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私説 西遊記の遊戯  作者: 光闇居士


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第四回:玉帝から弼馬温の官職を与えられても心は満たされず、斉天大聖の名を記されてもなお意は安まらない。

挿絵(By みてみん)

天壌無窮の反旗てんじょうむきゅうのはんき


【しおの】

太白金星と美猴王は、洞天の奥深くから連れ立って歩み出で、ふわりと雲に乗り、天を目指して飛び立った。

もとより、悟空の操る筋斗雲は他のいかなる雲よりも速く、瞬く間に金星の姿を背後へ置き去りにしてしまう。あっという間に南天門の外へと辿り着いた悟空は、さて、と雲を収めて進もうとした。その時である。増長天王が、龐、劉、苟、畢、鄧、辛、張、陶といった屈強な天界の兵士たちを引き連れ、槍や刀、剣や戟を交差させて門を遮り、悟空の行く手を阻んだのであった。

「あの金星の爺さんめ、食わせ者だな。俺を招いておきながら、なぜ手下どもに門を塞がせて通さぬのだ」

悟空がまさに大声でわめき散らしていると、そこへ金星がふわりと舞い降りた。その顔を見るや、悟空は怒りを隠そうともせず、声を荒らげた。

「この爺、どうして俺を騙した。玉帝の招安の勅命だと迎えに来たくせに、なぜこやつらに天門を固めさせ、俺を入れぬように仕向けるのだ」

金星は、呵呵と笑って言った。

「大王、まあまあ、お怒りをお鎮めくだされ。あなたはこれまで天上の世界においでになったことがなく、まだ官職のお名前もございません。天界の兵士たちも、あなたのことを見知らぬのですから、わけもわからずお通しするわけにはまいりませんでしょう。今、天帝様にお目通りし、仙人の名簿に官名が記されれば、それからは自由に出入りが叶います。誰一人として、あなたを阻む者などおりませんよ」

「それなら結構。俺はもう入らぬ」

ぷいとそっぽを向く悟空の手を、金星はまた慌てて引き留める。

「まあそうおっしゃらず。さあ、ご一緒に参りましょう」

天門に近づくと、金星は声を張り上げた。

「天門を守る天将、ならびに大小の役人たちよ、道を開けられよ。この方は下界の仙人にて、私が玉帝の勅旨を奉じてお迎えに上がったお方であるぞ」

その声に、増長天王と兵士たちはおもむろに武器を収め、道を開けた。猴王はそこでようやく金星の言葉を信じ、彼と共にゆっくりと門の内へと足を踏み入れた。目に映るは、天上界の壮麗なる景色であった。

まことに、そこは言葉を尽くしても語り尽くせぬほどの絶景であった。初めて天上に昇り、荘厳な天堂に足を踏み入れれば、幾万筋もの金色の光が赤い虹のようにきらめき、幾千筋ものめでたい気が紫の霧を立ち上らせている。南天門は深く澄んだ瑠璃で造られ、宝玉がちりばめられて目も眩むほどに輝いていた。

両脇には数十人の鎮天元帥が柱のごとく立ち並び、四方には十数人の金色の鎧に身を包んだ神人が、戟や鞭、刀や剣を手にずらりと控えている。外側ですらこの壮麗さであるから、中に入るとさらに驚きは増した。

奥の壁際には巨大な柱が林立し、その一本一本に、金色の鱗を陽光に輝かせる赤い髭の龍がとぐろを巻いている。長い橋の上には、色鮮やかな羽を持つ丹頂の鳳凰が優雅に舞っていた。明るい霞が天の光を映し、青い霧が星座を覆い隠している。

ここ天上には三十三の天宮があり、どの宮殿の棟にも金色の霊獣の像が飾られている。また、七十二の宝殿があり、どの殿の柱にも玉でできた麒麟が並んでいた。寿星台には千年枯れぬという名花が咲き誇り、薬を練る炉の周りには一万年も青々とした珍しい草が生い茂っている。

朝聖楼の前まで来ると、役人たちは皆、薄紅の衣をまとい、その姿は星辰のように輝いていた。玉のかんざしに真珠の履物、紫の組紐に金色の印章。金の鐘が鳴り響けば、天界、地界、人界、三つの世界の神仙たちからの上奏文が玉帝の玉座の前に届けられ、天の太鼓が打ち鳴らされれば、万の聖者が玉帝に拝謁するのであった。

やがて霊霄宝殿へと至ると、金の鋲で飾られた玉の扉に、色鮮やかな鳳凰が舞い踊っている。どこまでも続く回廊は精巧な透かし彫りが施され、幾重にも重なる軒先には龍と鳳凰が天へと駆け上る姿が彫られていた。

瑠璃の皿には幾重にも重ねられた仙薬が置かれ、瑪瑙の瓶には珊瑚の枝がしなやかに生けられている。まさに天宮には世にも稀なるものが全て揃っており、人の世にこれに比肩するものは一つとしてないであろう。金の宮殿、銀の宮殿、紫の宮殿。美しい花々に、玉のごとき建物。玉帝に仕える兎は祭壇のそばを通り過ぎ、玉帝に拝謁する太陽の精たる金烏は、大空の底を飛んでゆく。猴王は運命に導かれるようにしてこの天上の世界へとやって来た。もはや人間界の汚れに染まることはないはずであった。

