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私説 西遊記の遊戯  作者: 光闇居士


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第十六回:観音院の僧は宝の袈裟に邪心を抱き、黒風山の怪は隙に乗じてそれを盗む。

挿絵(By みてみん)

『観音院炎上、黒風に袈裟舞う図』

老僧の「貪欲の炎」が物理的な「業火」となって禅院を焼き尽くし、その混乱の中から真の「悪」である妖怪が至宝を奪い去るという、因果応報の連鎖は劇的に・・・

静(守られる禅堂)と動(燃える寺院と逃げる人々)、闇(夜空と煙)と光(炎と袈裟)、人間界の騒乱と、それを見下ろす超常の存在。


【しおの】

観音禅院への到着

さて、三蔵法師と孫悟空の師弟は馬を促し先へと進み、やがて一つの大きな寺院の山門へとたどり着いた。目に映るのは、幾重にも連なる殿閣、幾層にも続く回廊。荘厳な山門の外には色とりどりの雲がたなびき、幸福を願う五福堂の前にはきらびやかな赤い霧が立ち込めている。

両脇には松と竹が、その一帯には檜と柏が静かに佇んでいた。松と竹が織りなす並木は、悠久の時を感じさせる奥ゆかしさを湛え、檜と柏の林は、その色艶も姿も誇らしげに美しい。高くそびえる鐘楼や鼓楼、天を突く仏塔。ここで座禅を組む僧は心を静め、木々でさえずる鳥の声さえも穏やかに聞こえる。煩悩から解き放たれた静寂こそが真の静けさであり、清らかな悟りの境地こそが真の浄らかさなのだ。

詩に詠むならば、

翠緑の窪みに隠れしは、祇園精舎の如き名刹。

この絶景は、俗世の極楽浄土にも勝る。

この世に清らかなる土地は少なく、

天下の名山の多くを、僧侶が有するとはまことなり。

三蔵法師は馬から下り、孫悟空が荷物を降ろした。まさに門をくぐろうとしたその時、中から大勢の僧侶が現れた。そのいでたちは、頭に左笄帽をかぶり、身には汚れのない衣をまとっている。耳には銅の輪を飾り、腰は絹の帯で締められていた。足元の草鞋はしっかりと地を踏みしめ、手には木魚を提げている。口には絶えず念仏を唱え、その心は仏の教えに深く帰依しているようであった。

三蔵法師は彼らを見ると、門のそばで丁寧に頭を下げた。僧侶たちは慌てて答礼し、笑みを浮かべて言った。「これはこれは、とんだご無礼を。どちらからお越しになられたのですか。どうぞ、方丈にてお茶でも一服なさってください」

「私は東土大唐より勅命を受け、雷音寺へ仏を拝み、経典を授かりに参る者です。この地に着いたところで日も暮れかかりましたので、お寺に一夜の宿をお借りしたく存じます」

「どうぞ、中へ、中へ」と、僧侶たちは師弟を招き入れた。

三蔵法師はそこで初めて悟空に声をかけ、馬を引かせた。僧侶の一人が、ふと悟空の姿を目にして、少しばかり恐れをなしたように尋ねた。「あの馬を引いておられるのは、一体どのようなお方で?」

三蔵法師は小声で言った。「どうかお静かに。彼は気が短いゆえ、『どのような方』などと問われれば、機嫌を損ねてしまいます。私の弟子でございます」

僧侶は身を震わせ、指を噛みながら言った。「これほど異様な姿の方を、どうしてお弟子になさったのですか」

「あなたにはまだお分かりになりますまい。見かけはご覧の通りですが、これがなかなかの働き者でして」と三蔵法師は答えた。

その僧侶は、どこか納得いかぬ顔をしながらも、師弟と共に山門をくぐった。門の内側、本殿の上には「観音禅院」という四文字が掲げられていた。

これを見た三蔵法師は、再び喜びに顔を輝かせた。「私はこれまで、幾度となく観音菩薩様のお慈悲に救われてまいりましたが、まだそのお礼を申し上げておりませんでした。今、こうして観音様の名を冠した禅院に巡り合えたのは、まるで菩薩様ご自身にお会いできたかのようです。ぜひとも、拝礼させていただきたい」

それを聞いた僧侶は、すぐさま下働きの者に命じて本殿の扉を開かせ、三蔵法師を促した。

悟空は馬をつなぎ、荷物を置くと、師と共に本殿へ上がった。三蔵法師は深く身をかがめ、金の仏像に向かって恭しく頭を垂れた。僧侶が太鼓を打ち始めると、悟空もそれに合わせて鐘を突き始めた。三蔵法師は仏壇の前で、心からの祈りを捧げた。

拝礼が終わると、僧侶は太鼓を打ち鳴らすのをやめた。しかし悟空は、まるで何かに取り憑かれたように鐘を突き続け、時には速く、時にはゆっくりと、いつまでもやめようとしなかった。下働きの者がしびれを切らして言った。「拝礼はもう終わりましたよ。まだ鐘を突くのですか?」

悟空はようやく鐘の杵を放り出し、にやりと笑った。「お前さんには分かるめえ!『坊主になったからには、鐘くらい撞かにゃ損だろう』ってことよ」

この騒ぎに、寺の大小様々な僧侶たちが驚き、鐘の音が乱れているのを聞きつけて、一斉に駆け寄ってきた。「どこの無作法者が、ここで鐘や太鼓を好き勝手に叩いているのか!」

