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私説 西遊記の遊戯  作者: 光闇居士


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第三回:四海千山みな平伏し、九幽十類ことごとく名を消さる。

挿絵(By みてみん)

「龍宮を揺るがし、冥府を覆す猿王の図」

【しおの】

四つの海、千の山、みな平伏し、猿の王を崇め。

九つの地獄、十種のいきもの、ことごとくその名を、生死を司る帳面より消し去られる。

傲来国の武器の強奪

さて、美猴王こと孫悟空が故郷の花果山へと凱旋し、混世魔王を討ち取って手に入れた大刀を振るうようになってからというもの、その日々は武芸の稽古に明け暮れておりました。子猿たちには竹を削って槍を、木を削って刀を作らせ、旗指物を掲げ、陣太鼓を打ち鳴らしては、進退の駆け引きや陣の構え方などを教え込み、さながら本物の軍のような遊戯に興じる毎日でございました。

ある日のこと、静かに座していると、ふと一つの考えが心をよぎります。

「こうして我らが興じている遊戯も、いつか本物の戦とならぬとも限らん。もし、人の世の王か、あるいは鳥や獣の王が、これを謀反の企てと見て軍勢を差し向けてきたら、いったいどうするつもりだ。お前たちのその竹槍や木刀で、どうやって敵と渡り合うというのだ。我らには、まことの刃を持つ鋭い武器が必要だ。さて、どうしたものか」

これを聞いた猿たちは、皆一様に驚き、恐れおののいて言いました。

「大王様のお考えはまことにごもっとも。されど、そのような立派な武器、いったいどこで手に入れればよいものか、見当もつきませぬ」

その時でした。古参の猿の中から、赤尻馬猴が二匹、通背猿猴が二匹、合わせて四匹の老猿が進み出て、こう言上いたしました。

「大王様、鋭利な武器をお望みとあらば、それは至極たやすいことにございます」

悟空が「ほう、どうして簡単だと言うのだ?」と問いますと、四匹の猿は答えました。

「この山を東へ二百里、海を越えた先に、傲来国という国がございます。その国には王がおり、城下には無数の民が暮らし、必ずや金銀銅鉄を扱う鍛冶屋がいるはず。大王様がかの地へ赴き、武器を買い求めるか、あるいは作らせるかして我らをお導きくだされば、この花果山を永遠に安泰に保つ、これ以上ない策となりましょう」

これを聞いた悟空は、心から喜び、「お前たちはここで待っていろ。わしがひとっ走り行ってこよう」と叫びました。

さっそうと、我らが美猴王は筋斗雲に飛び乗ると、瞬く間に二百里の海原を越えていきました。果たしてその先には、大きな城郭がそびえ、賑やかな大通りや市場が広がり、家々が軒を連ね、人々は皆、穏やかな日差しのもとを行き交っております。

悟空は心の中で思いました。

「ここには間違いなく、すぐに使える武器があるだろう。わざわざ買い求めるより、神通力でちょいとばかり拝借していくのが手っ取り早い」

彼はすぐさま印を結び、呪文を唱えると、東南の風に向かって深く息を吸い込み、ふーっと一息に吹きかけました。すると、たちまち天地を揺るがすほどの狂風が巻き起こり、砂塵が舞い、小石が宙を飛び、世にも恐ろしい光景が広がりました。

天を覆う黒雲、地を包む暗霧。海は荒れ狂い、山々の木々はなぎ倒され、虎や狼は逃げ惑います。商いは止み、旅人の姿は消え、宮殿の主君は奥深くへと隠れ、役人たちは慌てて役所へと引き返しました。千年の長きにわたり鎮座していた玉座は吹き倒され、壮麗な楼閣の礎までもがぐらぐらと揺らぎます。

この突風に、傲来国の君主は肝を潰し、城下の民は慌てて門戸を固く閉ざし、道には誰一人として歩く者はいなくなりました。

しめたとばかりに悟空は雲から降り立つと、まっすぐに朝廷の門をくぐり抜け、武器が納められた武庫へとたどり着きました。扉を開けてみれば、中には刀、槍、剣、戟、斧、鉞、矛、鎌、鞭、熊手のような武器から鉄の鞭、弓や弩に至るまで、ありとあらゆる武器が無数に並べられています。

これを見た悟空は大いに喜びました。

「だが、わし一人でどれほど運べるというのだ。やはり、分身の術を使うに限るな」

見事、美猴王は己の毛を一本引き抜くと、口に含んで噛み砕き、ふっと息と共に吐き出しました。「変われ!」と一声叫べば、その身から何千何百という小さな猿たちを呼び出し、彼らはわっと武器庫になだれ込みます。ある者は五つ七つ、ある者は二つ三つと、力の限り武器を運び出し、瞬く間に武庫は空っぽになりました。

悟空は再び雲に乗り、物を引き寄せる術で小さな猿たちを従えると、吹き荒れていた風をぴたりと収め、意気揚々と故郷へと引き返したのでした。

一方、花果山では、洞窟の前で遊んでいた大小の猿たちが、突如として風の音と共に空から現れた無数の猿の化生を見て、恐ろしさのあまり蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っておりました。