太白金星は美猴王を伴い、霊霄殿の外までやって来た。玉帝からの呼び出しを待つこともなく、御前へとまっすぐに進み出て、深く礼をした。悟空はただ傍らにすっくと立ったまま、拝礼もせず、金星が何を奏上するのかと耳をそばだてていた。

「陛下、勅命に従い、かの妖仙を連れてまいりました」

玉帝が御簾の向こうからお尋ねになる。

「その妖仙とは、いずれの者か」

その時、悟空は初めて身をかがめ、こう答えた。

「それがしでござる」

その場にいた仙人たちは皆、驚きに顔色を変えた。

「この野猿め、なんと無礼な。ひれ伏して拝礼もせず、『それがしでござる』などと。これは死罪に値するぞ」

玉帝は勅旨を下された。

「孫悟空は下界の妖仙であり、人の姿を得て日も浅く、朝廷での礼儀を知らぬのであろう。しばし、その罪は許すものとする」

群臣が「有り難き幸せに存じます」と唱和すると、猴王もようやく、見よう見まねで深く一礼したのであった。

玉帝は文官、武官の仙人たちを呼び、どこかに空いている官職はないかと尋ね、孫悟空をそこに任ずるよう命じられた。すると、そばから武曲星君が進み出て奏上した。

「天宮の各部署に、官職の空きはございません。ただ、御馬監、すなわち天馬を司る役所に、正堂の長官が欠けております」

「では、彼を弼馬温に任命せよ」

群臣が再び感謝の言葉を述べ、悟空もまた、ただ深く一礼しただけであった。玉帝はさらに木徳星官に命じ、悟空を御馬監まで送り届け、職務に就かせるようお命じになった。

さて、かの猴王は大いに喜び、木徳星官と共に意気揚々と御馬監へと赴いた。木徳星官が職務を終えて宮殿へ戻ると、悟空は監丞、監副、典簿、力士といった大小の役人たちを一同に集め、役所の仕事について確かめた。そこにいたのは、千頭もの天馬であった。それらの馬はみな、風のようないななきをあげ、稲妻を追うかのようなたくましい気性を持ち、霧を踏み、雲に乗るかのような持久力を備えていた。

猴王は帳簿を調べ、馬の数を数えた。この御馬監では、典簿が飼葉の準備を、力士たちが馬の手入れや餌やり、水やりを担当し、監丞と監副がそれを補佐し、監督する仕組みになっていた。弼馬温となった悟空は、昼夜を問わず眠りもせずに、熱心に馬の世話をした。馬が寝ていれば追い立てて草を食べさせ、歩き回る馬がいれば捕まえて馬槽に戻した。天馬たちも彼にすっかりなつき、そのおかげで馬はみな丸々と太り、毛艶もよくなったのであった。

そうして半月ばかりが過ぎたある日、御馬監の役人たちが皆で酒宴を催した。一つは彼を歓迎するため、二つには彼の着任を祝うためであった。

皆が楽しく酒を酌み交わしている最中、悟空はふと杯を止めて尋ねた。

「この弼馬温というのは、どのような官位なのだ」

「官職の名前そのものでございます」

「して、この官職は何番目の位階にあたるのだ」

「いえ、位階というものはございません」

「位階がない。ということは、さぞかし大きな官職なのだろうな」

「いえ、大きくもございません。ただ、未入流、すなわち階位にも入らぬ、と呼ばれるだけでして」

「階位にも入らぬ、とはどういう意味だ」

皆は恐る恐る答えた。

「最も下等、ということでございます。この官職は最も低く、最も小さいもので、ただ馬のお世話をするだけの役目でございます。あなた様がこれほど熱心に馬を太らせたとしても、せいぜい『よくやった』と褒められる程度。もし少しでも馬が痩せればお叱りを受け、万が一傷つけでもすれば、罰金や罪に問われることになります」

これを聞いた猴王の心に、怒りの炎が燃え上がった。彼は歯を食いしばり、激しく怒った。

「俺をこれほどまでに軽んじるとは。この俺様は花果山で王と呼ばれ、祖と崇められていたのだぞ。それを騙して、馬の世話をさせるためにこんな所へ連れて来るとは。馬の世話役など、小僧のやる卑しい仕事ではないか。よくも俺をこんな風にもてなしてくれたな。もうたくさんだ、こんなものやってられるか。俺は帰るぞ」

ガシャン、と音を立てて執務机をひっくり返すと、耳から宝の如意金箍棒を取り出し、ひと振りする。棒はたちまち丼ほどの太さになり、悟空はそれを手に御馬監から飛び出し、一直線に南天門へと向かった。天界の兵士たちは、彼が仙人名簿に登録された弼馬温であることを知っていたので、誰も彼を止めようとはせず、易々と天門から出してしまったのであった。

