秋の出頭
秋の失踪シリーズ作品第三話になります。
失踪した秋、とうとう姿を現す!
今日は平和だ。夕飯を探してくれという依頼もないし、呪いを爆発させたから畳んでくれという依頼もない。穴に吸い込まれたというような難しい事件も起こっていない。
――あー。平和。平和が第一だわ。
西地区警備署署員が本日の日誌を書いている。机の脇には本日のおやつのおにぎり二個と丁寧に入れたお茶。時間にも仕事にも余裕があると、おやつが捗る事この上なしだった。
今日は秋晴れで、署のエアコンをつけなくても良いほど涼しい。昼のニュースでも、気温が三十度を下回っていると話していた。秋分も過ぎて昼間が短くなっているのも、涼しくなって来た理由の一つだろう。さっき、正午を跨いだというのに、今はもうこんなに日が傾いている。
秋が失踪したからといって、夏が捜索依頼を出してからそろそろ二か月。秋っぽいことでことを収めたのはいいものの、依頼人の夏としてはあまり思った通りの結果ではなかったらしい。猛暑日は続いているが……。
「そう言えば、秋、見つかったのかしら」
まあ、涼しくもなって来たし、四季の間で自己解決したのかもしれない。このまま、上手く季節が変わってくれれば何の問題もない。そう思って、日誌の続きを書こうとしていた時。
ピンポン。
カウンターでチャイムが鳴った。涼しい風と共に金木犀の香りが中に漂う。
――。
「だーかーらー、誘拐してきたんじゃなくて、勝手にこの子が付いてきたんだってば!」
心外だな、と男が怒っている。カウンターに寄りかかりながら食ってかかるその姿は派手な髪に革ジャン。ジャラジャラと金属の装飾を付けて、背中にはギター――見た所ミュージシャンのようである。少女を伴って警備署にやってきたわけだが、どこのライブハウスから拐かしてきたのだろうか?
「誘拐してきたわけではないと?」
「そうだよ! 何でこんなガキ連れまわさないといけないんだ!!」
「そういって、あなた、ファンの女の子にキャーキャー言われる仕事なんじゃないの?」
「それはそれ、これはこれ!!」
苦虫を噛み潰したような顔のギタリスト。その脇にはブロンドに髪を染めたギャルが不貞腐れながら立っていた。男の黒いレザージャケットの裾を握り、署員を見てにらむ。
「どこから連れてきたんですか」
「だから、連れてきてないって――、ほら、君。ここは警備署だからお別れだよ。このおねーちゃんは怖いけど、頼りになるおねーちゃんだからね」
「あたし、別に警備署に来たかったわけじゃないし。それより、どっか遊びにいこーよ。あなた、音楽の秋を感じる」
ミュージシャンのことが気に入ったらしい――無理もない。若い女の子から見たら確かにイケメンである。少女は上着の裾を離さない。まいったなーと、頭を抱える青年。
本当に、どこの子供なのか見当もつかないらしい。
「あなた、お名前は? 音楽の秋を感じるってどういうこと?」
署員が少女に聞いた。本日の午後は、この少女の正体を探ることになりそうだ。
「わたし、秋っていうの」
家出少女ってわけ。そう言って、少女は頬を膨らませた。
***
これからライブの練習があるというギタリストを帰し、ふくれっ面をする秋を促し、署内で事情を聞く。
――夏が見えない存在だったから、てっきり秋も姿がないのだとおもっていたけど……。
目の前で秋は出された紅茶を啜っている。猫舌らしく、そーっとカップを口に運ぶ姿は子供のそれである。人間の摂取するものを口にする。どうやら実体があるようだ。
本当に、この街は不思議な街だこと……そう思いながら、署員は切り出した。
「家出少女さん」
「ん」
「あなたのことを夏が探していたのだけど、報告していいかしら?」
「やだやだ。絶対。だって、あの人、全然風流じゃないんだもん」
今年だって、コントロール適当だったでしょ? あれ本当に良くない。せっかく、夏にはいろんな行事があるのにさあ、夏ったらあっつくしすぎて全然なんだもん。そのせいで、人間の皆、体調崩したり、ずっと家の中にいたりさあ。
「人間は頑張ってめっちゃ暑い中でも季節を感じようとして頑張ってたのに……。夏はもっとちゃんと仕事しなくちゃ駄目だよ」
「それが目に余ったから、こうして戻ってきたの?」
「!」
「今年の夏の横暴。季節の移ろいを楽しみたいあなたにとっては堪ったものじゃなかったでしょうね」
「話がわかるじゃん」
ギャルから信用を得たらしい。派手な容姿をした少女がつらつらと今年の顛末に付いて話す。
昨年、体調を崩した秋は夏に延長してもらって、出番を短くしてもらった。そのよしみで今年も季節について話をしていたら、お互いの季節の行事の多さに付いて喧嘩になってしまった。夏は多い。秋は少ない。
むきになって今年の秋は家出をしてしまったらしい。
「夏ったら、芸術の秋と音楽の秋と美術の秋はまとめて芸術だから、秋には運動と芸術と食欲しかないっていうんだよ? 酷くない?」
イベントなんてハロウィンと紅葉をひとまとめにしちゃうしさあ。
「しかも、秋の色はオレンジ一色だなんて笑うんだ。私は夏は青一色だなんて思ったことないのに。夏には夏の青、秋には秋の青。夏には夏のオレンジ、秋には秋のオレンジがちゃんとあるの」
「夏のオレンジ?」
「うん」
秋が家出中に体験した夏を話してくれた。フルーツ狩りに行った際にはさくらんぼと桃の皮の表面にあるグラデーションのオレンジにいたく感動したらしい。暑くて火照る海屋さんの頬。ナミマガシワのオレンジの光沢。学生がこっそり塗ってるペディキュアの模様。それから、お弁当の中にあったたこさんウィンナー。
「たこさんウィンナーは秋の運動会のお弁当でもありそうね」
「季節はグラデだからいーんだよ!」
ひとしきり夏談義をして、秋が立ち上がった。
「そろそろ帰ってあげようかなー」
その表情は満足そうだった。これなら、今年の秋は穏やかに過ぎるに違いない。
「いろいろ話してくれてありがとう」
「んーん。お姉さんは食欲の秋を感じるから」
ギャルが笑った。
――この娘、本物の秋なんだ。
姿は人間の形をしていても、特区の怪異。
ミュージシャンから音楽を、そして大食らいの署員から食欲の秋をちゃんと受け取ったのだから。