第二十六回: 孫悟空、三島に法(ほう)を求め 観世音、甘泉で樹を活かす
【観世音、甘泉を注ぎ 霊根古木、龍の如く蘇る】
奇跡の瞬間、それぞれの脳内会議
【空中の主役】:観音菩薩(涼しい顔で水やり中) 「はいはい、再生、再生。ったく、あの猿ったら、いつも面倒な仕事ばっかり持ってくるんだから。この『甘露水』、一滴で高級美容液一年分のお値段なのよ? こんなにドバドバ使っちゃって……。後で天界の経理部にどう説明しようかしら。『猿が暴れたので』で通るかしらねぇ」
【地上の大騒ぎーズ(左側)】
孫悟空(手柄顔でジャンプ中) 「ヒャッハー! 見たか、この俺様の顔の広さ! 観音様を呼び出せるのは俺様くらいのもんだぜ! これで木は元通り、俺の罪もチャラ! いやー、一時はどうなるかと思ったけど、結果オーライだな! 壊した甲斐があったってもんだ(反省の色ゼロ)」
三蔵法師(必死に拝み中) 「南無阿弥陀仏、南無観世音菩薩……ああ、助かった……。もうダメかと思いました。寿命が縮むどころか、胃に穴が開くかと。もう二度と、人んちの国宝級の木を引っこ抜くような弟子を持ちませんように。悟空、あとで反省文千枚だからな」
鎮元大仙(威厳を保ちつつ安堵中) 「おお……我が五荘観の固定資産価値がV字回復していく……! さすが菩薩様のメンテナンス技術は一級品ですな。あのクソ猿……いや、孫大聖も、まあ、これだけのコネがあるなら許してやらんこともない。後で高い壺でも売りつけて慰謝料にするか」
【地上のマイペース組(右側)】
猪八戒(口を開けてガン見中) 「うひょー! すっげえキラキラ! なんか木が生き返ってる! ……ってことは、だよ? あの『赤ん坊みたいな実』も復活するってことだよな? よし、今度こそ誰にも邪魔されずに、じっくり味わって食うチャンス到来! ジュルリ」
沙悟浄(静かに見守り中) 「ふぅ……やれやれ、やっと一件落着ですか。兄貴(悟空)が暴れて、二兄貴(八戒)が食い意地張って、お師匠様がオロオロして……。結局、荷物持って一番苦労するのは私なんですよね。私の胃薬、あとで補充しておかないと」
【被害者】:人参果樹(復活中の巨木) 「いったーい!! いきなり引っこ抜くとかマジありえないんですけど!? あの猿、絶対許さないからな! ……あ、でもこのお水、超気持ちいい。染み渡るわ~。エステ行きたてみたいにお肌(樹皮)プルプルになってきた! まあ、キレイになれたから、今回は水に流してあげる!」
【しおの】
人の世を渡るにおいて、心には忍耐という刃を潜ませておくべきものです。我が身を修めるならば、「忍」の一字を決して忘れてはなりません。刃の字も、心の上に置けば「忍」となり、生きる要となりますが、一歩誤れば怒りや偽りとなる。常々三たび思案して自らを戒めることです。争いを避ける優れた士の教えは古より伝わり、徳を懐く聖人の心は今も変わらず継がれているもの。強情を張れば、上には上が現れる。結局はすべて空しく、過ちとして終わるだけなのです。
さて、鎮元大仙は孫行者(悟空)の手をぎゅっと掴んで言い放ちました。
「お前の腕前は知っているし、その武勇も耳にしておる。だが今回ばかりは、あまりに理不尽で心を欺く行いだ。いくら身軽で術に長けていようとも、この手から逃げられると思うな。たとえ西天へ行って釈迦牟尼仏に訴えようとも、あの人参果の樹を元通り返してもらうまでは離さんぞ。神通力で逃げようなどと考えるな」
行者はケラケラと笑って返します。
「先生も了見が狭いねえ。樹を生き返らせりゃいいんだろう? そんなに難しいことじゃないさ。最初からそう言ってりゃ、こんな大立ち回りにはならなかったものを」
「何を言うか。争わなければ、私が大人しく許したとでも思うのか!」と大仙。
「じゃあ、俺の師匠を放してくれたら、樹を元通りにして返すってのはどうだい?」
「ほう。もし本当にお前にそんな神通力があり、樹を蘇らせることができるのなら、私はお前と義兄弟の契りを結ぼうではないか」
「へへっ、お安い御用だ。みんなを縄から解いてくれれば、俺様が責任を持って生き返らせてやるよ」
大仙は悟空が嘘をついて逃げ出す様子ではないと見て、すぐに三蔵、八戒、沙僧の縄を解かせました。
沙僧がこっそり尋ねます。
「お師匠様、兄貴はいったい何を企んでいるんでしょう?」
八戒が口を挟みました。