しばらくして、悟空は雲を収め、懐かしき花果山へと舞い降りた。四健将と各洞窟の妖王たちが、ちょうど兵士の訓練をしているところであった。

「者ども、この俺様が帰って来たぞ」

猴王が厳かに叫ぶと、猿の群れは皆ひざまずいて頭を下げ、彼を洞天の奥深くへと迎え入れた。高い玉座に悟空を座らせると、片隅では祝宴の準備が始まった。

「大王、おめでとうございます。天上へ行かれて十数年、さぞやご満足の上でのご帰還でございましょう」

「まだ半月あまりだ。十数年とはどういうことだ」

「大王、あなたは天上で時が流れるのにお気づきでなかったのですね。天上での一日は、下界の一年にあたるのです。して、大王はどのような官職にお就きになられたのですか」

猴王は力なく首を振った。

「言うな、聞かないでくれ。恥ずかしくて死にそうだ。あの玉帝は人を見る目がない。俺様ほどの者を、弼馬温などという役職に任命しおった。要するに、彼の馬の世話をするための、位階にも入らぬ卑しい役職よ。俺は初め、何も知らずに御馬監で遊んでいたが、今日、同僚に尋ねてみて、初めてこれほど卑しい仕事だと知ったのだ。あまりの腹立たしさに、席を蹴って官職を捨て、こうして降りてきたというわけだ」

猿たちは口々に言った。

「よくぞお帰りくださいました。大王は、このような素晴らしい場所で王様でいらっしゃる方が、どれほど楽しく、敬われることか。どうして彼らのために馬丁などなさる必要がありましょう」

そして、部下に急いで酒を用意させ、大王の心を慰めようとした。

酒宴が盛り上がっていると、誰かが報告にやって来た。

「大王、門の外に独角鬼王と名乗る者が二人、大王への拝謁を求めております」

「通してやれ」

鬼王は身なりを整え、洞窟の中へ駆け込むと、ひれ伏して拝礼した。

「俺に会いに来たのは、何用か」

「かねてより大王が賢者を受け入れておられると伺いながら、お目にかかる機会がございませんでした。この度、大王が天上の官職を得て、栄光のうちにご帰還されたと聞き、ささやかながら黄色の外套を献上し、大王のご栄誉をお祝い申し上げたく参上いたしました。もし我々のような卑しい者をお見捨てにならず、お受け入れいただけるならば、いかようにもお働きいたします」

猴王は大いに喜び、その黄色の外套を身にまとった。皆も喜んで一列に並び、拝謁の礼をとった。猴王は早速、鬼王を前部総督先鋒に任命した。鬼王は感謝の礼を述べると、再び進み出て言った。

「大王は天上におられたとのこと、して、どのような官職を授けられたのでございましょうか」

「玉帝は賢者を軽んじ、この俺を弼馬温などというものに任命したのだ」

鬼王はこれを聞き、さらに奏上した。

「大王ほどの神通力をお持ちの方が、どうして彼らのために馬の世話などされる必要がありましょうか。いっそのこと、斉天大聖、すなわち天と等しき大聖者と名乗られてはいかがでしょう。何か不都合がございましょうか」

これを聞いた猴王は、喜びを隠しきれず、「良い、良い、実に良い」と何度も頷いた。そして四健将に命じた。

「すぐに旗竿を用意し、旗に『斉天大聖』の四文字を書き記し、高く掲げよ。これより後は、俺のことを斉天大聖とだけ呼ぶことを許す。二度と『大王』と呼ぶでないぞ。このことを各洞窟の妖王たちにも伝え、皆に知らしめるのだ」

この話は、ひとまずここで区切りとしよう。

さて、玉帝は翌日、朝廷を開かれた。そこへ張天師が御馬監の役人たちを連れて玉座の階段の下にひれ伏し、奏上した。

「陛下、新任の弼馬温、孫悟空が、官職が低いことを不服として、昨日、天宮から下界へ逃げ去りました」

ちょうどその時、南天門からも増長天天王が兵士を率いて駆けつけ、同じく奏上した。

「弼馬温が、仔細は分かりませぬが、天門から出て行ってしまいました」

これを聞いた玉帝は、直ちに勅旨を下された。

「両軍の神将は、それぞれ元の持ち場へ戻るがよい。朕が天の兵を遣わし、この妖怪を捕らえてみせよう」

群臣の中から、托塔李天王と哪吒三太子が進み出て奏上した。

「陛下、微力ながら、我らにこの妖怪を討伐する命をお与えください」

玉帝は大いに喜ばれ、直ちに托塔天王李靖を降魔大元帥に、哪吒三太子を三壇海会大神に封じ、すぐさま軍勢を率いて下界へ向かうよう命じられた。

李天王と哪吒は深く頭を下げてその命を受け、自らの宮殿へと戻った。三軍を集め、巨霊神を先鋒に、魚肚将を後方警備に、薬叉将を督戦に任じ、一瞬のうちに南天門を出て、まっすぐに花果山へと向かった。平坦な場所を選んで陣を張ると、巨霊神に戦いを挑むよう命じた。

巨霊神は命令を受け、武装を整えると、宣花斧を振りかざして水簾洞の外へとやって来た。洞窟の門の外には多くの妖怪たちがたむろし、狼や虎、豹といった獣の仲間たちが、槍を振り、剣を舞わせ、騒々しく跳ね回っていた。

巨霊神は声を張り上げて怒鳴った。

「この畜生どもめ。早く行って弼馬温に伝えろ。我は天上より遣わされし大将である。玉帝の命により、ここへ降伏させに来た。さっさと出てきて降参せよ。さすれば、お前たちの命までは取らぬ」

