表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私説 西遊記の遊戯  作者: 光闇居士


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/27

第十三回:虎の巣穴を抜け太白星が厄を払い、両叉嶺にて伯欽が僧を引き留める。

挿絵(By みてみん)

『両界山の別れ』

「別れ」と「境界」雄大、静寂の中に、雷鳴のような一声が響く、その直前の張り詰めた空気を・・・


【しおの】

詩に曰く

大唐の天子より勅命くだり、

玄奘、禅の真髄を求めて旅路に就く。

決意は固く、仏道を一心に、

霊鷲の峰を目指し、修行の誠を尽くさん。

故国の門を遠く離れ、幾多の邦を巡るのか、

雲は行き、山また山、幾千の難所を越えて。

今、ただ一人西へ向かうその背に、

仏法の光を広め、大いなる空の理を悟るのだ。

法門寺での誓い

さて、三蔵法師が唐の都、長安の関所を出立したのは、貞観十三年九月、秋たけなわの頃。満月を三日後に控えた日であった。太宗皇帝をはじめ、居並ぶ百官に見送られての旅立ちである。

馬を駆り、道中ほとんど休むことなく、わずか一、二日で早くも法門寺へとたどり着いた。

この寺の住職である上房長老は、五百人もの僧侶を率いて道に整列し、三蔵法師を寺内へと丁重に迎え入れた。恭しく茶が献じられ、食事が終わる頃には、とっぷりと夜の帳が下りていた。まさに、その夜の情景は、

満天の星は、手を伸ばせば届くほど近くに瞬き、月光の下、世の塵一つ見えぬほど清らかである。雁の鳴く声は遥か天の川に響きわたり、西の隣家からは衣を打つ砧の音が聞こえてくる。ねぐらに戻る鳥は枯れ木に身を寄せ、禅僧は静かに仏の道を語らう。そして、座禅を組む蒲団の上、ただひたすらに夜が更けるのを待つのであった。

灯火の下、僧侶たちは西天取経の旅について語り合った。ある者は「あまりに水は遠く、山は高すぎます」と言い、またある者は「道中には虎や豹がなんと多いことか」と案じる。あるいは「険しい峰や断崖絶壁を越えるのは至難の業でしょう」と述べ、また別の者は「恐ろしい魔物や物の怪を退けることは、いかに困難なことか」とため息をついた。

三蔵法師は、ただ黙って皆の言葉に耳を傾け、時折、自らの胸元を指差し、深く頷くばかりであった。

その仕草の意味を解しかねた僧侶たちは、合掌して尋ねた。「法師様が胸を指し、頷かれるのは、いかなるお心なのでございましょうか」

すると三蔵法師は、静かに口を開いた。「心が起これば、様々な魔もまた起こる。心が滅すれば、様々な魔もまた滅するのです。私はかつて、化生寺の仏前にて、この大いなる誓願を立てました。この身、この心を尽くさずにはおれません。この旅において、必ずや西天の霊山にたどり着き、み仏にまみえ、経典を賜り、我が国に法輪を転ぜしめ、聖主たる皇帝陛下の御代がとこしえに続きますよう、願うばかりです」

その言葉を聞いた僧侶たちは、皆、深く感嘆し、口々に「なんと忠義篤き、偉大な法師様であろうか」と称賛し、三蔵法師を寝所へと案内したのであった。

旅の再開と最初の苦難

やがて、夜明け前の竹林を打つかのような静かな雨音と共に残月が傾き、鶏が暁の雲に向かって鳴き始める頃、僧侶たちは皆起き出し、三蔵法師のために茶と朝餉の支度を整えた。

玄奘は袈裟をまとい、本堂にて仏前にひざまずいた。「弟子、陳玄奘、これから西天へ経典を求めに参ります。されど、この肉眼では、まことのみ仏のお姿を見分けることはかないません。ここに誓いを立てます。旅の道すがら、寺あれば必ず香を焚き、仏に会えば必ず拝み、塔あれば必ず掃き清めましょう。願わくは、我が仏よ、大いなる慈悲をもって、その尊きお姿を現し、真の経典を授け、東方の地へ広めることをお許しください」

祈りを終え、方丈の間へ戻り朝食を済ませると、二人の供の者が、早くも馬の鞍を整え、旅立ちを促した。三蔵法師は山門を出て、僧侶たちに別れを告げる。名残を惜しむ僧侶たちは、十里もの道を見送り、涙ながらに寺へと引き返していった。

三蔵法師は、ただひたすらに西を目指す。季節は晩秋。目に映る景色は、

里の木々は葉をふるい落とし、水辺の芦の花は風にちぎれている。わずかに残る楓や柳が、紅に染まった葉を寂しく垂らす。旅路は霧雨にかすみ、知る人の顔も見えない。野には黄色い菊が美しく咲き誇り、山の岩肌は痩せて見える。水は冷たく澄み渡り、破れた蓮の葉が人の疲れを誘うようだ。白い浮草や赤い蓼に霜が降りる空の下、夕暮れの光の中を、一羽の水鳥が孤独に舞い降りる。ぼんやりと薄暗い野に雲が流れ、ツバメは去り、渡り鳥が訪れる季節。その鳴き声は、夜まで悲しげに響き渡っていた。

