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私説 西遊記の遊戯  作者: 光闇居士


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19/27

第十八回:観音院にて唐僧は難を脱し、 高老荘にて大聖は魔を除く

挿絵(By みてみん)

【効果音:ゴロゴロ……バリバリッ!(雷鳴と稲妻が連続で走る)】

猪妖怪(黒い竜巻の中から、恐怖で上ずった声)

「ひぃぃぃぃっ!!! やめろぉおおお!! 大仙!! 俺はもう悪さしねぇって!!」

【効果音:ズドォォォンッ!(風を切り裂く如意棒の重い一撃の音)】


【効果音:ビュオオオオオォォォ!(悟空の疾風のような突進)】

孫悟空(低く唸るような、しかし明らかに楽しんでいる声)

「逃げるんじゃねぇよ、剛鬣ぉぉぉ!!

お前が美男の皮をかぶって高翠蘭を騙してたこと、全部知ってんだからなァ!!」

【効果音:バリバリバリッ!(金色の火眼金睛がより激しく輝き、闇を切り裂く)】


【効果音:ガガガガガッ!(竜巻の中で猪妖の体が歪む音)】

猪剛鬣(必死に回転しながら、泣き叫ぶ)

「うわぁぁぁん!! 勘弁してくれぇ!!

あんな可愛い娘の顔見たら、誰だって我慢できねぇだろぉぉ!!

お前だって分かるはずだぁぁ!!」


【効果音:ドゴォォン!!(悟空が如意棒を大きく振りかぶる)】

孫悟空(ニヤリと牙を剥き出しにして、雷鳴のような大声)

「分かるわけねぇだろーがァァァ!!

俺はそんな下心で女を騙すようなクズじゃねぇ!!

お前は今夜、地獄の味を思い知るんだよ!!」

【効果音:ズバァァァァンッ!!(如意棒が空気を裂き、巨大な衝撃波が発生)】


【効果音:ギィィィィィン!!(猪妖の悲鳴が風に引き伸ばされる)】

猪剛鬣(完全にパニック、涙と鼻水でぐちゃぐちゃ)

「助けてくれぇぇぇ!! 三蔵法師さぁぁん!!この猿、俺を殺す気だぁぁぁ!!!」


【効果音:バリバリバリバリッ!!(雷が連続で落ち、夜空が一瞬白く閃く)】

孫悟空(笑いながら、最後の一撃を繰り出す寸前)

「師父に泣きついても、もう遅ぇんだよ……

覚悟しな、猪の野郎!!

今夜は九歯釘耙ごと、俺が叩き潰してやるぜェェェ!!!」

【効果音:ドドドドドォォォォン!!!(画面全体が墨の飛沫と赤い火花で埋め尽くされるクライマックス)】


【しおの】


 孫悟空そんごくう、すなわち行者ぎょうじゃは、南海の観音菩薩に暇乞いをすると、雲の切っ先をぐいと押し下げ、地上へと舞い降りた。

 奪い返した錦襴きんらん袈裟けさを、馥郁ふくいくと香るくすのきの枝に掛け、耳の奥から如意金箍棒にょいきんこぼうを引き抜くや、黒風洞こくふうどうへとなだれ込んだ。

 だが、洞窟の中はすっかり空であった。小妖怪こっぱごかいの一匹も残っていない。というのも、先ほど菩薩がその威光を現し、あの親玉たる黒熊怪こくゆうかいが転げ回って降参するさまを見て、手下たちは散り散りに逃げ去ってしまった後だったのだ。

 行者は誰もいないのをこれ幸いと暴れ回り、洞窟の幾重もの門という門に枯れ柴をうず高く積み上げると、表裏一斉に火を放った。瞬く間に「黒風洞」は紅蓮の炎に包まれ、文字通り真っ赤な「紅風洞」へと変わり果てた。

 あとに残す憂いなしと見るや、行者は満足げに袈裟を手に取り、あやなす雲に乗って、師匠の待つ真北へと宙を飛んだ。

 さて、三蔵法師である。行者が飛び出したきり戻らないため、その心中は千路に乱れていた。「菩薩様をお招きできなかったのか、それともあの猿め、またぞろ嘘をついて逃げ出したのではあるまいか」。あれこれと悪い想像ばかりが頭をかすめる中、不意に半空へ五色の瑞雲ずいうんが輝き、階段の前へ行者がすっと降り立った。