妖怪たちは慌てふためき、洞窟の中へと駆け込んだ。

「大変でございます、大変でございます」

「何が大変なのだ」

「門の外に天の将軍が一人。あなたの官名を名乗り、玉帝の勅命で降伏させに来たと申しております。早く出て降参すれば、我々の命は助かると」

猴王はこれを聞き、「我が武具を持ってまいれ」と命じた。紫金冠をかぶり、黄金の鎧をまとい、歩雲鞋を履き、手には如意金箍棒を携える。部下を引き連れて門を出て、堂々と陣を構えた。

巨霊神が目を凝らして見ると、そこにいたのは実に立派な猴王であった。身には金色に輝く鎧、頭には光り輝く金の冠。手に持つは如意金箍棒、足元には雲を歩む靴。鋭い両の目は明星のごとく、両の耳は肩を越すほどに大きく、その体躯はがっしりとして力強い。体を伸ばし、姿を変える術にも長け、その声は鐘や磬のように朗々と響き渡る。尖った口と牙を持つかの弼馬温は、今や、天にも等しい大聖者たらんとする高い志を抱いていた。

巨霊神は、厳しく声を張り上げた。

「この無礼な猿め、俺を覚えているか」

「お前はどこの馬の骨だ。会った覚えはない。さっさと名乗れ」

「この図々しい猿めが。俺を知らぬとはな。俺は托塔李天王の部下、先鋒の巨霊天将である。今、玉帝の勅命を奉じ、お前を降伏させに来た。さっさと武装を解き、天の恩に従うがよい。さすれば、この山にいる畜生どもが皆殺しにされるのを免れるであろう。もし一言でも『否』と申せば、お前を瞬く間に粉々にしてくれるわ」

これを聞いた猴王は、心底から激怒した。

「この毛むくじゃらの神め、大口を叩くな。本当なら一撃で叩き殺してやりたいところだが、それでは伝令の者がいなくなってしまう。命だけは助けてやるから、急いで天上に帰り、玉皇に伝えろ。『彼は賢い者を用いることを知らぬ』とな。この俺様には無限の神通力があるというのに、なぜ馬の世話などさせたのか。我が旗に書かれた文字を見よ。もしこの称号通りの官職を与えてくれるなら、争いはやめよう。天地は自ずと静かになるだろう。だが、もし従わぬとあらば、すぐに霊霄宝殿に攻め上り、奴が玉座に座っていられぬようにしてくれるわ」

巨霊神はこれを聞き、慌てて目を凝らして風上を見ると、なるほど、門の外に高い旗竿が立てられ、そこには「斉天大聖」の四文字がはっきりと書かれていた。

「この生意気な猿め、世の道理も知らず、勝手に天と等しい聖者を名乗るとはな。もはや容赦はせぬ、この斧を受けるがよい」

頭上めがけて切りかかってくる。猴王は少しも慌てず、金箍棒でそれを受け止めた。

この戦いは、凄まじいものであった。棒の名は如意、斧の名は宣花。二人が初めて出会い、互いの実力を知らぬまま、斧と棒が左右に激しく打ち合わされる。一方は不思議な神通力を隠し持ち、一方は大口を叩いて自らを誇示する。法術を使えば雲を呼び霧を立ち込めさせ、手を広げれば土を巻き上げ砂を撒き散らす。天将の神通力も確かなものではあったが、猴王の変化の術はまことに限りがない。

棒を振るう様は龍が水と戯れるがごとく、斧が迫る様は鳳凰が花の間を舞うがごとし。巨霊神の名声は天下に知れ渡っていたが、その実力は悟空に及ばなかった。大聖が軽々と鉄棒を振るうと、頭に一撃を食らった巨霊神は全身が痺れ、彼に対抗しきれなくなった。猴王に頭上から打ち下ろされた一撃を、慌てて斧で防ごうとしたが、カチリという音と共に斧の柄は真っ二つに折れ、巨霊神は急いで身を引いて逃げ出した。

猴王は笑って言った。

「弱虫め、弱虫め。許してやったぞ。早く行って報告するがよい」

巨霊神は陣営に戻り、托塔天王の前にひざまずいて報告した。

「かの弼馬温は、まことに神通力が広大で、この私では歯が立たず、敗れて戻ってまいりました。どうか、お許しください」

李天王は怒って言った。

「この者め、我が軍の士気をくじきおって。引き出して首を刎ねよ」

その時、傍らから哪吒太子が進み出て言った。

「父上、お怒りをお鎮めください。巨霊の罪はしばしお許しになり、この私が出陣して、その実力を確かめてまいりましょう」

天王はその諫言を聞き入れ、巨霊神を陣営に戻し、罪を保留して職務に当たらせた。哪吒太子は、鎧兜をきちんと身に着け、陣営を飛び出し、水簾洞の外へと向かった。

悟空がちょうど兵を収めているところへ、哪吒が勇ましくやって来るのが見えた。実に立派な太子である。子どものような髪型が額をわずかに覆い、まだ若々しい。神々しく、聡明で、その骨格は秀でて清らかであった。まことに天上の麒麟の子であり、霞の中に立つ彩色の鳳凰のようでもある。六種の神器をその身に携え、その変化の力は限りなく広い。今、玉皇の命を受け、三壇海会大神に封じられたばかりであった。

