水蛇に変身し、岸辺の草むらへと潜り込みました。

二郎神は、それが大聖だと見抜くと、すぐさま朱色の冠羽を持つ灰色の鶴に変身しました。鉄のかんざしのように鋭く尖った長いくちばしで、水蛇を捕らえようと飛んできました。

水蛇はひらりとそれをかわすと、また姿を変え、今度は一羽の、鳥の中でも風変わりとされる花鴇かほうになりました。そして、何食わぬ顔で、蓼の茂る湿地にぽつんと立っていました。

二郎神は、彼がそのような鳥に化けたのを見ると、あえて近づこうとはせず、すぐさま元の姿に戻りました。そして、弾弓を手に取り、力一杯に引き絞って一弾を放つと、それは見事に命中し、花鴇はよろめきました。

大聖はその隙に、山の崖を転がり落ち、そこに身を伏せて再び変化しました。今度は、一座の小さな土地の祠に変身したのです。大きく開いた口は祠の門、歯は扉、舌は本尊の菩薩像、目は窓枠となりました。ただ、尻尾だけはどうにも隠しきれず、後ろにぴんと突き出て、一本の旗竿になってしまいました。

真君が崖の下に駆けつけると、そこに鳥の姿はなく、ただ小さな祠が一つあるだけでした。しかし、鳳眼を凝らしてよく見ると、祠の後ろに不自然な旗竿が立っているのに気づき、思わず笑いました。

「これは、あの猿の仕業だな。今度はあのようなものに化けて私を騙そうとは。祠は数多く見てきたが、旗竿が後ろに立っているものなど、見たことがない。私が中に入れば、一口で食いつくつもりだろう。そうはいくものか。まずは拳で窓枠を突き破り、それから扉を蹴破ってくれるわ。」

それを聞いた大聖は、肝を冷やしました。「これは大変だ!扉はわしの歯、窓枠はわしの目だ。歯を砕かれ、目を突かれてはたまらない!」

そう思うと、「えいっ」と虎のように飛び上がり、再び空へと姿をくらましてしまいました。

真君が追いかけていると、四太尉と二将軍が駆けつけ、「兄者、大聖は捕らえられましたか?」と尋ねます。

「いや」と真君は笑って答えました。「つい今しがた、祠に化けて私を騙そうとしたので、打ち破ろうとしたところ、またもや逃げられてしまった。実に厄介な奴だ。」

皆は驚き、四方を見渡しましたが、もはや影も形もありません。

「兄弟たちはここを見張っているのだ。私は上へ行って探してくる。」

そう言うと、真君は身を躍らせ、雲に乗って中空へと昇りました。

そこでは、李天王が哪吒と共に、照妖鏡を高く掲げていました。

「天王、かの猿王を見かけましたかな?」

「いや、上へは来ておりません。この鏡で四方を照らしております。」

真君は、これまでの変化の術での戦いのこと、そして猿の群れを捕らえたことをすべて話しました。「奴が祠に化けた時、まさに打ち破ろうとしたところで、また逃げられてしまったのです。」

それを聞いた李天王は、照妖鏡を再び四方に照らし、やがて「ははは」と笑いました。

「真君、急がれよ!あの猿は身を隠す術を使い、陣営を抜け出して、そなたの灌江口へ向かいましたぞ!」

二郎真君はそれを聞くと、すぐさま神槍を手に、故郷の灌江口へと急ぎました。

その頃、大聖はすでに灌江口に到着していました。彼は身を揺すって二郎真君の姿に化けると、雲を降り、まっすぐに廟の中へと入りました。

廟の番人たちは、それが偽物とは見抜けず、皆ひれ伏して迎え入れます。大聖は本物よろしく中央に座り、人々からの供物を点検し始めました。

ちょうどその時、「また別の殿様がお見えになりました!」と報告する者がいました。番人たちが見に行くと、そこに立っているのもまた二郎真君。皆、驚き、言葉を失いました。

