表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私説 西遊記の遊戯  作者: 光闇居士


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/27

第九回:陳光蕊、任地で災難に遭い、江流僧、復讐し恩に報いる。

挿絵(By みてみん)

洪江奇縁図こうこうきえんず

悲涙の川は、再会の岸へ。水底より還りし魂と、待ち続けた家族の奇跡の刻。


【しおの】


物語の幕は、古来より帝王が都を築き、八水の流れが城郭を巡る、千年の都・長安にて開かれる。

ここは歴代の王朝がその礎を据えた、栄華を極めた地。三州に咲き誇る花々は錦の如く、八つの川は城を護る龍の如し。まさに天下の名勝であった。

時は大唐、太宗皇帝の御代。元号を貞観と改め、はや十三年の歳月が流れた己巳の年のこと。天下は泰平、四海は静穏にして、八方より貢物が絶えず、万国の民がその徳にひれ伏していた。

ある日の朝議、太宗皇帝が玉座にあって百官を率い、厳かな儀式を終えた折、丞相の魏徴が進み出て奏上した。

「陛下。今、天下は治まり、四方は安寧でございます。古の習わしに倣い、科挙の門を開き、広く天下に賢人を求め、才ある者を取り立てて国政の柱とすることこそ、王道の教化を広める道と存じます。」

太宗は深く頷き、「まことに賢明な考えである」と応じ、すぐさま詔勅を起草させ、全国津々浦々にまで布告させた。

―――各地の府・州・県に告ぐ。士農工商を問わず、学問を修め、文に通じ、三場の試験を心得たる者は、こぞって長安に上り、その才を試みるべし。

このお触れが海州の地に届いた時、一人の若き儒者がいた。姓は陳、名は萼、字を光蕊という。彼は高札に目を通すと、急ぎ家路につき、母である張氏のもとへ向かった。

「母上。朝廷より科挙を開き、賢才を募るとの詔が下りました。息子もこれに応じ、都へ上って試験を受けたく存じます。もし幸いにも官職を得ることが叶いましたなら、母上には孝を尽くし、我が名を上げ、妻を娶って家門を輝かせ、子孫に福を残す。これこそが私の年来の志でございます。何卒、お許しください。」

母の張氏は、息子の言葉に静かに微笑んだ。「我が子よ、あなたは学問の道を歩む者。『幼くして学び、壮んにして行う』という古の言葉通り、その志を果たすべき時が来たのです。ためらうことはありません。ただし、道中くれぐれも身を大切に。そして、事を成したならば、一日も早く元気な顔を見せておくれ。」

光蕊は母の温かい言葉に深く感謝し、旅の支度を整えると、母に別れの拝礼を捧げ、希望を胸に長安へと旅立った。都に着けば、折りしも試験の真っ最中。光蕊はこれに臨み、見事難関を突破した。さらに、皇帝自らが試験官となる最終試験、廷試においても卓抜した才を示し、唐王直筆をもって状元、すなわち首席合格者の栄誉を賜った。そして、その栄誉の証として、三日間のあいだ、馬に乗り都大路を練り歩くことが許されたのである。

その状元遊街のさなか、彼の運命を大きく揺るがす出来事が起こる。行列が殷開山丞相の屋敷の門前に差し掛かった、まさにその時であった。丞相には、温嬌、またの名を満堂嬌という、いまだ嫁いでいない一人娘がいた。彼女はその日、屋敷に高くしつらえた彩楼の上から、婿選びのために美しく飾られた繡毬を投げることになっていた。

楼下をゆったりと進む陳光蕊の、人並み外れて気品ある姿が、娘の目に留まった。彼こそが今をときめく新科の状元であると知るや、彼女の心は華やいだ。温嬌は、そっと願いを込め、手中の繡毬を投げ下ろした。毬は、まるで引き寄せられるかのように美しい放物線を描き、光蕊がかぶる役人の帽子、烏紗帽の真上に寸分違わず落ちたのである。

その瞬間、あたりには笙や簫の雅な音が鳴り響き、十数人の侍女たちが楼から駆け下りてきて、光蕊の馬の手綱を恭しく取った。彼はあれよあれよという間に丞相の屋敷へと招き入れられ、祝言の儀が執り行われることとなった。丞相夫妻が広間に姿を現し、二人の縁談が整うと、その日のうちに天と地、そして互いの両親に拝礼を済ませ、晴れて夫婦の契りが結ばれた。

