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私説 西遊記の遊戯  作者: 光闇居士


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第十二回:唐王 誠意を尽くして大法会を営み、観音菩薩 神通力を現して金蝉を化す。

挿絵(By みてみん)

『御弟、西へ』

眼前の別離と、遥かなる未来への希望。

俗世の栄華と、仏道の孤独。


【しおの】

さて、冥府の鬼使おにづかい劉全りゅうぜん夫妻の魂を伴い、陰鬱な風を巻き上げながら冥界を後にした。風はまっすぐに長安ちょうあんの大内へと吹きつけ、劉全の魂を金亭館きんていかんへ、妻の翠蓮すいれんの魂を皇宮の内庭へと導いてゆく。

その頃、内庭では唐王太宗の妹君、玉英ぎょくえい宮主が、花の影が落ちる苔の上を静かに散策していた。鬼使は玉英宮主の正面からぶつかるようにしてその身を突き倒すと、たちまち生きたままの魂を抜き取り、代わりに翠蓮の魂をその体の中へと押し込めた。役目を終えた鬼使は、再び冥府へと姿を消した。

宮中の侍女たちは、玉英宮主がばったりと倒れ、息絶えたのを見て蒼白になり、急ぎ金鑾殿きんらんでんへと駆け上がった。三宮の皇后たちへ「宮主様が、お倒れになり、お亡くなりになりました」と報せると、皇后は大いに驚き、すぐさま太宗皇帝に奏上した。

報告を受けた太宗は、静かにうなずき、深く嘆息した。

「やはり、まことであったか。朕が冥府で十代閻君じゅうだいえんくんに『年長者や子らは皆、無事であろうか』と尋ねた折、彼はこう答えた。『皆、息災にございますが、ただ、御妹君の寿命が短いことだけが気がかりでございます』と。まさか、これほど早く現実となるとは……」

宮中の人々は深い悲しみに包まれ、花の影へと駆けつけると、宮主はかろうじて息があるばかりであった。唐王は「泣くでない!騒いではならぬ」と人々を制し、自らその傍らへ歩み寄ると、御手ずから妹の頭を支え起こし、「御妹よ、目を覚ますのだ。さあ」と呼びかけた。

すると宮主は、はっと体を起こし、あたりを見回すようにして叫んだ。

「あら、あなた、待ってくださいな。私も一緒に行きますわ」

「御妹よ、ここにいるのは我らだぞ」と太宗が声をかける。

宮主はゆっくりと顔を上げ、目を凝らして言った。「あなたはどなた?よくも私に触れましたね」

「兄である皇帝と、そなたの兄嫁たちだ」

「私に兄や兄嫁などいるものですか。私の姓は李、名は翠蓮と申します。夫は劉全といい、二人とも均州きんしゅうの者。三月ほど前のこと、私が家の門前で僧に金のかんざしを施したのを、夫は『婦人の道に背く』と私をひどく罵りました。私はその言葉に腹を立て、白い絹の帯で首を吊って死んでしまったのです。後に残された二人の幼子が、昼も夜も泣いていることでしょう。この度、夫が唐王の命で冥府へ瓜を届けに来たおかげで、閻魔様が私たち夫婦を哀れみ、この世へ戻してくださいました。夫が先に歩き、私が後からついてきたのですが、追いつけずに転んでしまったのです。あなた方はどなたか存じませんが、無礼ではありませんか」

その言葉を聞き、太宗は側近たちに言った。

「御妹は転んだ衝撃で心が乱れ、辻褄の合わぬことを申しているのだろう」

そして太医院たいいいんに命じて薬を調合させ、玉英の体を宮中奥深くへと運ばせた。

唐王が政務を執っていると、近侍の役人が進み出て奏上した。

「陛下、ただ今、瓜を届けた劉全が息を吹き返し、朝廷の門外にてご命令をお待ちしております」

唐王は驚き、急いで劉全を召し入れた。劉全は宮殿の階段の下にひれ伏す。

「瓜を届けた件、首尾はどうか」

「臣は瓜を頭上に戴き、鬼門関きもんかんを抜けて森羅殿しんらでんへと参りました。十代閻君にお目通りし、瓜を献上するとともに、我が王の心からの感謝の意を詳しく申し上げましたところ、閻君はことのほか喜ばれ、重ねて我が王へのご挨拶を託されました。『まことに信義と徳を備えられた太宗皇帝にございますな』と」

「冥府にて、何か変わったものは見たか」

「臣は遠くへは参りませんでしたので、何も。ただ、閻魔様に故郷と姓名を問われ、妻が首を吊って死んだために家も子も捨て、瓜を届けに参った次第をお話しいたしました。すると閻魔様はすぐに鬼使に命じて妻を呼び出し、森羅殿の下で私たち夫婦を再会させてくださったのです。そして死生簿しせいぼをお調べになったところ、私たち夫婦には仙人となる寿命が残っていることがわかり、鬼使に命じて現世へと送り返してくださいました。私が先に、妻が後からついてまいりましたが、幸いにも魂は戻ることができました。ただ、妻がどこへ身を寄せたのか、それがわかりませぬ」

