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第四話

 俺は洞窟を目の前にして迷っていた。


 入るべきか、入らないべきか――。


 今までの出来事から、この森には人の力を超えた何かが存在することは認めざるを得ない。この洞窟にあるとされているほこらが、その何かの発生源と考えていいだろう。


 それならば、洞窟に入り、ミズチの呪いとやらをビデオカメラに収めてしまえばいいのではないかと俺は考えている。もし森の所有者が今の出来事に関与しておらず、リゾート開発を断念することになっても、あんな社員を働かせるだけ働かせてろくな給料を与えないブラック企業なんか辞めて、超常現象を捉えた衝撃映像を世に流してしまえば、それだけで金儲けができるような気がしてきた。


 しかしそれには大きな危険が伴う。吉田よしだ佐々木(ささき)は連れ去られ、橋本はしもとも行方不明だ。既に三人の命がなくなっていたとしても驚かない。俺は今まさにパンドラの箱を開けようとしているのだ。


 俺は気持ちと身体を整えようとする。特に汗だ。先程から汗がとめどなく流れて仕方がない。俺はタオルを取り出し、身体中の汗を拭う。それでもTシャツは汗で濡れているのでついでに着替えた。


 これで汗はかいていない状態にはなったが、今いる場所の環境は最悪だ。日が落ちてきて暑さは控えめになった一方で、湿度は明らかに高くなっている。これからまた汗をかくことになるに違いない。もう替えのTシャツは残っていない。


 とにかく喉が渇いた。俺はバッグを漁り飲み物を探す。するとペットボトルがあったので取り出してみた。昨日、あの孫娘からもらった水だ。バッグに入れたまま忘れていたようだ。


 えているどころか既に生温なまぬるいが、ないよりかは遥かマシだ。俺はキャップを開け、水を飲もうとする。


 ざらざら――。


 水と共に、黒い蛇が口の中へ流れ込む。


「あばばばぁばばばばっ」


 口を開けたまま、水を飲みこむことができず、そのまま下を向いて全てを吐き出す。実際に蛇が口の中に入った感触はなかったが、溺れるかと思った。


「くそがぁあああああ」


 俺はペットボトルを地面に叩きつける。中身の水はほとんど零れてしまった。もう水分補給することができないが、俺にとってはどうでもいい。


 既に黒い蛇は見えなくなったが、水に対する恐怖で俺は頭がおかしくなりそうだった。


 水から黒蛇が現れる。


 汗をかけば、自分の身体に黒い蛇が這いずり回る。


 これから段々湿気が強くなり、その水分を通して黒い蛇がうごめきだす。


 とにかく外にいれば水から避けられない。洞窟の中に入れば、涼しく過ごせて汗をかかなくて済むのではないか。洞窟の中には蛇の神のほこらがあるとはいえ、水がなければ怖くないはずだ。


 きっと佐々木(ささき)も大量の汗をかいていたからミズチに狙われただけだ。汗を拭き、水を持っていなければ問題ない。


 しかしその推理が外れていたら、俺はやはり呪われるかもしれない。そう考えると洞窟に侵入することはやはりハイリスクハイリターンな賭けだ。


「うわああぁぁぁ」


 そこで洞窟の中から橋本はしもとの叫び声がした。それが俺の迷いを消した。俺は洞窟への入る。通路は人間二人くらいなら難なく通れる幅だ。一分も走らない内にその通路を抜け出した。出入口のすぐ傍の壁にスイッチがあったので押してみる。するといくつもの電灯が点いた。あまり強い光ではないが、周囲の状況を把握するには十分だ。


 かなり広い空間だ。一般的な学校の体育館くらいはあるだろう。天井も同様に高い。


 そして出入口から少し離れたところの壁際で橋本はしもとが倒れていた。


「おい、橋本はしもと。大丈夫か?」


 俺はすぐに駆け寄り、橋本はしもとの様子を見る。気絶しているようだが息はある。とりあえずは生きているようだ。


「来たか。愚か者が」


 洞窟の中心から声がした。そこには成人男性くらいの高さのほこらがある。その後ろから白装束の少女が姿を現した。


「立ち去れと言ったはずだ。もう呪いは止まらないぞ」


 俺は周囲を見回す。この空間はかなり開けていて、身を隠せるようなものはほこらくらいしかない。そのほこらもさっきまで白装束の少女が隠れていたので、他に誰かが隠れていることもなさそうだ。


