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目が覚めると、僕は真っ白な空間にただ一人突っ立っていた。


今ここにあるのは僕の姿と閉じた傘のみ。


なぜ僕はここに来たんだっけ?


思い出そうと頭の中を駆け巡る。


と、なんだか思い出さない方が良さそうな気がしてきて辞めた。


傘はどうしてここにあるんだろうか。


僕に何か関係でもあるんだろうか。


それとも


「開いて欲しいのかな...」


ぽつりと声を零す。


僕の声は木霊すること無く、床に落ちる。


僕は傘を手に取り、差した。


雨も雪も何も降っていないのに、


僕は傘を開いた。


途端、傘からは " 夏 " が溢れ出した。


向日葵や入道雲。


蝉の声や青空。


スイカやラムネ。


夏を代表するものばかりが溢れ出した。


「嫌だ...見たくない...」


それと同時に僕も1つ思い出した。








===




あの夏の日、


蝉がうるさいという程に鳴いていた日。


弟との " 夏 " とスーパーでラムネを買って公園で飲もうと約束して。


それでスーパーから公園へ向かっている最中のこと。


僕と夏は景色に見とれていた。


視界に入りきらないほどに広がる青空に大きな入道雲があって。


その入道雲の中を飛行機が通っていて。


飛行機雲が出来る瞬間をただ2人で見ながら歩いていた。


ただそれだけでも楽しい時間だった。


だが、そんな僕らは背後から近寄る車に気づいていなかった。


そして最悪なことに弟の夏は車に轢かれ、


亡くなった。


「あの時、僕が車道側を歩いていれば...」


「あの時、見とれてなんかいなければ...」


何度も何度もそう後悔した。


何度後悔しても弟は帰ってこない。


そんな僕は弟を亡くした夏を大嫌いになった。






あの時の景色を思い出したくなかった。


弟の名前すらも聞きたくなかった。


そう思った僕は夏の間だけ寝て過ごしてしまおうと思ったんだ。


春が終わったら眠り、秋になったら起きよう。


そう考えて僕は眠りに落ちたんだった。




===






そうして気づいたら僕はこの真っ白な世界で傘と共に居た。


未だに傘から溢れ出す夏の景色たち。


見たくもないのにそれは徐々に白い世界を夏の景色へと染めていく。


「お願いだからやめて...」


そう声を漏らすも、蝉の声に遮られる。


傘を閉じれば夏の溢れ出しも止まるだろうか。


そう思ったが、


傘が夏の太陽を遮っている今、


それが無くなる方が嫌だった。


そんな時、背後から声が聞こえた。


「兄ちゃん」


「陸空兄ちゃん」


と。


弟、夏の声だった。


あぁ、やっぱり夏は生きてたんだ。


夏が亡くなったのは全部夢だったんだ。


そう安堵して声のした方を振り返る。


「夏...!」


そう嬉しげな声を出しながら。


だが、目に映ったのは僕を現実へと引き戻す姿。


弟の夏の足は透けていた。


「兄ちゃん、にゅーどーぐも!」


夏はそんな俺に構わず、そ傘から溢れ出している入道雲を指差した。


あの日と同じように。


「兄ちゃん、なんで泣いてるの?」


そう言いながら夏は僕に触れる。


「やめろ!!」


そう言い、俺はたった一人の世界で1番大切な弟を振り払った。


気づいた時にはもう遅い。


「兄ちゃん...?僕、なんか悪いことしちゃった...?」


と今にも泣きそうな目で見つめてくる弟の姿があった。


「ごめ───」


謝ろうと思ったが、すぐ止める。


『本当にこれは夏だろうか?』そんな疑問が頭に浮かんだから。


「兄ちゃん、自分を責めないで」


「兄ちゃんには夏が必要だよ」


「僕の名前の夏じゃなくて四季の夏が」


「何も知らないくせに...」


弟相手にそんな声が漏れ出てしまう。


「僕、兄ちゃんが夏の景色に反射するのを見るのが好きだった」


「兄ちゃん言ってたじゃん...」


「『俺は季節の中で1番夏が好きだ』って」


言ってない...


俺はそんなこと言ってない...!!


いや、この気持ちを認めなくないだけか...


「兄ちゃんは夏が嫌いなの?」


「嫌いに " なった " んじゃなくて元々、嫌い " だった " の?」


あぁ、無理だ。


弟には敵わない。


俺の全てを見透かされているようで。


「...俺は、夏が好きだ」


「季節の方の夏が大好きだよ...」


「だけど夏が亡くなったから────」


「僕のせいで兄ちゃんの『好き』を奪ってごめんなさい」


上に被せられた弟の声に『そんなことない』と声を出そうとするも、会話に隙間は無い。


「でも、それでも、僕は兄ちゃんが夏を好いたままでいて欲しかった」


切なげに笑いながら夏はそう言う。


それが、


その顔が、


僕の胸を締め付けた。


息が出来なくなるかのように締め付けてきた。


俺は夏のこんな顔を見たかったわけじゃない。


なのに俺は今、こんな顔をさせてしまっている。


どれだけ俺は情けない兄なのだろうか。


「そういえば兄ちゃん、気づいてる?」


「え?」


急にそんなことを言われ、疑問の声が漏れる。


「兄ちゃんが僕のことを思い出す前は『僕』だったのに今は『俺』になってること!」


「兄ちゃんは変わらないね」


そんなことを言われ、


俺の瞳からはぼろぼろと涙が溢れ出した。


子供のように声を上げながらひたすら泣いた。


そんな俺が先程まで差していた傘は、


いつの間にか遠くの地面に落ちていた。


いつ、手を離したのか分からない。


そんなことを考えながらわんわんと泣く俺を夏は俺の頭を撫でていた。


小さな体で。


小さな手で。


優しく撫でていた。












気づくと俺は自分の家の和室で寝転がっていた。


しかも涙を流しながら。


目が覚めて最初に映ったのは夏の景色。


この前まで嫌で嫌でたまらなかった景色が、


今は綺麗だと思えてきていた。


大きい入道雲。


夏を象徴する雲。


俺の目の端には元気に笑う夏の姿が写った写真が飾られた仏壇があった。


「夏、入道雲だよ」


そう俺は入道雲を指差しながら言った。


夏を失ったあの日のように。

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