 彼は膝をつき、恭しく言った。

「お師匠様、袈裟が戻りました」

 三蔵は大いに喜んだ。傍らの僧侶たちも沸き立ち、歓声を上げた。

「ああ、なんと目出度い! これにて我らの命もつながりました」

 三蔵は袈裟をしかと受け取り、尋ねた。

「悟空や、朝方出かける時には『昼飯時までには戻る』と言っていたが、なぜ日が西に傾く今の今までかかったのだ?」

 行者は、南海へも参って観音菩薩の御足労を願い、変化へんげの術を駆使して妖怪を降伏させた顛末てんまつを、こと細かに語って聞かせた。

 三蔵はそれを聞くや、すぐさま香案こうあんを設けさせ、南の空へ向かってうやうやしく礼拝した。祈りを終え、悟空に向き直る。

「弟子よ、仏の御衣みころもが無事戻ったのであれば、急ぎ荷を解いて旅装を整えなさい。出発するぞ」

 行者はあわてて引き止めた。

「お師匠様、慌てなさんな。見てくだせえ、もう日も暮れます。旅立つ時刻じゃあない。明日の早朝にしましょう」

 観音院の僧侶たちも、皆ひざまずいて懇願した。

「孫のおじい様のおっしゃる通りです。一つには既に日が暮れておりますし、二つには私どもも願掛けをしておりましたゆえ。幸いにも事なきを得て宝物も戻りました。今宵は願ほどきの宴を張り、孫のおじい様たちに福を振る舞い、明朝送り出させてくださいませ」

「ごもっとも、ごもっとも」と行者も頷く。

 見れば僧侶たちは、昨夜の火難の中から持ち出した蓄えを底まで叩き、心を込めた精進料理を整えていた。無事を祝う紙銭を焼き、災難を除く経を読み上げる。こうして、安堵のうちにその夜は更けていった。

 翌朝、馬に鞍を置き、荷を整えて山門を出ると、僧侶たちは長い道のりを送ってくれた。

 行者が先導し、三蔵が馬に揺られる。季節は春たけなわ。その道中の麗らかさといえば、およそ筆舌に尽くしがたい風情であった。

  草は青く、白馬のひづめを柔らかに受け止め

  柳は黄金の糸を揺らし、朝露に濡れて輝いている

  林には桃やあんずの花が咲き乱れて艶を競い合い

  小径こみちにはつたかずらが生き生きと絡みつく

  陽光温かな砂の堤では鴛鴦おしどりがまどろみ

  花香る山間の谷川では蝶が舞い遊ぶ

  秋が去り冬が尽き、春も半ばを過ぎたというのに

  真の経文を得て修行が満ちるのは、一体いつの年のことだろう

 師弟たちが荒れ野を行くこと五、七日。ある日の夕暮れ時、遥か彼方に一村の人家が浮かび上がった。

 三蔵が言った。

「悟空、あちらに山荘らしき影が見える。今宵はあそこで一宿を頼み、明日また道を行くことにしよう」

「まずは俺様が吉凶を見てきます。それから決めましょう」

 三蔵が手綱を引いて待つ間、行者は目を凝らして遠望した。そこには実に穏やかで、美しい景色が広がっていた。

  竹垣は隙間なく巡らされ、茅葺かやぶきの屋根が幾重にも重なる

  門前には天を突く大樹がそびえ

  家々の戸口には曲がりくねった小川と橋が映える

  道端の柳は緑深く枝を垂れ、庭園の花は馥郁たる香りを放つ

  夕日は西の山に沈み、林のあちこちで鳥たちがさえずり騒ぐ

  かまどからは夕餉ゆうげの煙が立ち昇り

  小道という小道を牛や羊が帰ってくる

  腹を満たした鶏や豚は家の隅で眠り

  酔いしれた古老が歌いながら歩いてくる

 見定めた行者は振り返った。

「お師匠様、行きましょう。きっと良い村です、宿も借りられるでしょう」

 三蔵は白馬を進め、やがて通りの入り口へと差し掛かった。

 するとそこへ、一人の若者がやって来た。頭に綿布を巻き、藍色の着物に、傘と包みを背負っている。袴の裾をたくし上げ、丈夫な草鞋わらじを履き、何やら勇ましい様子で、ただならぬ剣幕で通りに出てきたところである。

 行者はすれ違いざま、鉄の棒のような腕で彼の手をぐいと掴んだ。

「よう若いの、どこへ行くんだい? ちょいと聞くが、ここはなんという所だ?」

 若者は必死に手を振りほどこうともがきながら叫んだ。

「俺の村には人がいねえとでも言うのか、なんでまた俺なんかに聞くんだ!」

 行者は愛想笑いを浮かべ、手を緩めない。

施主殿せしゅどの、そう怒りなさんな。『情けは人の為ならず』ってね。地名を教えるくらい何でもないだろう? そうすりゃ俺様もあんたのその悩み、解決してやれるかもしれんぞ」

