19・パンツ食ってる
しばらく、シュウの出番が無いです。あと、現代知識のうんちくも減ります。この話ではうんちくが出ますが。
バルザール王国の王城の一室に、多くの貴族が集まっていた。そのスクリーン形式の会議室の中の席の一つに、グレイスフル子爵は座っていた。
「グレイスフル子爵、噂は聞いたよ。何でも、兵士達にパン作りをさせているんだって?」
「ははは、余裕だな。素振りでもさせた方が良いのに、パン作りとはな」
「食料は大事だが、作らずに行く先々で奪った方が楽だと思うぞ」
会議が始まるまでに時間があったので他の貴族に挨拶をしに行ったグレイスフル子爵だったが、行く先々で「お前パン作ってるらしいな?」と言われたのだ。ちなみに、日本で「パン作ってる」と「パンツ食ってる」の言葉遊びが出来たのは、ホームベーカリーが販売され始めた昭和の末期、千九百八十七年以降の話である。実はそれ以前は日本以外にもホームベーカリーは存在しておらず、日本の会社がその時国内外に同時に販売を展開したのだ。それまではアメリカ等のパンが主食の国にもホームベーカリーは無かったのである。
さて、グレイスフル子爵が「お前パン作ってるらしいな?」と聞かれたのは理由がある。本当にパンを兵士達に作らせているからだ。戦争直前に兵士達にパンを作らせているのには理由がある。シュウの前世の知識由来の美味しいパンを毎日食べていたグレイスフル子爵領軍は、王都で売られているこの世界の一般的なパンを食べてこう思った。
「パンが食べたい」
パンを食べながらパンが食べたいと思うとは不思議な話だが、とにかくこう思ったのだ。このまま毎日王都のパンを食べていては兵士達の士気に関わると思ったグレイスフル子爵は、急遽シュウの前世の知識由来のパンのレシピを知っている兵士達を集めて、パンの製造を開始したのだ。
他の貴族達には馬鹿にされたが、それでも主食のパンが不味い事は看過できなかった。自分だけこの苦労をするならばともかく、連れて来た兵士達全員までもが苦労しているのであれば、解決しないという選択肢は無かった。
「それにしたって、ここまで言われるとはな……」
「ホンマ、貴族は恐ろしいな、キルトはん」
「私の名前はキルトマンだ。だが、恐ろしいのは同感だ。耳に入るのは嫌味な言葉ばかりだ。早く帰って娘に会いたい」
「分かるでー。ワイも地元に帰りたいわ」
「……なんてやる気のない事を言っていると、また誰かに嫌味な言葉を言われるのだろうな」
「息苦しくてやってられへんな」
隣席に座る同世代の貴族のアミュレット男爵と話しながら、グレイスフル子爵は遠い目をした。もう帰りたい。だが、帰れないのだ。少なくとも、この戦いで戦わずに帰れば家の取り潰しは免れない。
「そういえば、キルトはんは庶民であっても人が死ぬのを嫌がるとは聞いていたけど、徴兵がゼロとは思わなかったで」
「武功を立てたいなら兵士として迎え入れるが、その気がないなら危ない事はさせたくないな」
「他の貴族に聞かれたら笑われるで。庶民の命を気にしてどうするって言われるんやないか?」
「それでも、儂は嫌なのだよ。庶民であっても家族等の帰りを待つ人がいるのだからな」
「ワイみたいな元庶民でも、男爵とかの貴族になって権力を持つと、庶民を使い捨てるようになってしまう人がおるのに、キルトはんは偉いで」
「まあ、少なくともお主よりは偉いな。子爵だし」
「「わっはっは!」」
貴族には二種類いる。庶民を使い捨ての駒として扱う者と、人として扱う者だ。グレイスフル子爵とアミュレット男爵は後者である。基本的に、より出世したい者や生まれた時から貴族の者ほど前者になり、現状維持を望む者や元平民の貴族ほど後者となる。
「それにしたって無欲すぎるわ。普通、ちょっとは連れて行くのにな」
「普通より遥かに、儂は出世欲が無いのだ。現状維持さえ出来れば良い」
「ちょっとはやる気を見せないと怒られるでー」
「大丈夫だ。この戦争に参加すれば家の取り潰しはしないと約束してもらったからな」
「誰に?」
「国王陛下だ。おっと、噂をすれば……」
噂をすれば影が差す。その諺通り、この戦争の企画者であるバルザール王国の王が入室してきた。貴族達は一斉に席から立ち上がり、深く頭を下げる。
「苦しゅうない。表を上げよ」
無言で顔をあげて、貴族達は前を見る。バルザール八世。銀髪銀目の王が、堂々とした態度で舞台の上に立っていた。
「着席。ただいまより、ナウス帝国侵略戦争の会議を行う」
初回掲載日から一週間が経ちましたね。今後も応援よろしくお願いします。