本物の真君が尋ねます。

「斉天大聖と名乗る者が、ここへ来なかったか。」

「大聖という方は見ておりませんが、ただ今、殿様が中で点検をなされております。」

真君は門を突き破って中へ入りました。大聖は彼を見ると、にやりと笑って元の姿を現し、言いました。

「若いの、騒ぐことはない。この廟は、もうこの孫様の持ち物になったのだ。」

二郎真君は、三尖両刃の神槍を振り上げ、顔面めがけて打ちつけました。猿王はひらりとかわし、耳から金箍棒を取り出して椀ほどの太さにすると、真正面から打ち返します。

二人は叫びながら、もつれ合いながら廟の門を飛び出し、霧の中、雲の中を、再び花果山へと戻りながら戦い続けました。四大天王らは慌てて警戒を強め、康・張太尉らは真君を迎え、心を一つにして美猴王を包囲しました。

話は変わって、天界では、大力鬼王が真君たちを召集した旨を報告し、玉帝と観音菩薩、西王母、そして多くの仙人たちが、霊霄殿でその成り行きを見守っていました。

「二郎が出陣してから丸一日経つが、まだ何の報告もないか。」

玉帝がそう呟くと、観音菩薩が合掌して奏上されました。

「陛下、よろしければ、貧僧、道祖(老君)様と共に南天門の外へ出て、直接、戦の様子を拝見しとうございます。」

「それは良い考えだ。」

玉帝はすぐに支度をさせ、道祖、観音、王母、そして仙人たちと共に、南天門へと向かわれました。

門に着くと、眼下には天兵たちが張った羅網が広がり、李天王と哪吒が照妖鏡を掲げて雲の上に立ち、そしてその中央では、二郎真君が大聖を囲んで、激しく変化の術を競い合っているところでした。

菩薩は口を開き、老君に語りかけました。

「貧僧が推薦いたしました二郎神は、いかがでございましょう。まことに神通力に優れ、すでにあの大聖を追い詰めておりますが、あと一歩のところで捕らえられずにいるようです。私が今、少しばかり助太刀をいたしましょう。」

「ほう。菩薩はどのような得物で、いかに助けるおつもりかな。」

「私のあの浄瓶を投げ落とし、あの猿の頭を打ちつけてみようかと。もし打ち殺せなくとも、転ばせることができれば、二郎小聖が好機を得て捕らえることができましょう。」

すると老君は言われました。

「そなたの瓶は焼き物だ。頭に当たれば良いが、もし彼の鉄棒に当たれば、砕けてしまうやもしれぬ。ここは、この老君が助太刀いたそう。」

「道祖様は、何か得物をお持ちなのでございますか。」

「うむ、あるとも。」

老君はそう言うと、袖をまくり、左の腕から一つの輪を取り出しました。

「この輪は、優れた鋼を精錬し、私が仙丹の術で霊気を込めて作り上げたもの。変化自在にして、水にも火にも侵されず、あらゆる物をはめ込んで奪い取ることができる。名を『金鋼琢』という。かつて私が函谷関を過ぎ、西方の地で教えを広めた時も、大いに助けとなった。これを投げ落とし、奴を一打ちしてくれよう。」

言い終わるや、老君はその輪を天門の上から下へ向かって投げ落としました。

それはくるくると音を立てて、まっすぐに花果山の戦場へと落ちていき、ちょうど猿王の頭のてっぺんに命中しました。猿王は七聖との激しい戦いに気を取られ、まさか天上から武器が降ってくるとは夢にも思わず、不意を突かれてよろめき、どうと倒れてしまいました。

彼はすぐに起き上がって逃げ出そうとしましたが、そこへ二郎神の飼い犬が追いすがり、脛の裏側にがぶりと噛みつきました。たまらず、またしても転倒します。

地面に倒れたまま、彼は罵りました。

「この恩知らずめ!親の仇を討つでもなく、なぜこの老孫を噛むのだ!」

彼は身をひるがえそうとしましたが、起き上がることはできず、そこへ七聖が一斉に覆いかぶさって、ついにその身を取り押さえました。そして、すぐさま縄で固く縛り上げ、肩甲骨のあたりにある琵琶骨を鉤爪のある刀で貫いたため、もはや二度と変化の術を使うことはできなくなってしまったのでした。