 若者はどうしても手が抜けないので、地団駄を踏んでわめいた。

「ついてねえ、まったくついてねえ! 主人からは理不尽に怒鳴られるわ、こんな見慣れぬ坊主頭に捕まって説教くさいこと言われるわ!」

 行者は言った。

「力づくで俺様の手をこじ開けられたら、行かせてやるよ」

 若者は右に左に身をよじったが、行者の手はまるで鉄のやっとこのように食い込んで微動だにしない。あまりの悔しさに若者は荷物を放り出し、傘を投げ捨て、雨あられと両手で行者を引っ掻き回そうとした。だが行者は片手で荷物を支え、もう片手で若者を押さえ込み、どうあがいても指一本触れさせない。さらにじわりと指に力を込めると、若者は雷のように怒り狂った。

 これを見かねた三蔵が咎めた。

「悟空、あそこにも人が来ているではないか。あの人たちに聞けばよいものを、なぜその若者をいじめるのです? 放してあげなさい」

 行者はニヤリと笑った。

「お師匠様はご存じない。他人じゃ面白くないんです。こいつに聞けば、きっといい『商売』になりますよ」

 若者は捕まったまま、どうすることもできずついに観念して口を開いた。

「ここは烏斯蔵ウー・スー・ツァン国との国境で、高老荘こうろうそうという村だ。住人の大半が『高』という姓だから高老荘と呼ぶんだ。さあ、放してくれ」

 行者はさらに問い詰める。

「その身なり、近所への使いっ走りという風情じゃあないな。本当のことを言え。どこへ行って何をするつもりだ? 洗いざらい話せば放してやる」

 若者は吐き捨てるように、渋々と実情を話し始めた。

「俺はここのあるじ高太公こうたいこうの家の召使いで、高才こうさいという者だ。太公には二十歳になる娘がいるんだが、まだ縁付いていない。というのも三年前、ある妖精ようせいに取り憑かれ、そいつが三年間も婿として居座っちまったからだ。太公は『娘が化け物を婿にするなんざ、長続きするもんじゃない。家門の恥だし、親戚付き合いもできなくなる』と嘆いて、ずっとそいつを追い出そうとしてきた。だが化け物は出ていくどころか、娘を裏屋敷に閉じ込めて、もう半年も家族に会わせてくれねえ。

 俺は太公から銀子を預かり、化け物退治の法師を探しに行かされたんだ。あちこち駆けずり回って三、四人の和尚や道士を連れてきたさ。だがどいつもこいつも役立たずのインチキ野郎で、化け物を降伏させられやしなかった。さっき太公に『この役立たずめ』と罵られた挙句、また銀子五銭を渡されて『今度こそ腕のいい法師を探してこい』と言いつけられたところなんだ。

 そこへあんたみたいな厄病神に捕まって時間を無駄にしちまった。内でも外でも踏んだり蹴ったりだ。だからつい大声を出したが、あんたの腕力には敵わねえから本当のことを話したんだ。頼むから行かせてくれよ」

 行者はからからと笑った。

「お前さん、運がいいぞ。俺様にとっちゃ絶好の商売、これこそ『あつらえ向き』ってやつだ。遠くへ行く必要はないし、一銭も使うこたあない。俺たちはそんじょそこらの役立たずやヘボ道士とは違う。妖怪退治にかけては少々腕に覚えがあるんだ。まさに『医者を助けて目を治す』、お互いにいい話だろ?

 とって返して、お前の主人にこう伝えろ。『東土の皇帝の勅命を受け、西天へ仏典を求めに行く王弟の聖僧御一行だ。妖怪変化を縛り上げるのがなにより得意だ』とな」

 高才は疑わしげな目を向けた。

「おい、邪魔しないでくれよ。俺はいま腹の虫が治まらないんだ。デタラメを言って、もし腕がなくて化け物を退治できなかったら、また俺が怒られることになるんだぞ」

 行者は胸を張る。

「絶対に損はさせん。いいから家の門前まで案内しろ」

 若者はどうすることもできず、包みと傘を拾い上げると、とぼとぼと引き返して師弟を門前まで案内した。

「お二人の長老様、この馬をつなぐ石台で少し待っていてくだせえ。主人に知らせてきますから」

 行者はようやく手を放した。荷を下ろし馬を引いて、師弟は門の傍らで待つことにした。

 高才は大門を入ると、母屋へ直行した。運悪く、ちょうど高太公に出くわしてしまった。太公は烈火のごとく怒鳴りつけた。

「この能無しめ! なぜ人を探しに行かず、戻ってきたんだ!」

 高才は荷物を置いて言った。

「旦那様、聞いてくだせえ。通りに出たところで、二人の異様な坊様に会いました。一人は馬に乗り、一人は荷物を担いでいます。そいつが俺を捕まえて放さず、どこへ行くのかとしつこく聞くもんで、逃げられずに旦那様の事情を洗いざらい話しました。するとそいつは大喜びで、『その妖怪を退治してやる』と言うんです」