一行は数日をかけて進み、鞏州の城へと着いた。そこの役人や民衆は、勅命を受けた僧侶を温かく迎え入れ、城内で一夜の宿を提供した。翌朝早く、城を出てさらに旅を続ける。道中、空腹を癒し、喉を潤し、夜は宿を取り、朝には出発するという日々を繰り返し、二、三日の後、河州の衛戍地に到着した。

そこは、もはや大唐の西の国境であった。国境を守る総兵や、地元の僧侶、道士たちは、皇帝の義弟たる法師が、はるばる西天へ仏を詣でる旅の途中であると聞き、皆、恭しく出迎えた。一行は手厚いもてなしを受け、僧侶を監督する役職にある僧綱によって、福原寺という寺へ案内され、そこで休息をとることになった。

寺の僧侶たちが一人ひとり挨拶に訪れ、夕食が用意された。食後、三蔵は供の者たちに、夜が明けぬうちに出発できるよう、馬に十分な餌を与えておくよう命じた。

一番鶏が鳴く頃、三蔵はすぐさま供の者たちを起こした。寺の僧侶たちも驚いて起き出し、茶と朝食を準備してくれた。食事を終えた三蔵法師は、いよいよ国境を離れるという思いから気が急いていたのだろう、あまりにも早く出発してしまった。秋も深まるこの季節、鶏が鳴くのはまだ早く、時刻はまだ夜中の四時頃であった。

一行三人、そして馬一頭。清冽な霜が降りる中、皓々と輝く月を頼りに数十里ほど進むと、目の前に一つの大きな山嶺がそびえ立っているのが見えた。やむなく草をかき分け、道なき道を探して進むが、その険しさは言葉に尽くせず、道を誤ったのではないかという不安が心をよぎる。

まさにその時、一行は足を踏み外し、人馬もろとも深い穴の中へと転がり落ちてしまった。

三蔵法師は狼狽し、供の者たちは肝を潰す。恐れおののいていると、穴の奥から「捕らえろ!そいつらを捕らえろ!」という、うなるような叫び声が響いてきた。

突如として激しい風が吹き荒れ、五十から六十ほどの妖怪どもが躍り出て、三蔵法師と供の者たちを力ずくで引きずり上げた。

法師が恐る恐る盗み見ると、そこには実に恐ろしい姿をした魔王が鎮座していた。

その威厳たるや凄まじく、猛々しい気迫が満ち満ちている。両の眼は稲妻のごとく煌めき、雷鳴のような声が四方に響く。鋸のような牙は口の外へとはみ出し、鑿のような歯が頬の横から覗いている。体には虎斑模様の錦の衣をまとい、その背はまさしく虎そのものである。鋼のような髭はまばらで、その下の肉が覗き、かぎ爪は霜のように鋭く光る。その姿は、東海に棲むという老翁をも恐れさせ、南山の白額虎の王にも勝る威圧感を放っていた。

三蔵法師は魂も砕け散る思いであり、二人の供の者は腰が抜けて動くこともできなかった。

魔王が「縛り上げよ」と命じると、妖怪どもは一斉に三人を荒縄でぐるぐる巻きにした。

まさにこれから食い殺されようとした、その時。外から騒がしい声が聞こえ、「熊山君様と特処士様、お二方のお成りです」と知らせる者がいた。

三蔵法師がはっと顔を上げると、先頭を歩いてくるのは、一人の黒々とした大男であった。

その姿は、雄々しく豪快で、度胸がありそうだ。身のこなしは軽やかで、体つきはたくましい。水を渡る時はその荒々しい力を頼みとし、林を駆ける時は猛烈な勢いを振るう。かつては吉夢の兆しとされ、今、その勇ましい姿を現した。緑の木々によじ登り、枝を折り、寒さを知って時を告げることに長けている。霊験あらたかな地に現れることから、山の君主、山君と呼ばれている。

そして、その後ろに続くのは、一人の恰幅の良い大男である。

その姿は、天を突くような二本の角を冠とし、その背と肩は厳かにそびえ立っている。性質を表すかのような穏やかな青い衣をまとい、蹄を持つその足取りはゆったりとしている。その祖先は雄牛と呼ばれ、元は雌牛から生まれたという。農耕に多大な功績があることから、特別な農耕の士、特処士と名付けられた。

この二人がゆらりと中へ入ってくると、魔王は慌てて席を立ち、出迎えた。

熊山君が口を開く。「寅将軍、ご機嫌麗しく、何よりのお喜びですな」

特処士もそれに続く。「寅将軍、いつもに増してお姿も立派になられ、誠にめでたいことです」

魔王が尋ねた。「お二方は、近頃いかがお過ごしで」

山君は「ただ質素に暮らしております」と答え、処士は「ただ時の流れに身を任せております」と答えた。

三人は挨拶を終えると、それぞれ席に着き、談笑を始めた。

太白金星の救い

その時、縛られていた供の一人が、痛みに耐えかねて泣き声を上げた。黒い大男、熊山君が尋ねる。「この三人は、どこから来た者たちかな?」

魔王、すなわち寅将軍は「向こうから勝手に転がり込んできた獲物でございます」と答えた。

処士が笑いながら言った。「ほう、それは客としてもてなすことができるのかね?」

魔王は「ええ、お二人をもてなさせていただきますとも」と応じた。

山君は言った。「何もすべて食うには及ぶまい。二人は頂戴し、一人を残しておけばよかろう」

魔王は承知し、配下の者たちに命じた。妖怪どもは二人の供の者の腹を裂き、心臓をえぐり出し、その体をずたずたに切り刻んだ。首と心臓は二人の客人に献上され、四肢は魔王自らが食らい、残りの骨肉は他の妖怪どもに分け与えられた。