やがて、美猴王が雲から降り立ち、霧を払ってその身をひとつ震わせると、分身の毛は元に戻り、山積みになった武器の前に、ただ一人、悟空が立っておりました。

「者ども、武器を取りに来い!」

その声に、猿たちは恐る恐る近づき、平伏して事の次第を尋ねます。悟空は、先ほどの神通力で武器を根こそぎ運び去ってきた顛末を、得意満面に語って聞かせました。

猿たちは感謝の言葉を口々に述べ、先を争って刀を手にし、剣を奪い合い、斧を振りかざし、槍を構え、弓を引き絞っては、わあわあと歓声を上げながら、日がな一日遊び明かしたのでした。

四海竜王の宮殿にて

翌日からも、猿たちは手に入れた本物の武器を手に、陣を組んでの訓練に励みました。悟空のもとに集った猿の数は、今や四万七千余り。その威勢は山々に響き渡り、狼や虎、豹といった獣たち、そして七十二の洞窟に潜む妖王たちをことごとく震え上がらせました。彼らは皆、猿の王を主と仰ぎ、季節ごとに貢物を届け、軍事教練に加わる者、食糧の調達に協力する者など、花果山はさながら鉄壁の城のように、整然と統治されるようになったのです。

ある日、皆の武芸が上達していく様子に満足していた美猴王は、ふと、こう漏らしました。

「お前たちの腕は上がったが、どうもわしのこの大刀は、大振りすぎてどうにも手に馴染まん。もっとわしの意のままになるような得物はないものか」

すると、あの四匹の老猿が進み出て、言上しました。

「大王様は神通力を得た仙聖のお方。そこいらの凡庸な武器など、お気に召すはずもございません。ところで大王様、水の中を自在に行き来することは、おできになりますか?」

「無論だ」と悟空は胸を張ります。

「わしは道を修めて以来、七十二般の変化の術を身につけ、筋斗雲の神通力は計り知れん。姿を隠すも、物を引き寄せるも意のままだ。天に昇る道もあれば、地に潜る門もある。太陽や月の上を歩いても影はなく、金属や石の中に入っても妨げられぬ。水に溺れることも、火に焼かれることもない。わしが行けぬ場所など、この世にはないわ」

四匹の猿は言いました。

「大王様がそれほどの神通力をお持ちでしたら、この鉄板橋の下を流れる水は、遥か東海竜王の宮殿へと通じております。もし、かの地へ赴き、老龍王に頼んでご覧になれば、きっとお気に召すような宝の武器が見つかるやもしれませぬ」

これを聞いた悟空は、「それは良いことを聞いた。では、さっそく行ってまいろう」と大喜びで答えました。

見事、美猴王は橋のたもとへ飛び降りると、水を避ける印を結び、ざぶりと波間へ身を投じました。不思議や、水は左右に分かれ、一条の道が東の海の底へと続いております。

道を進んでいくと、海の巡回をしていた夜叉が立ちはだかり、鋭く問い質しました。

「水を押し分けて進んでくるのは、どこのどなたか。名乗られよ。主にお取り次ぎいたす」

悟空は言いました。

「我は花果山の生まれ、天然自然の聖人、孫悟空。おぬしらの主、老龍王とはご近所のよしみだ。知らぬと申すか」

それを聞いた夜叉は慌てて水晶宮へと引き返し、報告しました。

「大王様、大変です。外に花果山の孫悟空と名乗る者が、『大王様のご近所様だ』と申して、もう間もなくこちらへ到着されます!」

東海龍王の敖広は、急いで龍の子や龍の孫、さらには蝦の兵士や蟹の将軍を引き連れて出迎えます。

「これは上仙、ようこそ、ようこそ。ささ、中へお入りくだされ」

宮殿へ招き入れ、上座を勧め、茶を献じた後、龍王は尋ねました。

「上仙は、いつ頃に道を得られ、いかなる仙術を会得なされたので?」

悟空は答えました。

「わしは生まれながらにして道を求め、不生不滅の身を得た。近頃、子や孫たちを鍛え、この山を守っておるのだが、いかんせん、手頃な武器がない。賢明なるご近所様が、この宝の宮殿にてさぞかし良いものをお持ちであろうと聞き及び、特別にお願いに上がった次第だ」