「閻魔様は、そなたの妻について何か申されたか」

「閻魔様は何も。ただ、鬼使がこう申すのを聞きました。『李翠蓮は亡くなって日が経ち、亡骸は残っておらぬ。唐の御妹、李玉英が今まさに寿命の尽きる時ゆえ、翠蓮の魂を玉英の体に宿らせよ』と。臣は『唐の御妹』がどこのどなたか存じ上げず、まだ探しに行けておりませぬ」

これを聞いた唐王は、心から喜び、居並ぶ役人たちに言った。

「朕が閻君と別れる際、宮中のことを尋ねると、彼は『年長者や子らは皆無事ですが、ただ御妹君の寿命が短いのが気がかりです』と申された。そして先ほど、妹の玉英が花の影で倒れて死んだが、朕が抱き起こすと意識を取り戻し、『あなた、待ってくださいな』と叫んだのだ。朕はただ、転んだ衝撃で心を乱したのだと思っていたが、詳しく尋ねると、彼女の言葉は劉全の話と寸分違わぬ。これはまことに不思議なことだ」

宰相の魏徴ぎちょうが進み出て奏上した。

「御妹君がちょうど寿命を終えられ、意識を取り戻された途端にその言葉を口にされたのは、まさしく劉全の妻が亡骸を借りて魂を戻したということに相違ございません。宮主様をここにお呼びになり、お話を伺ってみてはいかがでしょう」

「うむ。先ほど太医院に薬を届けさせたが、どうしているだろうか」

唐王が妃嬪ひひんたちに命じて宮主を呼びに行かせると、奥では大声で騒ぐ声が聞こえてきた。

「私が薬など飲むものですか!ここが私の家ですって?私の家は涼やかな瓦屋根の家。こんな病人が住むような、けばけばしい飾り窓の家ではありませんわ。外へ出してちょうだい!」

そのように騒ぎながら、宮主は四、五人の女官と宦官に支えられて殿上へ姿を現した。

「そなた、己の夫を覚えておるか」と唐王が尋ねる。

「何を仰います。幼い頃からの夫婦で、二人の子もなした仲ですのに、忘れるはずがございましょうか」

唐王は宦官に命じて、彼女を階段の下へと連れて行かせた。宮主は宝殿を降り、白玉の階段の前で劉全の姿を見つけると、その手を強く掴んで言った。

「まあ、どこへ行くの。どうして私を待ってくれなかったの?私は転んでしまった上に、わけのわからない人たちに囲まれて、本当にひどい目に遭ったわ」

劉全は、その声こそ確かに妻のものであったが、顔は全くの別人であり、恐ろしくて妻だと認めることができなかった。それを見た唐王は、深くうなずいて言った。

「『山が崩れ地が裂けるのは誰もが見るが、生きた魂が死んだ体に入れ替わるのを見るのは稀である』とは、まさにこのことか」

徳高き皇帝は、ただちに御妹の化粧道具、着物、装飾品のすべてを、嫁入り道具のように劉全へと褒美として与えた。さらに、末代まで税や労役を免除する勅命を下し、御妹――李翠蓮の魂が宿った玉英――を連れて故郷へ帰ることを許した。夫婦は階段の前で深く感謝の礼を述べ、喜び勇んで故郷への道を歩み始めたのである。

詩に曰く、

生と死はえにしに定められ、人の命は長短それぞれ。

劉全は瓜を献じて陽の世に戻り、李翠蓮は屍を借りて魂還る。

こうして夫婦は皇帝に暇乞いをし、まっすぐ均州城へと帰って行った。懐かしい我が家も、愛する子供たちも無事であることを知ると、二人はこの不思議な善行の結末を、人々に語り伝えていったという。

さて、場面は変わる。尉遅恭うっちきょうは蔵一杯の金銀を携え、河南の開封府かいほうふへ、相良しょうりょうという人物を訪ねていた。相良はもともと水を売って生計を立て、妻の張氏ちょうしと共に店先で素焼きの器などを売って暮らす貧しい男であった。わずかな稼ぎの中から旅費を除いた残りは、すべて僧への布施に充て、あるいは金銀の紙銭しせんを買っては冥府の倉に名を記して燃やしていた。その善行が、思わぬ形で実を結んだのである。現世では貧しい善人であったが、あの世では財を成した長者となっていたのだ。

尉遅恭が金銀を彼の家へ送り届けると、相良夫妻は肝を潰して驚いた。粗末な家の周りには、開封府の役人や立派な馬車が集まっている。老夫婦はただ呆然とし、地面に跪いて頭を下げるばかりであった。

「お立ちください、ご老人。私は皇帝の勅使ではありますが、王の金銀をあなた様にお返しするために参りました」

相良は震えながら答えた。「わたくしどもは借金などしておりません。どうしてこのような謂れのない財産をいただくことなどできましょうか」

「あなたが貧しい暮らしであることは、私も承知しております。しかし、あなたは僧に布施をし、生活費を切り詰めては金銀の紙銭を買い、冥府の倉に名を記して燃やしてこられた。それゆえ、冥府にはあなたが蓄えた財があるのです。我が太宗皇帝が三日間お亡くなりになり、魂が冥府を巡られた際、あなた様から蔵一つの金銀をお借りになりました。本日、その数に応じてお返しに参った次第です。どうか残らずお受け取りになり、私が帝都へ戻って報告できるようになさってください」