「グチャ、グチャ」と響くその音は、まさしく虎が子羊を貪るかのようであり、瞬く間に二人の供は骨も残さず食い尽くされてしまった。

三蔵法師は、その光景を目の当たりにし、恐怖のあまりほとんど気を失いかけていた。これこそが、長安を出て初めて遭遇した、あまりにも大きな苦難であった。

混乱のうちに、次第に東の空が白み始める。二人の客人の妖怪は、夜が明けたのを見て、ようやく腰を上げた。皆、「今日はご馳走になった。後日、改めて礼をさせてもらう」と言い残し、ぞろぞろと洞窟を後にしていく。

やがて太陽が昇り、三蔵法師の意識は朦朧として、ここがどこなのか、東西南北さえも分からなくなっていた。

まさに命運尽きようとしたその時、ふと見ると、一人の老翁が杖を手に、こちらへやって来るではないか。

老翁は三蔵のそばへ進み出ると、その手で軽く一振りした。すると、体を縛っていた縄がすべて断ち切れた。さらに三蔵の顔にふっと息を吹きかけると、法師ははっと意識を取り戻し、地面にひざまずいて感謝した。「ご老公、この浅学の僧の命をお救いいただき、誠にありがとうございます」

老翁は答礼し、「さあ、お立ちなさい。何か失くしたものはあるかな?」と尋ねた。

三蔵は答えた。「私の供の者たちは、すでに妖怪の腹の中です。荷物や馬がどこにあるのか、皆目見当もつきません」

老翁が杖で一ヶ所を指差す。「あれに見えるは、おぬしの馬一頭と二つの荷物ではないかな?」

三蔵が振り返ると、確かに自分の荷物と馬がそこにあった。何一つ失われてはいない。少し心を取り戻した三蔵は、老翁に尋ねた。「ご老公、ここは一体、どのような場所なのでしょうか。そして、ご老公はなぜこのような場所におられるのですか?」

老翁は言った。「ここは双叉嶺という名の峠でな、虎や狼の巣窟じゃよ。おぬしは、なぜこのような所に落ちてしまったのか」

三蔵は答えた。「私は鶏が鳴く頃に河州の衛戍地を出立いたしました。あまりに早く出発しすぎたため、深い霜の中、道なき道を進むうちに、この穴に落ちてしまったのです。そこで恐ろしい魔王に出会い、私と二人の供は縛り上げられました。そこへさらに、熊山君と名乗る黒い大男と、特処士という恰幅の良い男が現れ、魔王のことを寅将軍と呼んでおりました。彼ら三人は、私の供二人を無残にも食い尽くし、夜が明けてようやく去っていったのです。私のような浅学の身が、どうしてこれほどのご縁に恵まれ、ご老公に救い出していただけたのでしょうか」

老翁は説明した。「処士とは野牛の精、山君とは熊の精、そして寅将軍とは虎の精じゃ。周りの妖怪どもは皆、山の精霊や古木の化身、物の怪や年経た狼の類よ。ただ、おぬしの生まれ持った性が清らかで曇りなきゆえに、食われずに済んだのじゃ。さあ、わしについて来なさい。道案内をしてやろう」

三蔵法師は感謝の念に堪えず、荷物を馬の背に乗せ、手綱を引いて老翁の後についていく。穴の中から、ようやく広い道へと出ることができた。

彼は馬を道端の草につなぐと、老翁に向き直り、深く礼をしようとした。すると、老翁は一陣の清らかな風と化し、赤い頭をした白鶴にまたがって、天高く舞い上がってしまった。

風が吹き過ぎた後には、一枚の短冊が残されていた。そこには、四句からなる漢詩が記されていた。

我は西天に住まう太白の星、

ひとえに汝の命を救わんがために来たれり。

この先には、自ずと神仏の助けがあらん。

困難のゆえに、経を求める心を怨むことなかれ。

三蔵法師はこれを目にし、天に向かって伏し拝んだ。「金星様、この苦難よりお救いいただき、心より感謝申し上げます」

拝礼を終えると、再び馬を引き、ただ一人、寂しく、そして苦難に満ちた道を進んでいった。この山嶺は、実に、

寒々とした風が吹き、雨に濡れた木々がざわめく。谷間を流れる水の音だけが、さらさらと聞こえてくる。かぐわしい野の花が咲き乱れ、ごつごつとした岩が乱雑に積み重なる。鹿や猿が騒がしく鳴き交わし、ノロジカやカモシカの群れが駆け抜けていく。鳥の声はやかましいほどに多いのに、人の気配はまったく感じられない。かの長老は、恐ろしさに心が休まらず、この馬は、力が尽きて蹄を上げるのも億劫そうだ。

劉伯欽との出会い

三蔵法師は命を捨てる覚悟で、その険しい山嶺に挑んだ。半日ほど歩き続けたが、人里どころか、一軒の家さえ見当たらない。空腹が募る上に、道はますます険しくなるばかりであった。