龍王は断ることもできず、すぐさまマンダリンフィッシュの役人に命じ、大きな柄の刀を一本、悟空の前に差し出させました。

悟空は言いました。

「わしは刀は使わぬ。別のものを頼む」

龍王はまた、ハクレンの役人とウナギの力士に命じ、九つの刃を持つ叉を担ぎ出させました。

悟空はひらりと飛び降りてそれを手に取ると、一通り振り回し、技を繰り出してから、ぽいと投げ出して言いました。

「軽い、軽い、軽い。これもまた手に馴染まぬ。もう一つ、別のものを頼む」

龍王は苦笑いを浮かべます。

「上仙、ご覧にならなかったのですか。この叉は三千六百斤もの重さがあるのですよ」

「手に馴染まぬものは、馴染まぬのだ」と悟空は取り合いません。

内心、恐れをなした龍王は、さらに鯉の将軍たちに命じ、美しい絵柄の施された方天戟を担ぎ出させました。その重さは、実に七千二百斤。

悟空はそれを見るなり駆け寄って手に取り、いくつかの型を見せた後、真ん中に突き立てて言いました。

「これもまだ、軽い、軽い、軽い」

老龍王は、もはや顔面蒼白です。

「上仙、私の宮殿で最も重い武器がこれでございます。これ以上のものは、もはやございませぬ」

悟空はにやりと笑いました。

「古くから『海の龍王に宝がないのを心配するな』と言うではないか。もう一度よく探してみよ。もし気に入るものがあれば、相応の代価は支払おう」

「本当に、これ以上はございません」と龍王は繰り返します。

その時、奥から龍王の妻である龍婆と、娘の龍女がそっと顔をのぞかせ、こう囁きました。

「大王様、あの聖人様、ただ者ではございません。そういえば、我らが宝物庫にございます、かの天の河の底を鎮めたという神珍鉄が、ここ数日、まばゆい光と瑞祥の気を放っております。もしかしたら、あの宝は、このお方に出会うのを待っていたのかもしれませぬ」

龍王は言いました。

「あれは、いにしえの大禹様が治水の際に川や海の深さを測った物差しにすぎん。ただの鉄の棒が、何の役に立つというのだ」

龍婆は答えました。

「お役に立つか立たないかはともかく、差し上げてみてはいかがでしょう。あのお方がどうなさろうと、ともかくこの宮殿からお引き取り願えれば、それでよろしいではございませんか」

老龍王は妻の言葉に従い、その旨を悟空に伝えました。

悟空は「ならば、出して見せてみよ」と言います。

龍王は手を振って言いました。

「あれは、担ぎ上げることも、持ち上げることもできませぬ。上仙ご自身で、ご覧になっていただくしか…」

「どこにある。案内せよ」

龍王は悟空を海の宝物庫の真ん中へと案内しました。すると、そこには幾千もの金色の光を放つものが鎮座しております。龍王はそれを指さし、「あれでございます」と言いました。

悟空は衣の裾をまくり上げて近づき、それに触れてみました。それはまさしく鉄の柱で、太さは一斗枡ほど、長さは二丈余りもあります。彼は両手で力いっぱい抱え上げると、こう言いました。

「ちと太すぎるし、長すぎる。もう少し、短く細くならねば使い物にならんな」

不思議なことに、その言葉が終わるやいなや、宝はすっと数尺短くなり、一回り細くなりました。

悟空は再びそれを軽々と持ち上げ、「もう少し細い方が良い」と言います。すると宝は、またしてもその通りに細くなりました。

心から喜んだ悟空は、それを宝物庫の外へ持ち出してしげしげと眺めました。両端には金の輪がはめられ、その間は艶やかな黒鉄。輪のすぐそばには、一行の文字が彫り込まれております。

「如意金箍棒、重さ一万三千五百斤」

その銘を目にした悟空の胸に、かつてない喜びが込み上げました。

「なるほど、この宝は持ち主の意のままになるというわけか」

歩きながら、心で念じ、口で唱え、手の中でそれを揺さぶります。

「もう少し短く細く、もっとだ」

宮殿の外へ持ち出す頃には、長さは二丈、太さは椀の口ほどになっていました。

悟空は神通力をふるい、水晶宮の中で棒を振り回し始めました。老龍王は肝を潰し、幼い龍たちは魂を抜かれ、亀や鼈は首をすくめ、魚や蝦や蟹たちは皆、ほうほうの体で身を隠します。

宝を手にした悟空は、水晶宮の広間にどっかりと座り込み、龍王に向かって笑いました。

「ご近所のよしみ、厚意に深く感謝する」

「恐れ入ります、恐れ入ります」と龍王は平伏します。

悟空は続けました。

「この鉄の棒は気に入ったが、もう一つ、言っておきたいことがある」

「上仙、他に何なりと」

「もしこの棒が手に入らねば、それで良かった。だが、今こうして得物を手にしてみると、どうにも身なりが寂しいではないか。もし、そなたのところに立派な武具があるならば、ついでに一式、見繕ってくれぬか。まとめて礼を言おう」

「そればかりは、あいにくとございません」

「一度訪れたからには、ここで用を足したいものだ。ないと言うなら、わしはこの門を動かぬぞ」

「お手数ですが上仙、他の海へお回りくだされば、あるいは…」

「あちこち回るより、一か所で済ませる方が良い。頼むから、ここで一式揃えてくれ」

「本当にございません。もしあれば、すぐにお渡しいたしますものを」

「本当か? ならないと言うなら、この鉄の棒で、少しばかり試させてもらうぞ!」

龍王は慌てて制しました。

「上仙、どうかお手出しはご容赦を! 私の弟たちのところを探させます。きっと一式、ご用意いたしますゆえ」

「弟君たちは、どこにおるのだ?」

「南海龍王の敖欽、北海龍王の敖順、西海龍王の敖閏にございます」

「わしが行くのはご免だ。俗に『掛け売り三つより、現金二つ』と言うだろう。何でも良いから、適当なものを一式くれれば、それで済む話だ」

老龍王は言いました。

「上仙がお出向きになるには及びません。ここには鉄の太鼓と金の鐘がございます。緊急の際にはこれを鳴らせば、弟たちはすぐさま駆けつけますので」

「ならば、早く鳴らすがよい」

ワニの将軍が鐘を撞き、スッポンの元帥が太鼓を打ち鳴らしました。

ほどなくして、鐘と太鼓の音に驚いた三海の龍王たちが、続々と東海竜宮に集まってまいりました。

南海龍王の敖欽が言います。

「兄上、いったい何事でございますか。太鼓と鐘を鳴らすとは」

「賢弟たち、話すのも恐ろしいことだ」と老龍王は事の次第を語り始めました。「花果山の孫悟空なる者が現れ、武器をよこせと言う。鋼の叉をやれば『小さい』と、方天戟をやれば『軽い』と言い、ついには天の河の神珍鉄を自ら持ち出してしまった。今も宮殿に居座り、今度は武具をよこせと申す。私のところにはないので、賢弟たちを呼んだ次第だ。誰ぞ、武具を一式持っておらぬか。あれに渡して、とっととお引き取り願おうではないか」