悟空は躍り出て、「やかましい!」と一喝した。「お前さんたちのご先祖様にあたる、この俺様が、面白半分に撞いてやっただけだ!」

僧侶たちは悟空の姿を見るやいなや、腰を抜かしてひっくり返り、地面に這いつくばって叫んだ。「雷神様のお師匠様でいらっしゃいますか!」

「雷神など、俺のひ孫のまたひ孫よ。さあ、立て、立て。怖がることはない。我らは東土大唐より参った高僧一行だ」

僧侶たちはようやく立ち上がり、三蔵法師の穏やかな姿を見て、少しずつ落ち着きを取り戻した。

「高僧様、どうぞ奥の方丈にて、お茶をお召し上がりください」と、寺の院主が言った。

こうして彼らは馬を引き入れ、荷物を運び、本殿を回り込むようにして奥の部屋へと案内され、席に着いた。

老僧の宝比べ

院主が茶を出し、さらに食事の支度を整えた。まだ陽が沈むには間があった。

三蔵法師が礼を述べ終えるか終えないかのうちに、奥から二人の小僧に支えられた一人の老僧が姿を現した。そのいでたちは、頭に毘盧帽を戴き、猫目石の宝珠が淡い光を放っている。身には錦の法衣をまとい、翡翠色の縁取りが金糸で縫われている。僧侶の履物には八つの宝が縫い込まれ、手にした杖には星々がちりばめられていた。顔には深い皺が刻まれ、その姿はまるで仙女の驪山老母のよう。一対の翳りを帯びた眼は、さながら東海竜王のそれである。歯が抜け落ちて口元は締まらず、腰は曲がり背は丸まっている。

「師祖様がお見えになりました」と僧侶たちが言った。

三蔵法師は身をかがめて丁重に迎え入れ、「老院主様、ご挨拶申し上げます」と言った。

老僧はそれに答え、再びそれぞれが席に着いた。

「先ほど、東土大唐より高僧がお見えになったと聞き、ご挨拶に参った次第です」

「聖なるお山に、かくも軽々しく足を踏み入れ、まことに失礼いたしました。どうかお許しください」

「とんでもない」と老僧は言い、尋ねた。「高僧様、東土よりここまで、どれほどの道のりでございましたか」

「長安の都を出てから、およそ五千里。両界山を越えてこの弟子を供に加え、さらに旅を続け、西方の哈咇国を通り、二月ほどでさらに五、六千里を進み、ようやくこのお寺にたどり着きました」

「おお、一万里もの長旅でしたか。私はこの身で空しく歳を重ね、山門を一歩も出たことがございません。まさに『井の中の蛙』、何の役にも立たぬ者でございます」

「老院主様は、おいくつになられますか」と三蔵法師は尋ねた。

「お恥ずかしながら、二百七十歳になりました」

それを聞いた悟空が言った。「なんだ、俺の孫の、そのまた孫の、ずうっと後の子孫みたいなものじゃないか」

三蔵法師は彼を睨みつけ、「お黙りなさい。人の品位をわきまえず、無礼なことを申すでない」と厳しく注意した。

老僧は悟空に尋ねた。「そちらの高僧は、おいくつでいらっしゃいますか」

「恐れ多くて、とても申し上げられません」と悟空は答えた。

老僧はそれを戯言と受け取ったのか、特に気にも留めず、それ以上は聞かずに、ただ茶を出すよう命じた。

一人の小僧が、羊脂玉の皿に乗せた、法藍の地に金を象嵌した茶碗を三つ運んできた。別の小僧が白銅の急須を手に、三つの碗に香り高い茶を注いだ。その色はザクロの花よりも鮮やかで、香りはキンモクセイの花にも勝るほどであった。

三蔵法師はそれを見て、感嘆の声を上げた。「素晴らしい器ですな。まさに、美味なる茶に美しき器です」

「お目汚しでございます。高僧様は天朝の国よりお越しになられ、さぞ珍しいものを数多くご覧になってこられたことでしょう。このような器など、お褒めに預かるほどのものではございません。ところで、高僧様はかの地より、何か珍しい宝物をお持ちではございませんか。もしよろしければ、この老僧に拝見させていただきたく」

「お恥ずかしいことに、私の故郷にはこれといった宝はなく、たとえあったとしても、道中が遥か遠いため、携えてくることはかないませんでした」

すると、傍らで聞いていた悟空が口を挟んだ。「師父、先日、荷物の中のあの袈裟をご覧になったではありませんか。あれこそ宝物です。あの方にお見せしてはいかがですかな?」

「袈裟」という言葉を聞いて、僧侶たちは皆、一斉に冷笑した。

「何がおかしい」と悟空が問う。

院主が言った。「高僧様が袈裟を宝物だとおっしゃるので、つい笑ってしまいました。袈裟でしたら、私どものような者でさえ、二、三十枚は持っております。ましてや我らが師祖様は、ここで二百年以上も僧侶を続けておられますから、七、八百枚はお持ちでしょう」

そう言うと、「さあ、持ってきてお見せしなさい」と命じた。

老僧もまた、一時の見栄から、蔵を開かせ、修行僧たちに箪笥を運ばせた。十二棹もの箪笥が中庭に運び出され、鍵が開けられる。両側には衣桁が立てられ、四方に紐が張られると、袈裟が次から次へと広げられ、三蔵法師の前に並べられた。

それはまこと、部屋中に美しい刺繍が広がり、壁一面に綾や羅といった上質な絹織物が並ぶ壮観な光景であった。

悟空はそれらを一つ一つ眺め、どれも花が織り込まれたり、刺繍が施されたり、金糸が縫い付けられたりしているのを見て、笑いながら言った。「結構、結構。さあ、もうしまいなさい。今度は、我々のものをお見せしよう」