相良夫妻は、ただ天を仰いで拝むばかりで、どうしても受け取ろうとしない。

「もし私たちがこの金銀を受け取れば、たちまち命を落としてしまうでしょう。確かに紙銭を燃やして冥府の倉に名を記しはしましたが、それはあの世でのこと。ましてや、陛下が冥府で金銀をお借りになったという証拠がどこにございましょう。断じて受け取ることはできませぬ」

「陛下が仰るには、あなたからお借りした物には、冥府の役人である崔判官さいはんがんが証人としておられる、とのことです。さあ、お受け取りください」

「たとえ死んでも、受け取ることはできませぬ」

尉遅恭は相良が固く辞退するのを見て、やむなく上奏文を書き、人を遣わして皇帝に報告した。太宗は上奏文を読むと、相良が金銀を受け取らないと知り、「まことに善良な長者である」と感嘆した。そして、ただちに新たな勅命を下した。尉遅恭はその金銀をもって寺院を建立し、相良の功徳を讃えるほこらを建て、多くの僧侶を招いて法会を営み、それをもって相良への返礼とするように、と。

勅命が届くと、尉遅恭は宮殿の方角を向いて深く恩に感謝し、その内容を布告した。開封府の誰もがこの話を知ることとなった。そして彼は、城内の土地五十畝ほどの広大な場所を買い求め、そこに壮大な寺院の建立を始めた。寺は「勅建ちょくけん相国寺」と名付けられ、その傍らには相良夫妻の生祠せいしが建てられ、石碑には「尉遅恭 監造かんぞう」と刻まれた。これが、後の世に伝わる「大相国寺」であるという。

工事が終わり、皇帝に報告すると太宗は大変喜び、再び多くの役人を集めて言った。

「高札を立てて優れた僧を募り、水陸大会すいりくだいえを催し、冥府で彷徨う魂を弔うことにする」

高札は天下に発せられ、各地の役人は徳の高い高僧を選び、長安へ上らせるよう命じられた。一月も経たないうちに、天下の多くの僧侶が長安に集結した。唐王は太史丞たいしじょう傅奕ふえきに命じ、法会を執り行う高僧を選抜させた。しかし、傅奕はこの命令を聞くと、すぐさま仏教の廃止を求める上奏文を提出した。彼は「仏など存在しない」と主張し、その上奏文にはこう記されていた。

「西域の教えには、君臣父子の別がなく、三途六道さんずろくどうといった虚構で愚かな民を惑わしております。過去の罪を問い、未来の福を語り、異国の言葉を唱えては罪から逃れようとする。そもそも人の生死や寿命は自然の理であり、刑罰や恩赦は君主が与えるもの。それを世俗の者は偽り、すべては仏によるものと言っております。いにしえの五帝三王の時代に仏法はなくとも、君主は賢明で臣下は忠実、国の命脈は長く続きました。漢の明帝の代に初めて西域の神が祀られましたが、それはかの地の僧侶が教えを広めたにすぎません。これは異民族が中国を侵すに等しく、信じるに足るものではございません」

太宗はこの上奏文を群臣に示し、議論させた。すると、宰相の蕭瑀しょううが進み出て、深く頭を下げて奏上した。

「仏法は長きにわたり国々で興り、善を広め悪を戒め、陰ながら国を支えてまいりました。廃止すべき道理はございません。仏は聖人であり、聖人でなければ法を説くことはできませぬ。傅奕の言葉は不敬の極み。厳しく罰していただくようお願い申し上げます」

傅奕は蕭瑀と激しく論じ合った。

「礼とは親と君主に仕えることを基本としますが、仏教は親に背いて出家し、君主と対峙する。蕭瑀殿は天から生まれたわけではありますまい。親のない教えに従うとは、まさに不孝の極みではございませんか」

蕭瑀は静かに合掌して答えた。

「地獄というものが設えられているのは、まさしくあなた様のような方のためなのでしょう」

太宗は太僕卿たいぼくけい張道源ちょうどうげん中書令ちゅうしょれい張士衡ちょうしこうを召し出し、仏事の功徳について尋ねた。二人は答えた。

「仏の道は清浄と慈悲にあり、その教えは真理を説きます。いにしえより三教(仏教・道教・儒教)は最も尊いものとされ、これをこぼつべきではございません。伏してお願い申し上げます。陛下におかれましても、この聖なる教えをお認めくださり、明確なご裁断を賜りますよう」

太宗は深くうなずき、喜んで言った。

「卿らの言葉こそ道理にかなっている。これ以上、異論を唱える者は罰する」

そして、魏徴と蕭瑀、張道源に命じ、集まった僧侶の中から、大いなる徳を持つ者を一人選び、大法会の壇主だんしゅとするよう定めた。この時から、僧侶を侮辱し仏を非難する者は腕を切り落とす、という厳しい法が定められた。

翌日、三人の朝臣は山川壇せんせんだんに僧侶たちを集め、一人ひとり丁寧に人柄と学識を確かめ、ついに一人の徳行に優れた高僧を選び出した。その人物が誰であるか、ご存知だろうか。