これを聞いた敖欽は激怒し、「我ら兄弟で兵を集め、奴を捕らえましょうぞ!」と叫びました。

「ならん、ならん」と老龍王は首を横に振ります。「あの鉄の棒は、かすめただけで死に、当たれば命はない。触れれば皮が裂け、擦れば筋が切れようぞ」

西海龍王の敖閏が冷静に言いました。

「二兄上、手出しは無用です。ここはとりあえず武具を一つずつ持ち寄り、彼に渡して宮殿から追い出しましょう。そして、ことの次第を天界へご報告申し上げるのです。さすれば、天帝が自ずとこの妖猿を誅伐してくださるでしょう」

「それがよろしい」と北海龍王の敖順も頷きます。「私からは、藕の糸で編んだ歩雲の履を一足、差し上げましょう」

西海龍王の敖閏が続けます。「私からは、鎖子黄金の鎧を一領、持参いたしました」

南海龍王の敖欽も言いました。「私には、鳳凰の翅を飾った紫金の冠がございます」

老龍王は大いに喜び、三人の弟を水晶宮へ案内して悟空に引き合わせ、それぞれの宝を献上しました。

悟空は、金の冠をいただき、金の鎧を身にまとい、雲の履を履くと、満足げに如意棒を振り回し、竜宮を後にしました。去り際に、龍王たちに向かって一言。

「騒がせたな、騒がせたな」

四海龍王は甚だ不満に思いながらも、天界へ訴え出ることを密かに話し合うのでした。

冥府に乗り込み、生死の帳面を消す

さて、我らが猿王は、水の道を分けて鉄板橋のたもとへと戻り、ひらりと波の外へ飛び出しました。その身には一滴の水もついておらず、全身から金色の光を放ちながら、橋を渡ってまいります。

出迎えた猿たちはその姿に驚き、一斉にひざまずいて叫びました。

「大王様、なんというご立派なお姿! なんという輝かしさでございましょう!」

悟空は満面の笑みを浮かべ、玉座にどっかりと腰を下ろすと、鉄の棒を真ん中に突き立てました。

猿たちはその宝の重さを知らず、代わる代わる持ってみようとしますが、まるでトンボが鉄の木を揺らすがごとく、びくともしません。皆、指を噛み、舌を巻いて言いました。

「お頭! これほど重いものを、いったいどうやってお持ちになったのです!」

悟空はそばに寄り、片手でひょいとそれを持ち上げると、皆に笑いかけました。

「物にはそれぞれ主があるものだ。この宝は、海の底で何千何万年と眠っていたが、ちょうど今年になって光を放ったという。龍王はただの黒鉄だと思っていたようだがな。奴らには持ち上げることすらできず、わし自らが取りに行くことになったのだ。初めは長さ二丈、太さは一斗枡ほどもあったが、わしが少し大きいと感じるや、たちまち縮んだ。もっと小さくなれと念じれば、また縮んだのだ。よく見れば、棒には『如意金箍棒、一万三千五百斤』と刻まれておったわ。さあ、皆下がれ。もう一度、変幻させて見せてやろう」

彼は宝を手の中で揺らし、「小さくなれ、小さくなれ、小さくなれ!」と叫びます。すると、それは見る間に刺繍針ほどの大きさになり、耳の中へとすっぽり収まってしまいました。

猿たちは驚き、口々に叫びます。「大王様、もう一度取り出して見せてください!」

猿王は耳からそれを取り出し、手のひらに乗せると、「大きくなれ、大きくなれ、大きくなれ!」と叫びました。すると、たちまち元の二丈の長さに戻ります。

彼は楽しくなって洞窟の外へ飛び出すと、宝を手に握りしめ、天と地にも匹敵するほど巨大になる神通力を使い、ぐっと腰をかがめて「伸びよ!」と叫びました。

すると、その体は一万丈もの高さにまで伸び、頭は泰山のごとく、腰は険しい峰のごとく、眼は稲妻のごとく、口は血の盆のごとく、歯は剣や矛のごとくなりました。その手に持つ棒は、上は三十三天の高きに達し、下は十八層地獄の底にまで届きます。