 太公は眉をひそめて尋ねた。

「どこの者だ?」

「東土の皇帝の命を受けた聖僧で、西天へ経を取りに行く途中だそうです」

「ふむ……遠方から来た僧侶なら、本当に法力があるかもしれん。いま何処にいる?」

「門の外で待っています」

 太公は急いで着替え、高才を連れて出迎えた。「長老様!」

 三蔵が振り返ると、高太公その人がそこにいた。

 老人は黒綾の頭巾を被り、葱白色そうはくしょく蜀錦しょっきんの着物をまとい、荒革のブーツを履き、腰には黒緑色の組紐を締めている。いかにも村の長者らしい身なりである。太公は笑顔で進み出で、「二人の長老様、ようこそお越しくださいました」と丁寧に会釈した。

 三蔵も礼を返したが、行者は傍らで仁王立ちになったままである。老人は行者のあまりに醜く凶悪な顔を見てぎょっとし、挨拶するのをためらった。

 行者は鼻を鳴らした。

「おい爺さん、なぜ俺様には挨拶しないんだ?」

 老人は恐怖を露わにし、高才を睨みつけて小声で言った。

「お前、わしを殺す気か? 家にはただでさえ醜い妖怪の婿がいて追い出せないのに、なんでまたこんな雷おやじみたいなのを連れ込んでたたらせるんだ?」

 それを耳ざとく聞いた行者は笑った。

「高の爺さん、長く生きてる割に物が分かってないな。人を見た目で判断しちゃ大間違いだ。俺様は確かに醜いが、腕は立つ。あんたのために妖怪を捕らえ、悪鬼を退治し、その婿をふん捕まえて娘を取り返してやるなら、いい事づくめじゃないか。なんで見た目ごときでグズグズ言うんだ?」

 太公はこれを聞いて、震えながらも気力を奮い立たせ、「ど、どうぞお入りください」と招じ入れた。行者は我が物顔で白馬を引き、高才に荷物を担がせて、三蔵と共に中へ入った。遠慮もせずに馬を広間の柱につなぐと、勝手に豪勢な漆塗りの椅子を引き寄せて師匠を座らせ、自分も椅子を引いてその横にどっかりと腰を下ろした。

 高老は呆気にとられた。

「この小柄な長老さんは、随分と我が物顔だねえ」

 行者は言い放つ。

「半年も置いてくれりゃ、もっと我が物顔になるぞ」

 座が定まると、高老が改めて尋ねた。

「先ほど召使いから、お二人は東土から来られたと聞きましたが?」

 三蔵が答えた。

「左様です。拙僧は勅命を奉じて西天へ参る者ですが、貴殿の荘園を通りかかり、一宿をお願いしたく存じます。明日早朝には発ちますので」

 高老は落胆の色を見せた。

「なんだ、お二人は宿を借りに来ただけでしょう。どうして妖怪退治ができるなどと?」

 行者が口を挟んだ。

「宿を借りるついでに、ちょっとした化け物を捕まえて遊ぼうって腹さ。ところで、この家には何匹の妖怪がいるんだ?」

 高老は嘆いた。

「なんてことを! 何匹もいてたまるかい。たった一匹の妖怪の婿に、もう散々な目に遭わされているんだ」

 行者は身を乗り出した。

「その妖怪の素性と、どんな妖術を使うのか、最初から詳しく話してくれ。そうすりゃ捕まえてやる」

 高老は重い口を開いた。

「わしらの村には、昔から幽霊だの悪魔だのが出たことはなかったんだ。ただ、わしは不幸にして息子がおらず、娘が三人いるばかりでな。長女は香蘭こうらん、次女は玉蘭ぎょくらん、三女は翠蘭すいらんという。上の二人は幼いうちに村の者へ嫁がせた。末娘だけは手元に残して婿を取り、わしの老後の面倒を見させて、家を守らせようと思っていたんだ。

 ところが三年前、一人の男が現れた。器量も良く、福陵山ふくりょうざんの住人で姓はちょ、身寄りのない男だと言った。婿養子になりたいと言うので、身軽な男だと思って迎え入れたんだ。