その神通力の源は、かつて金蝉きんぜんという名の仏弟子であった。彼は釈迦の説法を疎かにした罰で人間界に転生し、俗世の苦しみを味わう運命にあった。生まれるや否や災難に見舞われ、父は海州かいしゅう状元じょうげん陳光蕊ちんこうずい。母方の祖父は朝廷の総管そうかんという名家の生まれでありながら、赤子の頃に川に流されるという星の下に生まれた。幸いにも金山寺きんざんじの和尚に拾われ、十八歳で実の母と再会すると、都へ上って祖父を頼った。祖父は軍を動かし、父の仇を討ち、光蕊もまた生きていたことがわかる。父と子は再会を喜び、皇帝に拝謁してその功績を讃えられた。しかし彼は、与えられた官職を望むことなく、再び僧の道を選び、弘福寺ぐふくじ沙門しゃもんとして仏道を求めたのであった。幼名を江流こうりゅう、法名を陳玄奘ちんげんじょうという。

この日、居並ぶ僧侶の中から、玄奘法師が壇主として選ばれた。彼は幼い頃から僧となり、母の胎内にいる時から戒律を守り、その徳は高く、あらゆる経典や仏典に通じていた。三人の朝臣は彼を皇帝の御前へ連れて行き、ひれ伏して感謝の意を示させた。

「臣、らは陛下の命を奉じ、高僧を一人選び出しました。名を陳玄奘と申します」

太宗はその名を聞き、しばし考え込んで言った。

「それは、学士であった陳光蕊の息子、玄奘ではないか?」

玄奘は深く頭を下げて答えた。「臣、まさしくその者でございます」

「やはりそうか。選び間違いはなかったな。まことに徳と禅の心を兼ね備えた和尚である。朕はそなたに、左僧綱さそうごう右僧綱うそうごう、そして天下大闡都僧綱てんかだいせんとしそうごうの職を授けよう」

玄奘は深く拝礼し、大闡都僧綱の官職を受けた。さらに、五色の糸で金襴を織り込んだきらびやかな袈裟けさと、毘盧帽びるぼうと呼ばれる格式高い帽子を賜った。そして太宗は、心を込めて高僧たちに法会を執り行うよう命じ、長安城内の化生寺けしょうじにて、吉日を選んで経典の講説を開始するよう勅命を下した。

玄奘は再び礼を述べると化生寺へ向かい、大小合わせて千二百名の高僧を集め、法会の準備を整えた。そして、その年の九月三日を吉日と定め、七七四十九日間にわたる水陸大会を開始することを上奏した。太宗と文武百官、皇族や親戚一同は、その日に法会へ参列し、香を焚いて説法を聞くことを約束したのである。

貞観じょうがん十三年、九月三日。陳玄奘大闡法師は千二百名の高僧と共に、長安城の化生寺にて、ありがたい経典の講説を開始した。太宗は朝の政務を終えると、文武百官を率いて、壮麗な乗り物で寺へと向かった。

その行列は、瑞祥の気が満ちあふれ、仁徳の風が穏やかに吹いていた。楽の音が鳴り響き、龍や鳳凰が舞うかのようであった。唐王の御駕ぎょがが寺の門前に到着すると、音楽は止められ、皇帝は車を降りて多くの役人と共に仏に礼拝し、香を焚いた。三度、堂内を巡った後、顔を上げて道場の荘厳さを見上げた。

幢幡どうばんは風に舞い、宝蓋ほうがいは光を放つ。釈迦の金色の像は端正に鎮座し、羅漢らかんたちの玉のような顔は威厳に満ちている。瓶には美しい花が生けられ、香炉からは沈香じんこうの香りが清らかな煙となって立ち上っていた。高僧たちが整然と列をなし、真の経典を唱え、彷徨う魂が苦しみから救われることを願っていた。

太宗と文武百官が香を焚き、仏に礼拝していると、大闡都綱である陳玄奘法師が僧侶たちを率い、唐王に平伏して礼拝した。礼が終わると僧侶たちはそれぞれの座に戻り、法師は法会の趣意書を太宗に献上した。

太宗はそれを読み、心から喜んで言った。

「そなたたちは、真心を込めて仏事を執り行いなさい。功徳が成った暁には、必ずや厚く褒美を与えるであろう」

千二百名の僧侶は、皆一斉に頭を下げて感謝した。

その日のときが終わると、唐王の駕籠は宮殿へと戻っていった。

さて、南海の普陀山ふださんにおわす観世音菩薩かんぜおんぼさつは、釈迦如来の命を受け、長安の都で経典を取りに行くにふさわしい善人を探していた。しかし、長らく真に徳行のある者には出会えずにいた。ところがある日、太宗皇帝が善行を広め、大法会を開くという噂を耳にした。さらに、その壇主が、かつて自分が導いた仏弟子、金蝉子の生まれ変わりである江流児、すなわち玄奘であることを悟った。

菩薩は喜び、釈迦から賜った宝物を携え、弟子の木叉もくさと共に長安の大通りへと向かった。その宝物とは、一枚の錦襴きんらんの袈裟と、九つの環を持つ錫杖しゃくじょうであった。その他にも三つの金の輪があったが、それは密かに隠し、袈裟と錫杖だけを売りに出すことにした。