虎や豹、山中の怪獣たち、七十二洞の妖王たちは皆、この姿に恐れおののき、ただひれ伏すばかりでした。

やがて、悟空は巨大な姿を収め、宝を再び刺繍針に変えて耳に隠し、洞窟へと戻りました。慌てふためいた各洞窟の妖王たちは、皆、祝いの言葉を述べにやって来たのでした。

この後、悟空は四匹の老猿を健将とし、それぞれに馬流元帥、崩芭将軍という名を与え、軍の采配の一切を任せました。

彼は安心して、来る日も来る日も雲に乗り霧を駆って、四方の海を巡り、山々の景色を楽しみました。そして、各地の英雄豪傑を訪ね、多くの賢い友と交わったのです。この時、牛魔王をはじめとする六人の魔王と義兄弟の契りを交わし、合わせて七人兄弟となりました。彼らは日ごと集まっては文武を論じ、酒を酌み交わし、万里の彼方をも庭先のように行き来し、この世の楽しみを尽くしておりました。

ある日、悟空は六人の義兄弟を招いて大宴会を催し、皆、すっかり酩酊するまで飲み明かしました。

兄弟たちを見送った後、鉄板橋のほとりの松の木陰にもたれかかると、あっという間に深い眠りに落ちてしまいます。四人の健将と猿たちが、息を殺してその周りを見守っておりました。

その、美猴王の夢の中でのことです。二人の男が、「孫悟空」と書かれた公文書を手に現れ、有無を言わさず縄をかけると、彼の魂をぐいぐいと引っ張っていきました。ふらふらと連れて行かれた先には、一つの城がそびえており、その門には「幽冥界」という三文字が掲げられています。

ここで、美猴王ははっと我に返りました。

「幽冥界とは、閻魔王の住処ではないか。なぜわしが、このような場所に来なければならんのだ」

二人の男は言いました。

「お前の陽の世での寿命は尽きた。我らは公文書に従い、お前を迎えに来たのだ」

これを聞いた悟空は言いました。

「このわしは、三界を超え、五行の中に属さぬ身。もはやお前たちの管轄下にはおらんはずだ。何をとち狂って、このわしを捕らえに来るなどという大それた真似ができるのだ」

しかし、地獄の使いはただ彼を引っ張り続け、無理やり中へ引きずり込もうとします。

ついに怒りを爆発させた猿王は、耳から宝の如意棒を取り出すと、一振りで椀ほどの太さに変え、軽く一撃、二人の使いを粉々に打ち砕きました。

縄を解き、棒を振り回しながら、城の中へと殴り込みます。

牛頭鬼は東へ隠れ、馬面鬼は南へ逃げ惑い、鬼の兵卒たちは皆、閻魔王のいる森羅殿へと駆け込み、報告しました。

「大王様、大変です! 外から毛むくじゃらの雷神のような者が、打ち入ってまいりました!」

慌てた十代の冥王たちが装いを整えて見に行くと、果たして、凶悪な顔つきの猿が一匹、そこに立っております。彼らはすぐにずらりと並び、声を揃えて叫びました。

「上仙、どうぞお名前をお聞かせください!」

「お前たちがわしを知らぬと申すなら、なぜ人を遣わしてわしを捕らえに来たのだ」

「恐れ入ります、恐れ入ります。おそらくは、人違いでございましょう」

「でたらめを言うな! 昔から『役人が間違えても、連れてきた人は間違えない』と言うではないか。さっさと生死を司る帳面を持ってこい。わしが直々に見てやる!」

十王は殿上へ悟空を招き入れ、掌案の判官に命じて帳面を調べさせました。

判官が急いで持ってきた数冊の帳面を、悟空は自らめくって調べ始めました。獣の類、鳥の類、虫の類、いずれの帳面にも、彼の名はありません。

さらに猿の仲間の帳面を開くと、「魂」の字の千三百五十号のところに、ようやく「孫悟空」の名が見つかりました。そこには、「天より生まれし石猿、享年三百四十二歳、安らかに死す」と記されています。

悟空は言いました。

「わしの寿命がどれほどかは知らんが、とにかこの名を消してしまえば済むことだ。筆を持ってこい」

判官が慌てて濃い墨を含ませた筆を差し出すと、悟空は帳面を受け取り、そこに名が記されている猿の仲間を、一人残らず墨で塗り潰してしまいました。

そして帳面を叩きつけ、「これで済んだ。もう二度と、お前たちの世話にはならんぞ」と言い放つと、棒をひと振り、幽冥界を打ち破って去って行きました。

十王たちは、ただ呆然と見送るばかり。その後、地蔵王菩薩のもとへ赴き、この一件を天界へ奏上することを相談するのでした。

さて、城を打ち破って出た猿王は、ふと草の切り株につまずき、よろめいた拍子に、はっと目を覚ましました。それは、束の間の夢だったのでございます。

伸びをすると、周りを囲んでいた猿たちが口々に叫んでいるのが聞こえました。

「大王様、どれほどお飲みになったのですか。一晩中お休みになって、まだお目覚めになりませんか」

悟空は言いました。

「眠っていただけではない。わしは夢の中で二人の男に捕らえられ、幽冥界まで連れて行かれたのだ。そこで神通力を現し、森羅殿で大暴れしてやったわ。わしら猿一族の帳面を見つけ、そこに名のある者たちを、このわしがすべて消し去ってやったぞ。これでもう、奴らの好きにはさせん」

これを聞いた猿たちは皆、頭を下げて深く感謝しました。この時から、花果山の猿の中には、不老長寿の者が多く現れるようになったと言います。地獄の役所の名簿に、その名がないからでございます。

この話はすぐに各洞窟の妖王たちにも伝わり、皆が祝いに駆けつけました。数日後には六人の義兄弟もやって来て、名前が消された話を聞くと、また大いに喜び、連日連夜、祝宴が続いたことは言うまでもありません。