悟空は近づいて尋ねた。

「お前はどこの若様だ。俺の門の前に乗り込んで来て、何か用か」

「この無礼な妖猿め。俺を知らぬのか。俺は托塔天王の三太子、哪吒である。今、玉帝の勅命を奉じ、お前を捕らえに来た」

悟空は笑った。

「小坊主め、まだ乳歯も抜けきらぬくせに、よくもそんな大口が叩けるものだ。命だけは助けてやる。俺の旗に何と書いてあるかよく見て、玉帝に伝えろ。もしこの通りの官位を与えるなら、兵を動かすまでもなく、俺は自ら降参しよう。だが、もし俺の意に沿わぬなら、必ずや霊霄宝殿に攻め上ってくれる」

哪吒が頭を上げて見ると、まさしくそこには「斉天大聖」の四文字があった。

「この妖猿、どれほどの神通力があるというのだ。よくもそんな称号を名乗るものだ。恐れるな、この一剣を受けるがよい」

「俺はここに立って動かぬ。好きなだけ打ち下ろすがいい」

哪吒は怒りに燃え、大声で叫んだ。

「変われ」

たちまち三つの頭と六本の腕を持つ姿に変わり、恐ろしい形相で六種の武器を手に、悟空めがけて打ちかかってきた。悟空はこれを見て、内心驚いた。

「この小坊主、なかなかやるではないか。こちらも礼を欠いてはならぬな。俺の神通力を見せてやろう」

素晴らしき大聖は、「変われ」と一声叫び、彼もまた三頭六臂の姿となった。金箍棒をひと振りすると三本の棒に変わり、六本の手でそれらを操り、哪吒の攻撃を受け止めた。

この戦いは、天地を揺るがすほどの激戦となった。六臂の哪吒太子と、生まれながらの石猿の王。まさしく好敵手との出会いであった。一人は勅命を受けて下界に降り、一人は傲慢な心で天界を騒がす。斬妖の宝剣は鋭く、砍妖刀の勢いは鬼神をも恐れさせる。縛妖索は飛ぶ大蛇のごとく、降妖の杵は狼の頭のようだ。

大聖の三本の如意棒は、前を遮り、後ろを防ぎ、巧みに立ち回る。激しく戦うこと数十合、優劣はつかない。哪吒はその六種の武器を何億何万にも変化させ、悟空の頭めがけて投げつけた。猴王は少しも恐れず、呵々と大笑し、鉄棒を振り回して応戦する。一つが千に、千が万に変化し、空に舞い乱れる様は、まるで龍が乱れ飛ぶかのようであった。

三太子と悟空は、互いに神通の限りを尽くし、三十合ほど戦った。空中で雨粒や流れ星のように武器が飛び交い、勝負はつかない。だが、悟空は手先が器用で、目が素早い。その混戦の最中、そっと一本の体毛を引き抜き、「変われ」と叫んだ。すると、それは彼の本物の姿に変わり、棒を手に哪吒と戦うふりをした。その隙に、彼の真の体は、ひらりと哪吒の背後に回り込み、左の二の腕に一撃を見舞った。

哪吒は法術を使っている最中で、棒の風音に気づき、慌てて避けようとしたが間に合わず、一撃を食らって痛みに顔を歪めた。彼は法術を収め、六種の武器を体に戻すと、そのまま敗走していった。

陣営では、李天王がすでにその様子を見ており、急いで兵を率いて加勢しようとしていたが、気づけば太子が目の前に戻っていた。

「父上、あの弼馬温はまことに手強い相手です。この私でさえ、彼には敵わず、腕を打たれてしまいました」

天王は大変驚き、顔色を変えた。

「あの猿めが、これほどの神通力を持つとは。どうすれば勝てるというのだ」

「彼の洞窟の門の外には、一本の旗が立てられ、そこには『斉天大聖』の四文字が書かれております。彼が言うには、玉帝にこの官職に封じてもらえるならば、すぐに兵を収めて降伏すると。もしそうでなければ、必ず霊霄宝殿に攻め上ると申しておりました」

「それならば、これ以上戦うのは得策ではない。一旦天上に帰り、この言葉を報告し、さらに多くの天兵を遣わして、あの猿を捕らえるのがよかろう」

太子は痛みを負い、もはや戦えなかったため、天王と共に天上に帰って報告することにした。

さて、猴王は勝利を得て山へ帰り、七十二洞の妖王と、六人の義兄弟は皆、祝いに駆けつけた。洞天福地でこの上ない喜びに浸りながら酒を酌み交わした。彼は六人の義兄弟に向かって言った。

「俺が斉天大聖と名乗ったのだから、兄者たちも大聖と称してはどうだろうか」

すると、牛魔王が声を張り上げた。

「賢弟の言う通りだ。俺は平天大聖と称しよう」

「我は覆海大聖と称す」と蛟魔王。

「我は混天大聖」と鵬魔王。

「我は移山大聖」と獅狔王。

「我は通風大聖」と獼猴王。

「我は駆神大聖」と偶狨王。

こうして七大聖はそれぞれ名乗りを上げ、楽しく一日を過ごした後、解散していった。

さて、李天王と三太子は、部下を率いて霊霄宝殿まで戻り、奏上した。

「臣らは勅命により下界へ出兵し、妖仙孫悟空を捕らえようとしましたが、彼の神通力はあまりに広大で、勝利を得ることができませんでした。改めて陛下に増援をお送りいただき、この怪物を討伐していただくことをお願い申し上げます」

