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ミルワームのラジオ体操

ミルワームのラジオ体操


廃墟となった地下鉄の駅。

湿ったコンクリートの壁に、苔がじっとりと張り付いている。この薄暗い空間に、奇妙な音が響き渡っていた。


「いち、に、さん、し!」


ラジオ体操の音声だ。懐かしい、明るい女性の声。しかし、その声はひどく歪んでいて、まるで壊れたレコードプレイヤーから流れてくるようだ。

そして、その声に合わせて動く、おびただしい数の影。

それは、ミルワームだった。

無数のミルワームが、コンクリートの床に敷き詰められた新聞紙の上で、一斉に体を伸ばしたり縮めたりしている。彼らの小さな体が、ラジオ体操の動きに合わせて、波のようにうねる。

指揮をとっているのは、この駅に住みついたホームレスの老人、通称「博士」だ

彼は、ボロボロのコートを羽織り、錆びついた拡声器を片手に、真剣な顔でミルワームたちを指導している。


「腕を大きく回して!肩甲骨から動かすんだ!」


博士の言葉に、ミルワームたちはさらに活発に動き出した。腕はないが、その小さな体を必死に揺らし、まるで本当に腕を回しているかのように見えた。

私は、取材のためにこの廃駅に潜入したジャーナリストだ。博士がミルワームを訓練しているという噂を聞きつけ、この目で見たくてやってきた。

だが、実際に目の当たりにすると、それは想像をはるかに超えた光景だった。


「どうだね、君。彼らの見事な協調性を!」


博士は得意げに私に言った。


「彼らは単なる虫けらではない。規律を重んじ、目標に向かって努力する、素晴らしい生き物だ。私は彼らに、人間が忘れてしまった大切なものを教えているのだよ」


博士は、ミルワームたちにラジオ体操を教えることで、彼らの「社会性」を高めようとしていた。

孤独なミルワームをなくし、コミュニティを築かせることが彼の目的だという。


「ごしゅーごー!」


ラジオ体操が終わると、ミルワームたちは一斉に集まり、小さな山を作った。その山は、まるで一つの巨大な生命体のように脈動していた。

博士は、満足そうにその山を見つめた。

「彼らは、私の最高の生徒たちだ。このラジオ体操のおかげで、彼らは病気一つせず、とても健康に暮らしている」


私は博士に尋ねた。


「なぜ、ミルワームなんですか? もっと別の生き物でも良かったのでは?」


博士は、少し寂しそうな顔で答えた。


「昔、私は人間を相手に、いろいろな研究をしていた。だが、人間はすぐに裏切る。

規律を守らず、勝手な行動ばかりする。しかし、ミルワームは違う。彼らは私の言うことを忠実に聞く。彼らは、人間よりもずっと素直なのだよ」


博士は、かつては名の知れた昆虫学者だったという。しかし、彼の奇抜な研究は学会から異端視され、彼は追放された。そして、この地下鉄の駅に流れ着き、ミルワームたちと新しい社会を築くことを決意したのだ。

ミルワームたちのラジオ体操は、毎日続けられた。

彼らの動きは、日を追うごとに洗練されていった。やがて、彼らはラジオの音声がなくても、博士の掛け声だけで完璧に動くようになった。

ある日、私は博士に

「彼らに名前をつけないのですか?」と尋ねた。

博士は、少し考え込んだ後、言った。


「必要ない。彼らは皆、ミルワームだ。個を主張する必要はない。皆が全体の一部として、調和して生きている。それが、私が彼らに教えたことなのだから」


私は、この奇妙な光景を記事に書いた。

ミルワームのラジオ体操は、大きな話題となった。多くの人々が、博士の狂気を笑った。

しかし、私は、笑うことができなかった。

この薄暗い地下の駅で、博士とミルワームたちが築いた、完璧に調和した世界。

そこには、人間社会が失ってしまった、何か大切なものが隠されているように思えたのだ。

そして、私もまた、時々、あのラジオ体操の音声と、ミルワームたちの小さな体の動きを思い出す。

それは、忘れかけていた、規律と協調性という、人間の本質を思い出させてくれる、奇妙な光景だった。

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