まさに絶体絶命のその時、前方に二匹の猛虎が牙を剥き、後方には数匹の長蛇がとぐろを巻いているのが見えた。左には毒虫、右には怪獣。三蔵法師は完全に孤立し、なすすべもなく、ただ心を鎮め、天命に身を委ねるほかなかった。

その上、馬は腰が砕け、蹄も弱り、ついにその場にひざまずいて動かなくなってしまった。叩いても起き上がらず、引いても歩もうとしない。法師は身を寄せる場所もなく、万策尽きた悲惨さに、もはや死を覚悟するしかなかった。

しかし、災いの極みに、救いはあった。まさに命が尽きようというその瞬間、突然、毒虫は逃げ去り、怪獣は飛び去り、猛虎は姿を消し、長蛇は跡形もなく潜んでしまったのである。

三蔵法師が顔を上げて見ると、一人の男が鋼のさすまたを手に、腰に弓矢を携え、山腹の向こうから現れた。

その男は、実に立派な壮漢であった。

頭には、よもぎの葉の模様があしらわれた豹皮の帽子をかぶり、体には羊の毛で織った錦の上着をまとっている。腰には獅子の飾りがついた無骨な帯を締め、足にはノロジカの皮で作られた長靴を履いている。丸い眼は獲物を狙うかのように鋭く、乱れた髭は川の神のような力強さを感じさせる。毒薬と矢を入れた袋を提げ、手には一点の曇りもない鋼でできた大きな叉を握っている。雷鳴のごときその声は、山に棲む獣の肝を砕き、その勇猛さは野の雉の魂をも驚かす。

三蔵法師は、男が近づいてくるのを見ると、道端にひざまずき、合掌して大声で叫んだ。「大王様、お助けください!大王様、お助けください!」

男はそばまで来ると、鋼の叉を傍らに置き、その手で法師を抱き起こした。「長老、恐れることはない。俺は悪人ではない。この山に住む猟師で、姓は劉、名は伯欽、鎮山太保ちんざんたいほと呼ばれている。今しがた、山獣を探しに来たところで、あんたに出くわすとは思わなかった。驚かせてすまなかったな」

三蔵は言った。「私は大唐皇帝の勅命を受け、西天へ仏を詣で、経典を求める僧でございます。先ほどこの地へ参ったところ、狼や虎、蛇や虫に四方を囲まれ、進退窮まっておりました。ふと太保様のお姿を拝見いたしますと、獣どもは皆逃げ去り、おかげでこの命を拾うことができました。心より感謝申し上げます」

伯欽は言った。「俺はここで暮らし、もっぱら狼や虎を狩って生計を立て、蛇や虫を捕らえて生活している。だから獣どもが俺を恐れて逃げるのさ。あんたは唐の都から来たと言うから、俺と同じ故郷の者だな。ここはまだ大唐の国境で、俺も唐の民だ。俺たちは皆、皇帝陛下のおかげで生きている同じ国の人間だ。何も恐れることはない。俺について来い。俺の家で馬を休ませて、明日、あんたを道まで送ってやろう」

三蔵法師はその言葉を聞いて心から喜び、伯欽に深々と頭を下げ、馬を引いてその後に続いた。

劉伯欽の歓待と孝行

山腹を回り込むと、またしても「フオゥ、フオゥ」という風を切る音が聞こえてきた。

伯欽は言う。「長老、少し歩みを止めて、そこに座っていてくれ。この風の音は、山猫(虎のこと)が来た合図だ。そいつを捕まえて、あんたをもてなす食料にしてやろう」

三蔵はこれを聞き、またしても肝を冷やし、その場から一歩も動けなくなった。

太保は鋼の叉を握りしめ、大股で風の吹く方へと向かっていく。

一匹の斑模様の虎が正面から現れたが、伯欽の姿を見ると、慌てて身を翻し、逃げようとした。太保は雷鳴のごとき大声で、「この畜生め、どこへ逃げるか!」と一喝した。

虎は激しく追われるのを見て、逆に体をひるがえし、鋭い爪を振りかざして襲いかかってきた。太保は三股の叉を構え、それに応戦する。

三蔵法師は恐ろしさのあまり、草むらにへたり込んでしまった。この高徳の僧も、生まれてこのかた、このような荒々しい光景を目の当たりにしたことはなかったのだ。

太保と虎は山腹の下で対峙し、人と獣の命を懸けた死闘は、凄まじくも見る者の魂を揺さぶるものであった。

怒りの気が渦巻き、激しい風が吹き荒れる。怒りの気が渦巻けば、太保の剛力は髪を逆立てるほどに奮い立つ。激しい風が吹き荒れれば、斑模様の虎は勢いを増して砂塵を巻き上げる。一方は牙を剥き爪を立て、一方は身をかわしてそれを避ける。三股の叉は天を突いて太陽を揺るがし、千の花のような模様を持つ虎の尾は霧や雲のように舞う。一方は胸をめがけて突きかかり、一方は顔めがけて食らいつこうとする。これをかわした者は、再び人として生き長らえるが、まともに受けた者は、閻魔大王に会う運命となる。ただ聞こえるのは、あの斑模様の虎の咆哮と、太保の荒々しい雄叫びのみ。虎の咆哮は山河を震わせ鳥獣を驚かせ、太保の雄叫びは天の門を開いて星々を現すかのようだ。一方は金色の眼を怒らせ、一方は勇気を奮い立たせる。ああ、愛すべきは山を鎮める劉太保、誇るべきは大地を駆ける獣の王。人と虎は、生きるために勝負を争い、少しでも油断すれば、その魂を失うことになる。