 最初は勤勉だったよ。田を耕すのに牛も使わず、収穫に鎌もいらない。朝から晩までよく働いた。ただ一つ問題なのは、見た目が変わることでな」

 行者は聞いた。「どう変わるんだ?」

「最初は色黒の太った男だったのが、やがて長い鼻に大耳の間の抜けた顔になり、うなじには剛毛が生え、体はザラザラとして恐ろしい、まるで豚のような姿になってしまったんだ。それに大飯ぐらいでな、一食に米を三〜五斗、朝の軽食でも焼餅を百枚は食らう。幸い精進料理しか食わんが、もし酒や肉を食らっていたら、わしの財産なんぞ半年で食いつぶされていたろうよ」

 三蔵は言った。「それだけ働くなら、それだけ食べるのも無理はない」

「食うだけならまだしも、最近じゃ風を呼び、霧を操り、石を飛ばして砂を撒く妖術まで使いおる。家族はおろか近隣の者まで怯えて暮らしておるよ。その上、翠蘭を裏屋敷に閉じ込めて、もう半年も会わせてくれん。生きているのか死んだのかも分からんのだ。

 こりゃ妖怪に違いないと確信して、法師を呼んで退治しようとしていたところなんだ」

 行者はふん、と鼻を鳴らした。

「なーんだ、そんなことか。爺さん、安心しな。今夜中に必ずそいつを捕まえて、離縁状を書かせて、娘を返してやるよ。どうだ?」

 高老は大喜びした。

「婿にしたのは私の不徳としても、どれだけ家の名誉が傷つき、親戚が離れていったことか。捕まえてくれるなら離縁状なんぞいらん、どうか根絶やしにしてくだされ」

 行者は「お安い御用だ。夜になれば結果が出るさ」と、いとも容易たやすく請け負った。

 老人は喜び勇んで、卓子テーブルを拭かせ、食事を用意させた。

 夕食が済み、とっぷりと日が暮れる頃、老人が聞いた。

「武器は何がいりますか? 加勢の人数は? 早めに準備させますが」

 行者は「武器なら持ってる」と素っ気ない。

「しかしお二人は、その錫杖しゃくじょうしかお持ちでないようだが、それで妖怪が殴り殺せますかな?」

 行者は耳の中から一本の刺繍針を取り出し、指先で摘んで風にさらし、ヒュッと一振りした。すると、それは瞬時に碗ほどの太さの金箍鉄棒きんこてつぼうへと変わった。

 行者は高老の目前でそれを突きつけた。

「見ろよこの棒を。お宅にある武器と比べてどうだい? これなら妖怪をぶちのめせるだろう?」

 高老は肝を潰した。

「武器はあるとして、加勢はいらんのですか?」

「人手はいらん。ただ、徳の高い年寄りを何人か呼んで、師匠の話し相手にさせてくれ。その隙に俺様が出ていくから。妖怪を捕まえたら、衆人環視の中で白状させて、根絶やしにしてやるよ」

 老人はすぐに使いを出し、親戚友人を招いた。やがて人々が集まり挨拶を済ませると、行者は言った。

「お師匠様、安心して座っていてください。老孫おいらはちょっくら行ってきます」

 行者は鉄棒を握りしめ、高老を引っ張った。

「裏屋敷の妖怪の住処へ案内しろ」

 高老は裏屋敷の門の前まで連れて行き、立ち止まった。

「鍵を持ってきます」

「まあ見てな。鍵がいるようなら、俺様を呼んだ意味がないぜ」

 行者はニヤリと笑った。「爺さんは年は食ってるが、遊び心がないね。冗談を真に受けなさんな」

 前に進み出て鍵に触れてみると、銅を流し込んで固めた実に頑丈なものだった。行者は金箍棒でドカンと一突きし、扉を粉砕した。中は深い闇に閉ざされている。

「高の爺さん、娘の名を呼んでみな。いるかどうか」

 老人は勇気を振り絞って呼んだ。「三姉サンジエや!」

 娘は父の声だと分かると、弱々しい声で答えた。

「お父様、ここにいます」

 行者が金色の双眸そうぼうを光らせ、暗闇の中を凝視すると、娘の姿が浮かび上がった。それは何とも痛ましい姿であった。

  雲のような髪は乱れ放題で整えもせず

  美しい顔は垢にまみれ、輝きを失っている

  心根は蘭のように清らかなままだが

  その体はすっかり衰え果て、生気を欠く

  桜のような唇には血の気がなく

  腰は曲がり、枯れ木に寄りかかるように震えている

  愁いに眉をひそめ、痩せ細って

  声は蚊の鳴くように低く、か細い

 彼女は高老を見ると、すがりついてせきを切ったように泣き出した。

 行者は言った。

「泣くな、泣くな。聞くが、妖怪はどこへ行った?」

 娘は涙ながらに答えた。

「どこへ行くのか分かりません。最近は夜明けと共に出ていき、夜になると帰ってきます。雲や霧に乗って行き来するので、居場所は知れないのです。父が自分を追い払おうとしているのを知って、いつも警戒して、夜明け前には姿を消してしまいます」