太白金星、天界へのいざない

さて、話は遥か天上、玉皇大帝のおわします宮殿へと移ります。

ある日の朝議のこと、玉帝が霊霄宝殿の玉座にましますと、一人の仙人が進み出て奏上しました。

「陛下、通明殿の外に、東海龍王の敖広が上奏文を携え、お待ち申し上げております」

玉帝が「通せ」と命じると、敖広は殿上へ進み出て拝礼し、そばに控えていた仙童が上奏文を受け取りました。

玉帝がそれに目を通されると、そこにはこうありました。

「東勝神洲に住まう小龍、敖広、謹んで申し上げます。近頃、花果山の妖仙、孫悟空なる者が、我らを虐げ、宮殿に居座り、武器や武具を脅し取りました。その凶暴さたるや、凄まじいものがございます。伏してお願い申し上げます。どうか天の軍を遣わし、この災いを捕らえ、海と山の安寧を取り戻したまえ」

読み終えた玉帝は、「龍神は海へ帰るがよい。朕がすぐに将軍を遣わし、この妖を捕らえさせよう」と命じました。

ところが、龍王が退出するやいなや、今度は別の仙人が進み出て奏上します。

「陛下、地獄を司る秦広王が、地蔵王菩薩の上奏文を奉じて参っております」

玉帝が再び目を通されると、そこにはこうありました。

「幽冥の境を治める者、謹んで申し上げます。かの妖猿、孫悟空が、地獄の使いを打ち殺し、十王を脅し、森羅殿で大暴れいたしました。あまつさえ、生死を司る帳面を奪い、猿の仲間の名をことごとく消し去ってしまいました。これにより、生死の輪廻は乱れ、冥府の秩序は覆されんとしております。伏してお願い申し上げます。どうか神兵を遣わし、この妖を捕らえ、陰陽の理をお正しください」

読み終えた玉帝は、秦広王にも「地獄へ帰るがよい。朕がすぐに将軍を遣わそう」と告げました。

大天尊は居並ぶ仙人たちに尋ねます。

「この妖猿は、いつ生まれ、いかにしてこれほどの神通力を得たのか」

すると、千里眼と順風耳が進み出て、答えました。

「この猿は、三百年前に天より生まれた石猿にございます。どこかで仙道を修め、龍を降し虎を伏せるほどの力を得たものと見えます」

「では、誰ぞ、下界に降りてこれを捕らえる者はあるか」

玉帝の言葉が終わらぬうちに、太白長庚星が進み出て、ひれ伏して奏上しました。

「陛下、生きとし生けるものは、皆、仙道を修めることができます。かの猿もまた、天地の気を吸って生まれたもの。今や仙道を修めたというのなら、人と何ら変わりはございません。ここはひとつ、慈悲の心をもって、招安の詔を下し、彼を天界に呼び寄せてはいかがでしょう。何らかの官職を与え、その名を天の名簿に記し、我らのもとに置くのです。もし天命に従うならば、後に昇進させればよいこと。もし背くならば、その時に捕らえればよろしいかと。いたずらに軍を動かす労を省き、また、仙人を広く受け入れる道を示すことにもなりましょう」

玉帝はこれを聞いて大いに喜び、「そちの言う通りにしよう」と答えました。そしてすぐに文曲星官に詔勅を作らせ、太白金星をその使者として遣わすことにしたのでございます。

金星は玉帝の命を受けると、南天門を出て、めでたい雲に乗り、まっすぐ花果山の水簾洞へと向かいました。

「私は天からの使者。お前たちの大王を天界へお招きするよう、帝の詔を携えて参った。急ぎ、取り次がれよ」

洞窟の奥へとこの知らせが伝わると、美猴王は大いに喜びました。

「ちょうどこの二、三日、天界へ行ってみたいと思っていたところだ。渡りに船とはこのことよ。急ぎ、お通しせよ!」

猿王は慌てて身なりを整え、門の外で使者を丁重に出迎えました。

金星は洞窟の中央に進み、南を向いて立ち止まると、言いました。

「私は西方の太白金星。玉帝の招安の詔を奉じ、そなたを天界へ招き、仙人の官職を授けるために参った」

悟空は笑って言いました。

「これはこれは、老師おほし様。わざわざお越しくださり、感謝に堪えません」

子分たちに酒宴の用意をさせようとしましたが、金星はそれを留めます。

「詔を身に帯びているゆえ、長くは留まれぬ。すぐに大王と共に天へ昇りたい。官職を得た後、改めてゆっくり語り合おうではないか」

「お心遣い、かたじけない。では、お言葉に甘えよう」

悟空は四人の健将を呼び、「子や孫たちの教練を怠るな。わしがまず天界へ行って様子を見てくる。うまくいけば、いずれお前たちも連れて行って、共に暮らせるようにしてやろう」と命じました。四健将は、心得たと頷きます。

こうして、我らが猿王は太白金星と共に雲に乗り、遥か天空の高みへと昇って行きました。

まさしく、

品高き天仙の位に昇り、

その名は雲の連なりのごとき、宝の帳面に記されん。

さて、かくして天仙の列に加わることになった美猴王。いったい、いかなる官職を授けられるのでありましょうか。

それはまた、次のお話にて。


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第三回の要約:悟空、やりたい放題で天界からスカウトされる