老君は金鋼琢を回収し、玉帝や観音たちと共に、霊霄殿へと戻られました。

一方、下界では、四大天王と李天王、そして神々が皆、兵を収めて二郎神のもとに集い、口々にその勝利を祝いました。

「これはひとえに、小聖(二郎神)殿のご功績にございます。」

「いや」と小聖は言います。「これは天尊(老君)の広大なるご加護と、皆様方の威光の賜物。私に何の功績がありましょうか。」

「兄者、話は後です。すぐにこの猿を上界へ連行し、玉帝陛下のご裁可を仰ぎましょう。」

梅山の兄弟たちが促します。

真君は頷き、言いました。

「賢弟たちよ、そなたたちはまだ天の位を受けておらぬゆえ、玉帝に直接お目通りすることは叶わぬ。ここは天の兵たちに護送を任せ、私と天王が上界へ報告に参ろう。そなたたちは兵を率いてここに残り、山を捜索して鎮めた後、灌江口へ戻るのだ。私が褒賞をいただいて戻り、皆でこの勝利を分かち合おうではないか。」

四太尉と二将軍は、その言葉に従いました。

二郎真君と神々は、凱歌を歌いながら雲に乗り、天へと帰還しました。通明殿の外に到着すると、天師が玉帝に奏上します。

「四大天王らが、妖猿斉天大聖を捕らえてまいりました。ここにご指示を仰ぐべく、参上しております。」

玉帝はすぐに指示を伝え、大力鬼王と天丁たちに命じて、かの猿を妖怪を斬るための台、斬妖台まで引き立てさせ、細かく切り刻んで処刑するよう命じました。

ああ、欺瞞を重ねたその報いか、英雄の気概も今はこれまで。非情なる刑罰の時が、刻一刻と迫るのでした。

果たして、この稀代の猿王を待ち受ける運命やいかに。その結末は、また次のお話で。


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第六回 簡潔に要約

年に一度の天界の豪華パーティー「蟠桃会」にやってきた観音菩薩。しかし、会場はメチャクチャに荒らされ、パーティーは中止。神々のトップである玉帝に話を聞くと、すべては「斉天大聖」を名乗る猿、孫悟空の仕業だと知らされます。

悟空は、役職が低いと不満を言って天界で大暴れし、パーティーのご馳走や貴重な仙丹を盗み食いして、故郷の花果山に立てこもっているとのこと。玉帝は10万の天界軍を派遣したものの、悟空一人に大苦戦している状況でした。

観音菩薩は、このままでは埒が明かないと考え、玉帝に「とっておきの助っ人」を推薦します。それは、玉帝の甥でありながら、天界とは一線を画す孤高の最強戦神、二郎神じろうしんでした。

勅命を受けた二郎神は、配下の精鋭チーム「梅山ばいざん六兄弟」を引き連れて花果山へ出陣。ついに、悟空と二郎神という、物語最大のライバル同士の頂上決戦が始まります。

二人の実力は完全に互角。武器を交えても決着がつかず、戦いは互いのプライドを懸けた「七十二変化の術」の応酬へと発展します。悟空が雀に化ければ、二郎神はそれを狩る鷹に。悟空が魚になれば、二郎神は魚を捕るミサゴになるなど、息もつかせぬハイスピードな追跡劇が繰り広げられます。

戦いの隙に二郎神の部隊が猿の軍団を壊滅させたため、焦った悟空は追い詰められます。最終局面、激しく打ち合う二人を天上から見ていた太上老君たいじょうろうくんが、「金鋼琢きんこうたく」という輪っか状の飛び道具を悟空めがけて投下。

これが悟空の頭にクリーンヒット!