「企みも何も、『その場しのぎ』ってやつさ。死んだ樹が生き返るわけがないだろう。表向きは調子のいいこと言って、医者を探しに行くフリをして、自分だけとんずらする気だよ。俺たちのことなんか知ったこっちゃないのさ」
三蔵はそれを嗜めました。
「あの子が決して私たちを見捨てるはずがありません。どこへ方策を探しに行くのか聞いてみましょう」
そして悟空に声をかけます。
「悟空、どうやって大仙を説得し、私たちを解放してもらったのだ?」
「俺様は本当のことしか言わないよ。騙してなんかいないさ」と悟空。
「それで、どこへ治療法を求めに行くつもりだ?」
「昔から『方策は海上より来たる』と言うだろう? これから東洋の大海原へ出て、蓬莱・方丈・瀛洲の三島十洲を巡り、仙人や聖老たちを訪ねて、起死回生の法を求めてくるのさ。必ず樹を生き返らせてみせるよ」
「いつ戻ってくるのですか?」
「たったの三日だ」
「それならば、お前の言葉通り三日の猶予を与えよう。三日以内に戻ればよし。もし戻らなければ、私はあの『緊箍児呪』を唱えるからな」
「へいへい、承知しましたよ」
悟空は急いで虎皮の腰巻きを整え、門を出る際に大仙へ釘を刺しました。
「先生、安心してくれ。すぐに行って戻ってくる。その間、師匠を丁重にもてなしてくれよ。毎日三度のお茶と六度の食事を欠かさずにな。もし少しでも粗末にしたら、戻ってから承知しないぞ。鍋の底をぶち抜いてやるからな。服が汚れたら洗濯してやってくれ。顔色が少しでも悪くなってたら許さないし、痩せてたら俺は出かけないからな」
「分かった、分かった。行け。飢えさせたりはせぬと約束しよう」
勇ましき猴王は、ひらりと觔斗雲に飛び乗ると、五荘観に別れを告げ、一直線に東洋の大海へと向かいました。空を行くこと稲妻の如く、流れ星の如く、あっという間に蓬莱の仙境へと到着します。雲を止めて下界を見渡せば、そこは息を呑むほど美しい場所。その景色は詩のように広がっています。
大地には仙郷ありて聖なる者たちが並び
蓬莱は波濤を鎮めてそびえ立つ
瑤台の影は天心の冷やかさに浸り
巨闕の光は海面に高く浮かぶ
五色の煙霞は玉の響きを含み
九霄の星月は金鰲を照らす
西の池の王母は常にここを訪れ
三仙に幾度も桃を捧げて祝う
行者は仙境の美しさに見とれながら蓬莱へと足を踏み入れました。白雲洞の外、松の木陰で三人の老人が碁を囲んでいるのが見えます。対局を見守っているのは寿星、対局しているのは福星と禄星です。
行者は進み出て声をかけました。
「やあ、老いぼれ諸君。ご機嫌いかがかな」
三つの星(仙人)は彼を見るや、碁盤を払いのけて礼を返しました。
「これは大聖、どちらからお越しで?」
「あんたたちと遊びに来たのさ」
寿星が言います。
「大聖は道教を捨てて仏門に入り、命がけで三蔵法師を守って西天へ経典を取りに行くと聞きました。日々山道を奔走しておられるはずなのに、どうして遊ぶ暇などおありで?」
「実を言うと、西方へ行く途中、ちと厄介事に巻き込まれて足止めを食らっちまってな。頼みがあって来たんだが、聞いてくれるかい?」
福星が尋ねました。
「どの場所で、どんな厄介事ですか? 詳しく話していただければ、力になれるかもしれません」
「万寿山の五荘観を通った時に揉めちまってな」
それを聞いて、三人の老人は驚きました。
「五荘観といえば鎮元大仙の仙宮ですよ。まさか、彼の人参果を盗み食いしたのですか?」
行者は笑って答えます。
「盗み食いしたくらいで何だと言うんだ?」
「この猿め、事の重大さが分かっておらぬな。あの果実は匂いを嗅ぐだけで三百六十歳、一つ食べれば四万七千年も生きられる、『万寿草還丹』と呼ばれる代物じゃ。我々の修める道など足元にも及ばぬ。彼はそれを手に入れ、天と等しき寿命を得ているが、我々は精を養い、気を練り、神を存し、龍虎を調和させ……と、どれほどの苦労を重ねていることか。それを『大したことない』とは何事じゃ? 天下にあのような霊根は他にないのだぞ」
「霊根、霊根って、俺様はもうそいつの根っこを断っちまったよ」
三老は仰天して叫びました。
「なんと! どうやって根を断ったと言うのじゃ?」
行者は事の顛末を語り始めます。
「一昨日あいつの観に泊まったんだが、大仙は留守で、二人の童子が師匠をもてなしてくれた。師匠に人参果を二つ出したんだが、師匠は赤ん坊だと思って怖がって食べなかった。そしたら童子たちが自分で食っちまったんだ。俺たちには勧めもしないでな。だから俺様が三つ失敬して、兄弟で分けて食ったのさ。そしたら童子の奴ら、身の程知らずにも散々悪態をつきやがって。腹が立ったから、樹を一撃でなぎ倒してやったんだ。枝は折れ葉は落ち、根は飛び出し、完膚なきまでに枯れ果てちまったよ。