「分かった。爺さん、娘さんを連れて前の屋敷へ戻り、ゆっくり話でもしてな。俺様がここで奴を待つ。来なけりゃそれまでだが、来たら必ず根絶やしにしてやる」

 高老は、天にも昇る気持ちで娘を連れて戻っていった。

 行者は神通力を使い、体を一揺すりすると、なんとその娘、翠蘭の姿に変身し、一人静かに部屋に座って妖怪を待った。

 しばらくすると、一陣の風が吹き荒れ、石が飛び砂が舞った。天をも揺るがす凄まじい風であった。

  初めはそよそよと吹き、やがて茫々と広がる

  そよそよと天地を包み、茫々と遮るものなし

  花を散らし柳を折り、麻をむしるが如く

  樹を倒し林をくだき、野菜を根こそぎ引き抜くが如し

  川をひっくり返し海をかき回して鬼神を愁わせ

  石を裂き山を崩して天地を驚かす

  花をくわえた鹿は道を見失い、果実を摘む猿は行き場をなくす

  七重の塔の仏頭を揺るがし、八面の旗をなぎ倒す

  金のはりや玉の柱も根底から揺らぎ

  屋根瓦は燕のように乱れ飛ぶ

  舟人は神に祈りを捧げ、急いで豚や羊を供える

  土地神はほこらを捨てて逃げ出し

  四海の龍王は天に向かって拝む

  夜叉の船は岸に砕け、万里の長城も半ばが崩れ落ちる

 その狂風が過ぎ去ると、半空から一匹の妖怪が現れた。その醜さたるや筆舌に尽くし難い。黒い顔に短い毛、長い口吻に大きな耳。青とも藍ともつかぬ粗末な直綴(じきとつ/僧衣)を着て、花柄の手ぬぐいを腰に巻いている。

 行者は心の中で笑った。「なるほど、こいつが『商売道具』か」

 さすがは行者、出迎えもせず、声もかけず、寝台に横たわって病人のふりをし、フーフーと苦しげなうめき声を上げ続けた。

 妖怪は偽物とも知らず、部屋に入ってくると、いきなり無作法に抱きつき、その長い口で吸い付こうとしてきた。

 行者は心で「本気で俺様に手を出そうってか、ずうずうしい奴め」と嘲笑しつつ、とっさに妖怪の長い鼻を下から突き上げ、「小跌しょうてつ」という小技をかけて、その巨体を軽々と頭越しに寝台の下へと放り投げた。

 妖怪はのっそりと起き上がり、寝台に手をついて甘えた声を出した。

「姉さん、どうして今日はそんなにつれないんだ? 帰りが遅かったから機嫌が悪いのかい?」

 行者は女の声色で艶かしく答えた。

「いいえ、怒ってなんかいません」

「怒ってないなら、どうして俺を突き飛ばすんだ?」

「あなたがいけないのよ。挨拶もなしにいきなり抱きついて口づけなんて、はしたないわ。今日は気分が優れないの。いつも通り元気なら、戸を開けて待っていたわよ。あなたはさっさと服を脱いで寝なさい」

 妖怪は疑うこともなく、嬉々として服を脱ぎ始めた。行者はその隙にさっと起き上がり、部屋の隅にある尿瓶しびんの上にちょこんと座った。

 妖怪は再び寝台へ這い上がって撫で回したが、誰もいない。

「姉さん、どこへ行ったんだい? 服を脱いで寝ようじゃないか」

 行者は言った。「先に寝てて。ちょっと用を足してくるから」

 妖怪は言われるまま、だらしなく服を解いて寝台に潜り込んだ。

 行者は突然、「あーあ」と深いため息をつき、「運が悪いわ」とポツリと漏らした。

 それを聞いた妖怪が尋ねた。

「何を悩んでいるんだ? 何が運が悪いって? 俺がこの家に来てから、飯は食わせてもらったが、ただ食らいしたわけじゃないぞ。掃除に溝さらい、レンガ運びや瓦積み、壁塗り、田植えに稲刈り、家業を立て直して大きくしたじゃないか。お前が今着ている錦も、身につけている金も、四季折々の果物も、美味しい野菜料理も、俺のおかげだ。何が不満でそんな長いため息をつくんだ? 何が『運が悪い』だ?」