 それとやはりかなり涼しい。むしろえていると言っても過言ではない。汗をかく心配はなさそうだ。喉の渇きも和らいでいる。念のため橋本はしもとからは距離を取った。


「何が呪いだ。所有者のジジイの企みだろ。証拠は撮ってるんだ。これを週刊誌に売れば、お前らは終わりだぞ」


 橋本はしもとが倒れているところ、そしてその現場に白装束の少女がいるところは既に録画している。もういたずらでは済まされないことをこいつらはやっているのだ。


 しかし白装束の少女はまったく動じる素振そぶりを見せない。


「貴様は何を言っているのだ? ミズチの呪いにそんな俗世の物事は関係ない。もうすぐミズチが現れる。後悔しても、もう遅い」

「ミズチの呪いってか……。仮にそんなものがあったとしても、ここには水がない。おれも汗をかいてない。だったら呪いなんて怖くねぇ」


 水がなければ何も怖くない。そこにいるのは巫女の幽霊ごっこをしている痛いガキだけだ。


 しかし白装束の少女は首を傾げる。最初、俺は俺の推理が間違っていたのかと思った。水をかいして現れる呪いなのだと――。


 ――――ぴと。


 俺の肩に何かがれる。何かは分かっているが、俺は認めたくなかった。


 ――――ぴと。


 ――――――――ぴと。 


 俺は馬鹿だった。ここは洞窟だ。確かに外より涼しくて、ひんやりとしているが、湿度は外と変わらず高い。そして俺は周囲は見たものの、天井を注意深く見ていなかった。


 白装束の少女が嘲笑あざわらいながら言う。


「水ならそこらじゅうにあるではないか」


 天井から水滴が落ちていた。俺がそれを認識した瞬間、既に肩に落ちた水滴がそのまましがみついた。


 頭に落ちてきた水滴が髪の中で絡まる。


 腕に巻きつき、


 背中を這い回り、


 顔に、眼球に、唇に、鼻孔に、まつ毛に散らばった。


「う……あ……」


 俺は声を上げることができずにそのまま立ちすくむ。身体中が無数の蛇に縛られたような感覚に襲われている。


 白装束の少女がこちらに歩み寄ってきた。手には蓋の開いた一升瓶があり、水が入っている。


 ざらざら――。


 いや、その中身は無数の黒い蛇だった。


「あ…………あう…………」


 俺は狂うこともできずに、白装束の少女が自分の目の前に来るのを見過ごすことしかできない。


 白装束の少女は一升瓶を俺の頭まで掲げると、中身をかけるようにそれを傾けた。


「蛇神様はどこにでもいらっしゃる。逃げられると思わないことだ」


 黒い呪いを頭から全身に浴び、俺は意識を失った。

 

 ※


 目を覚ますと、そこは病室だった。俺はベッドで寝かされて点滴を受けている。身体を起こして周りを見てみる。四人部屋の病室ようで、佐々木(ささき)吉田よしだ橋本はしもとも同じようにベッドで寝ていた。


 後で医師に聞いたところ、俺達は例の森を出たところの道路で寝かされていたとのことだ。誰かが救急車を呼んだらしい。通報者は救急車が到着する前にその場を去ったようだった。


 ビデオカメラを確認すると、ハードディスクとメモリーカードは抜き取られており、黒い蛇や白装束の少女を捉えた映像は残されていなかった。


 きっと通報者は森の所有者かその孫娘で、証拠隠滅のためにビデオカメラからデータを消したと考えらえるが、その証拠は一切ない。むしろ所有者や孫娘、その仲間と思われる配信者風の男や白装束の少女がいなかったら、俺達は全員、森の中で息絶えていただろう。もしかしたらあの連中はミズチの呪いから俺達を救ってくれただけなのかもしれない。


 俺はもうあの森に関わろうとは思わない。クソみたいなブラック企業も辞める。給料が安くてもいいからもっとまともな仕事に就くつもりだ。


 贅沢な願いだが、できるだけ汗をかかないような仕事がいい。

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