ふらついた悟空は、その隙を二郎神の猟犬に噛まれて転倒し、ついに捕らえられてしまいました。

こうして、天界を震撼させた大反乱は、二郎神の活躍によってようやく終結します。天界に連行された悟空は、斬妖台ざんようだいという処刑台へ送られ、その命も風前の灯火となるのでした。

第六回は、物語の根幹をなす二人の重要人物、観音菩薩と二郎神を鮮烈に登場させる、まさに贅沢の極みともいえる章です。作者がこの二者を同時に、そして孫悟空と対峙させる形で配置したことには、極めて深淵な意図が隠されています。両者の文化的背景と、作者の真意について、深掘りして解説いたしましょう。


1. 慈悲と法理の体現者、観音菩薩:救済への壮大なる布石

観音菩薩の文化的意味:慈母としての中華世界への浸透

観音菩薩(サンスクリット語:アヴァローキテーシュヴァラ)は、元来インド仏教において男性の菩薩でした。しかし、その信仰が中国に伝播する過程で、民衆の願いを一身に受け止める存在として、次第に女性的な慈愛に満ちた姿へと変化を遂げていきます。特に、苦難の中にある人々を無条件に救済する「救苦救難」の誓願は、中国の民衆が最も求める「慈母」のイメージと結びつき、性別を超えて、最も親しまれ、信仰される仏となりました。

彼女は、仏教の厳格な教義の枠を超え、道教や民間信仰にも取り込まれ、あらゆる人々の祈りに応える、慈悲の象徴そのものとなったのです。観音菩薩は、ただ衆生を救うだけでなく、その者が持つ本来の善性や可能性を見出し、正しい道へと導く智慧をも兼ね備えています。

作者の意図:取経事業の「総監督」としての役割

『西遊記』の作者は、この観音菩薩を単なる脇役として登場させたわけではありません。彼女こそが、孫悟空という制御不能なエネルギーを、来るべき「取経の旅」という壮大な事業へと導く**「総監督」であり、「プロジェクトマネージャー」**なのです。

今回の登場シーンを思い出してください。玉帝をはじめとする天界の神々が、悟空の破壊的な力に対して、ただ捕縛し、処罰することしか考えていないのに対し、観音菩薩は冷静に状況を分析し、最も効果的な「人材」として二郎神を推薦します。これは、彼女が天界の権力構造や人間関係(神々の関係)を熟知し、それを巧みに利用する政治的手腕と大局的な視野を持っていることを示しています。

作者の真意は、ここにあります。悟空の反乱は、天界の秩序(儒教的・道教的な官僚制度)ではもはや手に負えないことを示しました。それを解決するのは、既存の権力による「力」ではなく、より高次の視点からの「智慧」と「慈悲」である、と。観音菩薩は、その仏教的な解決策を提示する最初の存在です。彼女は悟空を罰するためではなく、彼の持つ強大な力を、より大きな目的のために「転化」させることを見据えています。この章での彼女の采配は、これから始まる長い旅路のすべてが、彼女の掌の上で、壮大な計画の一部として進んでいくことを暗示する、見事な布石なのです。


2. 天界の孤高なる戦神、二郎神:悟空を映す「もう一人の反逆者」

二郎神(楊戬)の伝説:主役級の存在感と反骨の精神

二郎神楊戬は、道教の神々の中でも極めて人気が高く、独立した物語の主役となるほどの存在感を持つ戦神です。彼の最も有名な伝説は、まさに彼自身の「天界への反逆」の物語です。

彼の母親(玉帝の妹)は、人間の男性と恋に落ち、楊戬を産みました。これに激怒した玉帝は、妹を桃山の下に閉じ込めてしまいます。成長した楊戬は、母を救うために斧で山を切り裂き、天界の権威に真っ向から立ち向かいました。この逸話は、彼が「親孝行」と「正義」のためであれば、最高権力者である叔父(玉帝)にさえ刃向かう、強い意志と反骨の精神を持つことを示しています。