童子たちに閉じ込められたが、鍵を壊して逃げ出した。翌朝、大仙が追っかけてきて戦いになったんだが、奴の『袖裏乾坤』って術で一網打尽にされちまった。鞭で打たれ、一日中責めさいなまれたよ。夜にまた逃げたが、また捕まっちまった。奴は武器も持たずに払子一本で、俺たち三人の武器をあしらいやがる。
今度は布で巻かれ漆で固められ、俺は油鍋で揚げられるところだった。また脱出して鍋を壊してやったら、奴も俺を捕まえられないと悟って、少しは一目置くようになったみたいだ。そこで和解を持ちかけて、師匠たちを解放する代わりに樹を生き返らせてやると約束したんだ。
『方は海上より来たる』って言うから、こうして仙境を巡って、あんたたち三人に会いに来たってわけさ。樹を治す法を知ってたら教えてくれ。急いで唐僧を助けなきゃならん」
三星はこれを聞いて困り果てました。
「この猿め、人を見る目がなさすぎる。鎮元子は地仙の祖、我々は神仙の宗(長)に過ぎぬ。お前は天仙の位を得たとはいえ、まだ太乙の散数であり、真流には入っておらぬ。どうして彼の手から逃れられようか? 獣や鳥、虫の類を殺したのなら、我々の持つ黍米の丹で生き返らせることもできようが、人参果は仙木の根、どうして治せようか? 方法はない、方法はない」
行者は方法がないと聞いて、眉をひそめ、額に深い皺を寄せました。
福星が励まします。
「大聖、ここに方法がなくとも、他所にはあるかもしれません。なぜそうくよくよなさるのです?」
「他を探すのは造作もないことだ。世界の果てまで行こうが、三十六天を巡ろうが、俺にとっちゃ朝飯前さ。ただ、あの唐僧の野郎、了見が狭くてな。たった三日の期限しかくれなかったんだ。三日過ぎても戻らなきゃ、あの『緊箍児呪』を唱えるって言うんだよ」
三星は笑いました。
「いい気味だ。その輪っかがなければ、お前はまた天まで穴を開けかねんからな」
寿星が言います。
「大聖、安心なさい。煩うことはない。大仙は目上の存在だが、我々とも面識はある。久しく会っていないことだし、これは大聖のためでもある。我々三人が大仙を訪ね、事情を話して、唐僧に呪文を唱えぬよう頼んでやろう。三日どころか五日でも、お前が治療法を見つけて戻るまで待たせてやるさ」
「ありがたい、ありがたい! じゃあ三人の老弟、頼んだぜ。俺は行くからな」
大聖は三星に別れを告げて飛び去りました。
三星も瑞祥の光に乗り、五荘観へと向かいます。観の中の人々は、空から鶴の鳴き声を聞き、見上げると三人の老人が降臨するところでありました。その威厳たるや、まさに詠われる通りの姿です。
空には瑞祥の光が満ち、馥郁たる香りが漂う
千筋の彩霧が羽衣を護り、一片の軽雲が仙足を支える
青鸞は飛び、丹鳳は舞い、袖は香風を巻き起こして地に満ちる
杖には龍が懸かり喜びの笑みを浮かべ、白き髭は玉のように胸前に垂れる
童顔は歓びに満ちて憂いなく、壮健な体躯は福徳を備える
星の籌を執り、海屋に齢を添え、腰には瓢箪と宝録を下げる
万紀千旬の福寿は長く、十洲三島に縁に従い宿る
常に世に降りて千の祥を送り、人間に向かいて百の福を増す
乾坤を概い、福禄を栄えさせ、福寿無疆なるを今喜び得たり
三老は瑞祥に乗りて大仙に謁し、福堂の和気は皆無極なり
仙童が慌てて報告します。
「お師匠様、海上の三星がいらっしゃいました」
鎮元子は唐僧たちと談笑していましたが、これを聞くや否や階下へ降りて出迎えました。
八戒は寿星を見るなり、駆け寄って胸ぐらを掴み、笑って言いました。
「この肉頭じじいめ、久しぶりだな。相変わらず能天気な格好してやがる、帽子も被らずに」
そう言って自分の汚い僧帽を寿星の頭にスポッとかぶせ、手を叩いて大笑いします。
「いいぞ、いいぞ、『加冠進禄(かかんしんろく/冠を加えて禄に進む=出世する)』ってな!」
寿星は帽子をかなぐり捨てて罵りました。
「この粗忽者め、相変わらず無礼な奴じゃ」
「俺は粗忽者じゃないぞ。あんたたちこそ『奴才(やつがれ/役立たず)』だ」と八戒。
福星が口を挟みます。
「お前こそ粗忽者だろうに、人を奴才呼ばわりとは何事だ?」
八戒はまた笑って言いました。
