第十回:老龍王、浅慮にて天条を犯し 魏丞相、書簡を冥官に託すこと。
さて、玄奘三蔵法師が仏道に励むその前の、父君・陳光蕊の物語は、ひとまずここで筆を置くといたしましょう。
物語の舞台は、変わって長安の都。その城外を流れる涇河のほとりに、世を離れて暮らす二人の賢人がおりました。一人は漁師の張稍、もう一人は樵の李定と申します。科挙の試験こそ及ばなかったものの、書を読むことを知る、風雅な心を持った男たちでした。
ある日のこと。長安の市でそれぞれ柴と鯉を売り払った二人は、馴染みの酒屋で杯を重ね、心地よい酔い心地で帰路につきました。手には土産の酒瓶を一つずつ。ゆったりとした足取りで、涇河の岸辺を歩んでまいります。
先に口を開いたのは、漁師の張稍でした。
「なあ、李兄。思うに、名を求めれば名に惑わされ、利を追えば利に命を縮める。爵位なぞ虎を抱いて寝るがごとき危うさがあり、帝のご寵愛なぞ懐に蛇を忍ばせるがごとき心労が絶えぬ。それに比べて我らの暮らしはどうだ。この清き水、美しき山景色の中で、心ままに時を過ごす。貧しきを憂えず、天命に身を任せる。これ以上の生き方が、またとあろうか」
樵の李定が、穏やかに応じます。
「張兄の言う通り。まことにその通りだ。…だがな、あんたの水の美しさも、俺の山の青さには、ちと及ばないんじゃないかな」
これには張稍も黙ってはいられません。
「いやいや、あんたの山の青さこそ、俺の水の美しさには敵うまい。その証拠に、ここに一首、『蝶恋花』という詩がある」
そうして張稍が詠ったのは、水辺の暮らしの詩でした。
霞立つ波間はるか、千里の水面を行く小舟、静かに身を寄せれば
呉越の西施もかくやと啼く魚の声。
名利の俗塵を洗い流し、心に憂いはなし。
暇にまかせては、水辺の蓼や葦の穂と戯れる。
鷗の群れこそ、この境地をこそ知る。
柳の岸辺、葦の茂る入り江にて、妻子と笑いあう喜び。
ひと眠りすれば風も波も凪ぎ、誉れも辱めも心にかからぬ。
すると李定も、負けじと胸を張り、一首を詠じました。
「あんたの水の美景も、俺の山の青には及ばないさ。こちらにも同じく『蝶恋花』がある」
雲かかる松林、咲き満ちる花の中
鶯の声に黙して耳を澄ませば、笙の笛の調べのよう。
紅き花は散り、緑葉が萌えいずる春の暖かさ。
夏は瞬く間に過ぎ、季節は移ろう。
秋が来てみよ、また風情はがらりと変わる。
菊の香りは高く、愛でるに飽きることがない。
指を折る間に、冬の厳しさもまた一興。
四季折々の気ままな暮らし、誰に縛られることもない。
この後も二人の詩比べは続き、『鷓鴣天』、『天仙子』、『西江月』、『臨江仙』と、互いの獲物や暮らしの豊かさを題材にした詩を次々に詠み交わし、最後にはそれぞれの閑雅な過ごし方を詩にして、その優劣を競い合ったのでした。
さらに、二人は互いの暮らしの素晴らしさを、対句を連ねて語り合います。
舟は緑の水の、霞たなびく中に浮かべ、
住まいは深山の、広き野にこそある。
愛でるは渓流の橋にかかる春の増水、
慕うは岩山の朝に立ちこめる雲。
龍門の鯉を折にふれて煮て食らい、
虫食いの枯れ柴を日に炙りて燃やす。
小舟に仰向け、天飛ぶ雁を眺め、
草の小径に寄りて、鴻の鳴く声に聴き入る。
是非を争う場に、我らの出る幕はなく、
善悪渦巻く世に、我らの足跡は稀である。
名利の計算は、心に浮かぶこともなく、
争いの響きは、耳に届くこともない。
暇あれば香り高き酒を一杯、
日々の糧は、山菜の汁で事足りる。
身の安らぎこそ、三公の位にも勝り、
心の平穏は、十里四方の城よりも堅固。
山を愛し、水を愛でるこの境地、まことに得難し。
天に感謝し、地に感謝し、神明に感謝せん。
かくして詩を詠み交わし、心を交わした二人でしたが、やがて道が二手に分かれる場所へと差し掛かりました。互いに深々と頭を下げ、別れの挨拶を交わします。