三蔵法師は悟空をぐいと引き止め、そっと囁いた。「弟子よ、人と富を競ってはならぬ。我らは旅の身、もし万が一のことがあればどうするのだ」

「袈裟を見せるだけで、どのような万が一があるというのですか」

「お前にはまだ道理が分かっておらぬ。古人は言う、『得難き宝は、貪欲な者や腹黒い者の目に触れさせてはならぬ』と。一度でも目にすれば、必ずやその心は動き、心が動けば、必ずや計略を巡らすものだ。災いを恐れるならば、求められても応じるべきではない。さもなければ、命を失うことにもなりかねぬ。これは決して些細なことではないのだぞ」

「ご安心ください。万が一のことがあれば、この俺がすべて引き受けますゆえ」

悟空は師の制止も聞かず、駆け足で荷物を開けた。たちまち、まばゆい光が迸る。まだ二重の油紙に包まれているというのに。紙を剥がし、袈裟を取り出して広げると、赤い光が部屋中に満ち、瑞祥の気が庭に溢れ出した。

僧侶たちはそれを目にして、皆、心からの感嘆の声を上げ、口々に褒めそやした。それはまこと、比類なき袈裟であった。

千の巧緻を凝らした真珠が垂れ下がり、

万の稀なる仏宝の玉がちりばめられている。

上下には龍の髭が色鮮やかにあしらわれ、

四方の縁は兜羅綿の錦で縁取られている。

これを身につければ、物の怪は滅び去り、

これをまとえば、魑魅魍魎は黄泉へと退く。

天の仙女が姿を変えて手ずから作り上げたこの袈裟は、

真の徳を備えた僧侶でなければ、纏うことを許されぬ。

老僧の悪だくみ

この宝物を目にした老僧は、案の定、よこしまな心を起こした。彼は三蔵法師の前に進み出ると、ひざまずき、らはらと涙を流し始めた。「私は、なんと縁の薄い身なのでしょう」

三蔵法師は彼を助け起こし、「老院主様、何か申されたいことでも?」と尋ねた。

「高僧様のこの宝物を広げていただいたというのに、もう日が暮れてしまいました。どうにも目が霞んで、はっきりと見ることができません。これでは、縁がないも同然ではございませんか」

「では、灯りをつけさせましょう。もう一度、ご覧ください」

「いえいえ、高僧様の宝物はそれ自体が光り輝いております。さらに灯りをともせば、ますます目がくらみ、とても細部まで見ることはかないません」

「では、どうすればよく見えるというのだ」と悟空が言った。

「もし、高僧様が寛大なお心でお許しくださるならば、この袈裟を私の部屋へお貸しいただき、一晩かけてじっくりと拝見させてはいただけませんでしょうか。明日の朝、皆様が西へお発ちになる際に、必ずやお返しいたしますが、いかがなものでございましょう」

三蔵法師はそれを聞いて愕然とし、悟空を責めた。「すべて、お前のせいだぞ」

悟空は笑って言った。「何を恐れることがありましょう。彼に貸して、心ゆくまで見せてやればよいのです。もし何かあれば、この俺が責任をもって片をつけます」

三蔵法師が止める間もなく、悟空は袈裟を老僧に手渡した。「存分にご覧ください。ただし、明日の朝、元の通りにお返しいただくこと。少しでも損なったり汚したりすることは許しませんぞ」

老僧は喜び勇んで、小僧に袈裟を奥へ運ばせた。そして、他の僧侶たちに禅堂を掃除させ、籐椅子を二つ用意し、布団を整えて、師弟が休めるように手配した。また、明朝の朝食と見送りの準備もさせた。その後、人々はそれぞれ散り、師弟は禅堂の戸を閉めて床に就いた。

さて、まんまと袈裟を手に入れた老僧は、それを奥の部屋の灯りの下で広げ、声を上げて泣き始めた。

寺の僧侶たちは、気になって眠ることもできない。小僧たちも訳が分からず、「ご師祖様が、夜半を過ぎてもまだ泣きやまない」と知らせ合った。

老僧に特に可愛がられていた二人の弟子が、前に進み出て尋ねた。「師公様、なぜそのように泣いておられるのですか」

「縁の薄さを嘆いているのだ。あの唐僧の宝の袈裟を、わが物として身にまとうことができぬとは」

「師公様はご高齢で、少しおぼけになられたのでは。袈裟は目の前にございます。ただ開いて見ればよいものを、なぜ泣く必要がございましょう」

「見られるのは、ほんの束の間だ。私は今年二百七十歳になり、無駄に何百という袈裟を集めてきた。だが、あのような一枚が手に入ろうか。どうして私も、あの唐僧のようになれぬのか」

「師公様、それはお間違いです。かの唐僧は故郷を離れ、旅に生きる身。あなたはこれほどご高齢で、何不自由なく暮らしておいでです。それで十分ではございませんか。なぜ、彼のような旅の僧になりたいなどと」

「家にいて安楽に晩年を過ごしてはいるが、彼のこの袈裟を纏うことができぬ。もし一日でもこれを身につけられたなら、死んでも思い残すことはない。この世に僧として生まれた甲斐があったというものだ」

「全く、道理に合いませんな。彼のものを着たいのでしたら、明日、彼らを一日引き止め、あなたが一日着ればよい。十日引き止め、十日間着ればよい。それでよろしいではございませんか」