彼は天界の正規軍とは一線を画し、灌江口という自らの領地で、梅山七聖(あるいは六兄弟)といった配下と共に半独立的な勢力を築いています。作中で「調は聞くが、宣には応じない(命令書には従うが、朝廷への召集には応じない)」と評されているのは、彼のこの孤高でプライドの高い性質を的確に表しています。


作者の神髄:鏡合わせの存在をぶつけるという深層的意味

作者が、数多いる天界の武神の中から、あえて二郎神を孫悟空の対戦相手として選んだことこそ、この物語の最も巧みな点の一つです。なぜなら、二郎神は孫悟空を映す「鏡」だからです。

共通する反逆の魂:二人とも天界の秩序に反旗を翻した過去を持ちます。しかし、その動機は対照的です。二郎神の反逆は「母を救う」という儒教的な徳(孝)に基づいたものであり、共感を呼びます。一方、悟空の反逆は、自らの地位への不満とプライド、すなわち「自我エゴ」から来ています。

等しい神通力:二人とも七十二変化の術を使いこなし、その戦いは互いの術の限りを尽くす、まさに互角の死闘となります。これは、彼らが同質の、しかし異なる方向性を持つ力を持っていることを象徴しています。


秩序の中の異端 vs 秩序の外の混沌:二郎神は、反逆の末に天界の秩序の中に自らの地位を確立した「飼いならされた反逆者」です。彼は秩序の側に立ちながらも、その本質は異端児です。対する悟空は、いまだ何者にも飼いならされない「純粋な混沌」そのものです。

作者は、この「鏡合わせの存在」をぶつけることで、「反逆」そのものの質を読者に問うています。正義のための反逆(二郎神)が、自己満足のための反逆(悟空)を制圧するという構図を描くことで、物語に道徳的な深みを与えているのです。二郎神が悟空を捕らえることは、単なる善対悪の戦いではなく、「意味ある反骨」が「無軌道な混沌」を一時的に封じ込めるという、より複雑で哲学的な意味合いを持つのです。


梅山一族:神と魔の境界に立つ者たち

二郎神が率いる梅山七聖(康、張、姚、李、郭申、直健ら)もまた、興味深い存在です。彼らの出自は様々な伝説で語られますが、多くは元々妖怪や山の精霊であり、二郎神によって調伏され、忠実な配下となった者たちとされます。つまり、彼らは神でありながら、その根源には「魔」の性質を色濃く残しているのです。

これは、二郎神という存在の特異性をさらに際立たせています。彼は、天界の清浄な神々だけを率いるのではありません。神とも魔ともつかぬ、荒々しいエネルギーを持つ者たちを、自らのカリスマと力で統率しているのです。これは、悟空が花果山で妖怪の王として君臨する姿と重なります。作者は、二郎神の陣営を描くことで、清濁併せ呑む、より現実的で力強いリーダー像を提示し、天界の画一的な官僚たちとの対比を鮮やかにしているのです。


結論:仏と道の二大スターを投入した作者の壮大な設計図

この第六回で、作者は観音菩薩と二郎神という、仏教と道教(民間信仰)の二大スターを贅沢に登場させました。その意図は明らかです。

まず、道教最強の戦神である二郎神の「力」をもって、悟空の物理的な反乱を終結させます。しかし、それはあくまで「捕縛」であり、悟空の心を屈服させることはできません。これは、「力」だけでは根本的な解決にはならないことの証明です。

そして、その状況を静かに見つめ、采配を振るう観音菩薩の「智慧」を登場させることで、物語の解決策が仏教的な救済にあることを示唆します。


この章は、孫悟空という「心猿(制御不能な心)」をいかにして調伏するかという、物語全体のテーマの縮図です。道教的な武力が猿を捕らえ、その後、仏教的な慈悲と法力が猿を真の道へと導いていく。作者は、この二人の偉大なるキャラクターを登場させることで、『西遊記』が単なる冒険活劇ではなく、儒・仏・道の思想が複雑に絡み合う、深遠な精神の旅の物語であることを、高らかに宣言しているのです。

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