新春! 初笑いをとりもどせ!
正月から笑いが消えた!果たして、遺失物課は笑いを取り戻すことができるのか!?
令和日本に似た箱庭世界、幻想怪異発生特別区――通称「特区」。その治安を守る西地区警備署は正月から奇怪な事件に巻き込まれる――。
「なんか、いばら先輩、感じ悪くないですか?」
「そんなことないわよ」
失礼ね……と後輩の佐藤署員を見たベテランの職員の眉間には皺が寄っていた。目つきは鋭い。普段まとっているのんびりとした空気はなく、カタカタと鳴っている貧乏ゆすりがひたすら余裕のなさを後輩に感じさせた。
ぎろりと睨みつけられた佐藤署員はひるみつつ、先輩に食い下がる。
「ほら~。怒ってますよね? 私、何かしました?」
「……」
いばら先輩と呼ばれた署員が額の間を揉んだ。自分は後輩を不安にするような態度をとっているのだろうか。いや、そんなことよりも、この後輩、自分に喧嘩を売っているんじゃないのか……? 不安と不快がよぎるがここは職場。冷静に受け流さなければ、といばら署員は言葉を返さないことに決めた。
「何、言ってんだよ佐藤署員。いばら先輩が困ってんだろーが」
黙ったベテラン署員の代わりに、別の若い男性署員が乱暴に言葉を発する。こちらも持ったペンの頭をカチカチとしきりにノックしていた。まるで、ほかの署員を威嚇するように。
チクチク言葉が飛び交う署内は険悪なムードが充満している。
まだ正月連休のさなか。大きな事件の発生はなく、特区内の時間は穏やかに過ぎていた。しかし、ひとたび事件が起こった際に重要視されるのはチームワークである。果たして、今のチームで協力して事件解決に至れるのか。不安な空気が漂っていた。
「どうしたんだ。熱田君、人相が悪いぞ!」
見かねた署長が署員たちに注意を促す。しかし、その目には他人を見下したような暗い光が灯っている。日頃の屈託のない笑顔は見る影もない。
反抗するように、熱田と呼ばれた男性署員も署長を睨んだ。
「……」
「……」
ぎすぎすとした不穏な空気が漂う中、ベテランのいばら署員が口を開く。
「どうやら、『笑い』が行方不明になったようね――」
西地区警備署の遺失物課には毎日のように届け出が発生する。ランドセルの中で消えた弁当箱の在りかや、夕飯の献立、急に消えたくしゃみの行方など、軽重さまざま、事件性があるものならばなんでも飛び込んでくるのだった。そして、そのすべてを受理して解決するのが遺失物課の仕事である。
今回の事件はどうやら、署内で起こっているようだ。
「笑いが行方不明になったって、どういうことですか?」
「その名の通りよ。頭を使ってみなさいな」
佐藤署員が先輩署員にぶっきらぼうに聞き、いばら署員も乱暴な言葉遣いで返した。後輩署員はむっとした顔をしながらも、自分で状況を整理し始める。
「正月から、笑いが消えた。だから、私たちも笑顔がなくて、ぎすぎすしている。……どこに行ったんでしょうか『笑い』。探さなくちゃいけないことは確かですね! ……っと、カウンターに依頼人が来てます」
笑いは特区中から消えてしまったらしい。西地区の住人たちが警備署のカウンターに集まり始めていた。一様に顔は暗く、噛みつくような視線を署員に向けている。開口一番、住人の口から出てきたのは警備署への文句だった。
「どうにかしてくれよ! この正月からよぉ!」
「すみません。これから捜索を始めます」
「親戚中、怒っちゃって。子供も泣いたりしているんですよ!」
「すみません……」
「初動が遅いんじゃないの?」
住人は普段よりもとげとげしい。これも笑いが消えたからだろうか。確かに、自分もこんな風に他人に接している気がする……。そう思うと、佐藤署員は悲しくなってきた。
「とにかく、特区内全域を探してみます。必ず、お正月に笑いを取り戻してみますから……!」
――。
テレビの中のお笑い番組。福笑い。七福神の布袋さんの顔。すべてから『笑い』が消えていた。それどころか、書き初めの『初笑い』という一言の中でも『笑い』が消失していたのである。お怒り番組、福泣き、鬼のような顔の布袋さん。そして、『笑終』という文字。笑いの消えた正月は暗い。
外を捜してきたらしい、熱田署員もむかむかと怒りながら帰ってきた。
「ダメですね! しかも、外の通りのみんなもぎすぎすしてて。このままだと事件が起こりますよ」
事件が起こる前に、我々で笑いを取り戻さないと……、と佐藤署員が表情暗くつぶやく。
「もういいんじゃないですか? 今日は無理ですよ。署内もこんな感じだし、住人の皆さんには怒られるし、」
熱田署員が投げやりに言った。普段のまじめで暑苦しい性格の彼からは考えられない不真面目な勤務態度に、署長もやや大きな声が出る。
「そんな言い方はないだろう! 我々は全力を出さないと!」
「わかってますよ、そんなこと!!」
二人のやり取りにびくっと身体を震わせた佐藤署員だが、絞り出すように、やめてください! と声を上げた。
「いい加減にしてください! 喧嘩もやめて! 私たちはそんなことをするために警備署員になったわけじゃないんですよ!!」
いつものにこにことした佐藤署員からは考えられない怒りの悲鳴。その顔には鬼の形相が乗っている。
「そんな、大声出さなくていいわよ……」
いばら署員がうんざりした様子でなだめるものの、佐藤署員の言葉は止まらない。
「先輩は黙っててください!」
佐藤署員が全員ににらみを利かせる。一触即発の署内。
「いいですか、私は署の皆さんと喧嘩をするために、警備署員になったわけじゃないんですよ」
佐藤署員も怒っていたが、そのけんか腰の態度にほかの職員も怒り始めた。お互いに立ち上がって、つかみかかりそうな勢いである。
「皆さんには笑ってもらいます」
「はあ?」
佐藤署員の顔は真剣そのものだった。どうやら、ここにいる人間を笑わせて、笑いを取り戻そうとしているらしい。
「私は! 特区の皆さんの! 笑顔を守るためにここにいるんです!!」
啖呵を切った佐藤署員。次の瞬間、彼女は署員たちの前で変顔を披露していた。
「……」
署内の時が止まる。
――笑え!
佐藤署員が心の中で念じる。これが自分にできる、今の精一杯の笑いである、と。
真っ先に声を上げたのは熱田署員だった。
「ぶっ、佐藤さん、何、ふはっ! 顔! 顔すごいですよ! あははっ!」
つられて、署長が噴き出し、署内に笑顔が広がり始める。熱田署員の明るい声を皮切りに、次第に和気あいあいとした空気が広がっていく。
変顔をキメた佐藤署員も自分で笑い始めていた。
「いばら先輩は笑ってくれないんですか?」
笑いすぎて涙を浮かべた佐藤署員が、先輩署員に向かって笑顔で話しかける。
「私はもともとこの顔なのよ……」
大声では笑わなかったものの、いばら署員の眉は穏やかそうに下がっていた。