「たとえ一年引き止めたとて、着られるのは一年だけ。いずれは返さねばならぬ。どうして永遠に手元に置いておけようか」

ちょうどその時、広智という名の小僧が口を開いた。「師公様が永遠に手に入れたいと望まれるのでしたら、それもたやすいことでございます」

老僧はそれを聞き、ぱっと顔を輝かせた。「我が弟子よ、何か良い考えがあるのか」

「あの唐僧師弟は旅の疲れで、今頃は熟睡しているはず。屈強な者を集め、槍や刀を手に禅堂に押し入り、二人を亡き者にして、死体を裏庭にでも埋めてしまえば、我ら一族のほか、知る者はおりますまい。そして、彼の白馬や荷物もろとも奪い取り、あの袈裟を我らの寺の宝として代々伝えれば、子々孫々までの安泰ではございませんか」

老僧はこれを聞いて心から喜び、ようやく涙を拭った。「良い、良い、実に妙案だ」。彼はすぐさま、槍や刀の準備を始めた。

すると、広謀という名の、広智の弟弟子にあたる者が前に進み出て言った。「その策は感心いたしません。彼らを手にかけようとするなら、相手を見極めねば。あの色白の僧はたやすそうですが、あの毛むくじゃらの男は手強そうです。もし仕損じれば、かえって我らに災いが降りかかるやもしれません。私には、刃物を使わぬ手立てがございますが、いかがでしょうか」

「我が子よ、どのような手立てがあるというのだ」

「私の考えでは、今、寺の周りにある大小の僧坊の者たちを集め、一人一束の薪を用意させ、あの禅堂ごと火を放つのです。逃げ場をなくし、馬もろとも焼き尽くしてしまえばよいのです。周りの者が見ても、彼らが不注意で火事を起こし、我らの禅堂まで燃えてしまったと言い訳ができます。そうすれば、人目を欺くこともでき、袈裟は我らの子孫に伝わる宝となるではございませんか」

僧侶たちはこれを聞いて、誰もが「素晴らしい、それこそ巧妙な策だ」と口々に言い合った。

こうして、各僧坊の主たちに薪を運ばせた。ああ、この計略こそが、長寿の老僧の命脈を絶ち、観音禅院を灰燼に帰すことになるとは、誰が想像したであろうか。

寺には七、八十もの僧坊があり、合わせて二百人余りの僧侶がいた。その夜、彼らは一斉に薪を運び、禅堂の周囲を隙間なく囲み、火を放つ準備を整えたのであった。

悟空の助けと黒熊の盗み

その頃、三蔵法師と悟空はすでに床に就いていた。

しかし、悟空はもとより霊妙な猿である。眠っているとはいえ、それはただ気を養っているにすぎず、その意識は常に覚醒していた。

突然、外で絶え間なく人が歩き回る音と、薪がこすれる音が風に乗って聞こえてきた。彼は心の中で訝しんだ。「夜更けに、なぜ人の足音や薪の音がするのだ?もしや、我らを害そうとする輩がいるのではないか」

彼はさっと跳ね起きたが、師を起こすのをためらった。そこで神通力を使い、身を揺らして一匹の蜜蜂に変身した。

口は甘く尾には毒を持ち、腰は細く体は軽い。

花を渡り柳をかすめる様は矢の如く、

蜜を求め香を探る姿は流れ星のようだ。

小さな体に重荷を負い、か細い羽で風に乗る。

彼は垂木の隙間から這い出し、外の様子をはっきりと見た。

案の定、僧侶たちが薪や草を運び、禅堂を囲んでまさに火を放とうとしているではないか。

悟空は心の中で密かに笑った。「やはり師父のおっしゃる通りだったか。我らの命を狙い、袈裟を奪おうとは、なんと毒のある連中だ。金棒で一撃くれてやろうかとも思ったが、こいつらは打たれ弱い。一振りで皆殺しにしては、また師父に叱られてしまう。よし、ならば奴らの策に乗じて、ひとつからかってやるとしよう」

さすがは悟空。彼はひとっとびで南天門へと舞い上がった。

天門を守る神々は、悟空の姿を見るなり、「大変だ、あの天宮を引っ掻き回した張本人が、またおいでなすったぞ!」と大騒ぎになった。

悟空は手を振り、「皆の者、礼には及ばぬ、騒ぐでない。私は広目天王に用があって来たのだ」と言った。

話しているうちに、天王本人が駆けつけ、悟空を出迎えた。「これはこれは、お久しぶりです。以前、観音菩薩様が玉帝にお会いになり、神々を借り受けて、唐僧を西天へ守護させると伺いましたが、あなたがそのお弟子になられたとは。今日はどういったご用向きで?」

「久しぶりの挨拶は後だ。我が師がたちの悪い連中に狙われ、火を放たれようとしている。一刻を争うのだ。お主に、火を避ける笠、辟火罩を借りに来た。すぐに持ってきてくれ。使ったら返すゆえ」

「それはおかしい。悪人が火を放ったのなら、水を借りて消し止めるべきでしょう。なぜ辟火罩がご入用なのです?」

「お前には裏の事情が分からんのだ。水を借りて火を消してしまえば、奴らの思う壺だ。この笠で師を無傷で守りさえすれば、後はどうなろうと知ったことか。好きなだけ燃えさせてやる。早く、早く。ぐずぐずしていると手遅れになる」

天王は笑って言った。「この猿めは、相変わらず性根が悪い。自分のことばかりで、他はどうなってもよいと」

「急げ、急げ。無駄口を叩いていると、大事を仕損じるぞ」

天王は断りきれず、辟火罩を悟空に手渡した。

悟空はそれを受け取ると、雲に乗り、一直線に禅堂の屋根へと舞い戻り、三蔵法師と白馬、そして荷物を笠で覆い隠した。

その後、彼は老僧が住む方丈の屋根の上に座り、袈裟を見守った。

僧侶たちが火を放つのを見ると、彼は印を結んで呪文を唱え、巽の方角に向かって一息吹きかけ、風を呼び起こした。一陣の風が巻き起こり、火はたちまち燃え盛った。なんという猛火であろうか。