その夜は盛大な宴が催され、人々は夜が更けるのも忘れて新しい夫婦の門出を祝った。やがて宴も終わり、二人は手を取り合って、新しく整えられた寝室へと入っていった。

夜が明け、朝廷では太宗皇帝が文武百官を前に尋ねた。「さて、新科状元の陳光蕊には、いずれの官職を授けるべきか。」

魏徴丞相が進み出て奏した。「臣が調べましたところ、江州の長官の職が空いております。彼にその任を授けられては、いかがでしょう。」

太宗はこれを嘉納し、光蕊を江州の長官に任命すると、速やかに任地へ赴くよう命じた。

光蕊は帝の恩に深く感謝し、朝廷を辞すると、妻の待つ丞相の屋敷へと戻った。彼は妻と相談の上、岳父と岳母に暇乞いをし、二人で江州へと旅立つことにした。長安の城門を出て旅路についた頃は、ちょうど晩春の穏やかな季節。そよ風は柳を青々とさせ、細やかな雨が花々を艶やかに濡らしていた。

光蕊はまず、妻を伴って故郷の海州に立ち寄り、母の張氏にこれまでの次第を報告した。

母は息子の晴れ姿と、傍らに立つ美しい嫁の姿を見て、心から喜んだ。「ああ、我が子よ、おめでとう。そして、こんなに素敵なお嫁さんを連れてきてくれたのか。」

「母上の福徳のおかげで、息子は状元に選ばれ、遊街の途中で殷丞相のお嬢様と縁を結ぶことができました。そしてこの度、江州の長官に任じられましたので、母上をお迎えに上がり、共に任地へ参ろうと存じます。」

張氏は喜び、早速旅支度を整えた。

親子三人の旅が始まって数日後、一行は万花店という名の宿屋に泊まった。主人は劉小二という男であった。ところがその夜、母の張氏が急な病に倒れ、光蕊に告げた。「どうやら体の具合が優れない。しばらくこの宿で養生させてはもらえないだろうか。」

光蕊は母の言葉に従い、逗留することにした。

翌朝、店の前で一人の男が、金色に輝く見事な鯉を売りに出しているのが目に入った。光蕊は母の滋養になればと思い、一貫の銭でそれを買い求めた。いざ料理をしようとしたその時、まな板の上の鯉が、ぱちぱちと瞬きをするではないか。

光蕊は言い知れぬ不思議さを感じた。「魚や蛇が瞬きをするのは、常ならぬことのしるしと聞く。」彼は漁師に尋ねた。「この魚は、どこで捕れたものか。」漁師は「ここから十五里ほど離れた、洪江という川でございます」と答えた。

光蕊は、その鯉を殺すに忍びなくなり、わざわざ洪江まで足を運び、川の流れにそっと放してやった。宿に戻り、事の次第を母に話すと、張氏は言った。「生き物の命を救うとは、実に良いことをしましたね。母も嬉しいですよ。」

「宿に滞在して、はや三日。朝廷から定められた期限もございますので、明日には出発したいのですが、母上のお加減はいかがでしょうか。」

「残念ながら、体はまだ本調子ではないのです。これからの道中は暑さも増しましょう。病の身には堪えます。どうか、お前はこの宿に部屋を借り、しばらく私をここに住まわせておくれ。いくらかの旅費を置いていってくれれば、それで十分です。お前たち夫婦は先に任地へ向かい、秋になり涼しくなった頃、私を迎えに来ておくれ。」

光蕊は妻と相談し、母の言う通りにすることにした。彼は宿の主人に部屋代を払い、十分な旅費を母に手渡すと、妻と共に母に別れの拝礼をし、再び江州を目指して旅立った。

道中の困難を乗り越え、朝早くに出発し、夜遅くまで歩みを進める日々。やがて二人は、洪江の渡し場にたどり着いた。

岸辺には、劉洪と李彪という二人の船頭が、客を待っていた。これこそが、光蕊の前世からの定めであったのか、彼は自らの命を奪う仇敵と、図らずも出会ってしまったのである。

光蕊が荷物を船に運び込ませ、妻と共に乗り込もうとした時、船頭の劉洪は、殷温嬌の姿に目を奪われた。満月のように輝く顔、秋の湖水のように澄んだ瞳、桜桃のごとき唇に、しなやかな柳の腰つき。そのあまりの美しさは、まさに「魚を沈め雁を落とし、月を閉じ花を恥じらわしめる」と謳われるほどであった。その瞬間、劉洪の心に、狼のような邪悪な欲望が芽生えた。