「たかが一匹の妖猿に、どれほどの力があるというのだ。まだ増援が必要だと申すか」

太子がさらに進み出て奏上した。

「陛下、どうか私の罪をお許しください。かの妖猿は一本の鉄棒を使い、まず巨霊神を打ち負かし、次に私の腕を傷つけました。洞窟の門の外には一本の旗が立てられ、そこには『斉天大聖』の四文字が書かれております。彼が言うには、この官職に封じてもらえればすぐに降伏するが、そうでなければ必ず霊霄宝殿に攻め上るとのことでした」

玉帝はこれを聞き、驚いて言われた。

「この妖猿、よくもこれほど傲慢なことが言えるものだ。直ちに天将たちに命じ、これを誅殺せよ」

ちょうどその時、群臣の中から太白金星がまた進み出て奏上した。

「かの妖猿は、ただ口先だけで、分不相応なことを申しているに過ぎません。兵を増やして戦ったとしても、すぐには捕らえられず、かえって軍が疲弊するばかりでしょう。いっそ陛下が慈悲をお示しになり、再び招安の勅旨をお出しになってはいかがでしょうか。そして、彼をそのまま斉天大聖といたしましょう。ただし、名ばかりの官職を与え、俸禄は与えないものとすればよろしいかと」

「官職はあっても俸禄がない、とはどういうことか」

「名前は斉天大聖としますが、彼には何も仕事を与えず、俸給も与えません。しばらく天上の世界に置いておくことで、彼の邪な心を収めさせ、傲慢な振る舞いをさせぬようにするのです。そうすれば、天地は安泰となり、世界は平和になりましょう」

玉帝はこれを聞き入れ、「卿の奏上の通りにせよ」とお命じになった。直ちに詔書が発行され、再び金星がそれを持って下界へ赴くことになった。

金星は再び南天門を出て、花果山の水簾洞の外までやって来た。今度の花果山は前回とは違い、威風堂々とし、殺気に満ちていた。様々な妖怪たちが剣や槍、刀や杖を手に持ち、吠えたり跳ねたりしていた。金星の姿を見るや、皆が前に出て戦いを仕掛けようとする。

「そこの頭目たちよ、申し訳ないが、お前たちの大聖に報告してくれぬか。私は上帝の遣わした使者で、勅旨を持って彼を招きに来たのだ」

妖怪たちはすぐに駆け込み、報告した。

「外に一人の老人がおります。上界からの使者で、勅旨を持ってあなた様を迎えに来たと申しております」

「よく来てくれた。おそらく、前回も来た太白金星だろう。あの時は官職こそつまらなかったが、一度天界を歩き、道を知ることができた。今また来たということは、きっと良い知らせに違いない」

悟空は部下に命じ、旗を大きく広げ、隊列を整えて迎え入れた。大聖はすぐに群猿を引き連れ、冠を戴き、鎧を身につけ、その上から黄土色の外套を羽織り、雲の履を履いて、急いで洞窟の門を出た。身をかがめて礼をし、大声で言った。

「老星、どうぞお入りくだされ。お迎えが遅れた罪をお許しいただきたい」

金星は歩みを進めて洞窟の中に入り、南に向かって立った。

「今、大聖に申し上げます。前回、あなたが官職が低いことを嫌い、御馬監を去られた際、大小の役人たちが玉帝に奏上いたしました。玉帝は、『官職とは低い位から高い位へと昇進するもの。なぜ低いことを嫌がるのか』と申されました。すぐに李天王たちが討伐に向かいましたが、大聖の神通力を知らなかったため、敗北を喫し、『大聖は斉天大聖になりたいと申している』と奏上いたしました。武将たちはなおも戦おうとしましたが、この老人があなたのために力を尽くし、軍事行動を免れ、官職を授けていただくようお願いしたのです。玉帝はその奏上をお認めになり、それで今回、お迎えに参った次第でございます」

悟空は笑って言った。

「前回もお世話になり、今回もまたご贔屓いただくとは、かたじけない。して、天上では私に斉天大聖の官職を与えてくれるのであろうな」

「この老人がその称号で奏上を許されたからこそ、勅旨を奉じて参ることができたのです。もしそうでなければ、この私が罪に問われるだけでございます」

悟空は大いに喜び、酒宴でもてなそうとしたが、金星は固辞した。ついに二人はめでたい雲に乗り、南天門の外へと到着した。天界の兵士や将軍たちは皆、手を拱いて彼らを迎え入れた。そのまま霊霄殿の階下へと進んだ。

金星は拝礼して奏上した。

「陛下、詔に従い、弼馬温孫悟空を連れてまいりました」

玉帝は言われた。

「孫悟空、こちらへ参れ。今、お前を斉天大聖に任命する。これ以上ないほど高い官位であるぞ。ただし、決して勝手な振る舞いは許さぬ」

この猿も、ただ上に向かって一礼し、「有り難き幸せに存じます」と述べただけであった。

玉帝はすぐに工匠の張、魯の二班に命じ、蟠桃園の右側に斉天大聖府を建てるよう命じられた。府内には安静司と寧神司という二つの部署を設け、それぞれに仙人の役人を置いて、悟空を補佐させることにした。また、五斗星君を遣わして悟空を任地へ送り届けさせ、さらに御酒二瓶と金の華十輪を下賜し、心を落ち着けて二度と勝手な振る舞いをせぬように、と諭された。