黒い煙が天を覆い、赤い炎が地をなめる。

黒煙は空の星を隠し、

紅蓮の炎は大地を千里先まで赤く照らす。

初めは燃え盛る金の蛇のようであったが、

やがて、威厳ある血色の馬の如き姿となった。

南方の火の神が威力を振るい、猛火がその法力を示す。

まさに無情の炎が、悪事を働く者どもを焼き尽くさんと猛り狂う。

風は火の勢いを増し、炎は千丈もの高さに舞い上がり、

火は風の力を借り、灰は九天の彼方へと飛び散る。

パチパチと鳴る音は、まるで年末の爆竹のよう。

バラバラと弾ける様は、まるで戦場の砲声のようだ。

仏像も伽藍も、この猛火から逃れる術はない。

その様は、さながら赤壁の夜戦、阿房宮の炎上を思わせた。

瞬く間に風は激しく火は勢いを増し、観音院は一面、紅蓮の炎に包まれた。

僧侶たちは着の身着のままで泣き叫び、箱や籠を運び出し、机や鍋を抱えて、寺のあちこちで苦痛の声を上げていた。

孫悟空は奥の方丈を守り、辟火罩は前の禅堂を覆っていたが、その他の場所では火が燃え盛り、空を焦がす赤い炎が、壁を通して金色の光を放っていた。

袈裟の紛失と犯人の目星

その頃、火の手が上がったことで、山に棲む獣や妖怪たちも驚き騒いでいた。

この観音院から南へ二十里ほど離れたところに黒風山があり、その山中には黒風洞があった。洞窟に住む一匹の妖怪が、ちょうど寝返りを打って目を覚ますと、窓から光が差し込んでいるのに気づいた。夜明けかと思い起きてみると、それは真北の方角から立ち上る火の光であった。

妖怪は驚いて言った。「おや、これは観音院で火事に違いない。あの僧侶たちも、なんと不注意なことだ。ひとつ、見舞いに行って助けてやるか」

この妖怪は雲に乗って飛び立ち、あっという間に煙と火が渦巻く場所に到着した。

果たして、火は天を衝く勢いで燃え盛り、正面の建物はすべて焼け落ち、両側の回廊も炎に包まれていた。彼は大股で進み、水を呼ぼうとしたが、奥の部屋には火の手が回っていないことに気づいた。そして、屋根の上で誰かが風を送っているのを見つけた。

彼は事態を察し、急いで中へ入ってみると、方丈室の中にほのかに彩りの気が漂い、台の上に青い布包みが置かれているのを見つけた。それを開けてみると、中には錦襴の袈裟があり、それは仏門の至宝であった。

宝は人の心を惑わすとは、まことこのことか。彼は火を消すことも、水を呼ぶこともしなかった。その袈裟をひっつかむと、火事の混乱に乗じて、雲を返し、そのまま東の山へと姿を消した。

悟空の怒りと老僧の死

火事は夜明けまで燃え続け、ようやく鎮まった。

僧侶たちは裸同然の姿で泣きながら、灰の中から銅や鉄の屑を探し、金銀を拾い集めている。ある者は崩れた壁際に小屋を建て、またある者は赤く焼けた壁の根元で鍋をかけて飯を炊いていた。

さて、悟空は辟火罩を手にひとっとびで南天門へ戻り、広目天王に返した。「借りたぞ、確かに返したぞ」

天王はそれを受け取り、「大聖は実に誠実な方だ。私はてっきり、私の宝を持ち去って、またどこかへ探しに行く羽目になるかと心配しておりましたが、幸いにもすぐにお返しいただけた」と言った。

「この俺は、面と向かって物を騙し取るような真似はせん。『借りたものはきちんと返す』からこそ、また借りるのもたやすいというものだ」

「長いことお会いしておりません。宮殿で少しお休みになってはいかがですかな」

「今の俺は以前とは違う。のんびりと高尚な話をしている暇はないのだ。今は我が師を守る身ゆえ、また改めて挨拶に参ろう」

彼はすぐに別れを告げ、雲から飛び降りた。地上では、ちょうど朝日が昇るところであった。禅堂の前に着くと、蜜蜂の姿から元に戻り、中を覗くと、師はまだぐっすりと眠っていた。

「師父、夜が明けましたぞ。お起きください」

三蔵法師はようやく目を覚まし、身を起こした。服を着て戸を開け、外に出ると、目に映るのは崩れ落ちた壁ばかりで、楼閣や殿宇は見当たらない。

彼は大いに驚き、「ああ、これはどうしたことだ。あれほど立派だった建物がすべてなくなり、赤い壁だけになっているとは」と尋ねた。

「あなたはまだ夢を見ておられるのですか。昨夜、火事になったのですよ」

「どうして私は気づかなかったのだ」

「この俺が禅堂を守り、師父が安らかにお眠りだったので、お騒がせしないようにしたのです」

「お前には禅堂を守る力がありながら、なぜ他の建物の火を消してやらなかったのだ」

悟空は笑って言った。「師父に申し上げますが、やはり昨日のおっしゃる通り、奴らは我らの袈裟に目をつけ、我らを焼き殺そうと企んだのです。もしこの俺が気づかなかったら、今頃は灰になっておりましたぞ」