 行者は悲しげに言った。

「そうじゃないの。今日、両親が壁越しにレンガや瓦を投げ込んできて、私のことをひどく罵ったのよ」

「なんと罵ったんだ?」

「『お前とあいつは夫婦になったが、あいつは我が家の入り婿だというのに、礼儀作法の一つも知らない。あんな醜い豚っ面では、親戚付き合いもできず、挨拶回りもさせられない。雲や霧に乗って出入りするが、どこの馬の骨かも分からず、家の名誉は丸潰れだ』って。そう言って責めるから、悩んでいるのよ」

 妖怪は言った。

「俺は確かに少し醜いが、その気になりゃ美男子にだってなれるさ。最初に来た時、ちゃんと説明して納得して招き入れたくせに、今さら何を言ってるんだ。

 俺の家は福陵山の雲桟洞うんさんどうにある。容姿が豚のようだから姓を『ちょ』とし、名は『剛鬣ごうりょう』という。もし親父に聞かれたら、そう言ってやれ」

 行者は心の中で快哉を叫んだ。「こいつ、なんて馬鹿正直な野郎だ。拷問にかけるまでもなくペラペラ喋りやがった。住処と名前が分かれば、もうこっちのもんだ」

 行者はさらにカマをかけた。

「でも、父様は法師を呼んであなたを捕まえさせるって言ってたわよ」

 妖怪は鼻で笑った。

「寝てろ寝てろ、気にするな。俺には天罡てんこう三十六般の変化の術があるし、九本の歯を持つ釘鈀(まぐわ/熊手のような武器)がある。法師だの和尚だの道士だのが何だ。たとえ親父が九天の魔除けの神『蕩魔祖師とうまそし』を招いたって、俺はあの方とも顔なじみだ、手出しはできねえよ」

 行者は言った。

「でも父様は、『五百年前に天界で大暴れした、孫という名の斉天大聖せいてんたいせい』を呼んであなたを捕まえるって言ってたわ」

 妖怪はその名を聞くと、途端に震え上がった。

「なんだって! そいつはまずい。俺は行くぞ、もう夫婦もおしまいだ」

 行者は聞いた。「どうして急に出ていくの?」

「お前は知らねえだろうが、あの天界を荒らした弼馬温(ヒツバオン/孫悟空の蔑称)めは、とんでもなく腕が立つんだ。俺じゃ勝ち目がねえ。恥をかく前にずらかるに限る」

 妖怪は言い終わるや否や、服をひっかけて戸を開け、外へ飛び出そうとした。

 行者は背後から彼をむんずと掴むと、自分の顔を撫でて本来の姿に戻り、一喝した。

「こら妖怪! どこへ行く気だ! 顔を上げて俺様をよく見ろ!」

 妖怪が振り返って見ると、そこには牙を剥き出しにし、火のような金色の目をらんらんと光らせた毛むくじゃらの顔があった。まるで生きた雷神のようだ。

 妖怪は恐怖で手足が痺れ、「ビリッ」と音を立てて服を引きちぎるなり、狂風と化して逃げ出した。

 行者は急いで追いかけ、鉄棒を抜いて風に向かって一撃を見舞った。

 妖怪は万条の火花となって、自分の住む山の方へと逃げ去った。

 行者は雲に飛び乗り、その後を追いかけながら叫んだ。

「どこへ逃げる! 天に昇れば斗牛宮とぎゅうきゅうまで、地に入れば枉死おうし地獄の底まで追いかけてやるぞ!」

 さて、この追跡劇は一体どこまで続くのか、勝敗はいかに。

『西遊記』の中でもとりわけ人気の高い「猪八戒ちょはっかい」がいよいよ登場する、物語の大きな転換点となる回です。

〜豚の妖怪は、意外と『ハイスペックなダメ夫』だった?〜

平穏なスタートと村での遭遇

悟空と三蔵法師は、無事に奪われた袈裟けさを取り戻し、美しい農村「高老荘こうろうそう」に到着します。悟空は通りがかりの召使いを力づくで捕まえ、「村の名士・こう家の一人娘に、妖怪が入り婿として居座り、困っている」という情報を聞き出します。

高太公パパの悩み

主人の高太公に話を聞くと、最初は働き者で大人しい婿だと思って迎え入れた男が、途中から豚の姿に変わり、大食らいになり、妖術を使って娘を裏屋敷に監禁してしまったとのこと。世間体も悪いし、娘の命も危ないから退治してほしいと頼まれます。

悟空、娘に変身する(ドッキリ作戦)