猴王はこの命令を信じ、その日のうちに五斗星君と共に役所へと赴いた。酒瓶を開け、皆で飲み干した。星官たちを帰した後、彼はようやく心から満足し、歓喜に満ちて、天宮で楽しく、何の心配もなく過ごしたのであった。

まさにこう歌われる。

仙人の名が永久に長生の仙人名簿に記され、輪廻に堕ちることなく万古に伝えられる、と。

さて、この先、物語はどのように展開していくのか。それは、また次回のお楽しみである。


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第四回の要約

天界に招かれた孫悟空は、その圧倒的な能力にもかかわらず、馬の世話係である「弼馬温ひつばおん」という末端の役職を与えられます。最初は喜んで真面目に働きますが、後にそれが誰からも評価されない最下級の仕事だと知ると、プライドを傷つけられ激怒。天界を飛び出し、故郷の花果山へ戻って反旗を翻します。

そして、自ら「天と等しい偉大な聖者」を意味する「斉天大聖せいてんたいせい」と名乗りました。

この反乱に対し、玉帝は討伐軍を派遣しますが、悟空は天界の名だたる武神たちをいとも簡単に打ち負かしてしまいます。困り果てた天界は、結局悟空の要求を呑むことにしました。ただし、実権も給料もない「名誉職」として「斉天大聖」の地位を正式に与え、彼のプライドを満足させて懐柔しようとします。

こうして悟空は再び天界に戻り、立派な官邸を与えられて一旦は満足しますが、この一件は、彼の尽きることのない自尊心と天界の権威との、さらなる衝突を予感させるものとなりました。

この物語の真髄の解読

 1. 導入部に込められた作者の思い

この第四回のタイトル「官封弼馬心何足 名注齊天意未寧」は、物語全体のテーマを凝縮した見事な一文です。

「官封弼馬心何足(弼馬温に任命されても心は満たされず)」

「名注齊天意未寧(斉天大聖の名を与えられても気持ちは安らがない)」

これは、「社会的な地位や名誉といった“外側の評価”では、悟空の本質的な魂の渇望は決して満たされない」という作者のメッセージです。悟空が求めているのは、単なる肩書ではありません。それは、自身の圧倒的なエネルギーと存在価値が、ありのままに認められることです。

作者は、このタイトルを通して、人間誰しもが持つ「自分は何者なのか」という問いと、社会的な評価との間で生まれる葛藤、そして尽きることのない承認欲求や向上心を描こうとしています。この回で悟空は一時的に満足しますが、タイトルが示す通り、彼の「意は未だ寧からず」、本当の安らぎはまだ先にあることを暗示しているのです。

 2. 時代背景と社会へのメッセージ

この物語が書かれた明の時代は、皇帝を頂点とする官僚制度が非常に硬直化し、政治腐敗も蔓延していました。才能があっても家柄や賄賂がなければ正当に評価されないという理不尽がまかり通っていた時代です。

天界 = 腐敗した明王朝の朝廷

玉帝は、問題を力で押さえつけるか、面倒を避けて事なかれ主義に徹するだけの無能な皇帝の象徴です。

天界の神々や役人たちは、前例や規則ばかりを気にする形式主義の官僚たちを風刺しています。

孫悟空 = 抑圧された民衆のヒーロー

悟空は、圧倒的な才能とエネルギーを持ちながらも、生まれ(石から生まれた猿)を理由に見下され、その能力に見合わない屈辱的な仕事(馬の世話係)しか与えられません。これは、当時の社会で不当な扱いを受けていた才能ある民衆の怒りや不満を代弁しています。

彼の反乱は、硬直した権威への痛烈な批判であり、「人間の価値は生まれや肩書で決まるものではない」という、民衆の心の叫びを映し出しているのです。

 3. 文化的・宗教的なメッセージ

『西遊記』は、道教的な神々の世界を舞台に、仏教的な悟りを目指す物語です。この第四回は、その導入部として極めて重要な役割を担っています。

悟空は「心猿」、つまり制御不能な人間の心

仏教では、あれこれと落ち着きなく動き回る人間の心を「心猿しんえん」と呼びます。悟空の行動は、まさにこの「心」の象徴です。プライドを傷つけられれば暴れ、褒められれば有頂天になる。この回で描かれるのは、まだ何にも縛られていない、野性的で純粋な欲望のエネルギーそのものです。

読者に示したかったこと

作者は、一見すると滑稽で傲慢な悟空の姿を通して、「立派に見える権威や社会の常識は、本当に絶対的なものなのか?」と読者に問いかけています。そして、社会の枠からはみ出すほどの強烈な「個」のエネルギーを肯定的に描くことで、読者に爽快感と共感を与えました。

同時に、この制御不能な「心(悟空)」が、これから始まる長い旅(仏道修行)を通して、いかにして成長し、本当の安らぎ(悟り)を見つけていくのか、という壮大なテーマの幕開けを示唆しているのです。

『西遊記』第四回に登場する托塔李天王や哪吒太子といった神々は、日本の読者にとっては、むしろ『封神演義』のキャラクターとして馴染み深いかもしれません。このキャラクターの重なりは、単なる偶然や借用という言葉だけでは片付けられない、中国白話小説の豊穣な世界を解き明かす鍵となります。