菩薩はわざとみすぼらしい病僧の姿に身を変え、破れた衣をまとい、裸足で袈裟を捧げ持っていた。その袈裟が放つ鮮やかな輝きに気づいた数人の僧侶が、前に出て尋ねた。

「そこの和尚、その袈裟はいくらで売るのかね」

「この袈裟は五千両、錫杖は二千両の価値があります」

僧はそれを聞いて大笑いした。「狂人か、それとも愚か者か!こんな品が七千両もするだと?これを着れば不老不死にでもなれるというのか!」

菩薩は言い争うことなく、木叉と共にさらに歩を進め、やがて東華門の前までやってきた。ちょうどそこへ、宰相の蕭瑀が朝廷からの帰路についていた。菩薩は道を譲ることもなく、堂々と宰相の前に立ち、袈裟を捧げ持った。蕭瑀は馬を止め、その袈裟が放つただならぬ輝きに目を奪われた。

部下に値段を尋ねさせると、菩薩は答えた。「袈裟は五千両、錫杖は二千両でございます」

「どのような利点があって、それほど高値なのですか」

「この袈裟には良いところもあれば、良くないところもございます。お金が必要な場合もあれば、不要な場合もございます」

「それはどういう意味ですかな」

「この袈裟をまとえば、地獄に堕ちることもなく、悪病や獣の災いからも免れることができます。これが良いところ。しかし、貪欲で戒律を守らぬ僧や、仏法を謗る者には、この袈裟の姿を見ることすら難しいでしょう。これが良くないところです。また、仏法を敬わず、無理にこの宝物を手に入れようとする者には、必ず七千両で売ります。しかし、三宝を敬い、善行を喜び、我が仏に帰依するにふさわしい方であれば、喜んでこの袈裟と錫杖を贈り、善き縁を結びたいと存じます」

蕭瑀はその言葉を聞き、この僧が尋常の人物ではないことを悟った。すぐに馬から降り、深く礼をして言った。

「大長老、どうか私の非礼をお許しください。我が大唐の皇帝は篤く仏法に帰依し、今まさに水陸大会を開いております。この袈裟は、壇主である陳玄奘法師がまとわれるにふさわしい品。どうか私と共に参内し、陛下にお目通り願えませんか」

菩薩は喜んでそれに従った。

蕭瑀に連れられて参内した二人の僧を見て、唐王が尋ねた。

「蕭瑀、何の報告か」

「東華門にて、このお二方に出会いました。この袈裟と錫杖は、玄奘法師こそが持つにふさわしいと考え、お連れした次第にございます」

太宗は喜び、すぐに袈裟の値段を尋ねた。菩薩は答えた。「袈裟は五千両、錫杖は二千両でございます」

「その袈裟には、どのような利点があるというのか」

菩薩は、その袈裟が仙女によって織られ、数々の宝珠で飾られた、神聖なものであることを滔々と語った。それをまとえば神々が礼拝し、あらゆる災いから身を守るという。さらに錫杖もまた、俗世の塵に染まることのない、聖なる僧が持つにふさわしい品であると説いた。

唐王はその言葉を聞き、大変喜んだ。

「大法長老よ。朕は今、化生寺にて大法会を開いており、その壇主を玄奘という。その二つの宝物を買い取り、彼に与えたいと思うが、いかがか」

菩薩はそれを聞くと、静かに合掌し、深く身をかがめて言った。

「もし徳行ある方がおられるのでしたら、貧僧は喜んでこの宝物を献上いたします。決して金銭はいただきません」

そう言うと、身を翻して立ち去ろうとした。唐王は慌てて蕭瑀に引き止めさせ、言った。

「そなたは元々七千両と言ったではないか。朕が皇帝の威光で無理に奪おうとしているとでも思うのか。朕はそなたの言い値で支払うゆえ、遠慮することはない」

「貧僧はかねてより誓いを立てております。三宝を敬い、我が仏に帰依する方であれば、金銭は不要であると。陛下は徳高き君主であり、高僧は大法を広めておられる。道理として、これを献上するのが当然。金銭など必要ございません」

唐王はその誠実な態度に心を打たれ、食事の席を設けてもてなそうとしたが、菩薩はそれも固く辞退し、晴れやかに立ち去っていった。

太宗はすぐに魏徴を遣わし、玄奘を朝廷に呼び出した。

「善き行いを成就させるため、法師には苦労をかけた。今朝、二人の僧がこの袈裟と錫杖を献上してきた。朕はこれをそなたに与えたいと思う」

玄奘は深く頭を下げて感謝した。

「もし差し支えなければ、それをまとって朕に見せてはくれまいか」

玄奘が袈裟を身にまとい、錫杖を手にすると、その場にいた誰もが息をのんだ。その姿は、まるで生身の如来がそこに立っているかのようであった。

威厳のある顔立ちは気品に満ち、仏衣はあつらえたようにその身に合っている。まばゆい光が世界に満ち、様々な色彩が宇宙に凝縮されたかのようだ。きらきらと輝く宝珠が上下に並び、幾筋もの金線が前後を貫いている。それはまさしく仏の子、悟りを開いた聖者の姿であった。

文武百官は喝采を送り、太宗は喜びを抑えきれずに命じた。

「その姿のまま、儀仗兵を従えて大通りを行進し、寺へ帰るがよい」

玄奘は再び礼を述べ、壮大な行列を従えて寺へと向かった。長安の街の人々は、老いも若きも男も女も、誰もが争うようにその姿を見物し、「なんと立派な法師様だ。生きた羅漢様、生きた菩薩様がこの世に現れたようだ」と口々に褒め称えた。