彼は相棒の李彪と目配せし、密かに悪だくみをすると、船をわざと人気のない場所へと漕ぎ出した。そして、夜が静まり返った三更の頃、まず供の者たちを惨殺し、次いで光蕊を打ち殺すと、その亡骸をことごとく川の中へと投げ捨てた。

夫が無残に殺されるのを見た温嬌は、絶望のあまり自らも水に身を投げようとした。しかし、劉洪が力ずくで彼女を抱き留め、すごんだ。「俺に従うなら、万事うまくいく。だが逆らうなら、この刀でお前も二つに斬り裂いてやる。」

温嬌は万策尽き、腹の子を思うと、今はただ生き延びるしかないと悟った。彼女は、涙を飲んで一時的に劉洪に従うことを承諾したのである。

悪党は、船を対岸につけると、相棒の李彪に船を任せ、自らは光蕊が着ていた官服を身にまとい、役人であることの証明書を懐にした。そして、温嬌を無理やり連れ、何食わぬ顔で江州の任地へと向かったのであった。

さて、哀れにも殺された者たちの亡骸は、川の流れに乗って散り散りになった。しかし、不思議なことに、陳光蕊の亡骸だけは、川底に沈んだまま、少しも動くことがなかった。

その様子を、洪江の河口を見回っていた夜叉が見つけ、飛ぶように龍宮へと報告に走った。

「龍王様にご報告申し上げます。ただいま、洪江の河口にて、一人の学者が何者かに殺され、その亡骸が川底に打ち捨てられております。」

龍王は、亡骸を宮殿に運び込ませ、その顔を詳しく見つめた。そして、はっとしたように言った。「おお、この者こそ、先日わしの命を救ってくれた恩人ではないか。いかなる事情で、このような非業の死を遂げたのか。古より『受けた恩は必ず返す』と言う。今日、わしはこの者の命を救い、かつての恩に報いねばならぬ。」

龍王はすぐさま命令書を書き、夜叉を使者として、この地を治める城隍神と土地神のもとへ届けさせた。そして、陳光蕊の魂魄を連れてくるよう命じたのである。

城隍神と土地神は、光蕊の魂魄を夜叉に引き渡した。魂となった光蕊は、水晶宮で龍王の前に導かれた。

龍王は尋ねた。「そなたは、どこの誰か。なぜ、ここで命を落としたのか。」

光蕊は礼をして答えた。「私は陳萼、字は光蕊と申します。海州弘農県の者でございます。この度、状元となり江州の長官を拝命し、妻と共に任地へ向かう途中、渡し船で船頭の劉洪という悪党に襲われました。彼は私の妻を奪うため、私を殺し、川へ投げ捨てたのです。どうか、大王様、お救いください。」

それを聞いた龍王は言った。「なるほど、そういうことであったか。先生よ、あなたが先日、命を救ってくださった金色の鯉こそ、この私なのだ。あなたは私の恩人。そのあなたが今、災難に遭っているのを、私が見過ごすわけがあろうか。」

龍王は、光蕊の亡骸を一室に安置させると、その口の中に定顔珠という、体を朽ちさせぬ霊妙な珠を含ませた。いずれ魂を肉体に戻し、復讐を遂げさせるためである。そして、光蕊の魂に向かって言った。「あなたの真の魂は、しばらくの間、この水府に留まり、都領の役を務めてもらうことにしよう。」

光蕊は、深々と頭を下げてその恩に感謝した。龍王は、彼のために宴を催し、手厚くもてなしたのだった。

一方、殷温嬌は、夫の仇である劉賊を骨の髄まで恨んでいた。その肉を食らい、その皮を寝床にしてやりたいと思うほどであったが、彼女の体には新しい命が宿っていた。生まれてくる子が男か女かもわからぬ身、今はただ耐え忍び、時を待つしかなかった。

やがて一行は江州に到着した。役人たちは何も知らず、新しい長官とその夫人を丁重に迎え入れた。

歳月は矢のように過ぎていった。ある日、劉洪が公務で遠出している隙に、温嬌は役宅の庭で、故郷の母と無念の死を遂げた夫を思い、一人嘆いていた。すると突然、体に異変を感じ、腹部に激しい痛みが走ると、そのまま気を失ってしまった。