両者が一刻(約二時間)ほども戦い続けたであろうか。虎の爪の動きが鈍り、腰の力が抜けたその隙を、太保は見逃さなかった。大きく叉を振りかぶり、その胸元めがけて一直線に突き倒した。

ああ、哀れなるかな、鋼の叉の鋭い先は、その心臓を見事に貫き、瞬く間に血が大地を赤く染め上げた。伯欽は虎の耳を掴むと、道の上までずるずると引きずり上げてきた。

この立派な男は、息一つ乱さず、顔色も変えずに、三蔵法師に言った。「運がいい。この山猫で、長老に一日分の食事を差し上げられる」

三蔵法師は称賛の言葉を惜しまなかった。「太保様は、まさしく山の神でございますな!」

伯欽は言った。「大した腕でもないのに、褒めてもらって恐縮だ。これも長老の福運のおかげだろう。さあ、行こう。急いで皮を剥ぎ、肉を煮て、もてなしてやろう」

彼は片手に叉を、もう片方の手で虎を引きずりながら、先を歩く。三蔵法師は馬を引き、その後に続いた。

山腹の小道を進んでいくと、突然、一つの山荘が見えてきた。その門構えは、実に趣深い。

天を突くような古木、道に絡みつく荒れた蔓。多くの谷から吹く風は冷たく、幾千の崖が織りなす景色は珍しい。一本の小道には野の花の香りが漂い、数本の趣ある竹が緑に揺れている。草で葺いた門、竹で組んだ垣根は、まるで絵のように美しい。石を敷いた橋、白い土で塗られた壁は、実に風雅で心楽しい。秋の気配は静かで、空気は高く澄み渡っている。道端には黄色い葉が舞い落ち、嶺の上には白い雲が漂う。まばらな林の中では山鳥がやかましく鳴き、山荘の門前では小さな犬が来客を告げてほえている。

伯欽は門に着くと、死んだ虎を地面に投げ捨て、「誰かいるか」と声を張り上げた。すると、三、四人の下男が出てきた。皆、どことなく風変わりな風貌をしている。彼らは虎を引っ張ったり担いだりして、家の中へと運び込んだ。

伯欽は、急いで皮を剥ぎ、客をもてなす準備をしろと命じた。

そして、振り返って三蔵法師を家の中へと招き入れた。互いに挨拶を交わすと、三蔵は改めて、伯欽の厚い恩情と、命を救ってくれたことへの感謝を述べた。

伯欽は「同じ故郷の者同士、礼には及ばない」と言った。

腰を下ろしてお茶を飲んでいると、一人の老婦人と一人の嫁が、三蔵法師に挨拶をしに出てきた。伯欽は「こちらが母と、俺の妻だ」と紹介する。

三蔵法師は言った。「奥様には、どうぞ上座へお座りください。私が拝礼させていただきます」

老婦人は言った。「長老様は遠来のお客様、どうぞお気遣いなく。拝礼などとんでもないことです」

伯欽が母に言った。「母上、このお方は唐の皇帝陛下の命を受け、西天へ仏を詣で、経典を求めに行かれるお方です。先ほど嶺の上でお会いしましてね。同じ国の者として、家にお招きし、馬を休めていただき、明日、道までお送りしようと思っているのです」

老婦人はこれを聞いて、大変喜んだ。「それは、それは、良いことだ。ちょうど良い時にお招きくださいました。実は、明日はお前の父の周忌にあたるのです。どうか長老様にお願いして、一つ善行として、お経を読んでいただけないでしょうか。そして、明後日にお送りして差し上げましょう」

この劉伯欽という男は、虎を殺すことを生業とし、鎮山太保と呼ばれるほどの豪傑であったが、親孝行な心も持ち合わせていた。母の言葉を聞くと、すぐさま香と紙銭を用意させ、三蔵法師に滞在を願った。

話しているうちに、日はとっぷりと暮れていた。下男たちが食卓と椅子を並べ、湯気の立つ数皿の虎の煮込み肉を運んできた。

伯欽は三蔵法師に、とりあえずこれを召し上がっていただき、改めて食事を用意すると言った。

三蔵法師は胸の前で合掌し、言った。「善なるかな。太保殿にはまことに申し上げにくいのですが、私は母の胎内を出てすぐに僧となり、以来、肉食をしたことがございません」

伯欽はこれを聞き、しばらく考え込んだ。「長老、俺の家では代々、精進料理というものを知らない。たとえ竹の子や木耳、乾物や豆腐があったとしても、すべて鹿や虎や豹の油で揚げており、とても清浄とは言えない。二つあるかまども、すっかり獣の油が染み付いている。どうしたものか。これでは、かえってお招きしたのが申し訳ないことになってしまう」

三蔵は言った。「太保殿は、どうぞお気になさらず、お召し上がりください。私のような貧しい僧は、三日や五日、食がなくとも耐えられますが、戒めを破るわけにはまいりません」

伯欽は言う。「もし、このまま餓え死にしてしまったら、どうするのだ?」

三蔵は答えた。「太保殿の天のごときご恩により、虎や狼の群れから救い出していただきました。たとえ餓え死にしたとしても、虎の餌食になるよりは、はるかにましでございます」