光陰は矢のように過ぎ、七日目の正会しょうえを迎えた。太宗は再び文武百官、皇后や皇族を率いて寺へと向かい、城内の人々も説法を聞こうと押し寄せた。

この時、観音菩薩は木叉に言った。

「今日は水陸大会の正会。我らも人々に紛れて、あの法会がどうなっているか、金蝉子が私の宝物をまとうにふさわしいか、そして彼がどの宗派の教えを説くのか、確かめに行こう」

二人が寺に入ると、説法台の上には、まさしく玄奘の姿があった。彼はしばらくは亡者を救う経を唱え、しばらくは国を安泰にする経を語り、またしばらくは善行を勧める経を説いていた。

すると菩薩は前に進み出て、説法台を叩き、厳かな声で叫んだ。

「そこの和尚!そなたはただ小乗しょうじょうの教えを語ることしか知らぬのか。大乗だいじょうの教えを語ることはできぬのか!」

玄奘はその言葉に心から喜び、高台から飛び降りると、菩薩に向かって手を合わせた。

老師父ろうしふ。弟子は不勉強でございました。ここに集う僧侶は皆、小乗の教えを説いております。大乗の教えとは、どのようなものでございましょうか」

「そなたの小乗の教えでは、亡者を天に昇らせることはできぬ。私には大乗仏法三蔵だいじょうぶっぽうさんぞうがある。それは亡者を天へ導き、苦しむ者を救い、永遠の命を得させることのできる、真の教えである」

このやり取りを聞いた役人が、唐王に「旅の僧が法会を妨害しております」と報告した。王は二人を捕らえるよう命じた。しかし、太宗の前に連れてこられた僧は、先日袈裟を贈った菩薩であった。

「そなた、どうして我が法師と争い、仏事を邪魔するのか」

「あなたの法師が説くのは小乗の教え。亡者を天に昇らせることはできません。私には大乗仏法三蔵があります。それこそが、人々を真に救うことができるのです」

「その大乗仏法は、どこにあるのだ」

大西天だいさいてん竺国てんじくこく大雷音寺だいらいおんじにおわす、我が仏、釈迦如来のもとにございます」

「そなたは、その教えを知っておるのか」

「覚えております」

太宗は大いに喜び、菩薩に高台へ上って説法するよう促した。すると菩薩は木叉と共に高台へ飛び上がり、たちまち祥雲しょううんを踏んで天高く昇り、救苦の観音菩薩としての真の姿を現した。左には恵岸行者えがんぎょうじゃとなった木叉が、勇ましい姿で控えている。

唐王は天を仰いで礼拝し、文武百官は地面にひれ伏した。寺にいた誰もが、「南無観世音菩薩」と唱え、その神々しい姿を拝んだ。太宗はすぐに絵師の呉道子ごどうしに命じてその姿を描き写させようとしたが、菩薩の姿は徐々に遠ざかり、金色の光の中へと消えていった。ただ、空中から一枚の紙切れがひらりと舞い落ちてきた。そこには、このような詩が記されていた。

詩に曰く、

礼を捧ぐ 大唐の君主よ、西の天に妙なる経典あり。

道のりは十万八千里、大乗の教えは誠の心。

この経を本国に持ち帰らば、彷徨う魂を救うことあたわん。

もし、行くことを望む者あらば、真の悟りを得るであろう。

太宗はその詩を読み、すぐに衆僧に命じた。

「しばし法会を収めよ。朕が人を遣わして大乗の経典を取りに行かせ、その後に再び、真心をもって善行を修めよう」

そしてその場で尋ねた。「誰か、朕の命を受け、西天へ赴き、仏にまみえて経典を求めてくる者はいないか」

その言葉が終わらぬうちに、傍らから玄奘法師が進み出て、深く頭を下げた。

「貧僧は才能に乏しき者ですが、陛下の御為に身命を賭して真の経典を求めてまいり、我が国の永遠の安泰を祈りたいと存じます」

唐王は大いに喜び、自らその手を引いて立たせると言った。

「法師がまことにその忠心をもって、道のりの遠さを恐れぬのであれば、朕は喜んでそなたと兄弟の契りを結びたい」

玄奘は深く感謝し、唐王は寺の仏前で彼と四度礼拝を交わし、「御弟聖僧ぎょていせいそう」と呼んだ。

「陛下、貧僧に何の徳があって、このような天恩を賜るのでしょうか。この度の旅、必ずや西天へ辿り着いてみせます。もし真の経典を得られなければ、たとえ死んでも国へは戻らず、永遠に地獄に堕ちる覚悟でございます」

そう言うと、玄奘は仏前で香を焚き、固く誓いを立てた。

翌朝、太宗は朝政を執り、取経の旅のための通行許可書を準備した。

「本日は旅立ちにふさわしい吉日である」との奏上を受け、玄奘を召し入れた。

「御弟よ、今日が旅立ちの日だ。これが通行許可書。そして、道中で托鉢に使うための紫金のはちと、世話をする従者二人、そして長旅の足となる馬を一頭与えよう。これより旅立つがよい」

玄奘は深く感謝し、すぐに出立の支度を整えた。唐王は自ら多くの役人を率いて、都の関所まで見送りに出た。関所の外では、弘福寺の僧侶や弟子たちが、玄奘の旅支度を整えて待っていた。