「李兄、道中ご無事で。山では虎に気をつけるんだぞ。もし万が一のことでもあれば、明日には馴染みの顔がまた一人、この世から消えることになる」
この張稍の言葉に、李定はかっと顔を赤らめました。
「この薄情者め!良き友とは生死を共に語らうものではないか。どうして俺を呪うようなことを言う!俺が虎に食われるというのなら、あんただってきっと大波に呑まれて川の底だ!」
「いや、俺が川で転覆することなど、未来永劫ありはしない」と、張稍は平然と返します。
「『天に不測の風雲あり、人に旦夕の禍福あり』と言うだろう。どうしてお前だけは無事だと断言できる?」
「李兄、あんたの山仕事には確かな見通しがないだろうが、俺の商売には、それがある。決して不慮の災難に遭うことなどないのさ」
「水の上での商売なんぞ、危険極まりない。何の見通しがあるというんだ」
「あんたは知らないだろうがね。この長安城の西門街に、それはそれは腕の立つ易者の先生がいるんだ。俺は毎日、礼として金色の鯉を一尾差し上げる。すると先生は、袖の中でさっと占って、百発百中で魚が獲れる方角と刻限を教えてくださるのさ。今日だってそうだった。『涇河の入り江の東で網を打ち、西の岸辺で竿を垂らせ』とのお告げ通りにして、この通り大漁だった。明日、この魚を売った金でまた酒を買い、あんたと語り合おうじゃないか」
二人はそう言い交わし、それぞれの家路へと別れていきました。
まさに「壁に耳あり、障子に目あり」。この二人の何気ない会話を、草むらの陰で聞いている者がいたのです。
その者こそ、涇河の竜宮に仕える巡水夜叉でした。彼は「百発百中」という一言を聞きつけるや、慌てて水晶の宮殿へと駆け戻り、主である龍王に事の次第を報告します。
「一大事にございます!一大事に!」
「何事だ、騒々しい」と龍王が問います。
「ただいま川岸を巡回しておりましたところ、漁師と樵の会話が耳に入りました。その漁師が言うには、『長安の西門街にいる易者に鯉を一尾献上すれば、百発百中で魚が獲れる時刻と場所を教えてくれる』と。もしこれが真なれば、我が水族は根絶やしにされてしまいまする!そうなっては、竜宮の威厳もございません!」
報告を聞いた龍王は、雷のような怒りを爆発させ、すぐさま宝剣を手に取り、かの易者を斬り捨てんと長安へ向かおうとしました。
その時、そばに控えていた龍の子や龍の孫、蝦の大臣、蟹の将軍らが一斉に進み出て、龍王を諌めます。
「大王、お鎮まりください!『聞きしに勝る』と申します。噂を鵜呑みにしてはなりませぬ。大王がこのままお出ましになれば、必ずや雲を呼び雨を降らせ、長安の民を驚かすことになりましょう。それでは天帝のお咎めは免れませぬ。大王は変幻自在の御身。まずは一人の秀才に姿を変え、ご自身の目で長安の様子をお確かめになってはいかがでしょう。もし本当にそのような者がいるのなら、その時に誅しても遅くはありますまい」
龍王はこの進言を受け入れ、宝剣を置き、雲も雨も伴わずに岸へと上がりました。そして、身を一つ揺らすと、たちまちのうちに白衣をまとった秀才の姿へと変わったのです。
その姿は、山がそびえるように堂々として知性に溢れ、足取りは落ち着き、物腰は礼節に適っていました。言葉は孔孟の教えを尊び、立ち居振る舞いは周の文王の礼法を思わせるほど。玉のごとき色の薄絹の上着をまとい、頭には俗世を離れた者のような冠を戴いています。
彼は悠々と長安城の西門大通りへと歩を進めました。そこには、大勢の人々がひしめき合い、何やら騒がしく言葉を交わしています。
「辰年生まれは本命星。寅年とは相性が悪い。辰、寅、巳、亥は吉兆とされるが、日の巡りが歳神を犯すやも…」
その言葉を聞き、龍王はここが噂の占いの場所だと悟りました。人垣をかき分け、中を覗き込みます。