伯欽の母親はこれを聞いて、「息子や、長老と無駄話をするのはおよし。私に精進の食べ物があるから、ちゃんともてなせますよ」と言った。

伯欽は「母上、どこに精進の食べ物などあるのですか?」と尋ねた。

母親は「私のことは心配いりません。私に考えがあります」と言うと、嫁に小さな鍋を下ろさせ、火にかけて油汚れを焼き切り、何度も洗い清めさせた。そして、再びかまどに乗せた。

まず、半鍋の湯を沸かし、それは別にしておく。それから、いくつかの山よもぎの葉を煎じてお茶にした。そして、アワやキビを炊いてご飯にした。さらに、数種類の乾物を煮ておかずを作った。

それを二膳分用意し、食卓へ運んだ。老母は三蔵法師に向かって言った。「長老様、どうぞお召し上がりください。これは、私と嫁が自ら手を動かして用意した、まことに清浄な食事でございます」

三蔵法師は席を立って深く礼を言い、ようやく席に着いた。

伯欽は別の食卓を設け、塩も醤油も使わずに調理した虎の肉、麝香鹿の肉、大蛇の肉、狐や兎の肉、そして細かく刻んだ鹿の干物などを皿いっぱいに並べ、三蔵が精進料理を食べるのに付き合った。

席に着き、箸を取ろうとした伯欽は、三蔵法師が合掌して何かを唱えているのを見て、恐れ入って箸を取ることができず、慌てて立ち上がり、その傍らに控えた。

三蔵法師が数句唱え終わると、食事をするよう促した。伯欽は尋ねた。「あんたは、そんな短い経を唱える坊主なのか?」

三蔵法師は言う。「これは経典ではございません。食事をいただく前の真言です」

伯欽は言った。「あんたたち出家した者は、やけにやることが多いのだな。飯を食うにも念仏を唱えるとは」

精進料理を食べ終え、食器が片付けられると、次第に夜は更けていった。

伯欽は三蔵法師を母屋から案内し、裏手へと歩を進めた。脇の通路を抜けると、そこには一つの草葺きのあずまやがあった。

戸を開けて中に入ると、四方の壁には数張りの強い弓や硬いいしゆみが掛けられ、矢筒が差し込まれている。梁の上には、まだ血の匂いがする二枚の虎の皮が掛かり、壁際には多くの槍や刀、叉や棒が立てかけられていた。真ん中には、二つの椅子が置かれている。

伯欽は三蔵に座るよう勧めたが、三蔵法師は、このような殺伐として汚れた場所を見て、長く座っている気にはなれず、すぐにあずまやを出た。

さらに奥へ進むと、広い庭園があった。そこには、群れ咲く菊の黄色、木々の楓の赤が目に鮮やかであった。

また、「フッ」という音と共に、十数匹の肥えた鹿と、大きな群れのノロジカが走り出てきたが、人を見ても少しも恐れる様子はなく、「ニィ、ニィ」と鳴くだけである。

三蔵法師は言った。「このノロジカや鹿は、太保様が飼っておられるのですか?」

伯欽は言った。「あんたの住む長安の都の金持ちが財宝を蓄え、荘園を持つ者が米や穀物を集めるように、俺たち猟師は、ただ野獣を捕らえて飼い、天気の悪い日の食糧に備えているのさ」

二人は話しながらぶらぶらと歩き、知らぬ間に夕暮れ時となり、再び母屋へ戻って休むことにした。

亡父の成仏と別れ

翌朝早く、家族全員が起き出し、精進料理を用意して長老をもてなし、父のための読経を頼んだ。

長老は手を清め、太保の家の仏壇で香を焚き、仏前に礼拝した。三蔵法師は木魚を叩き、まず口の行いを清める真言を唱え、次に心と体を清める神呪を唱えた。その後、『度亡経』という経典を一巻、朗々と読み上げた。

読経が終わると、伯欽はさらに、亡き父を弔うための願文を一つ書いてくれるよう頼んだ。三蔵はそれに応じ、その後、『金剛経』と『観音経』を開いて読み上げた。その声は、実に清らかに響き渡った。

読経が終わると昼食を済ませ、さらに『法華経』と『弥陀経』をそれぞれ数巻、また『孔雀経』を一巻読み上げ、そして比丘がその業を洗い清める物語を語り終える頃には、早くも日が暮れていた。

様々な香と灯火を献じ、神々に捧げる紙で作った馬を燃やし、亡き父を弔う願文を焼き上げた。仏事が終わると、皆、それぞれの床に就いた。

さて、伯欽の父親の霊魂は、この手厚い供養のおかげで、地獄の苦しみから解き放たれることができた。その夜、鬼魂は早くも我が家に戻り、家族全員の夢枕に立って言った。

「わしは冥府にて長く苦しみから逃れられず、なかなか生まれ変わることができなかった。しかし、今、聖なる僧が経典を読んでくださったおかげで、わしの罪業はことごとく消滅した。閻魔大王が使いを遣わし、わしを中華の豊かな地、裕福な家柄に生まれ変わらせてくれることになった。お前たちは、長老に篤く礼を言い、決して粗末に扱ってはならぬぞ。わしは、もう行く」