太宗は役人に酒を注がせると、杯を手に取って尋ねた。

「御弟よ、そなたの雅号は何と申すのか」

「貧僧は出家した身。雅号などございません」

「では、先ほど菩薩が申された、西天にあるという三つの蔵、すなわち経蔵・律蔵・論蔵にちなみ、『三蔵さんぞう』と号してはいかがか」

玄奘は再び深く感謝し、御酒を受け取ろうとしたが、ためらった。

「陛下、酒は僧侶が最も避けるべきもの。貧僧は生まれてこの方、酒を口にしたことがございません」

「今日の旅立ちは、特別なものだ。これは穢れのない素酒そしゅ。この一杯だけ受け取り、朕のはなむけの気持ちとさせてくれ」

三蔵は辞退することができず、杯を受け取った。まさに飲もうとしたその時、太宗は地面から一掴みの土を拾い、その杯の中へと入れた。三蔵がその意味を解しかねていると、太宗は笑って言った。

「御弟よ、この旅はいつ頃帰って来られるか」

「三年以内には、必ずや本国へ戻る所存でございます」

「月日は流れ、山は遠く、道は長い。御弟よ、この酒を飲むがよい。『故郷の一掴みの土を愛せよ、他郷の万両の金を愛するなかれ』と言うではないか」

三蔵はそこで初めて皇帝の深い心遣いを悟り、再び感謝の礼を述べると、その酒を一気に飲み干した。そして、皆に別れを告げ、一人、西の関所を出て行った。唐王の駕籠は、静かに宮殿へと戻っていった。

さて、この旅路が果たしてどうなるのか。それはまた、次のお話で。


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第十二回 の要約

【死者が蘇る不思議な出来事】

冥界から戻った唐の太宗皇帝の前に、不思議な出来事が立て続けに起こります。

まず、皇帝の妹君が突然倒れて亡くなりますが、すぐに息を吹き返します。しかし、目覚めた彼女は「私は皇帝の妹ではない。夫のために首を吊った李翠蓮りすいれんという女だ」と名乗ります。

時を同じくして、皇帝の代わりに冥界へ瓜を届けに行った劉全りゅうぜんという男が生き返って現れ、「閻魔様の計らいで、亡くなった妻の翠蓮も一緒に現世へ戻していただきました。妻の魂は、ちょうど寿命が尽きた皇帝の妹君の体に宿るはずです」と報告します。

話はぴったりと一致し、皇帝は死んだ人間の魂が別人の体に入って蘇るという奇跡を目の当たりにします。この出来事を通し、太宗は仏法の力を深く信じるようになりました。

【大法会の開催と観音菩薩の登場】

亡くなった魂たちを救うため、太宗は国を挙げて大規模な供養の儀式「水陸大会すいりくだいえ」を開くことを決定します。全国から優秀な僧侶が集められ、その中から最も徳の高い僧として、若き日の三蔵法師である陳玄奘ちんげんじょうが責任者に選ばれました。

法会が盛大に執り行われていると、そこへみすぼらしい姿の二人の僧侶(実は変装した観音菩薩とその弟子)が現れます。彼らは「お前たちが説いているのは、個人しか救えない小乗仏教だ。それでは本当の救済はできない。西の天竺インドには、すべての人々を苦しみから救うことができる、ありがたい大乗仏教の経典がある」と告げます。

そう言うと、二人は天高く舞い上がり、観音菩薩の神々しい正体を現しました。

【三蔵、取経の旅へ】

観音菩薩の言葉に感動した太宗は、その「大乗仏教」の経典を唐の国へ持ち帰ることを決意します。

皇帝が「誰か、朕のために天竺へ経典を求めに行く者はいないか」と問いかけると、玄奘が「私が行きます」と名乗り出ました。その忠義心に深く感動した太宗は、玄奘と兄弟の契りを結び、彼に「三蔵」という新しい名前を与えます。

こうして三蔵法師は、皇帝から「御弟おとうと」という最高の身分と、旅に必要な道具を授かり、文武百官に見送られながら、はるか西の天竺を目指す壮大な旅へと出発するのでした。


第十二回における「御弟」という称号の授与は、『西遊記』という物語の性質を、一個人の求法の旅から、国家事業としての壮大な叙事詩へと昇華させる、極めて重要な転換点です。

作者がこの設定に込めた真意を、中国の歴史的実例と、史実の玄奘との対比を織り交ぜながら深く掘り下げてみましょう。


1. 「御弟」の称号と帝王政治 ― 作者の描きたかった国家像

ご指摘の通り、三蔵法師に「御弟」という、皇帝と兄弟の契りを結ばせるという設定は、中央集権的な帝王政治の理想的な姿を描写するものです。これは単なるフィクションの誇張ではなく、中国古来の政治思想と慣習に根差した、巧みな仕掛けと言えます。

 歴史上の実例:名分を授けて権威を与える

中国の歴代王朝では、実際の血縁関係がなくとも、政治的・外交的な目的のために皇族の身分や称号を与える「擬制ぎせいの血縁関係」がしばしば用いられました。

和親政策わしんせいさく: 最も有名な例は、匈奴や突厥などの周辺異民族との間で結ばれた政略結婚です。この際、皇帝は実の娘ではなく、皇族の女性や宮女を「公主こうしゅ」(皇帝の娘)として遇し、莫大な持参金と共に嫁がせました。彼女たちは「公主」という最高の身分(名分)を与えられることで、単なる一人の女性ではなく「大唐皇帝の権威の代理人」となり、異国の地で敬意を払われ、外交的な役割を果たすことができたのです。