しばらくして意識が戻ると、腕の中には一人の男の子が生まれていた。

その時、彼女の耳元で、誰かがささやく声がした。

「満堂嬌よ、よくお聞きなさい。私は南極星君である。観音菩薩のお導きにより、そなたにこの子を授けた。この子は将来、その名を天下に轟かせる、非凡なる運命を背負っている。劉賊が戻れば、必ずやこの子の命を狙うであろう。そなたは心を尽くして、この子を守り抜くのだ。そなたの夫は、すでに龍王に救われている。いずれ、夫婦は再会し、親子は一つになり、積年の恨みを晴らす日が必ず来る。我が言葉、決して忘れるでないぞ。」

声が消えると、温嬌ははっと夢から覚めた。彼女は、今の言葉を一言一句、心に刻みつけ、腕の中の子を強く抱きしめた。しかし、これからどうすれば良いのか、途方に暮れるばかりであった。

そこへ、劉洪が戻ってきた。赤子を見るやいなや、彼は「この子は災いの元だ」と言い、すぐに川へ沈めて殺してしまおうとした。

温嬌は必死に懇願した。「今日はもう日が暮れております。川に捨てるのは、明日にしてくださいませ。」

幸いにも、翌朝早く、劉洪に急な公務が入り、再び遠出することになった。

温嬌は心に決めた。「あの賊が帰るのを待っていては、この子の命はない。いっそ、私の手でこの子を川に流し、その運命を天に任せよう。もし天に慈悲があるならば、誰かがこの子を救い、育ててくれるやもしれぬ。そうすれば、いつかまた会える日が来るかもしれない。」

だが、もし再会できた時、我が子と見分ける術がなければどうしようか。彼女は意を決すると、自らの指を強く噛み切り、その血で布に一通の書状を書き記した。そこには、両親の名と、これまでの悲しい経緯が詳しく綴られていた。さらに、証として、この子の左足の小指を、そっと口で噛み切った。

そして、肌身離さず着ていた肌着で赤子をくるむと、人目を忍んで役宅を抜け出した。幸い、役宅から川まではそう遠くはなかった。

川のほとりに着くと、温嬌はこらえきれずに声を上げて泣いた。我が子を水面に置こうとした、まさにその時、一枚の木板が岸辺に流れ着くのが見えた。

彼女は天を拝み、その子を板の上にそっと寝かせると、帯で体をしっかりと縛りつけた。血書は、子の胸元に固く結び、板を流れの中へと押し出した。彼女は、涙をこらえながら、役宅へと引き返した。

さて、木板に乗せられた赤子は、川の流れに乗って、まっすぐ金山寺の麓まで運ばれ、そこで岸辺に留まった。

この金山寺の長老、法明和尚は、長年の修行によって悟りを開いた高僧であった。

その日、彼が座禅を組んで瞑想していると、どこからともなく赤子の泣き声が聞こえ、彼の心を揺さぶった。和尚は急いで川辺へ向かうと、果たして、岸辺の岩間に一枚の木板が寄せられ、その上に一人の赤子が泣いていた。

長老は慌ててその子を抱き上げ、懐にあった血書を読んで、初めて事の次第を知った。

長老は、この子が川の流れに乗ってきたことから、「江流」という幼名をつけ、里人に預けて養育させた。そして、血書は大切に保管しておいた。

光陰矢の如し。瞬く間に十八年の歳月が過ぎ、江流は立派な青年に成長した。長老は彼を出家させ、「玄奘」という法名を与えた。彼は戒律を固く守り、一心に仏の道を修行した。

ある晩春の日、玄奘が兄弟子たちと松の木陰で禅問答をしていた時のこと。一人の素行の悪い和尚が、玄奘の理路整然とした問いに答えられず、逆上して罵った。

「この親知らずめ! 己が何者かも知らぬくせに、偉そうに説法するでないわ!」

親を侮辱する言葉に、玄奘は深く傷ついた。彼は師である法明和尚のもとへ駆けつけ、涙ながらに膝をついて訴えた。

「人は皆、天地の間に生まれ、父母の愛情を受けて育ちます。この世に、親なくして生まれた者などいるのでしょうか。どうか、私の両親が誰なのか、お教えください。」

長老は、彼の真剣な眼差しを見て、静かに言った。「お前が真に己の出自を知りたいと願うなら、私と共に方丈へ来なさい。」

玄奘は師に従った。方丈の部屋で、長老は天井の梁の上に手を伸ばし、一つの小さな箱を取り下ろした。箱の中には、一通の血書と、一枚の古い肌着が納められていた。長老は、それを玄奘に手渡した。