まさにこのことである。万の法をもって荘厳を整えることには大いなる意味があり、亡き魂を導いて、苦しみの海から救い出すのだ。

家族全員が夢から覚めると、太陽はすでに東の空に高く昇っていた。

伯欽の妻が言った。「あなた、昨夜、お義父様が家に来られる夢を見ました。お義父様は、冥府で長く苦しみから逃れられなかったけれど、聖僧がお経を読んでくださったおかげで罪業が消え、閻魔大王様のお計らいで、中華の豊かな土地の裕福な家に生まれ変われることになった、とおっしゃっていました。そして、私たちに、長老様によくお礼をし、決して粗末にしてはいけない、と。そう言い終わると、そのまま門から出て行ってしまわれました。私たちがいくら呼んでもお返事もなく、引き留めることもできず…そこで目が覚めたのです」

伯欽は言った。「俺も、まったく同じ夢を見た。お前と寸分違わぬ夢だ。さあ、起きて母上に話に行こう」

夫婦がまさに母のもとへ行こうとしたところ、老母が呼んだ。「伯欽や、こちらへおいで。話がある」

二人が前に進み出ると、老母は寝台に腰掛けたまま言った。「息子よ、私は昨夜、縁起の良い夢を見たよ。お前の父さんが家に来て、長老様のおかげで供養され、罪業が消え、中華の豊かな地の裕福な家に生まれ変われることになった、と話しておったよ」

夫婦は皆、笑みを浮かべて言った。「私も妻も、まったく同じ夢を見ました。まさに今、母上にご報告しようと思っていたところです。母上も同じ夢をご覧になるとは」

そこで、一家総出で感謝の意を表す準備をし、馬を整えた。そして、皆が三蔵法師の前にひざまずいて礼を言った。「長老様のおかげで、亡き父が苦難を脱し、新たな生を受けることができました。このご恩、いくら感謝しても尽きません」

三蔵法師は言った。「私のような浅学の僧に、そのような力があるはずもございません。どうぞ、お礼などには及びません」

伯欽は、家族三人が見た夢の話を三蔵法師に詳しく語った。それを聞き、三蔵法師もまた喜んだ。

すぐに精進料理が用意され、さらに感謝のしるしとして銀が一両差し出されたが、三蔵法師はびた一文受け取ろうとはしなかった。

一家は何度も懇願し、頭を下げたが、三蔵は頑として受け取らず、ただ「あなたがたが慈悲の心をもって、私を道まで送ってくださるだけで、その深いお情けに十分に感謝いたします」と言うばかりであった。

伯欽と母と妻は仕方なく、急いで粗挽きの小麦粉で焼き餅を作り、旅の糧として持たせた。三蔵法師は、それを喜んで受け取った。

太保は母の命を受け、さらに二、三人の下男を呼び、それぞれに狩りの道具を持たせて、一緒に広い道まで送ることになった。

山中の自然の風景、山嶺の美しい景色は、いくら見ていても飽きることがない。

半日ほど進むと、正面に一つの大きな山が見えた。それは実に高く、青空に届くほどに、険しくそびえ立っていた。

三蔵法師が間もなくその山の麓に到着した時、太保はまるで平地を歩くかのように、軽々とこの山に登っていった。ちょうど山腹まで来たところで、伯欽は振り返り、道の下に立つ三蔵に向かって言った。「長老、どうぞこのままお進みください。俺はここでお暇します」

三蔵法師はこれを聞き、鞍から転がり落ちるように馬を降りた。「どうか太保様、もう一区切り、先までお送りください」

伯欽は言った。「長老はご存知ないでしょうが、この山は両界山と申します。東の半分は我が大唐の領地ですが、西の半分は異民族の地。あちら側の狼や虎は、俺の言うことを聞きませんし、俺も国境を越えることはできないのです。どうぞ、お一人でお進みください」

三蔵法師は、心臓が凍る思いであった。伯欽の衣の袖を掴み、涙を流して別れを惜しむ。

まさに二人が、名残を惜しんで別れの挨拶を交わしている、その時であった。突如、山の麓から雷鳴のような叫び声が響き渡った。

「我が師父がお着きになられたぞ! 我が師父がお着きになられたぞ!」

三蔵法師は驚きに言葉を失い、伯欽は驚愕して身構えた。

さて、この叫び声の主は、一体何者であろうか。それは、また次のお話


---------------------------------------------------


第十三回の要約

唐の皇帝からありがたいお経を求めてくるよう命じられた僧侶、三蔵法師。いよいよ二人の供を連れて都を出発し、西への長い旅を始めます。

旅の序盤、国境近くの山道で一行は道に迷い、うっかり深い穴に転落。そこは虎の妖怪・寅将軍いんしょうぐんの巣でした。あっという間に捕らえられた三人は絶体絶命のピンチに。無情にも、二人の供は駆けつけた熊や牛の妖怪たちに、その場で食べられてしまいます。

恐怖で気絶しかける三蔵法師。しかし、まさに彼も食べられようとしたその時、天から太白星たいはくせいという神様が現れ、彼一人の命を救い出します。「この旅は神々が見守っているから、困難に負けず進みなさい」というメッセージを残し、神様は去っていきました。