 欽差大臣きんさいだいじん: 皇帝の特命を受けて地方に派遣される勅使は、「如朕親臨(朕が親しく臨むが如し)」と刻まれた札や、尚方宝剣しょうほうほうけんといった皇帝の権威を象徴する品を与えられました。これにより、彼らは皇帝の代理人として、地方官吏に対して絶対的な権限を行使できました。

 これらの実例に共通するのは、「名分が実質的な権威を生む」という思想です。三蔵が「御弟」となることも、これと全く同じ構造です。彼はもはや一介の僧侶ではなく、「皇帝の弟」という、国境を越えて通用する最高のパスポートと権威を手に入れたのです。


作者の真意:仏教を国家体制に組み込む

では、作者はなぜこのような設定を設けたのでしょうか。その真意は、仏教という「外来の宗教」を、儒教を国教とする中華の国家体制の中にいかにして位置づけるか、という壮大なテーマにあります。

取経の正当化と国家事業化: もし三蔵が個人的な信念だけで旅立てば、それは単なる「私的な求道の旅」に過ぎません。しかし、皇帝自らが発願し、「御弟」の称号を与えて国を挙げて送り出すことで、この旅は「国家の安寧と万民の救済を目的とする国家的プロジェクト」へと昇華されます。これにより、物語のスケールは格段に大きくなり、道中で三蔵一行が受ける援助や、彼らを阻む妖怪との戦いも、「国の事業を妨害する者との戦い」という大義名分を得るのです。

 

三教合一さんきょうごういつ思想の体現: 『西遊記』が成立した明代には、儒教・仏教・道教の三つを調和させようとする「三教合一」の思想が広まっていました。この物語において、儒教の頂点である皇帝が、仏教の経典を求めるために最高の僧侶を派遣し、道中では道教の神々が彼らを助けるという構造は、まさにこの思想を物語の形で表現したものです。皇帝が仏教の庇護者となることで、「仏法は国を治め、民を救うために不可欠なものである」というメッセージを読者に強く印象付けています。


2. 歴史上の玄奘と小説の三蔵法師 ― 理想化された主人公

この「御弟」という設定は、史実の玄奘の旅立ちとは全く異なります。この差異こそが、作者の創作意図を理解する鍵となります。

 史実の玄奘(602年? - 664年)

動機: 仏典の研究を進める中で、漢訳経典の矛盾や不足に気づき、真の教えを求めて原典のあるインド(天竺)へ行くことを決意した、純粋に学術的・宗教的な探求心からでした。

旅立ち: 当時の唐王朝は、国外への民の流出を固く禁じていました。玄奘は何度も出国を願い出ましたが許可されず、貞観3年(629年)、ついに国禁を犯して密出国します。つまり、彼の旅は国家事業どころか、見つかれば罪に問われる非合法なものでした。

人物像: 語学の天才であり、強靭な意志と体力を持ち、一人で砂漠を越え、雪山を登り、盗賊に襲われても動じなかった、超人的な知識人であり冒険家でした。

 小説の三蔵法師(陳玄奘)

動機: 皇帝の命を受け、冥府で苦しむ魂を救済するという国家的・利他的な使命感から旅立ちます。

旅立ち: 皇帝や文武百官に見送られ、「御弟」という最高の栄誉を授かり、華々しく出発します。

人物像: 篤い信仰心を持つ一方で、慈悲深いが故に騙されやすく、臆病で泣き虫な面も持つ、超人的な弟子たちに守られるべき「聖なる凡人」として描かれています。

なぜ作者は史実を改変したのか?

 作者が玄奘をこのように変えたのは、物語の構造上、その方が遥かに面白くなるからです。

もし、主人公が史実の玄奘のように、知力・体力・精神力すべてにおいて完璧な超人であれば、孫悟空たち弟子の活躍の場がなくなってしまいます。物語の主役は、三蔵法師という「目的」を守り、導く、孫悟空、猪八戒、沙悟浄という「手段」であり「力」なのです。

作者は、歴史上の偉人・玄奘をあえて無力化し、信仰心の象徴として理想化することで、欠点だらけで個性的な弟子たちが、彼を守りながら自己の罪を償い、共に成長していくという、「救済と成長の物語」を描くための完璧な舞台装置を創り上げたのです。


3.結論

「御弟」という称号は、単なる便利な設定ではありません。それは、

政治的には、仏教を国家の統治システムに組み込み、旅の正当性を担保する。

物語的には、個人的な旅を国家的な叙事詩へと昇華させ、スケールを拡大する。

人物造形的には、史実の英雄を「守られるべき聖人」へと変貌させ、孫悟空たちの活躍の場を創り出す。

という、重層的な役割を担っています。作者は、中国の伝統的な政治思想を巧みに利用し、史実の人物を大胆にアレンジすることで、読者に対して「真の救済とは、国家の権威と、個人の信仰、そして仲間との協力があって初めて成し遂げられる壮大な旅路なのだ」という、時代を超えた普遍的なメッセージを伝えようとしたのではないでしょうか。

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