そこは、四方の壁に珠玉が飾られ、部屋には美しい絹織物が満ち、香炉からは絶えず煙が立ち上る、雅やかな場所でした。両脇には唐代の名画家である王維の絵が掛けられ、座の上にはかの賢人、鬼谷子の肖像が掲げられています。硯は名高い端渓の石、墨は黒々とした光を放ち、傍らには霜のように白い大筆が添えられていました。書棚には『火珠林』や『郭璞数』といった占いの古書が、『台政新経』という新しい経典と共に並べられています。
この場所に座す主は、六爻の占いを極め、八卦に通じ、天地の理を知り、鬼神の心をも見通すと言います。掌の上で十二時を巡らせ、胸の内には星々の運行を諳んじる。未来も過去も、水面に映る月のごとく明らかに見通し、誰が栄え誰が滅びるかを、神の灯火のように照らし出す。口を開けば風雨を呼び、筆を走らせれば鬼神をも驚かすと評判でした。
看板に記されたその名は、神課先生、袁守誠。
何を隠そうこの人物、当代の宮廷天文台長官である袁天罡の叔父にあたる人物で、その術は長安において並ぶ者なしと謳われた大学者でした。
龍王は店の中へと入り、袁守誠と対面しました。礼を交わした後、上座に案内され、童子がお茶を差し出します。
「して、殿はどのようなご用件で?」と先生が尋ねました。
「天の曇り晴れ、雨が降るか否かを占っていただきたい」
先生はすぐさま袖の中で指を動かし、占うと、きっぱりと断言しました。
「雲は山の頂を覆い、霧は林の梢にかかる。雨を占うのであれば、明日、間違いなく降りましょう」
「ほう。では、明日のいつ、どれほどの量が降るかな?」と龍王は重ねて問います。
「明日の辰の刻(午前八時頃)に雲行きが怪しくなり、巳の刻(午前十時頃)に雷が鳴り響き、午の刻(正午頃)に雨が降り始め、未の刻(午後二時頃)に止むでしょう。雨量は、きっかり三尺三寸と四十八滴の水が得られます」
龍王は、思わず笑ってしまいました。
「戯言であっては困りますぞ。もし明日、おぬしの言う通りの時刻に、言った通りの量の雨が降ったならば、礼金として五十両を差し上げよう。だが、もし雨が降らぬか、時刻や量がわずかでも違えば、容赦はせぬ。その看板を叩き割り、長安から追い出して、二度と人々を惑わすことができぬようにしてくれるわ!」
先生は、少しも臆することなく、にこやかに答えました。
「それは、あなた様のお心のままに。では、ごきげんよう。明日の雨の後、またお目にかかりましょう」
龍王は店を辞し、意気揚々と竜宮へと戻りました。
「大王、例の易者はいかがでしたか」と出迎えた水族たちに、龍王は高らかに告げます。
「いたぞ、いたぞ。だが、あれは口先だけの輩よ。明日、辰の刻に雲が出て、巳の刻に雷、午の刻に雨が降り、未の刻に止む。雨量は三尺三寸と四十八滴だとぬかしおったわ。そこで賭けをしてやったのだ。もし奴の言う通りなら五十両をくれてやるが、少しでも違えば店を叩き潰し、都から追い出してやると」
これを聞いた水族たちは、どっと笑いました。
「大王は八つの河を司る、雨の大龍神にございます。雨が降るも降らぬも、大王のお心一つ。あの男がどうして当てられましょう。易者の負けは決まったようなもの!」
龍の子や龍の孫たちが笑いさざめく、まさにその時でした。天より厳かな声が響き渡ったのです。
「涇河龍王、勅旨を受けよ!」
見上げると、金色の衣をまとった天の力士が、玉帝(天帝)の勅旨を携え、まっすぐに水府へと降りてくるところでした。
龍王は慌てて衣冠を整え、香を焚いて勅旨を拝受しました。力士は天へと帰っていきます。
龍王が恐る恐る勅旨を開いてみると、そこにはこう記されていました。
八河を統べる龍神に命ず。
明朝、恵みの雨を降らせ、広く長安の城を潤すべし。
そして、そこに示された雨を降らせるべき時刻と雨量は、かの易者、袁守誠が告げたものと、寸分違わぬものであったのです。
龍王は、あまりの衝撃に魂を抜かれたようになりました。しばし呆然とした後、我に返って水族たちに言いました。
「俗世に、これほど神通力を持つ者がいようとは…。まことに天地の理に通じている。これでは、わしは賭けに負けてしまうではないか!」