「人の奴才(召使い)じゃないなら、どうして『添寿(てんじゅ/寿命を延ばす)』だの『添福(てんぷく/福を増やす)』だの『添禄(てんろく/禄を増やす)』だのと呼ばれて、あちこちこき使われてるんだ?」
三蔵は八戒の無礼を叱りつけ、急いで衣を整えて三星に拝礼しました。
三星は後輩としての礼をとって大仙に挨拶し、ようやく席に着きます。
禄星が切り出しました。
「久しくご尊顔を拝しませず、ご無礼いたしました。この度は孫大聖が仙山をお騒がせしたと聞き、参上いたしました」
大仙が尋ねます。
「孫行者は蓬莱へ行ったのか?」
寿星が答えました。
「はい。大仙の丹樹を傷つけたため、治療法を求めて参りました。我々には術がなく、彼は他所へ向かいましたが、聖僧の定めた三日の期限を過ぎて『緊箍児呪』を唱えられるのを何より恐れておりました。そこで我々はご挨拶旁、期限の延長をお願いしに参った次第です」
三蔵はそれを聞き、恐縮して連呼します。
「唱えません、決して唱えませんとも」
話している最中に、また八戒が走り込んできて、今度は福星に掴みかかり、果物をよこせとねだり始めました。袖の中を探り、腰をまさぐり、服をめくって探し回ります。
三蔵は笑いながらたしなめました。
「八戒、なんて行儀の悪い!」
「行儀が悪いんじゃないよ、これは『番番是福(ばんばんこれふく/探れば探るほど福がある)』って言うんだ」
三蔵は呆れて彼を叱り、外へ追い出しました。八戒は門を出る時、福星をじっと睨みつけて凄んでみせます。
福星は困惑して尋ねました。
「粗忽者め、わしが何かしたか? なぜそんなに恨めしそうに見るのじゃ?」
「恨んでるんじゃないよ、これは『回頭望福(かいとうぼうふく/振り返って福を望む)』ってんだ」
この愚か者は門を出ると、ちょうど小童が茶匙を四つ持って、茶碗と果物を運んでくるところに出くわしました。八戒はそれをひったくり、殿上へ駆け上がり、仏具の磬(けい/鐘)を手に取って、茶匙で叩いてはふざけ回ります。
大仙は眉をひそめました。
「この和尚、ますます慎みがないな」
八戒は笑って言います。
「慎みがないんじゃないよ、これは『四時吉慶(しじきっけい/四季を通じて吉慶あり)』って縁起担ぎさ」
八戒の悪ふざけはさておき、行者は祥雲に乗って蓬莱を離れ、すでに方丈の仙山に到着していました。ここもまた、ため息が出るほどの絶景です。
方丈は巍峨として別天地、太元の宮府には神仙が集う
紫台の光は三清の路を照らし、花木の香りは五色の煙に浮かぶ
金鳳は自ずと多く槃蕊の闕に舞い、玉膏は誰が為にか芝田に注ぐ
碧桃と紫李は新たに熟し、また仙人の信を一万年に換える
行者は雲を降りましたが、ゆっくり景色を楽しむ余裕などありません。歩いていると、かぐわしい香風が吹き、玄鶴の鳴く声が聞こえ、あちらに一人の神仙の姿が見えました。
空には万道の霞光が現れ、彩霧は漂い光は絶えず
丹鳳は花をくわえて鮮やかに、青鸞は舞い踊り声は嬌艶なり
福は東海の如く寿は山の如し、貌は小童に似て身体は健やか
壺には洞天の不老丹を隠し、腰には太陽と共に長生きする護符を懸ける
人間界に数多の吉祥を降ろし、世上の厄災を幾度も消し去る
武帝はかつて寿齢を加えるよう宣い、瑶池の蟠桃の宴には常に出席す
衆僧を教化して俗縁を脱せしめ、大道を指し開き明らかなること電の如し
かつて海を跨ぎて千秋を祝い、常に霊山に赴きて仏顔を拝す
聖号は東華大帝君、煙霞第一の神仙の眷なり
孫行者は照れくさそうに出迎え、「帝君、ご挨拶申し上げます」と言いました。
帝君は慌てて礼を返し、「大聖、お出迎えもせず失礼しました。どうぞ、粗末な住まいですがお茶でも」と言って、手を取り合って中へ入ります。
そこはまさに貝殻の宮殿、見尽くせぬほど豪華な楼閣でした。座って茶を待っていると、緑の屏風の後ろから一人の童子が現れました。その風体たるや、また一風変わっています。
道服を着て霞のように輝き、腰の組み紐は光を放つ
頭には綸巾を被り北斗の星を布き、足には草鞋を履いて仙岳に遊ぶ
元真を練り、本殻を脱し、功行成りし時は意のままに楽しむ
原流の精気神を識破し、主人は虚ならずと認める
名を逃れ今は寿無疆なるを喜び、甲子周天も管せず
回廊を巡り、宝閣に登り、天上の蟠桃を三度盗む
縹緲たる香雲は翠屏より出ず、小仙はこれ東方朔なり
行者は彼を見てニヤリと笑いました。
「このこそ泥め、ここにいたのか。帝君の桃がないと思ったら、お前が盗み食いしたな!」