玄奘は血書を広げ、震える手で読み進めた。そこには、父の名、母の名、そして、父が非業の死を遂げ、母が仇に奪われたという、あまりにも悲しい物語が記されていた。

読み終えた玄奘は、その場に泣き崩れた。「父母の仇を討つことができずして、どうして人と言えましょうか。十八年間、己の出自も知らずに生きてまいりました。師よ、もしあの日、あなたが私を救ってくださらなければ、今の私はありません。この御恩は終生忘れませぬ。どうか、母を捜しに行くことをお許しください。母を見つけ、父の仇を討った暁には、必ずやこの寺に戻り、師の深い恩に報いる覚悟でございます。」

長老は言った。「母を捜しに行くがよい。この血書と肌着を持って、托鉢僧の姿となり、まっすぐ江州の役宅を訪ねなさい。そこに、お前の母がいるはずだ。」

玄奘は師の教えに従い、身支度を整えると、江州へと向かった。

不思議なことに、玄奘が江州の役宅の門前にたどり着いた時、劉洪はまたも公務で留守にしていた。これも天が、母子の再会を計らったのであろう。

玄奘が役宅の門前で托鉢を請うと、中から一人の婦人が現れた。それが母、温嬌であった。彼女は前の夜、欠けた月が再び満ちる夢を見ており、もしや息子に会えるのではという予感を抱いていた。托鉢僧の姿をした青年の顔立ちに、亡き夫の面影を見た彼女は、人払いをして素性を尋ねた。

玄奘が懐から血書と肌着を取り出して見せると、温嬌はそれが紛れもなく我が子の証であると悟った。母と子は、十八年の時を経て、涙の再会を果たした。しかし、喜びも束の間、劉賊が戻れば玄奘の命が危うい。温嬌は息子に、後日、金山寺に願掛けに行くという口実で再会を約束し、急いでその場を立ち去らせた。

後日、温嬌は約束通り金山寺を訪れた。母子は再び会い、温嬌は玄奘の左足に小指がないことを確かめ、改めて我が子であることを確信した。彼女は玄奘に、京の都にいる外祖父、殷丞相を訪ね、この手紙を渡して助けを求めるよう託した。さらに、旅の途中で万花店に立ち寄り、そこに置き去りにしてきた父方の祖母を訪ねるよう言い含めた。

玄奘は母の言葉に従い、まず洪州の万花店へと向かった。そこで、祖母の張氏が目を病み、今は物乞いをして暮らしていることを知る。破れ窯で再会した祖母は、玄奘の声が息子にそっくりだと涙した。玄奘は天に祈りを捧げ、その舌で祖母の目を舐めると、不思議なことに、その目はたちまち光を取り戻した。

祖母を宿屋に託した玄奘は、都に上り、殷丞相の屋敷を訪ねた。娘からの手紙を読んだ丞相は、事の真相を知って激怒し、悲嘆にくれた。翌日、彼は朝廷で太宗皇帝にすべてを奏上した。皇帝もまた大いに怒り、ただちに丞相を総督として六万の兵を授け、賊の討伐を命じた。

殷丞相率いる大軍は、瞬く間に江州に到着した。軍は夜陰に乗じて劉洪の役宅を包囲し、夢の中にいた偽りの長官をいともたやすく捕らえた。

丞相は、娘の温嬌と対面した。彼女は夫に操を立てられなかったことを恥じ、自害しようとしたが、玄奘と父に必死に止められた。丞相は、すべてはやむを得ぬことであったと娘を慰めた。

その後、刑場にて、劉洪とかつての相棒、李彪の罪が裁かれた。二人はすべての悪行を白状し、李彪は市中引き回しの上、千刀万剐の刑に処せられた。そして劉洪は、かつて光蕊を殺した洪江の渡し場へと引き立てられた。

丞相と温嬌、そして玄奘は、川辺で光蕊の霊を弔う儀式を執り行った。そして、劉洪の心臓を生きたままえぐり取り、それを供物として捧げた。

三人の慟哭が川面に響き渡ったその時、その声は水底の龍宮にまで届いた。弔いの文を読んだ龍王は、これこそ恩に報いる時と、光蕊を呼び寄せた。「先生、おめでとう。あなたの家族が、あなたのために仇を討ってくれた。今こそ、あなたの魂を肉体に戻してしんぜよう。」龍王は、数々の宝物と共に、光蕊の魂を解放した。