三蔵法師はこれを聞いて恐れおののき、「彼らが火を放ったのか」と尋ねた。

「奴らでなくて、誰がいるというのです」

「まさかお前が、彼らの無礼に腹を立て、このような仕返しをしたのではないだろうな」

「この俺を、それほど手のつけられない悪党だとお思いですか。本当に奴らが火を放ったのです。俺は奴らの性根の悪さを見て、あえて火は消さず、ほんの少し風を送ってやったまでです」

「ああ、天よ!火事が起きたなら、水をかけて助けるべきものを、なぜ逆に風を送るようなことをしたのだ!」

「古人の言葉をご存じないのですか。『人に虎を害する心がなくとも、虎に人を害する心がないとは限らぬ』と。奴らが火遊びをしなければ、俺が風遊びをすることもなかったのです」

「袈裟はどこにある。まさか焼けてしまったのではあるまいな」

「ご心配なく。焼けてはおりません。袈裟を置いていた方丈には、火は回りませんでした」

「よいか、お前のせいだからな。もし少しでも傷がついていたら、あの呪文を唱えてやるぞ」

悟空は慌てて言った。「師父、お唱えなさらないでください。必ず袈裟を探してお返ししますから。さあ、取りに行って、出発いたしましょう」

三蔵法師は馬を引き、悟空は荷物を担いで、禅堂を出て奥の方丈へと向かった。

老僧の死と袈裟の行方

さて、悲しみに暮れていた僧侶たちは、突然、師弟が馬を引いて現れたのを見て、魂が抜けたように驚き、「恨みを抱いた亡霊が、命を取りに来たぞ」と叫んだ。

悟空は一喝した。「何の亡霊だ!さっさと俺の袈裟を返せ!」

僧侶たちは一斉にひざまずき、頭を下げて言った。「お爺様!恨みには恨みの主が、借金には借金の相手がございます。我々の命をお取りになるのはお門違いです。すべては広謀と老僧が企んだこと。どうか我々はお許しください」

「やかましい!誰がお前たちの命など求めるものか。ただ袈裟を返せと言っているのだ!」

その中に、少しばかり度胸のある二人の僧侶が言った。「高僧様、あなた方は禅堂の中で焼き殺されたはず。今また袈裟を求めに来られるとは、一体、人なのですか、それとも物の怪なのですか」

悟空は笑った。「この悪党どもめ。どこに火があったというのだ。前の禅堂をよく見てから物を言え」

僧侶たちが立ち上がって前を見ると、禅堂の戸や窓は、少しも焼けていなかった。人々は恐れおののき、ようやく三蔵法師が聖なる僧であり、悟空がその守護神であることを悟った。

皆、一斉に前に進み出て頭を下げた。「我らは目が曇り、まことの聖人様とは存じ上げませんでした。あなたの袈裟は、奥の方丈におられる師祖様のもとにございます」

三蔵法師は崩れた壁をいくつも通り過ぎながら、ため息をつき続けた。方丈は確かに火を免れていた。僧侶たちが中へ駆け込み、叫んだ。「ご師祖様、唐の僧は神人でございました。我々は家を失ったばかりか、とんだ恥をかきました。早く袈裟をお返しなさい!」

さて、この老僧は袈裟が見つからず、さらに寺まで焼いてしまったことで、焦りと絶望の淵にいた。この言葉を聞いて、返事ができるはずもない。

彼は万策尽き、進退窮まり、壁に向かって歩み寄ると、勢いよく頭を打ちつけた。

ああ、哀れなことに、彼の頭は砕け散り、魂は肉体を離れ、その命は絶えた。

詩に詠むならば、

嘆かわしきは老僧の愚かな性、

いたずらに長寿を保ちし翁よ。

袈裟を子孫に残さんと望むも、

仏の宝が俗世の物と異なるを知らず。

安易な策を永遠の計となせば、

必ずや寂しい結末を迎えるもの。

広智、広謀の知恵も何の役に立ったか。

人を損ないて己を利するは、しょせん一夜の夢にすぎぬ。

僧侶たちは泣き叫んだ。「師公様が頭を打って死んでしまわれた!しかも袈裟も見当たらない。どうすればよいのだ!」

「お前たちが盗み隠したのだろう。さあ、全員の名を書いた帳面を用意しろ。この俺が一人一人調べてやる」

寺の大小合わせて二百三十名分の名簿が用意された。

悟空は師を上座に座らせ、一人一人名前を呼んで調べさせ、衣服の中まで改めたが、袈裟は見つからない。また、火事から運び出された荷物もくまなく探したが、影も形もなかった。

三蔵法師は心の中で憤り、悟空を恨めしく思い、座ったままあの呪文を唱え始めた。

悟空は「どさっ」と地面に倒れ、頭を抱えて苦しみ、「おやめください、おやめください。必ず袈裟を探し出しますから」と叫んだ。

僧侶たちはその様子を見て震え上がり、ひざまずいて許しを請うた。三蔵法師はようやく呪文を唱えるのをやめた。

悟空は跳ね起き、耳の穴から鉄棒を取り出して僧侶たちを打ち据えようとしたが、三蔵法師に叱られた。「この猿め!まだ頭痛が治まってもおらぬのに、また無礼を働くつもりか!手を出すでない。もう一度、詳しく問いただしなさい」

僧侶たちは頭を下げて三蔵法師に哀願した。「高僧様、お許しください。我々は本当に何も見ておりません。すべてはあの死んだ老いぼれの仕業です。彼は昨夜、あなたの袈裟を眺めながら夜更けまで泣き、それを永遠に手に入れようと、あなた方を焼き殺す計画を立てたのです。火事が起こってからは、皆、火を消したり荷物を運び出したりするのに夢中で、袈裟がどこへ行ったのか、全く存じません」