東方朔も負けずに拝礼して答えます。
「老いぼれ泥棒め、何しに来たんだ? 師匠の仙丹がないと思ったら、お前が盗み食いしたな」
帝君がそれを制しました。
「マン倩(せん/東方朔の字)、無駄口を叩くな。お茶を持ってこい」
マン倩は急いで奥から茶を二杯持ってきました。飲み終わるや、行者が切り出します。
「俺様がここに来たのは、一つ頼みがあってのことなんだが、聞いてもらえるかな?」
「何事でしょう? 承りましょう」
「唐僧を守って西へ行く途中、万寿山の五荘観を通ったんだが、そこの小童が無礼だったもんで、カッとなって人参果の樹を押し倒しちまった。そのせいで足止めを食らって、唐僧も捕まっちまった。そこで、樹を治療する方を教えてもらえないかと、わざわざ頼みに来たんだ」
帝君はため息をつきました。
「この猿め、後先考えずにあちこちで揉め事を起こすな。鎮元子は『与世同君』と呼ばれる地仙の祖だぞ。なんでそんな大物を怒らせたんだ? あの人参果樹は『草還丹』だ。盗み食いしただけでも罪なのに、樹まで倒すとは、彼が許すはずがない」
「全くだよ。逃げ出したんだが、捕まって袖の中に放り込まれちまった。どうしようもなくて、樹を治すと約束して出てきたんだ。だから頼むよ」
「私には『九転太乙還丹』という粒があるが、これは生き物の命を救うことはできても、樹は治せぬ。樹は土木の霊、天が滋養し地が潤すものだ。凡俗の果樹ならまだしも、万寿山は先天の福地、五荘観は賀洲の洞天、人参果は天地開闢の霊根だ。どうして治せようか。方法はない、方法はない」
「方法がないなら、失礼するよ」
帝君は玉液(ぎょくえき/仙酒)を勧めて引き留めようとしましたが、行者は「急ぎの用だ、長居はできん」と言い残し、雲に乗って次の瀛洲の海島へと向かいました。
瀛洲もまた、この世のものとは思えぬ美しさです。
珠樹は玲瓏として紫煙を照らし、瀛洲の宮闕は諸天に接す
青山緑水に琪花は艶やかに、玉液錕鋙は鉄石より堅し
五色の碧鶏は海の日を啼き、千年の丹鳳は朱煙を吸う
世人は壺中の景を究め難く、象外の春光は億万年なり
大聖が瀛洲に着くと、丹崖の宝珠の樹の下で、白髪白鬚の老人たちや、童顔に白髪の仙人たちが、碁を打ち、酒を飲み、談笑し歌っているのが見えました。まさに仙界ののどかな風景です。
祥雲は光に満ち、瑞靄は香り浮く
彩鸞は洞口に鳴き、玄鶴は山頭に舞う
碧藕と水桃を肴にし、交梨と火棗で千秋を祝う
一人一人が丹詔(たんしょう/皇帝の詔)に関わりなく、仙符(せんぷ/仙人の名簿)に籍がある
逍遥として波に漂い、散淡として清幽に任す
周天の甲子も拘束し難く、大地乾坤ただ自由なり
果実を捧げる玄猿は対になって慕い、花をくわえる白鹿は双になってひざまずく
老人たちが楽しんでいるところへ、行者は大声で割り込みました。
「俺様も仲間に入れてくれよ!」
仙人たちは彼を見るや、慌てて駆け寄り出迎えました。
人参果樹の霊根折れ、大聖仙を訪ねて妙訣を求む
丹霞繚繞として宝林を出で、瀛洲の九老来たりて相接す
行者は彼らが瀛洲の九老だと気づき、笑って言いました。
「老兄弟たち、気楽でいいな」
九老は苦笑して言います。
「大聖も昔、心を正して天宮で暴れなければ、私たちよりもっと気楽だったでしょうに。今は心を入れ替えて西へ仏を拝みに行くと聞きましたが、どうしてここへ来る暇があったのです?」
行者は樹を治す方を探している事情を、また一通り話しました。
九老も驚いて首を振ります。
「あんたもとんだ災いを招いたもんだ! それは災いだ! 我々には治す術はないよ」
「術がないなら、おさらばだ」
九老は仙酒と蓮根を勧めてもてなそうとしましたが、行者は座ろうともせず、立ったまま酒を一杯飲み、蓮根を一切れ食べただけで、慌ただしく瀛洲を離れ、東洋の大海へと戻っていきました。
しばらくすると、はるか彼方に落伽山が見えてきました。そこで雲を降り、普陀岩へ向かいます。そこでは観音菩薩が紫竹林の中で、諸天の大神、木吒、龍女らを従え、静かに説法を行っているところでした。
海主の城高くして瑞気濃く、さらに観る奇異の事極まりなし
知るべし隠約たる千般の外、尽く出づ希微なる一品の中
四聖時に授かりて正果を成し、六凡聴きし後樊籠を脱す
少林に別に真の滋味あり、花果馨香樹に満ちて紅なり
菩薩はすでに行者が来るのを予見しており、守山大神に出迎えを命じました。
大神が林から出て、野太い声で呼び止めます。