すると、川面に一つの亡骸が浮かび上がり、岸辺へと近づいてきた。それは、まさしく陳光蕊であった。人々が見守る中、彼の体はゆっくりと動き出し、やがてむっくりと起き上がった。死者が蘇ったのである。

光蕊は、目の前にいる妻と義父、そしてたくましく成長した息子の姿を見て、驚きながらもすべてを悟った。かつて放った一匹の鯉が、龍王となって自分を救ってくれたこと、そして家族の愛が、この奇跡を起こしたことを。

一行は万花店に立ち寄り、祖母の張氏を迎え、共に都へと凱旋した。丞相の屋敷では、苦難を乗り越えた家族の再会を祝う「団円会」という名の盛大な宴が開かれた。

翌日、殷丞相は太宗皇帝に事の次第を報告し、陳光蕊の非凡な才を改めて推薦した。皇帝はこれを認め、光蕊を学士の職に昇進させ、朝廷で重用した。

玄奘は、父の仇を討ち、家族の再会を見届けた後、自らの道は仏法にあると決意を固め、洪福寺に入って修行に専念した。母の殷温嬌は、その後、夫への貞節を貫き、自らその生涯を閉じたという。

かくして、数奇な運命の糸はここに一旦結ばれ、玄奘が歩むべき、さらに大いなる道のりの序章となるのであった。その物語は、また別のお話。


-----------------------------------------------


三蔵法師の誕生秘話:第九回の要約

これは、三蔵法師が生まれる前の、彼の両親の物語です。

【エリート官僚の幸せな結婚】

陳光蕊ちんこうずいという大変優秀な青年が、科挙の試験に首席で合格します。そのお祝いのパレードの最中、偶然通りかかった総理大臣の屋敷から、美しい一人娘・温嬌おんきょうが婿選びのために投げた「繡毬しゅうきゅう」という縁結びのボールが、見事彼の頭に命中。二人は運命的に結ばれ、その日のうちに結婚します。

【赴任先への旅と、突然の悲劇】

光蕊は、江州こうしゅうという地方の長官に任命され、妻と、そして自分の母親を連れて任地へ向かいます。しかし旅の途中、母親が病気になり、一行は宿屋にしばらく滞在することに。この時、光蕊は殺されそうになっていた金色の鯉を助けて川に放します。

母親を宿屋に残し、夫婦だけで旅を続けますが、洪江こうこうという大きな川を渡る際、船頭の劉洪りゅうこうが妻の美しさに邪な心を起こします。劉洪は仲間と共謀し、光蕊を殺して川に投げ捨て、彼の地位や身分証明書をすべて奪い取りました。そして、妊娠していた妻を脅して無理やり自分の妻にし、光蕊になりすまして江州の長官に就任してしまいます。

【奇跡の誕生と、川に流された赤子】

すべてを奪われた妻でしたが、お腹の子を守るため、恥を忍んで賊に従います。やがて生まれた男の子こそ、後の三蔵法師です。

夫の仇である劉洪がこの子も殺そうとしていることを知った彼女は、我が子を救うため、自分の指を噛み切ってその血で赤子の生い立ちや両親の名を布に書き記し、目印として赤子の足の小指を噛み切ると、その子を板に乗せて川に流しました。

【僧侶としての成長と、真実の発覚】

幸運にも、赤子は金山寺きんざんじというお寺の住職に拾われ、「江流こうりゅう」と名付けられ、大切に育てられます。そして18歳になった時、法名を「玄奘げんじょう」と授かり、立派な僧侶に成長しました。

ある日、出自のことで他の僧にからかわれた玄奘は、育ての親である住職に自分の両親について問いただし、初めて血染めの手紙を見せられて衝撃の真実を知ります。

【復讐と、奇跡の再会】

玄奘は、父の仇を討ち、母を救うことを決意。まず江州へ向かい、母と涙の再会を果たします。母の指示で、都にいる母方の祖父(総理大臣)に助けを求め、事の次第を知った祖父は激怒。皇帝の許可を得て軍隊を率い、江州に乗り込んで偽の長官・劉洪を捕らえます。