悟空は大いに怒り、方丈に入って死んだ老僧の骸を運び出し、衣服を剥いで調べたが、何もない。方丈の床を三尺掘り返したが、やはり見つからなかった。

彼はしばらく考え込み、尋ねた。「お前たちの近くに、何か妖怪の類は棲んでいないか」

院主が答えた。「お尋ねくだされなければ、思いもよりませんでした。ここから真東南に黒風山という山があり、その山中の黒風洞に黒大王という者がおります。亡くなった我らが師祖は、常に彼と仏法について語り合っておりましたが、彼はまことの妖怪でございます」

「その山は、ここからどれくらい離れている?」

「わずか二十里ほど。向こうに見える山頂がそれでございます」

悟空は笑って言った。「師父、ご安心ください。もう何も聞く必要はございません。十中八九、あの黒い化け物の仕業に違いありません」

「あそこはここから二十里も離れているというのに、なぜ彼だと断定できるのだ」

「あなたは昨夜のあの火事をご覧になっていないのですか。その光は万里を駆け、天界を照らすほどでした。二十里どころか、二百里先からでも見えたでしょう。決まりです。奴は火の光を見て、ここへ忍び込み、我らの袈裟が宝物であるのを見て、混乱に乗じて奪い去ったのです。この俺が探しに行ってまいります」

「お前が行ってしまったら、私は誰を頼ればよいのだ」

「ご安心ください。目には見えぬ神々があなた様をお守りし、表向きは、この僧侶たちに世話をさせますから」

彼はすぐに僧侶たちを呼び集め、「お前たち、何人かで老いぼれの亡骸を埋葬しろ。残りの者は、我が師にお仕えし、白馬の世話をしろ」と命じた。

僧侶たちは承知した。

悟空はさらに言った。「口先だけではないだろうな。俺が留守の間に、手抜きなどしたら承知せんぞ。師の世話をする者は、笑顔で優しく仕えよ。馬を養う者は、水と草を十分に与えよ。もし少しでも怠慢があれば、この金棒がどうなるか、見せてやろうか」

彼は耳から金棒を取り出すと、焼け残ったレンガの壁に向かって一撃した。壁は粉々に砕け散り、さらに奥の壁まで揺れ崩れた。

僧侶たちはこれを見て腰を抜かし、震えながら頭を下げた。「お爺様、どうかご安心してお出かけください。我々は心を尽くして高僧様にお仕えいたします。決して手抜きはいたしません」

さすがは悟空。彼はすぐに筋斗雲に乗り、一直線に黒風山へと向かい、袈裟を探しに行ったのであった。

まさしくこれこそが、

仏道を求め、僧は都を出で、

杖を携え西へ、幾多の山々を越える。

虎、豹、狼は常に道に潜み、

行き交う人の姿は稀である。

道中、愚かな僧の嫉妬に遭うも、

すべては斉天大聖の威光に頼る。

火が起こり風が吹き、禅院は廃墟と化し、

黒熊の怪が、夜陰に乗じて錦の衣を盗む。

果たして、この旅路で袈裟は見つかるのか、その行く末やいかに。それは、また次のお話である。


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第十六回「観音禅院の事件」要約

三蔵法師と孫悟空が、旅の途中で「観音禅院」という壮大で立派なお寺に一晩の宿を求めます。

そこの住職は270歳にもなる大変な大僧侶でした。話の流れで、悟空がつい自慢して見せた三蔵の宝の袈裟けさのあまりの美しさに、この老僧は完全に心を奪われてしまいます。

「なんとしてもこの袈裟を自分のものにしたい」という強烈な欲望にかられた老僧は、なんと弟子たちと共謀。三蔵法師たちを部屋ごと焼き殺して、袈裟を奪おうという恐ろしい計画を立てます。

しかし、その殺気にいち早く気づいたのが悟空です。彼は天界へひとっ飛びし、師匠と馬が火に焼かれないよう特別な防火カバーを借りてきて守ります。そればかりか、「悪人には罰を」とばかりに、逆に風を吹かせて火の勢いを煽り、お寺は全焼してしまいます。

この大火事を、近くの黒風山から一匹の妖怪「黒熊精こくゆうせい」が目撃しました。火事場泥棒とばかりに寺にやってきた彼は、混乱の中で光り輝く宝の袈裟を見つけ、まんまと盗んでいきました。

翌朝、計画が失敗し、寺は焼け野原、お目当ての袈裟も消えてしまったことに絶望した老僧は、壁に頭を打ち付けて自殺してしまいます。

師匠の三蔵法師に「袈裟をなくした」と責められ、頭が痛くなる呪文で苦しめられた悟空は、真犯人が黒熊精だと突き止め、たった一人で宝物を取り返すために、妖怪の住む黒風山へと向かうのでした。

この第十六回は『西遊記』序盤における極めて重要な転換点であり、物語全体のテーマを凝縮した傑作エピソードです。単なる妖怪退治の物語とは一線を画し、人間の心の深淵を鋭くえぐり出しています。なぜこの物語がこれほどまでに人々を魅了し、現代のゲームクリエイターにまでインスピレーションを与え続けるのか。その心理的葛藤と、作者が込めたであろう真意について深く解説してみましょう。

 