すると、そばにいた鯰の軍師が進み出て、こう進言しました。
「大王、ご安心めされよ。あの男に勝つことなど、赤子の手をひねるがごとし。拙臣に一つの策がございます」
「申してみよ」
「雨を降らせる刻限をずらし、雨量を減らせばよいのです。そうすれば、あの易者の占いは外れたことになり、大王の勝ちではございませんか。その時こそ、奴の看板を叩き割り、都から追い出してしまえばよいのです」
龍王はこの浅はかな計略を聞き入れ、すっかり安心しきってしまいました。
さて、翌日。龍王は風の神、雷の神、雲の童子、稲妻の母を呼び集め、長安の上空へと昇りました。そして、わざと時刻をずらし、巳の刻になってようやく雲を広げさせ、午の刻に雷を鳴らし、未の刻になって雨を降らせ、申の刻(午後四時頃)に雨を止めさせたのです。
さらに、降らせた雨の量は、三尺と四十滴に留めました。時刻を一つずらし、雨量を三寸と八滴分、減らしたのです。
雨が止むと、龍王は配下の神々を帰し、自らは再び白衣の秀才に姿を変え、袁守誠の店へと向かいました。そして、店に押し入るや否や、問答無用で看板や筆、硯などを片っ端から叩き壊し始めたのです。
しかし、先生は椅子に座ったまま、眉一つ動かしません。
龍王は、店の戸板を手に取って打ち付けながら、罵りました。
「この、でたらめを言う詐欺師め!お前の占いは当たらぬではないか!雨の時刻も量も、全く違っていたぞ!まだそこに座っているか!さっさと立ち去れ!さすれば命だけは助けてやるわ!」
その時、袁守誠は少しも恐れることなく、天を仰いで静かに笑いました。
「私は何も恐れてはおりませぬ。私に死罪はありませんが、あなた様こそ死罪は免れますまい。他人は騙せても、この袁守誠は騙せませんぞ。あなた様がただの秀才ではなく、涇河の龍王であることはお見通しです。あなた様は玉帝の勅旨に背き、時刻を改め、雨量を減らした。これは天の法を犯す大罪。今頃、天の剮龍台の上で、その身を切り刻まれるところを、まだここで私を罵るとは」
この言葉に、龍王は心臓が凍りつく思いでした。全身の毛が逆立ち、持っていた戸板を投げ捨てると、その場にひれ伏し、先生に許しを請いました。
「先生、お許しください!先ほどの言葉は戯れでございました。まさか、それが天の法を犯すことになろうとは…。どうか、どうか私をお助けください!さもなくば、私は死んでもあなた様を離しはしませぬぞ!」
「私にあなた様を助ける力はありません。ですが、生き延びるための一筋の道を、お教えすることはできます」
「どうか、お教えください!」
「あなた様は明日、午の刻三刻(正午過ぎ)、人界の役人でありながら冥府の職務もこなす、魏徴という男によって斬首される運命にあります。命を助かりたいのであれば、急ぎ、当代の天子、唐の太宗皇帝に助けを求めることです。その魏徴は、太宗皇帝の丞相を務める人物。皇帝陛下から情けをかけていただくよう頼めば、きっと助かる道も開けましょう」
龍王は涙ながらに礼を述べ、その場を去りました。
気づけば日は西に傾き、夜の帳が下り始めています。
涇河の龍王は、竜宮へは戻らず、ただ空中にその身を留めておりました。そして、子の刻(深夜零時頃)が近づくと、雲や霧を隠し、まっすぐに皇帝の住まう皇居の門前へと降り立ちました。
その頃、唐の太宗皇帝は、夢の中で宮殿の庭を散策しておりました。月光の下、花の陰を歩んでいると、突如、一人の男が目の前に進み出てひざまずき、必死に叫ぶのです。
「陛下、お助けください!どうか、お助けください!」
「お前は何者だ。朕に助けられることであれば、力を貸そう」
「陛下はまことの龍、臣は罪深き龍にございます。臣は天の法を犯し、陛下の賢臣である魏徴殿によって斬首される定めとなりました。何卒、陛下のお力で、臣をお救いくださいませ」