悟空は裏屋敷に乗り込み、娘の翠蘭すいらんを救出。彼女を父の元へ避難させたあと、悟空自身が変化の術で娘の姿になりすまし、妖怪の帰りを待ちます。

八戒の意外な主張と逃走

夜、豚の妖怪(猪剛鬣=後の猪八戒)が帰宅。彼はニセ娘(悟空)に対し、「俺は力仕事も畑仕事も完璧にやったし、家の資産も増やした。なんで嫌うんだ」と不満を垂れつつ、イチャイチャしようとします。

悟空はのらりくらりと交わしながら彼の正体(元天界の将軍)を聞き出し、最後に自分の正体を明かして恐怖のドン底に突き落とします。驚いた豚は突風となって逃走、悟空がそれを追撃するところで次回へ続く!


この回は単なる妖怪退治ではありません。明の時代の社会情勢や人間の欲望が生々しく描かれていますし、もちろん現代の私たちとも通ずることが多いにあります。

「婿養子(入贅)」という経済契約の悲劇

当時、息子のいない資産家(高家)にとって、労働力を確保し家系を継ぐための「入り婿(ムコ取り婚)」は切実な生存戦略でした。

作者はここで、「最初は『働き者』という実利(労働力・金)だけで男を選び、相手の本質(徳や性格)を見なかった親のエゴ」を批判的に描いています。

高太公は「妖怪でも働いてくれるなら」と最初は許容していました。被害者ぶっていますが、実は欲深さが招いた災厄であることが示唆されています。


「民間の僧侶」への不信感(宗教風刺)

召使いの高才が「今まで何人も法師を雇ったが、全員インチキだった」と語る場面があります。これは明代後期、金儲けのために祈祷を行う堕落した僧侶や道士が横行していた社会問題への皮肉です。

そこへ現れた三蔵たちは「謝礼はいらない、ただ飯をくれればいい」と言うことで、逆に「本物の聖職者」であることが際立つ構成になっています。


八戒が象徴する「俗世の欲望(肉欲と食欲)」

三蔵は「徳(倫理)」、悟空は「心(知恵・怒り)」、そして八戒は「体(本能的欲望)」を象徴します。

八戒は極悪非道な殺戮者としてではなく、「よく食べ、よく働き、そして女好き」という、あまりにも人間臭い、小市民的な欲望の塊として描かれます。読者が彼を憎めないのは、彼が私たち自身の「だらしない本音」を鏡のように映し出しているからです。


「DV夫」としての八戒のリアリティ

現代的な視点で見ると、八戒の言動は典型的な「モラハラ・DV夫」のそれです。

娘を「監禁」し、外界との接触を絶たせる。

自分を正当化する論理:「俺が家を直した」「俺が稼いだ」「俺のおかげで裕福になった」。

「少し見た目が悪いからってなんだ、感謝しろ」という恩着せがましさ。

これは400年前の小説ですが、「生活力はあるが、パートナーの人格を無視して所有物扱いする男」の恐ろしさを克明に描いています。悟空がこれに「キレた」のは、単に妖怪だからではなく、自由を奪う行為に対する怒りとも読み取れます。


悟空の「サディスティックな遊び心」

なぜ悟空はすぐに殴りかからず、わざわざ娘に変身して「夫婦漫才」のような会話劇を繰り広げたのでしょうか?

これぞ悟空の「トリックスター(道化)」としての本質です。

彼は、力自慢の八戒が「デレデレして甘えてくる姿」を観察し、弄び、絶頂から絶望へ叩き落とす過程を楽しんでいます。敵の情報を引き出すためでもありますが、それ以上に「相手の情けない姿を笑いものにする」という、猿特有の無邪気な残酷さが表現された名シーンです。


武器「釘鈀まぐわ」の農具としての象徴

次回詳しく描かれますが、八戒が「釘鈀(農具の熊手)」を使うという設定はこの村での「労働者」としての姿とリンクしています。

悟空の如意棒 = 定規・柱(世界を測る、秩序をもたらすもの)

八戒のまぐわ = 土を掘る道具(大地の恵み、あるいは泥臭い執着)

天空から降りてきたエリート(悟空)に対し、土にまみれて生きるリアリスト(八戒)。この武器の対比は、二人の性格の決定的な違いを既に暗示しています。


西遊記が単なるファンタジーではなく、「結婚、労働、世間体、本能」といった人間の生活に根ざしたドラマであることを教えてくれます。

読者は、超人的な悟空の活躍にカタルシスを感じつつも、「あれ、俺の中にも猪八戒(ラクしたい、食べたい、モテたい)がいるかも……」と苦笑いさせられる。

その共感と自嘲こそが、この章の最大の魅力であり、文化的教訓なのです。

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