「孫悟空、どこへ行く?」
行者は見上げて、いきなり怒鳴りつけました。
「この熊公め、悟空と呼び捨てにするとは何事だ? 昔俺様が見逃してやらなきゃ、お前は黒風山で野垂れ死にするただの死体だったんだぞ。今日菩薩に従い、善果を受けて仙山に住み、ありがたい法を聞けているのは誰のおかげだ? 『旦那様』と呼べないのか?」
この守山大神、元は黒熊精。確かに正果を得て普陀を守る大神となれたのは行者とのいざこざが縁でした。彼は気まずそうに作り笑いを浮かべます。
「大聖、古人も『君子は旧悪を念わず』と言います。昔のことを蒸し返さないでください。さあ、菩薩がお待ちです」
行者は態度を改め、大神と共に紫竹林へ入り、恭しく菩薩に拝礼しました。
菩薩は静かに問います。
「悟空、唐僧はどこまで行ったのですか?」
「西牛賀洲の万寿山まで来ました」
「あそこには五荘観があり、鎮元大仙が住んでいるけれど、会いましたか?」
行者はシュンとして頭を下げました。
「実はその五荘観で、弟子は鎮元大仙を知らず、彼の人参果樹を傷つけ、怒らせてしまい、師匠も捕まって先へ進めなくなってしまいました」
菩薩は事情を察し、厳しく叱責しました。
「この無法者の猿め、なんと分別のないことを。あの人参果樹は天地開闢の霊根だぞ。鎮元子は地仙の祖、私でさえ一目置く相手だ。それを傷つけるとは何事だ?」
行者は地面に頭を擦りつけて懇願しました。
「弟子は本当に知らなかったのです。あの日彼は留守で、二人の仙童がいただけでした。八戒が果物があると知って味見したいと言うので、弟子は三つ盗んで兄弟で食べました。それが童子にバレて散々罵られたので、ついカッとなって樹を押し倒してしまいました。
翌日彼が追いかけてきて、袖の中に捕らえられ、縛られ鞭打たれました。夜に逃げ出しましたが、また捕まりました。何度やっても逃げられません。樹を治すと約束して、海上で方策を探し、三島を巡りましたが、どの神仙も治せないと言います。
だから弟子は心を込めて礼拝し、菩薩にお願いに参りました。どうか慈悲を垂れ、治療法をお授けください。唐僧を救い、早く西へ行かせてください」
菩薩は言いました。
「どうして早く私のもとへ来なかったのです? あちこち島々を巡る前に」
行者はこれを聞いて、内心「しめた、菩薩ならきっと治せるぞ」と狂喜しました。
彼はすがるように頼み込みます。
菩薩は言いました。
「私の浄瓶の底にある甘露水は、仙樹や霊苗を治すことができます」
「本当ですか? 試したことはあるんですか?」
「ありますとも」
「どんな経験ですか?」
「昔、太上老君と賭けをした時、彼が私の柳の枝を引き抜き、錬丹炉で黒焦げにして返してきました。私はそれを瓶に挿しておいたところ、一昼夜で元の青々とした枝に戻ったのです」
行者は笑い声を上げました。
「こいつはツイてる、ツイてるぞ! 黒焦げが治るなら、倒れただけの樹なんてお茶の子さいさいだ」
菩薩は大衆に命じました。
「林を守っていなさい、私は行ってきます」
そして浄瓶を手にし、白い鸚鵡を先導させ、孫大聖を従えて出発します。
玉毫金象世に論じ難く、正にこれ慈悲救苦の尊なり
過去劫無垢仏に逢い、今に至りて有為の身と成る
幾生か欲海に清浪を澄まし、一片の心田点塵を絶つ
甘露久しく真の妙法を経、管教す宝樹永く長春ならんことを
さて、観の中では大仙と三老が歓談していましたが、孫大聖が雲から降りてくるなり大声で叫びました。
「菩薩がいらっしゃったぞ、早く出迎えろ、早く!」
三星と鎮元子、三蔵師弟は慌てて宝殿を出て迎えます。
菩薩は雲を止め、まず鎮元子に挨拶し、次に三星に礼をし、上座に着きました。階下では行者が唐僧、八戒、沙僧を引いて深々と拝礼し、観の仙人たちも挨拶に来ました。
行者が急かします。
「大仙、ぐずぐずしないで。早く香案を用意して、菩薩に樹を治してもらいなさい」
大仙は身をかがめて菩薩に感謝を述べました。
「私ごときのつまらぬ用事で、菩薩にご足労いただくとは恐縮の極みです」
菩薩は微笑んで言います。
「唐僧は私の弟子です。孫悟空が先生に無礼を働いたのですから、その償いとして宝樹をお返しするのは当然のことです」
三老も口を添えます。
「それならば、謙遜は無用です。菩薩、どうぞ園へ行ってご覧ください」
大仙は香案を設け、後園をきれいに掃除させました。菩薩を先頭に、三老が続き、三蔵師弟と観の仙人たちも園に入ってその惨状を目にします。樹は無惨に地に倒れ、根は剥き出しになり、葉は落ち枝は枯れ果てていました。