「魏徴によって斬られると申すか。ならば、朕がお前を助けることができる。案ずるでない、安らかにいくがよい」
龍王は、喜びのあまり幾度も頭を下げ、感謝の言葉を捧げて去っていきました。
さて、夢から覚めた太宗は、その出来事をはっきりと覚えていました。
夜が明け、五鼓三点(午前四時頃)になると、太宗は朝議を開き、文武百官を召集しました。
きらびやかな宮殿に、居並ぶ百官たち。文官の中には房玄齢、杜如晦、徐世勣らが、武官の中には尉遅恭こと胡敬徳、秦叔宝らが、威儀を正して並んでいましたが、ただ一人、魏徴丞相の姿だけが見当たりませんでした。
太宗は徐世勣を御前へ召し、尋ねます。
「昨夜、朕は奇妙な夢を見た。涇河の龍王と名乗る者が現れ、魏徴によって斬られるゆえ、助けてほしいと懇願してきたのだ。朕はすでに助けると約束した。だのに、今日、列の中に魏徴がおらぬのはなぜか?」
徐世勣は、はっと膝を打ちました。
「その夢、恐らくは正夢でございましょう。すぐさま魏徴殿を朝廷にお召しになり、今日一日、決して宮殿の外へお出しになりませぬように。さすれば、夢の中の龍をお救いになれましょう」
太宗は大いに喜び、すぐさま役人に命じて魏徴を参内させました。
その頃、魏徴は自邸にて、夜空の星の動きを観測しておりました。すると、天より鶴の鳴き声が聞こえ、天帝の遣いが金色の勅旨を携えて舞い降りたのです。その勅旨には、午の刻三刻に、夢の中で涇河の老龍を斬るべし、と記されていました。
丞相は勅命を拝し、身を清めて、まさに魂を集中させていたところでした。そこへ皇帝からの使者が訪れたため、魏徴は恐縮しながらも急いで支度を整え、宮殿へと参上し、帝の前で遅参の罪を詫びました。
「卿の罪は許す」と太宗は言い、他の臣下たちを下がらせると、魏徴だけを内殿に留め、さらに私的な部屋へと招き入れました。
そして、国を安んじるための策について語り合っているうちに、時刻は午の刻へと近づいていきます。
「大きな碁盤を持ってまいれ。朕と賢卿とで、一局興じようではないか」
太宗の命で、女官たちが碁盤を運び入れました。魏徴は帝の思し召しに感謝し、太宗と碁を打ち始めました。
君臣二人が盤面に向かい、勝負も終盤に差し掛かった、まさに午の刻三刻。その時、魏徴は突然、碁盤の縁に身を伏せ、こくりこくりと眠り込んでしまったのです。
太宗は、その様子を見て微笑みました。
「賢卿は、国を支える心労で、よほど疲れているとみえる。無理もないことだ」
そう言うと、太宗は魏徴を起こさず、静かに眠らせておきました。
しばらくして、魏徴ははっと目を覚まし、慌てて地にひれ伏しました。
「臣は万死に値します!不覚にも眠り込んでしまうとは、陛下に対し、なんたる無礼…」
「卿に何の罪があろうか。さあ、顔を上げよ。その碁は終わりにして、新たに一局打ち直そうではないか」
魏徴が感謝して碁石を手に取った、まさにその時でした。宮殿の門の外から、大きな叫び声が聞こえてきたのです。
見れば、秦叔宝と徐茂公が、血に濡れた一つの龍の首を携え、御前に進み出てきました。
「陛下、これは一体いかなる怪事でございましょうか!」
太宗と魏徴が驚いて立ち上がると、二人はこう報告しました。
「千歩廊の辻にて、雲の中よりこの龍の首が落ちてまいりました。臣ら、恐れ多くもご報告に上がった次第にございます」
太宗は愕然とし、魏徴に問いました。
「丞相、これはどういうことだ?」
魏徴は、静かに頭を下げて答えました。
「それは、臣がたった今、夢の中で斬ったものにございます」
これを聞いた太宗の胸には、喜びと悲しみが同時にこみ上げてきました。魏徴という、これほど頼もしい臣下がいることを喜ぶ一方で、夢の中で龍を救うと約束したにも関わらず、その命を守れなかったことを深く悲しんだのです。
太宗は気を取り直し、龍の首を長安の市中に掲げ、民に広く知らせるよう命じました。
