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12・弓と鐙

「見た感じ、殆どがラミネーテッドボウかな?幾つかコンポジットボウやセルフボウもあるみたいだけれども」


 ラミネーテッドボウとは、複数の木材を組み合わせて作った弓の事である。竹は木ではないが、竹の層を張り合わせた伝統的な和弓もこの一種とされている。


 ちなみに竹と木の違いは形成層と呼ばれる組織があるかどうかである。竹には形成層がなくて、木にはある。その結果どの様に異なるかというと、竹は成長しても太くならないが、木は成長すると太くなるのだ。更に付け加えると、竹は草でもない。形成層を持たず、数年以内に枯れてしまう植物を草と呼ぶが、竹は種類によっては百年以上枯れずに地下茎を伸ばして繁殖するからである。そのため、竹は木でも草でもなく「竹笹類」として扱われる。


 コンポジットボウは複数の木材だけで作るラミネーテッドボウとは違い、動物の腱や骨、金属や木材等の様々な種類の素材を組み合わせて作る弓である。逆にセルフボウは一つの木材から作られた弓である。


 また、セルフボウは弓を引く側に向かって軽く湾曲する形或いはほぼ真っ直ぐの形をしているが、ラミネーテッドボウやコンポジットボウは弓を引く側とは逆方向に反り返った形をしている。弓を引く側とは逆方向に反り返った形をリカーブといい、これはより矢に多くのエネルギーを蓄えられるが、弓本体に大きな負担がかかる形状である。そのため、素材の耐久力が他二つよりも低いセルフボウはリカーブの形ではない。


「打つか?」

「いえ、他を見ます」


 弓の歴史は古い。前世では石器時代にセルフボウが最初に誕生して、そこから進化して紀元前には既にラミネーテッドボウやコンポジットボウが誕生していた。紀元前にはこの三種の弓は既に存在していたのだ。古代ローマ初期にそっくりなこの世界でもこの三種類の弓が存在しているのは全くおかしな話ではない。


「ここが、騎兵隊の訓練場だ」


 今度は騎兵、すなわち馬に乗って戦う兵士達の姿を見る。剣や弓と比べると訓練している人数がとても少なく、ほんの数人しかそこにはいなかった。


「とても少ないですね。馬がいないのですか?」

「馬はもう少しだけいるのだ。だが、乗りこなす事が難しくてな」

「そういうことでしたか」

「お主は馬に乗れるか?」

「自信ありません」


 乗馬する時は肩と腰と踵のラインを一直線にすればいいという話は聞いたことがあるが、それしか知識がない。馬に乗った経験はふれあい牧場での数回だけである。その少なすぎる知識と経験もそうだが、何よりも自信がない理由は鐙が無い事だ。


 鐙は前世では紀元前二世紀頃の古代インドがルーツとされており、ヨーロッパに鐙が普及したのは八世紀頃である。この世界ではまだ普及していないのか、それらしい物を装着している馬は見当たらなかった。


 鐙の有無の差は大きい。鐙が無ければ乗馬者は腿の力で踏ん張るしかないため、バランスを取りにくい。逆に鐙が有れば足の裏で踏ん張る事が出来るため、バランスが取りやすい。


「他に何か見たい物や聞きたい事があれば、遠慮なく申せ」

「ええと、今まで、戦場ではどのように戦っていましたか?」

「儂らの軍はまともな鎧が無かったから、身軽さを生かして大貴族の軍の側面を守る事を命じられる事が多かったな」

「その大貴族の軍って……」

「長い槍と大きな盾を持った重装兵が密集して突撃するんだ」


 ファランクスである。前世では紀元前七世紀頃のギリシャで誕生したこの密集陣形は、正面に対して高い攻撃力と防御力を発揮出来る。側面を突かれると弱いという弱点があるため、陣の左右に機動力に優れた騎兵を配置するという運用方法が一般的であった。グレイスフル子爵軍はファランクスの左右に配置される騎兵のような扱いをされていたらしい。


「他にも聞きたい事があれば申してみろ」

「では……」


 その後も、俺は質問を続けた。これはどうなのか。あれはあるのか。ここはどうなっているのか。


「よく分かりました。ありがとうございます」

「うむ。で、どうだ?この軍を強く出来そうか?」

「色々積み重ねれば、とても強く出来ると考えています」

「それは良かった。こちらも協力は惜しまぬから、必要な物があれば好きに申すがよい」

「ありがとうございます」

「頼むのはこちらだから、協力は当然だ。期待しているぞ。そうだ、あの鎧についての話がまだだったな。シュウよ、礼を言おう。褒美に何が欲しいか申してみろ」

「うーん……」


 欲しい物、と言われて俺は少し考える。この世界、報酬は物か土地か奴隷がこの世界では一般的である。金はそもそも貨幣が存在していないから無理な話だ。土地や奴隷を貰っても今の俺では管理出来ないので、物の方が良さそうであるが、この世界ではそもそも欲しい物が存在しない。単純に物のレベルが低すぎるのだ。俺が欲しい物はルシールが働いている工房の職人達に頼んで作ってもらえば充分であり、わざわざ報酬として何か物をもらう意味は薄い。


 それでも、この世界では価値がある以上、何かしらの物を貰うのは悪い選択肢ではないのだ。資金として受け取り、投資したり何か事業を始める選択肢が取れるし、そうでなくても普通に出来る事が増える。


「とりあえず腐らないから布か何かで……」


 お願いします、と言おうとしたタイミングで、俺はとある事を思いついた。資金は選択肢として悪くない。だが、悪くない止まりだ。一方、これは良い選択肢だと思う。なぜなら、前世の知識でどうにもならない分野なのだから。


 文字。前世の知識があってもどうにもならない、この世界の文字。それを教えてもらうのだ。この世界の文字は覚えておきたい。この世界の識字率は五パーセントもないし、俺の両親も文字を読めないくらいだが、それでもこの世界の文字を覚えれば出来る事は大きく広がるはずだ。


「やっぱり……」


 文字を教えてください、と言おうとして俺はまた口ごもった。文字を教えてもらう事はおそらく最良の選択肢だ。だがそれは、自分にとっては、である。


 普段お世話になっている両親に何かプレゼントの一つでも渡した方がよかったりするのではないか。ふと、そんな事を思ったのだ。貴族に褒められて、褒美を貰う。とてもめでたい事だ。だがそういった時こそ、普段お世話になっている家族に感謝を伝えるべきなのではないか?


「どっちにしよう……」

「悩んでいるのか?」

「はい。かくかくしかじかで……」

「ふむふむ……ならばその悩み解決させてやろう」

「え?」

「娘と共に文字を勉強する機会を与えるし、上等な布もたっぷり用意しよう」

「ふ、二つも褒美を頂いてよろしいのですか?」

「構わん。娘も共に学ぶ友人がいた方が張り合いがありそうだし、親に感謝したいと聞いて、儂はとても感心したのだ」

「ありがとうございます。両親には良い物を贈り、しっかりと学びたいと思います」


 少し驚いたが、俺はグレイスフル子爵の厚意に甘える事にした。軍の強化、文字の学習、プレゼントの選定。今日はこれからやる事が一気に増えた一日であった。

本格的な戦争というか、実際に戦う話は二十一話からです(書き溜めがそこまでいったので確定)。また明日も二話更新するつもりです。

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