パワーアップした悟空は、猿の軍団にちゃんとした武器を持たせるため、隣国の「傲来国」へ行き、魔法の風を起こして武器庫からすべての武器を強奪します。しかし、自分に合う最強の武器がないことに不満を抱き、今度は海底にある竜宮城へ押しかけます。

東海竜王を脅しつけ、重さ八トン以上にもなる伝説の神具「如意金箍棒にょいきんこぼう」と、ド派手な鎧一式を無理やり奪い取りました。

その後、仲間たちと大宴会を開き、酔っぱらって眠っていると、地獄の役人に魂を捕らえられ、冥府めいふへと連れて行かれます。そこで悟空は「俺は運命なんかに縛られない!」と大激怒。如意棒で地獄をメチャクチャに破壊し、閻魔大王を脅して、自分と仲間たちの名前を寿命が書かれた「生死簿」からすべて消し去り、不死の存在となってしまいます。

竜王と閻魔大王から「あの猿、ヤバすぎます!」というクレームが天界の玉帝(最高神)に届きます。神々が軍隊を派遣して討伐しようかと議論する中、穏健派の神「太白金星」が「あれほどの逸材、敵にするより味方につけましょう。天界で役職を与えて管理すればいいのでは?」と提案。玉帝もそれを承諾し、悟空は天界から正式なスカウトを受けることになりました。

冒頭文と作品の背景に込められた真髄の解読

冒頭文が示す悟空の本質

四海千山皆拱伏しかいせんざんみなきょうふく

(意:世界のすべてがひれ伏す)

九幽十類盡除名きゅうゆうじゅるいついになをのぞく

(意:地獄のあらゆる生物が(死の運命から)解放される)

作者がこの冒頭で示したかったのは、孫悟空が単なる山猿の王ではない、世界のルールそのものを書き換えるほどの力と意志を持った存在である、ということです。

一つ目の文は、物理的な世界(地上)における彼の絶対的な支配力を示しています。そして二つ目の文は、それを超えて、運命や死といった形而上けいじじょうのルールさえも覆す、彼の反逆精神の象徴です。この章で彼が行うすべての行動は、この二つのテーマに集約されています。

時代背景と作者のメッセージ

この物語が書かれた明代の中国は、非常に厳格な官僚制度と、儒教に基づく固定的な身分社会でした。皇帝を頂点とする体制は絶対であり、民衆は定められた運命の中で生きていくのが当たり前でした。

政治・官僚主義への痛烈な風刺

天界の神々や地獄の役人たちは、まさに当時の「お役所仕事をする貴族や官僚」のメタファーです。彼らは前例や規則に縛られ、面倒なことは見て見ぬふり。竜王も閻魔大王も、悟空という規格外の存在の理不尽な要求に屈し、後からこっそり上(玉帝)に訴え出るだけです。天界も、問題解決のために討伐軍を送るという面倒を避け、「役職を与えて懐柔する」という、事なかれ主義的な手段を選びます。これは、硬直化し、腐敗した当時の政治体制に対する作者の痛烈な皮肉(風刺)です。

民衆の願望の投影

一方、孫悟空は、生まれも育ちも関係なく、己の力と才覚だけで成り上がる**「民衆のヒーロー」です。彼は権威に一切おもねることはありません。ルールが理不尽なら、暴力で破壊してでも自分の道理を通します。

「生死簿から名前を消す」という行為は、生まれによって寿命や運命が決められている社会で生きていた民衆にとって、「自分の人生は自分で決める」という、究極の願望の現れ**でした。悟空の破天荒な活躍は、抑圧された民衆にとって、胸のすくようなエンターテインメントだったのです。

宗教観:定められた秩序への挑戦

仏教や道教では、輪廻転生や因果応報といった、宇宙の秩序やルールが厳然と存在します。しかし悟空は、その秩序(地獄のシステム)すら破壊します。これは、既存の宗教的権威に対しても「本当にそれがすべてなのか?」と問いかける、挑戦的な思想の表れとも言えます。個人の純粋なエネルギーが、時に世界の大きなシステムさえも揺るがすのだ、というメッセージが込められているのです。


結論として、この第三回は、孫悟空がただの暴れ猿から、天界や地獄という「世界のシステム」に反逆する英雄へと変貌を遂げる重要なエピソードです。作者は悟空の姿を通して、硬直した社会への批判と、定められた運命に屈せず、自らの力で未来を切り開こうとする人間の根源的なエネルギーを、痛快に描き出したかったのです。


「招安」の深掘り:権力が反逆者を飲み込む中華思想のシステム

「招安」とは、単に「降伏を勧告し、味方につける」という意味ではありません。これは、中華思想における国家統治の根幹に関わる、非常に高度な政治戦略です。

本質は「体制への吸収」と「無力化」

皇帝を世界の中心とする中華思想において、国家の秩序(体制)の外にいる者は、たとえどれほど優れた能力を持っていても「賊」や「妖」でしかありません。しかし、その「賊」の力が強大になり、武力で討伐するには多大なコストとリスクが伴う場合、権力側が用いる最終手段が「招安」です。

これは、反逆者に**「官職」という名の首輪**をつけ、体制内部に取り込むことで、その牙を抜く行為です。

権力側のメリット:

コスト削減:戦争をせずに、厄介な敵を排除できる。

権威の維持:「皇帝の慈悲深さ」を内外に示し、反逆者すらも受け入れる度量の大きさを見せつけることができる。

戦力の利用:元・反逆者を、別の反逆者の討伐に利用する(毒をもって毒を制す)。

反逆者側のメリット(と罠):

正当性の獲得:「お尋ね者」から「お国の役人」へと、社会的な地位を得られる。

名誉の回復:親や故郷に錦を飾ることができる。これは儒教社会において非常に重要な価値観です。

しかし、これは最大の罠でもあります。体制に吸収された瞬間、彼らはかつての自由と反逆の精神を失い、自身が最も嫌っていたはずの、硬直した官僚システムの一員となるのです。

『水滸伝』における「招安」:理想に殉じた悲劇

この「招安」の理想と悲劇を最も象徴的に描いたのが『水滸伝』です。

梁山泊りょうざんぱくに集った108人の好漢たちは、腐敗した役人たちへの反発から無法者となりました。しかし、彼らのリーダーである宋江そうこうは、根っからの忠義の人であり、皇帝そのものに反逆する気はありませんでした。彼の最終目標は、自分たちの力を朝廷に認めさせ、「招安」を受けて国のために尽くすことでした。

梁山泊の内部では、「自由なままでいたい」と願う者と、「招安」を受け入れたい宋江派との間で葛藤が生まれます。最終的に彼らは「招安」を受け入れ、朝廷の軍隊となります。

しかし、その結末は悲劇的です。彼らは朝廷の命令で他の反乱軍の討伐に送り込まれ、かつての仲間であったはずの者たちと血みどろの戦いを繰り広げます。その過程で多くの好漢たちが命を落とし、生き残った者も、結局は腐敗した朝廷の策略によって殺されてしまうのです。

『水滸伝』における「招安」は、個人の純粋な理想や力が、巨大で腐敗した国家システムに飲み込まれ、利用され、ついには使い捨てにされるという、痛切な悲劇の物語として描かれています。

『西遊記』における「招安」:神々の世界を映す痛烈な風刺

一方、『西遊記』の作者は、この「招安」という政治劇を、全く異なる視点から、より痛烈な風刺として描いています。

天界(天廷)は、人間界の官僚組織そのものである

作者が描く天界は、決して清らかで絶対的な神々の世界ではありません。むしろ、明代当時の腐敗し、非効率で、事なかれ主義が蔓延する人間界の宮廷(官僚組織)を、そのまま神々の世界に置き換えたパロディなのです。

問題発生(悟空の暴走)への対応が人間的すぎる

竜王と閻魔大王からクレームが来た時の玉帝と神々の反応は、まさにダメな会社の役員会議です。

玉帝:「なんだこの猿は?どうなっておるのだ!」と、現場を把握していないトップ。

武闘派の神々:「軍隊を派遣して討伐しましょう!」と、短絡的でコスト意識のない提案。

太白金星(穏健派の官僚):「まあまあ、陛下。討伐などすれば、手間も兵も無駄になります。ここはひとつ、『招安』いたしましょう。適当な役職を与えて天界に置いておけば、監視もできますし、彼の名前も我々の管理下に置けます。これぞ平和的解決策ですぞ」

この太白金星の提案は、神聖な判断などではなく、「面倒ごとは避けたい」「できるだけ低コストで問題を封じ込めたい」という、典型的な官僚の発想です。作者は、神々でさえも、人間と同じように怠惰で、保身的で、物事の本質を見ようとしない存在として描き、その権威を笑い飛ばしているのです。

悟空の反応と『水滸伝』との決定的な違い

ここが最も重要な点です。『水滸伝』の宋江は「招安」を熱望しましたが、悟空は全く違います。

悟空:「ちょうど天界に行ってみようと思っていたところだ」

彼は「招安」を、自分が権威にひれ伏すことだとは微塵も思っていません。むしろ、「自分の実力が認められ、当然の如くスカウトされた」と捉えています。彼にとって天界は、忠誠を誓うべき場所ではなく、新しい遊び場にすぎません。

この後、悟空は「弼馬温ひつばおん」という馬飼いの役職を与えられますが、それが末端の低い地位だと知るやいなや、何の躊躇もなく再び大反乱を起こします。

宋江が「体制の中での名誉」を求めて自滅したのに対し、悟空は体制そのものを自分と同じレベルの存在としか見ていません。彼にとって「招安」は取引であり、その条件に不満があれば、いつでも契約を破棄する。この圧倒的な自己肯定感と個人主義こそが、悟空が体制に飲み込まれない理由なのです。

結論として、作者は「招安」という中国社会に深く根差した政治システムを物語に持ち込むことで、二つの大きな効果を生み出しました。

一つは、神々の権威を失墜させ、天界を人間社会の滑稽な鏡として描くことで、当時の政治や官僚主義を痛烈に風刺したこと。

もう一つは、『水滸伝』の悲劇とは対照的に、いかなる権威やシステムにも飲み込まれない、孫悟空という純粋で自由なエネルギーの象徴を際立たせたことです。彼は「招安」されるのではなく、自らの意志で天界という舞台に「出演」しに行ったに過ぎないのです。

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