その夜、宮殿に戻った太宗は、憂いに沈んでいました。夢の中で命乞いをした龍のことを思うと、約束を果たせなかった無念さが胸を締め付けます。思い悩むうちに、次第に心身は蝕まれ、太宗は病の床に就いてしまいました。
そしてその夜更け、宮殿の門の外から泣き叫ぶ声が聞こえ、太宗は恐怖に震えました。
うつらうつらとまどろむ太宗の枕元に、血まみれの首を提げた涇河の龍王が現れたのです。
「唐の太宗よ、我が命を返せ!昨夜は助けると申したのに、なぜ夜が明けると私を斬らせたのだ!さあ、閻魔大王の御前で、どちらが正しいか決着をつけようぞ!」
龍王は太宗に取りすがって離れません。太宗は声も出せず、ただ全身に冷や汗を流すばかりでした。
その時、南の方角から一条の香しい雲がたなびき、一人の仙女が姿を現しました。彼女が手に持った柳の枝をひと振りすると、首のない龍は悲しげに哭きながら、西北の方角へと去っていきました。
この仙女こそ、仏の勅命を受けて経典を求める者を探しに東土へ来ていた、観音菩薩でした。菩薩が龍の亡霊を退けたことで、龍は冥府へと赴き、太宗を訴え出たのです。
さて、意識を取り戻した太宗は、「鬼だ!鬼がいるぞ!」と叫びました。皇后も妃たちも、宮中の者たちは皆おののき、その夜は誰も眠ることができませんでした。
日が経つにつれ、太宗の病は重くなる一方でした。医官を呼んで診察させると、「陛下の脈は乱れ、五臓の気が弱っております。もって七日の命かと…」との見立て。これを聞いた群臣は、顔色を失いました。
太宗は、尉遅恭と秦叔宝らを枕元に呼び、告げました。
「朕は長年戦場にあったが、邪なものなど一度も見たことがなかった。それが、今になって鬼を見るとは…」
「陛下、鬼など何を恐れることがありましょう!」と尉遅恭が言います。
「信じられぬかもしれぬが、夜ごと寝室の戸外で、瓦を投げる音や、鬼の叫び声がして、耐え難いのだ」
「では陛下、今宵は私と敬徳(尉遅恭)が、宮門をお守りいたしましょう。どのような化け物が現れるか、この目で確かめてやります」と秦叔宝が申し出ました。
その夜、甲冑に身を固めた二人の猛将が、武器を手に宮門の両脇に立つと、不思議なことに、一晩中、何事も起こりませんでした。太宗も久々に安らかな眠りを得ることができたのです。
しかし、毎晩二人に警護させるのは忍びないと考えた太宗は、腕利きの絵師に命じて、甲冑姿の二人の肖像画を描かせ、それを門に貼り付けさせました。すると、絵であってもその効力は絶大で、夜は静まり返りました。これが、後世に伝わる門神の由来となったのです。
ところが、今度は裏門の方が騒がしくなりました。
「正面は秦叔宝と尉遅恭が、裏門は魏徴丞相にお守りいただくのがよろしいかと」
徐茂公の進言を受け、その夜は魏徴が龍を斬った宝剣を手に裏門に立つと、またもや怪異はぴたりと止みました。
しかし、門は静かになっても、太宗の病状は悪化するばかりでした。ついに太后は群臣を召集し、葬儀の準備を始めさせます。太宗もまた、後事を大臣たちに託し、静かにその時を待っていました。
その時、そばにいた魏徴が、太宗の衣の袖を引き、奏上しました。
「陛下、ご安心ください。臣に一つ、策がございます。必ずや陛下を長らえさせましょう」
「病はもはや手の施しようがない。どうして助かる道があるというのか」
「臣がしたためたこの書状を、冥府へお持ちください。そして、豊都の判官である崔珏という者にお渡しいただきたいのです」
「崔珏とは、何者だ?」
「崔珏は、先帝にお仕えした臣下で、生前、私とは義兄弟の契りを交わした親友でした。今は亡くなり、冥府で生死を司る判官となっております。この書状を渡していただければ、彼は必ずや私の旧誼に免じて、陛下をこの世へとお返しする手立てを講じてくれるはずでございます」
太宗はこの言葉を聞き、魏徴からの書状をしっかりと袖に収めました。そして、静かに目を閉じ、息を引き取ったのです。