悪党を処刑し、父が殺された川辺で供養をしていると、奇跡が起こります。実は、昔父が助けた金色の鯉は、その川の龍王でした。恩義を感じていた龍王は、光蕊の遺体を水中で密かに保管しており、供養を機に魂を体に戻し、光蕊は生き返ります。

こうして、死んだはずの父、賊に囚われていた母、そして息子の玄奘は、18年の時を経て、奇跡的な家族の再会を果たしました。

【物語の結末】

しかし、物語はここで終わりません。母は、夫以外の男に従ってしまったことを潔しとせず、家族が再会した後、自ら命を絶ってしまいました。

壮絶な過去を背負った玄奘は、この経験を経て仏の道を深く志し、やがて人々を救う経典を求め、遥か天竺インドへの旅に出ることになるのです。

第九回「陳光蕊、任地で災難に遭い、江流僧、復讐し恩に報いる」に込められた、三蔵法師の人間性の形成、作者の時代へのまなざし、そして儒教思想がもたらした女性の悲劇について、深く解説したいと思います。

考察:悲涙の川はどこへ流れるか——三蔵法師の原風景と儒の呪縛

『西遊記』という壮大な神魔小説の中で、第九回は異彩を放つ一章である。天界や地獄、摩訶不思議な妖怪たちが跋扈する物語の本流から一時離れ、そこでは生々しい人間の愛憎、裏切り、そして復讐のドラマが繰り広げられる。これは、後の取経の旅で唯一の「人間」である三蔵法師こと玄奘の誕生秘話であり、彼の人間性を理解する上で欠かすことのできない、いわば彼の魂の原風景を描いた物語である。この一章を通して、作者が何を描き、何を憂い、そして何を告発しようとしたのか。当時の社会背景と、数千年にわたり人々を縛り続けた思想の功罪を織り交ぜながら論じたい。


第一部:苦難の揺りかごが育んだ、聖僧の慈悲と覚悟

三蔵法師の生涯は、祝福とは程遠い、血と涙の中から始まる。前途有望な状元であった父は、任地へ向かう途中で悪逆に殺され、母は夫の仇に辱められる。そして自らは、生後間もなく、一枚の板に乗せられ、生死も分からぬまま大河に流される。この「江流」という幼名こそ、彼の宿命そのものを象徴している。

この壮絶な出自は、彼のキャラクターに計り知れない深みを与えた。

 第一に、彼の深い慈悲心の源泉である。十八年間、彼は自らの出自を知らずに生きた。しかし、その苦難の旅路において、彼は常に他者の善意に救われている。赤子の彼を救い上げた法明和尚の慈悲、水底で父の亡骸を守った龍王の義侠心。理不尽な悪意に晒される一方で、この世には無償の善意もまた存在することを、彼はその身をもって知った。後の旅で、たとえ凶悪な妖怪に対してでさえ、性善説に立ち、教化の可能性を最後まで捨てない彼の姿は、この原体験なくしては生まれ得なかったであろう。彼は、苦しみを知る者だけが持ちうる、真の優しさをその魂に刻み込まれていたのだ。

 第二に、取経という大事業を成し遂げる不退転の意志である。彼は、物心ついた時から「父母の仇を討つ」という明確な目的を背負わされた。それは、個人の幸福を求める旅ではなく、失われた秩序と正義を取り戻すための、宿命的な闘いであった。この経験は、個人的な復讐心を、やがては天下万民を苦しみから救うという、より普遍的な目的へと昇華させる精神的な土台となった。十万八千里の旅路で、幾度となく死の淵に立たされ、弟子たちさえもが心を折りかける中、彼だけが最後まで目的を見失わなかったのは、この生い立ちによって培われた、揺るぎない精神的支柱があったからに他ならない。


第二部:作者の眼差しと、濁流の世への風刺

作者がこの物語を執筆した明代中後期は、表向きの経済的繁栄とは裏腹に、社会の矛盾が噴出していた時代である。官僚機構は腐敗し、賄賂が横行し、法は力ある者のために歪められた。善良な民は理不尽に搾取され、声を上げることさえままならなかった。


第九回の物語は、こうした社会の縮図である。船頭の劉洪という一介のならず者が、状元になりすまし、十数年もの間、江州の長官として権勢を振るう。この筋書きは、当時の人々にとって、決して絵空事ではなかっただろう。それは、官吏登用制度の形骸化と、地方における法の支配の崩壊に対する、痛烈な風刺である。陳光蕊という、徳も才も兼ね備えたエリートが、あっけなく暴力の前に倒れる姿は、正義や才能だけでは生き抜けぬ、無情な社会の現実を映し出している。