菩薩は命じました。
「悟空、手をお出し」
行者は左手を差し出します。菩薩は柳の枝を瓶の甘露に浸し、行者の掌に起死回生の符を書くと、樹の根元に手を置くよう命じました。
「水が湧き出るまで待ちなさい」
行者は拳を握りしめ、言われた通り根元に置きました。すると間もなく、清らかな泉がコンコンと湧き出してきました。
菩薩は注意を与えます。
「その水は五行の器(金・木・水・火・土の性質を持つ器)に触れさせてはいけません。必ず『玉』の柄杓で汲み出し、樹を起こして、頭からかけなさい。そうすれば根と皮が繋がり、葉が茂り芽が出て、枝が青くなり実が戻ります」
行者は叫びました。
「おーい、小道士たち、早く玉の柄杓を持ってこい」
鎮元子が答えます。
「貧道の山には玉の柄杓などありませぬ。ただ、玉の茶碗や酒杯ならありますが、使えますか?」
「玉器なら何でも構いません。持ってきなさい」と菩薩。
大仙は童子に命じて二、三十個の茶碗と四、五十個の酒杯を持ってこさせ、根元の清泉を汲み出させました。
行者、八戒、沙僧は力を合わせ、巨木を持ち上げるとまっすぐに立て、土を被せて固めました。そして玉器に入れた甘泉を次々と手渡しで菩薩に捧げます。
菩薩は柳の枝でその水を細かく撒き、呪文を唱え始めました。
しばらくして水を撒き終えると、奇跡が起こりました。樹は見事に青々と蘇り、葉は生い茂り、上には二十三個の人参果がぶら下がっていたのです。
清風、明月の二童子が不思議がって言いました。
「一昨日果物がなくなった時、何度数えても二十二個しかありませんでした。生き返ったら、どうして一個増えたのでしょう?」
行者は勝ち誇って言いました。
「『日が経てば人の心が見えてくる』ってな。一昨日俺様は三つしか盗んでない。一つは地面に落ちて、土地神が『土に入ると消える性質だ』って言ったんだ。八戒が『くすねただろ』って騒いだから話がややこしくなったが、これで身の潔白が証明されたわけだ」
菩薩は頷きました。
「私が先ほど五行の器を使わせなかったのは、この果物が五行と相性が悪いという性質を知っていたからです」
大仙は大いに喜び、急いで「金の撃子」を持ってこさせ、果実を十個叩き落とさせました。そして菩薩と三老を宝殿へ招き、その労をねぎらうと共に、「人参果会」を催すことにしました。
小仙たちは机と椅子を並べ、丹盤を用意し、菩薩を正面の上座に、三老を左の席に、唐僧を右の席に、鎮元子を主人の席に座らせ、それぞれに一つずつ供されました。その様子はまことに祝うべき光景です。
万寿山の中古の洞天、人参一たび熟するに九千年
霊根現れ出て芽枝損なわるも、甘露滋生して果葉全うす
三老喜び逢うは皆旧契、四僧幸いに遇うはこれ前縁
今より人参果を会服し、尽くこれ長生不老の仙となる
この時、菩薩と三老は各一個を食べました。唐僧もようやくこれがただの子供ではなく仙家の宝だと知り、一つ口にしました。悟空ら三人、鎮元子、そして観の仙人たちも残りを分け合って食べました。
宴が終わり、行者は菩薩に丁重に礼を述べ、普陀岩へと見送りました。三星もまた蓬莱島へと帰っていきます。
鎮元子は、さらに心のこもった野菜料理と美酒を用意させ、なんと孫行者と義兄弟の契りを結ぶことになりました。これぞ「喧嘩して仲良くなる(打たずんば相識らず)」、両家はわだかまりなく一つになったのです。
師弟四人は喜び勇んで、その夜は五荘観でゆっくりと体を休めました。長老にとって、まさにこのような心境でありました。
縁ありて草還丹を食べ得たり、長寿苦しくも妖怪の難に捱う
さて、明日はどのように別れを告げるのか・・・
「絶体絶命の賠償問題! 悟空、世界を駆け巡るも解決策ゼロ、最後に頼るは最強の慈悲・観音様」
人質とタイムリミット
悟空がブチギレて破壊した国宝級の超レア果樹「人参果樹」。所有者の鎮元大仙(ちんげんたいせん/地上の仙人のドン)は激怒。「樹を元に戻さない限り、師匠の三蔵は解放しない」と宣告する。猶予はたったの3日。
悟空のコネ活、全滅
悟空は筋斗雲で世界中を飛び回り、「海外の島々の仙人(蓬莱・方丈・瀛洲)」を訪ねる。
寿老人・福の神たち(蓬莱):「いや、その樹はレベルが高すぎて無理。我々の手には負えない」→ 時間稼ぎの説得役として現場へ来てくれることに。