二作品の対比と、作者たちの試案について深掘りしてみましょう。

 1. 先行するのは『西遊記』、そして共有される神話の世界

まず前提として、現在最も流布している百回本の『西遊記』が成立したのは16世紀末(明代・万暦年間)です。一方、『封神演義』の成立はそれより少し後、17世紀初頭とされています。つまり、時系列で言えば『西遊記』が先行しており、『封神演義』が『西遊記』のキャラクターを借用した、と考えるのが自然です。

しかし、事態はもう少し複雑です。哪吒や李靖といった神々の物語は、両作品の作者がゼロから創造したものではありません。彼らは、宋・元の時代から民間の説話、宗教伝説、雑劇(当時の大衆演劇)などを通じて、すでに中国の民衆の間で広く知られた「共有財産」ともいえる存在でした。

両作品の作者は、この誰もが知る「スターキャラクター」を自らの物語にキャスティングし、作品のテーマに合わせてその役割や性格を再創造リブートしたのです。この「再創造の仕方」にこそ、両作者の狙いと作品の本質が表れています。

 2. キャラクターの対比と深掘り:役割と深みの違い

哪吒太子:父への反逆者か、天界の優等生か

『封神演義』の哪吒

物語の最重要人物の一人。彼の物語は、父・李靖との壮絶な確執から始まります。竜王の息子を殺し、父に迷惑をかけた責任を取って一度は自害。その後、師である太乙真人の手で蓮の化身として復活します。この「一度死んで人間を超えた存在になる」という経験が、彼のキャラクターに悲劇性と神聖さ、そして父への消えないわだかまりという深い陰影を与えています。彼は個人のドラマを背負ったヒーローです。

『西遊記』の哪吒

こちらでは、父との確執といった過去のドラマはほぼ省略されています。彼は天界の秩序を守る「降魔大元帥」の息子であり、有能で忠実な若き将軍として登場します。三頭六臂の神通力も、彼の個人的な力の証明というより、「天界の戦力」の一つとして描かれます。孫悟空という規格外の存在を前に、天界の「常識的な強さ」がどこまで通用するのかを示すための比較対象(リトマス試験紙)としての役割が強いのです。彼の敗北は、彼の弱さというより、悟空の異常さを際立たせるための演出と言えます。

托塔李天王(李靖):息子の暴走を抑える父か、権威の象徴か

『封神演義』の李靖

もとは人間であり、三人の息子を持つ父親としての苦悩が描かれます。特に哪吒との関係は深刻で、息子の反抗と強大すぎる力に恐怖すら覚えます。彼が常に手にしている「宝塔」は、師である燃灯道人から授かったもので、哪吒を抑えつけるための切り札です。つまり、宝塔は父子の歪んだ関係性の象徴であり、彼の人間的な弱さの裏返しでもあります。

『西遊記』の李靖

彼がなぜ宝塔を持っているのか、その理由はほとんど語られません。宝塔は彼の「托塔(塔をささげ持つ)」という二つ名を示すトレードマークであり、天界軍の総司令官たる「降魔大元帥」という権威の象徴に過ぎません。彼は規則と命令に忠実な官僚であり、悟空の反乱に際しては、私情を挟まずただ「勅命」として討伐に向かいます。彼の役割は、天界という巨大な官僚機構のトップとして、秩序を乱す者を排除すること。そこに父親としての葛藤はありません。

 3. 作者の試案:神々をどう描きたかったのか

このキャラクター造形の違いは、両作品の根幹的なテーマの違いから生まれています。

『封神演義』は「神々の群像劇」

作者が描きたかったのは、殷周革命という歴史的大事件の裏で繰り広げられた、神々と仙人たちの壮大な戦争ドラマです。誰が味方で誰が敵か、なぜ戦うのか、そして戦いの末にどうなるのか(=封神されるのか)。登場人物一人ひとりが持つ因縁や人間(神)関係こそが物語の駆動力です。だからこそ、哪吒と李靖の父子の確執が詳細に描かれる必要がありました。

『西遊記』は「孫悟空という“個”の物語」

作者の関心は、徹頭徹尾、孫悟空という一個の魂の成長にあります。彼にとって天界とは、孫悟空が乗り越えるべき「旧態依然とした社会システム」や「硬直した権威」のメタファーです。

そのため、そこに属する神々は、個性豊かなキャラクターである必要はありません。彼らは「元帥」「天将」「太子」といった「役割ロール」を演じる記号的な存在で十分なのです。彼らが杓子定規で、規則に忠実であればあるほど、規則を無視して暴れ回る悟空の自由さ、型破りな生命力が鮮やかに浮かび上がるからです。

結論として、両作者は民間に流布していた神々の伝説という共通の素材庫から、自らの物語に最適な形でキャラクターを「再構成」しました。『封神演義』の作者は神々の人間臭いドラマに光を当て、『西遊記』の作者は神々を官僚的な権威の象徴として描き出すことで、主人公・孫悟空の反骨精神と絶対的な個の力を際立たせることに成功したのです。

これは単なる「借用」ではなく、同じ素材から全く異なる芸術作品を生み出す、創造的な「試案」と言えるでしょう。

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