そして、この絶望的な状況を打破するのが、殷丞相が率いる「朝廷の軍」であり、水底の「龍王」であるという点も示唆に富む。これは、現実世界で救いを求める術を持たない民衆が、絶対的な権力(皇帝)や超自然的な力(神仏)による「勧善懲悪」の実現を、いかに渇望していたかを示している。物語の最後で悪党が惨殺されるカタルシスは、抑圧された人々の鬱屈した思いを、せめて物語の中でだけでも晴らしたいという、作者の切なる願いの表れであったろう。


第三部:「貞節」という名の呪縛と、声なき女性の悲劇

物語は、仇討ちが成り、死んだ夫も奇跡的に蘇生し、家族が再会するという、この上ない大団円を迎える。誰もが幸福な未来を信じたその時、作者は、まるで川に小石を投げ込むかのように、冷徹な一文を記す。


「後に、殷小姐は結局、自ら命を絶ちました。」


この一行は、現代の読者に大きな衝撃と違和感を与える。なぜ、すべての苦難から解放された彼女が、死を選ばなければならなかったのか。ここにこそ、作者が最も告発したかったであろう、数千年にわたり中華社会を支配してきた儒教思想の「毒」が凝縮されている。

当時の社会、特に朱子学によって観念的に強化された封建社会において、女性にとって最も重要な徳目は「貞節」であった。「餓死は小、失節は大(餓死するのは些細なことだが、貞節を失うことは重大なことだ)」という言葉に象徴されるように、貞操は命よりも重い価値を持つとされた。温嬌は、夫の仇である劉洪に従い、その妻として十数年を生きた。たとえそれが、お腹の子を守り、復讐の機会を窺うための、苦渋の選択であったとしても、その事実は彼女の体に「穢れ」として刻印されてしまったのである。

彼女の自害は、狂気でも絶望でもない。それは、彼女がその社会の価値観を忠実に内面化した結果、自らの「名誉」を回復するために選び取った、唯一の道であった。彼女の死によって、夫である陳光蕊の家門の名誉は守られ、息子である玄奘の出自の清らかさも保証される。彼女は、個人の幸福よりも、家父長制社会の秩序と体面を優先させ、自らを犠牲にしたのだ。


この「貞節」というイデオロギーは、民衆を統治するための、実に巧妙かつ残酷な手段であった。時の権力者たちは、女性の自己犠牲を「美徳」として称揚した。夫に殉死した妻や、貞節を守るために自害した女性は「烈女」として国家から表彰され、その栄誉を称える「貞節牌坊」という門が建てられた。これは、一見すると女性を称える行為のようだが、実態は「死こそが女性の最高の美徳である」という価値観を社会全体に刷り込み、他の女性たちに無言の圧力をかける、恐るべき精神的統治術であった。

 この思想は、個人の内面にまで深く浸透し、外部からの強制がなくとも、「自発的に」体制に従う人間を作り出す。物理的な暴力や法による支配よりも、はるかに効率的で根深い支配を可能にする。温嬌は、もはや劉洪という物理的な賊に囚われていたのではない。彼女は、「貞節」という、目に見えない、しかし何よりも強固な思想の牢獄に囚われていたのだ。彼女の悲劇は、一個人の物語ではなく、この巨大な思想統治システムの犠牲となった、数多の無名の女性たちの苦しみの象徴なのである。


結論として、『西遊記』第九回は、三蔵法師という偉大な聖僧の誕生を描くと同時に、その背後に横たわる、声なき人々の悲しみと、社会の理不尽さを鋭く告発した物語である。特に、殷温嬌の自害という結末は、家族の再会という幸福な光が強ければ強いほど、その影に潜む儒教的貞節観という名の闇の深さを際立たせる。

三蔵法師が遥か天竺に求めた「経」とは、単なる仏の教えではなかったのかもしれない。それは、父を殺し、母を死に追いやった、この世のあらゆる理不尽、不正義、そして人々を内面から縛り付ける思想の呪縛から、全ての魂を解き放つための、一条の光であったのではあるまいか。悲涙の川に流された彼の旅は、その川がもたらした悲劇の源流を断ち切るための、壮大な旅立ちの序曲だったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