東華帝君・東方朔:「人や動物なら生き返らせるけど、あの霊木は無理」
九老たち:「お手上げ」
どこに行っても「あんなヤバい樹を折るとか正気か?」と呆れられるだけ。悟空、珍しく窮地に陥る。
救世主、観音菩薩
最後に悟空は、元上司であり保護観察官でもある観音菩薩のもとへ。観音様は「どうしてもっと早く私の所に来なかったの」と叱りつつ、同行してくれる。
奇跡の復活と大団円
観音様の持つ聖水「甘露」で樹は完全復活! さらに、疑惑となっていた「果物の数が合わない問題」も、実は土に潜っていただけと判明し、悟空の潔白(一部)も証明される。
最後はみんなで幻のフルーツ「人参果」を食べるパーティーを開き、なんと大仙と悟空は義兄弟の契りを結ぶ。「雨降って地固まる(喧嘩したおかげで最強のマブダチ)」というハッピーエンド。
この回には、明代の社会構造と精神性が巧みに隠されています。
「三教一致」の具現化
当時(明代)は、儒教・仏教・道教の三つの教えを融合させようという「三教一致」の思想が流行していました。
登場人物の出自:鎮元大仙(道教のトップクラス)、三蔵(仏教)、孫悟空(元は道教修行→仏門)、三島神仙(道教の民間信仰神)。
メッセージ:道教の神々(三星)が仏教僧(三蔵)を敬い、仏教の菩薩(観音)が道教の聖木を治す。最後は宗教の垣根を超えて宴会をし、義兄弟になる。
ここには、「宗派で争うのは愚かだ。トップレベルにいけば皆、仲良く協力し合っている」という民衆へのメッセージと、宗教対立を鎮めたい当時の知識人の理想が込められています。
「官僚社会」への皮肉と「コネ社会」のリアル
西遊記は天界や仙界を、そのまま「当時の中国官僚機構(お役所仕事)」のメタファーとして描きます。
三星(福・禄・寿)の無力さ:彼らは庶民が最も憧れる「幸福・出世・長寿」の象徴ですが、今回のような「重大なトラブル(生産設備の破壊)」に対しては、ただの老人であり、何の実務能力もありません。八戒が彼らを「能天気」「役立たず」と馬鹿にするのは、「現世利益だけの信仰なんて、いざという時には役に立たない」という強烈な風刺です。
最終解決策:個人の武力(悟空)でも、現世利益の神(三星)でもなく、「絶対的な慈悲と徳(観音菩薩)」だけが破壊された自然(秩序)を修復できるという、物語の倫理的な支柱を示しています。
またまた、「五行思想」で解くミステリー
なぜ観音様は「玉の器を使え」と言ったのか?
五行(木・火・土・金・水)のロジックがここに働いています。
人参果樹は「木」。
悟空が倒すときに使ったのは如意棒、すなわち「鉄(金箍棒)」で、これは「金」の属性。「金は木を克す(金属は木を切り倒す)」ため、樹は死にかけました。
これを蘇らせるには「水」が必要(水は木を生じる)。
しかし、水汲みに普通の器(金・銀・銅=金属性)を使うと、水が金属の気を受けてしまい、弱った木にとって毒になる恐れがあった。だからこそ、中性である天然石の「玉」を指定したのです。
物語の背景には、こうした道教的な化学反応のルール(五行相克)が緻密に計算されています。
八戒(欲望の象徴)vs 三星(欲望の神)のブラックジョーク
八戒が「福・禄・寿」の三神(三星)をいじり倒すシーンは、実は非常に哲学的です。
構図:八戒(食欲・性欲の塊)が、三星(人間が欲する「幸せ・金・寿命」の神様)を馬鹿にする。
意味:本来、仏教僧(出家者)にとって「出世や長寿」は執着すべきではない煩悩です。欲望丸出しの八戒が、欲望そのものである神々を「役立たずの老人」扱いし、帽子を投げて遊ぶ。これは「俗世の成功なんて、悟りの旅路においてはジョークのようなものだ」という作者流の強烈な皮肉です。権威を笑い飛ばす、禅問答のような痛快さがあります。
この回が現代に伝えるメッセージは、「不祥事対応の極意」です。
悟空は破壊行為(不祥事)を起こしましたが、逃げずに(最初は逃げたが)、各方面に頭を下げて「専門家(解決策)」を探し回りました。
自らの非を認め、汗をかいて駆け回る。
人脈(神脈)を駆使する。
最終的にトップ(観音)の力を借りて原状回復以上の結果(人参果+1個)を出す。
結果、被害者(鎮元大仙)と加害者(悟空)は最強のパートナー(義兄弟)になれました。
「致命的なミスも、誠意あるリカバリーと周りを巻き込む力があれば、以前より強固な信頼関係に変えられる」。
これが、数百年経っても色あせないこのエピソードの教訓です。