1. 人間の心の闇:聖職者の仮面の下の煩悩

この物語の真の恐ろしさは、牙をむく妖怪ではなく、徳の高いはずの老僧が示す「人間の心の闇」にあります。

地位と長寿が生んだ「執着」: 270歳という長寿を誇り、観音禅院の頂点に立つ老僧は、物質的にも精神的にも満たされているはずの存在でした。しかし、人間とは皮肉なもので、全てを手に入れた者ほど、唯一手に入らないものへの渇望は異常なまでに増幅されます。彼にとって錦襴の袈裟は、単なる美しい法衣ではありませんでした。それは、彼の270年の人生と蒐集の集大成を無に帰すほどの「完璧な宝」、つまり彼が唯一持ち得なかった「究極のステータス」の象徴だったのです。

嫉妬から殺意への心理的変遷: 彼の堕落は段階的に描かれます。最初は純粋な「羨望」でした。しかし、「一晩だけでも」というささやかな願いが叶えられると、それは「永遠に所有したい」という強烈な「貪欲」へと変化します。そして、それが不可能だと悟った時、弟子の広智や広謀が悪魔の囁きのように「殺して奪う」という選択肢を提示します。老僧は、自らの心の奥底にあった邪な欲望を弟子たちの言葉によって正当化し、躊躇なくその計画を受け入れます。これは、人間の心が、いかに脆く、外部からの誘惑によって容易に一線を越えてしまうかを見事に描き出しています。

老僧と黒熊精の「合わせ鏡」: 作者はここで巧妙な対比を用いています。老僧は「人間の姿をした魔」であり、仏道を語る黒熊精は「妖怪の姿をしながらも風流を解する存在」です。黒熊精が袈裟を盗んだ動機は、美しいものへの純粋な所有欲、いわば「本能的な悪」です。しかし老僧の動機は、嫉妬、見栄、長年のコレクションを完成させたいという執着など、より複雑で陰湿な人間の感情に基づいています。作者は、妖怪のストレートな悪よりも、聖職者の仮面の下に隠された人間の煩悩の方が、より根深く救いようがないものであることを示唆しているのです。

 

2. 悟空の成長と三蔵との葛藤:理想と現実の狭間で

この事件は、孫悟空というキャラクターにとっても大きな成長の機会であり、同時に師である三蔵との関係性の困難さを浮き彫りにします。

問題解決者としての自覚: 悟空はもはや天宮で暴れるだけの猿ではありません。彼は師を守るという明確な使命を帯びています。しかし、その方法はまだ粗暴さが抜けきれません。彼は僧侶たちの悪意を見抜くと、当初は金箍棒で皆殺しにしようと考えます。しかし、それを思いとどまり、「辟火罩」を借りて師を守り、風を送って自滅を誘うという間接的な方法を選びます。これは、三蔵から課せられた「殺生戒」を意識し、単なる暴力ではなく「知恵」を使い始めた、彼の成長の証です。

 埋まらない師弟の溝: このエピソードにおける最大の悲劇は、悟空の尽力が三蔵に全く理解されないことです。

 認識のズレ: 悟空には人間の邪心や妖怪の気配が「見え」ますが、凡人である三蔵には見えません。三蔵にとって、目の前にいるのは徳の高い老僧であり、悟空の警告は粗暴な弟子の被害妄想にしか聞こえないのです。

 信頼の欠如: 火事が起きた後も、三蔵はまず悟空を疑います。「お前がやったのではないか」と。そして袈裟が見つからないと知るや、事情を聴こうともせず、問答無用で緊箍呪を唱えます。悟空にとって、これは肉体的な痛み以上に、命がけで守った師から全く信頼されていないという精神的な苦痛だったはずです。

 理想主義の危うさ: 三蔵は「人を信じる」という高潔な理想を持っていますが、それは時として現実を見る目を曇らせる危うさを孕んでいます。この物語は、悟空という「現実を見抜く力」を持つ存在がいなければ、三蔵の理想主義がいかに無力で危険であるかを読者に突きつけます。この師弟の葛藤は、旅を通して繰り返される重要なテーマとなっていきます。

 

3. 作者の真意と現代的意義:なぜ今、この物語なのか

2024年発売したヒットゲーム『黒神話:悟空』が、数あるエピソードの中からこの観音院の物語をプロモーションの最初に選んだのは、偶然ではありません。このエピソードこそが、『西遊記』という物語の本質を最も象徴しているからです。

真の「敵」は誰か?: 作者が伝えたかった真意、それは「真の魔は、己の心の中にあり」という仏教的な教えです。西天取経の旅は、物理的な妖怪を倒す冒険であると同時に、三蔵一行が自らの内なる煩悩(魔)と向き合い、それを克服していく精神的な修行の旅でもあります。観音院という最も神聖であるべき場所で、最も醜悪な人間の煩悩が噴出するこの物語は、そのテーマを読者に強烈に印象付けます。

「見抜く」ことの重要性: ゲームの主人公である悟空の最も重要な能力は、圧倒的な戦闘力だけではありません。「火眼金睛」に象徴される、物事の本質を見抜く力です。聖職者の仮面を被った悪人、仏法を語る妖怪、善と悪が入り乱れる混沌とした世界で、何が本物で何が偽物かを見極めること。これこそが悟空の宿命であり、現代社会に生きる我々にも通じる普遍的な課題です。情報が溢れ、何が真実か見えにくい現代において、この「見抜く」というテーマは、より一層の重みを持って響きます。


この第十六回は、読者に対して「あなたの信じている『善』は、本当に善ですか?」「あなたの心の中には、あの老僧と同じ『魔』が潜んでいませんか?」と静かに、しかし鋭く問いかけてくるのです。だからこそ、この物語は単なる古典文学の一節に留まらず、時代を超えて我々の心を揺さぶり続けるのでしょう。

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