宮中には、皇后や妃、皇太子、そして文武百官の嘆き悲しむ声が響き渡りました。太宗の亡骸は、白虎殿の棺に安置されました。
さて、こうして冥府へと旅立った太宗皇帝。いかにして再びこの世へと魂を呼び戻すことになるのか。その一部始終は、また次のお話で。
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第十回の要約:龍王の過ちと、皇帝の冥界への旅
この物語は、後の三蔵法師の旅がなぜ必要になったのか、そのきっかけを描く重要なエピソードです。
ことの発端は、ささいな賭けでした。
長安の川を治める「涇河龍王」は、長安の凄腕占い師・袁守誠が、川の魚が獲れる場所を百発百中で当てるという噂を聞き、プライドを傷つけられます。
龍王は人間に化けて占い師のもとへ行き、「明日の雨の時間と量を当ててみろ」と挑戦。占い師の予言と、天の最高神(玉帝)から龍王に下された雨を降らせる命令が、日時も雨量も一滴違わず全く同じだったため、龍王は窮地に陥ります。
賭けに勝ちたい一心で、天のルールを破る
プライドが許さなかった龍王は、わざと命令とは違う時間と量で雨を降らせ、占い師に勝利します。しかし、これは天のルールを破る大罪でした。
占い師はすべてお見通しで、「あなたは天の法を犯した。明日、唐の皇帝・太宗の家臣である魏徴によって処刑されるだろう」と告げます。
皇帝の約束と、防げなかった死
絶望した龍王は、その夜、皇帝・太宗の夢枕に立ち、「どうか魏徴を止めて、私を助けてください」と懇願。皇帝はこれを約束します。
翌日、皇帝は処刑時刻に魏徴を自分のもとに引き留め、囲碁の相手をさせます。しかし、まさにその時刻、魏徴は一瞬うたた寝をしてしまいます。なんと魏徴は、その夢の中で龍王を斬首してしまったのです。
皇帝の死、そして冥界へ
約束を破られたと恨んだ龍王は、幽霊となって毎晩皇帝の前に現れ、「命を返せ!」と祟ります。その恐怖から皇帝は重い病にかかり、ついには亡くなってしまいました。
しかし、死の直前、忠臣・魏徴から「冥界の裁判官をしている私の友人に渡してください」と、一通の手紙を託されていました。
こうして皇帝の魂は、現世に生き返るための一縷の望みである手紙を手に、冥界へと旅立つことになったのです。
第十回は、一見すると三蔵法師一行の旅とは無関係な、長安で起きた一つの事件を描いた外伝のように思えます。しかし、この章こそが『西遊記』という壮大な物語の宇宙観、価値観、そして旅の真の目的を読者に提示するための、極めて重要な序章と言えます。作者がこの一見迂遠な物語に込めた真意を、当時の世界観と絡めながら深く掘り下げて解説していきます。
考察:第十回に込められた作者の真意 — 三界を貫く秩序と「救済」の必然性
『西遊記』第十回は、単なる龍王の悲劇ではない。これは、人間界、天界、冥界、そして龍の治める水界という四つの世界が、いかに密接に、そして厳格な法則の下に結びついているかを示す壮大な縮図である。作者の真意は、この「世界の仕組み」を読者に深く理解させ、それゆえに玄奘三蔵の旅がなぜ必要不可欠であったのかを、物語の根幹から説き起こすことにある。
一、三界を貫く「天の法」 — 人間界の役人が天の代理人となる世界観
物語の発端は、俗世の漁師と占い師の約束事という、極めて人間的な出来事である。しかし、これが瞬く間に龍王を巻き込み、ついには天界の最高権力者である玉帝の勅旨へと繋がっていく。ここにまず、作者が提示する第一の世界観がある。すなわち、人間界の出来事は、決して人間界だけで完結しないということだ。
さらに驚くべきは、その天の法を執行するのが、人間界の役人である魏徴であるという点だ。彼は唐の丞相という人間の役職にありながら、夢の中で天帝の勅命を受け、神である龍王を斬る。これは、当時の中国における「天人相関思想」— 天と人間社会は互いに感応しあうという考え方 — を物語に巧みに取り入れたものだ。