一人ぼっちで途方に暮れる三蔵法師の前に、今度は屈強な猟師の劉伯欽りゅうはくきんが現れます。彼は獣たちから三蔵を守り、親切にも自分の家に一晩泊めてくれました。

ちょうど翌日は劉伯欽の亡き父の一周忌。三蔵法師は、そのお礼にお経を読んで手厚く供養します。するとその夜、一家の夢に亡き父の霊が現れ、「あのお坊様のおかげで成仏し、良い家柄に生まれ変われることになった」と感謝を告げました。

翌朝、この奇跡に感動した劉伯欽一家は、三蔵法師に深く感謝し、彼を国境の山まで送ることに。しかし、両界山りょうかいざんというその山は、人間と異民族の土地を分ける境界線でした。「ここから先は、私の力が及ばない危険な世界です」と告げる劉伯欽。

寂しさと不安で涙ながらに別れを告げる三蔵法師。まさにその時、山の麓から「お師匠さまが来たぞ!」という、雷のような叫び声が響き渡るのでした。

この声の主は一体誰なのか…? 物語は次へと続きます。

 この第十三回における三蔵法師の最初の苦難と、あまりにも都合の良い神仙による救出劇は、現代の物語創作の視点から見れば「ご都合主義」や「安易な展開」と評されても仕方ないかもしれません。お供はあっさり食べられてしまうのに、主人公だけが「徳が高いから」という理由で助かる。これは確かに、スリリングな冒険活劇の幕開けとしては、少々拍子抜けする「グダグダのスタート」に見えます。


しかし、作者がこれを意図的に、それも物語の序盤に配置したのには、極めて重要かつ巧妙な意図が隠されています。これは決して筆が滑ったわけではなく、これから続く壮大な物語の「基本法則」と「世界観」を読者に提示する、非常に重要な布石なのです。

いくつかの観点から、その意図を検証してみましょう。


1. 三蔵法師の「無力さ」の徹底的な証明

 まず作者は、この旅の主人公である三蔵法師が、いかに無力な人間であるかを読者の骨身に徹して分からせる必要がありました。

 従者の死の意味: ただのお供ではありません。彼らは三蔵法師を守るはずだった、いわば「人間的な戦力」です。その彼らが、何の抵抗もできずに妖怪の餌食となる様を惨たらしく描くことで、「人間の力など、この旅では全く役に立たない」という冷徹な事実を突きつけています。

 三蔵自身の役割: 彼は恐怖に震え、気を失いかけるだけ。徳はあっても、妖魔を退ける神通力も、武力も、知略もありません。彼はあくまで「経典を求める」という強い意志と信仰心を持つだけの、か弱い存在なのです。この「無力さ」こそが、後の孫悟空をはじめとする弟子たちの存在意義を絶対的なものにします。


2. この旅が「天界公認のプロジェクト」であることの宣言

太白星君という、天界でも名のある高位の神仙が直々に助けに来たことには、決定的な意味があります。

 神仏の監視と加護: この救出劇は、「この旅は、天界と仏界が全面的にバックアップしている国家事業(ならぬ天界事業)である」ということを読者と三蔵本人に示すための、最初のデモンストレーションです。三蔵の命は、個人のものではなく、天が守るべき「プロジェクトの核」なのです。

「助けられて当たり前」の世界観: これから先、三蔵一行は何度も絶体絶命のピンチに陥りますが、そのたびに観音菩薩や天界の神々が助け舟を出します。この第十三回は、その「困ったら上が助けてくれる」という、物語の基本ルールを最初に提示した場面です。これは「ご都合主義」なのではなく、この物語を貫く「因果応報」と「天の摂理」という世界観そのものなのです。


3. 「人間」と「妖魔」の境界線の提示

太白星君に助けられた後、三蔵は人間の猟師、劉伯欽に助けられます。この二段階の救出劇もまた、巧みです。

 劉伯欽の限界: 彼は虎を仕留めるほどの豪傑ですが、彼が支配できるのはあくまで「獣」の世界までです。彼は国境である両界山を越えることはできず、「あちらの狼や虎は私の言うことを聞きません」と明言します。これは、人間の力が及ぶ範囲には限界があることを示しています。

世界の断絶: 劉伯欽との別れは、三蔵が「人間の世界」から「人ならざるものの世界」へ、完全に足を踏み入れる瞬間を描いています。ここから先は、もはや人間の常識も力も通用しない。だからこそ、神仙や、後に仲間になる妖怪(孫悟空)の力が必要不可欠となるのです。


結論:グダグダに見えるスタートは、壮大な物語の「設計図」

以上のことから、この第十三回は、一見すると不格好で安易な展開に見えながら、実は以下の重要な役割を担っています。

 主人公の役割定義: 三蔵は信仰の象徴であり、守られるべき存在である。

 物語のルールの提示: この旅は天に守られており、困難は神仏の介入によって解決される。

 世界の境界の明示: これから始まるのは、人間の力を超越した妖魔の世界での冒険である。

 仲間(弟子)の必要性の創出: 無力な三蔵には、彼を守る超自然的な力を持つ仲間が絶対に必要である。


作者は、この「グダグタのスタート」を通して、これから始まる百回に及ぶ物語の取扱説明書を、読者に巧みに提示しているのです。だからこそ、この直後の第十四回で、満を持して孫悟空が登場する展開が、読者にとって必然性のある、待望の出来事として受け止められるのです。

これは、物語の推進力とスリルを一度あえて殺すことで、より大きな物語の構造とテーマ性を打ち立てるという、非常に高度な作劇術と言えるでしょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