作者が伝えたかったのは、天界の秩序(天の法)は絶対であり、その執行は時に人間界の徳の高い人物にさえ委ねられるほど、世界は緊密に連関しているという事実である。皇帝という人間界の最高権力者ですら、この「天の法」の前では無力である。太宗が魏徴を碁に引き留めるという人間的な策を弄しても、魏徴が夢の中で使命を果たすのを止められなかったシーンは、この絶対的な秩序を象"
徴的に示している。
二、龍王の「私怨」と「因果応報」 — 神仏をも縛るカルマの法則
涇河の龍王が犯した罪は、単に雨の量と時刻を違えたことだけではない。その動機が、占い師への「私怨」と「面子」という、極めて人間的な煩悩にあったことが重要である。彼は雨を司る公的な神でありながら、その力を私的に濫用した。
これは、仏教的な「因果応報」の思想を色濃く反映している。一つの傲慢な心(因)が、天の法を犯すという行い(縁)を生み、自らの死(果)を招く。そして物語はそこで終わらない。龍王の死は、太宗皇帝を冥界へと引きずり込む新たな「因」となり、物語はさらに大きなうねりとなって展開していく。
作者は、神や龍王といった超自然的な存在でさえも、この因果の理からは逃れられないことを描き、孫悟空をはじめとする妖怪たちが後に救済を求める物語の伏線としている。どんなに強大な力を持っていても、心の驕りや私怨は身を滅ぼす。この普遍的な教訓が、物語の根底に流れている。
三、太宗皇帝の冥界巡り — 「救済の必要性」を帝王に体感させる装置
この章のクライマックスであり、物語全体の真の序章となるのが、太宗皇帝の冥界巡りである。なぜ、作者はわざわざ皇帝を一度死なせ、地獄を旅させる必要があったのか。
それは、仏法による「救済」が、個人的な信仰の問題ではなく、国家レベルで急を要する喫緊の課題であることを、最高権力者である皇帝自身に骨身に染みて理解させるためである。
太宗は冥界で、かつて自分が戦で殺した者たちの亡霊に責め立てられる。彼はそこで初めて、権力者の行いが死後の世界でいかに大きな影響を及ぼすか、そして救われぬ魂がどれほど多く存在するのかを目の当たりにする。この恐怖と衝撃的な体験こそが、彼に「水陸大会」という大規模な法要を開かせ、ひいては根本的な救済をもたらす大乗仏教の経典を求めるという国家的大事業へと駆り立てる原動力となる。
観音菩薩が「お前の国にある小乗の教えでは、亡者を救うことはできぬ」と告げるのは、この太宗の個人的な体験があったからこそ、絶大な説得力を持つのだ。つまり、この第十回は、壮大な経典を求める旅の動機付けを、個人的・政治的・宗教的に完璧に構築するための、壮麗な舞台装置なのである。
結論:俗世の逸話から始まる、宇宙的救済の物語
結論として、作者がこの章で伝えたかった真意は、以下の三点に集約される。
世界の連関性:人間、神、鬼が住む世界は全て繋がっており、一つの行いが他の世界に必ず影響を及ぼす。
秩序の絶対性:天の法と因果応報の法則は、皇帝や龍王ですら逆らうことのできない絶対的なものである。
救済の必然性:この厳格な世界の仕組みの中で、苦しむ魂を根本的に救済するためには、大乗仏教の教えこそが必要不可欠である。
作者は、長安の街角で交わされる漁師と樵の素朴な会話から物語を始め、そこに占い、龍神伝説、門神の由来といった民間の逸話や信仰を巧みに織り交ぜながら、読者を自然に壮大な宇宙観へと導いていく。そして、一人の皇帝の死と再生の物語を通じて、「なぜ、命を懸けてまで天竺へ経典を求めに行かねばならなかったのか」という、物語全体の最も根源的な問いに対する、揺るぎない答えを提示したのである。
したがって、第十回は決して物語の脇道ではない。それは『西遊記』という大伽藍を支える、最も重要で壮麗な礎石なのだ。




