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百舌鳥の墓標  作者: 勝 ・ 仁
9/10

第九話 百舌鳥の早贄



今、東の空は、夜が西に向かって逃げ始めている最中だった。

あと、一刻もしない内に光の王が顔をのぞかせ始めるだろう。


「えらく立派な住居じゃのう」

「ああ、世間一般で言う、タワマンってやつだ」

「高いのか?」

「とても中小企業の課長ごときが買える代物じゃねえよ」

「ほお」

「お前、もう少し世間の事を学んだ方が良いぞ、次の奴のためにもな」

「そうしよう・・・・・・・・直ぐ必要になるかも知れんしのぉ」

「何か言ったか?」

「気のせいじゃ」

「しかし、便利だな」


川田のマンションから車で移動した俺達は、金山のマンション近くにある、コイン

パーキングに車を止めてから、直接リビングに飛んだが、そう言えば土足だった。

足許灯だけの薄暗い床は、思いの他、足音が響く。

どっかりと腰を下ろしたソファーの前には、祝杯でもあげたのか、高そうなワイン

やブランデーの瓶があった。

だいぶ遅くまで飲んでいたのか、タンブラーの氷は殆んど溶けていない。


「さすがに目が覚めたみたいだな」


寝室から、わずかに布ずれの音と会話が聞こえる。


「まあ、座ってゆっくり待つとしようか」

「どれ、わしは後ろに立って危険人物の演出?とやらをしようかの」

「おっ気が利くねぇ」

「そうじゃろう、わしも結構学んでおるのじゃぞ」

「・・・・・・ガチの危険物だけどな」

「気にするで無いわ」


つぶやく様な会話が聞こえて来たが、恐らく金山と美紀だろう。

内容は娘が早起きして、悪戯でもしてるんじゃないかと言ったものだが、どうやら

娘は別の部屋に寝かされているらしい。


「ふむ、あの部屋じゃな」

「さすがに見せたく無いな、何とかなるか?」

「あ~、ほれ、これで戸は開かんし、音も聞こえん」

「例の次元をずらすやつか?音まで止めるのかよ」

「当然じゃな、ついでに玄関もずらしておいたから逃げられる心配は無いぞ」

「・・・・殆んど万能じゃないか」

「時間は操れんぞ」

「時間だけかよ・・・・・・」


そんなやり取りをしていると、寝室のドアを開けた女が、リビングの灯りを点けた

途端に悲鳴を上げた。

そして、その後ろでは一人の男が目を見開いていた。


「きゃ――――っ!ど、泥棒――――!」

「・・・・・お前・・・・・」

「嫁のくせに亭主の顔も忘れたのか?隣のクズは直ぐに判ったのになあ」

「・・・・・岩村・・・・・」

「えっ、嘘!、何で、ここにいるのよ!」


美紀は俺がここに、自分の目の前に居るのが気に喰わないのだろう、不機嫌な表情

を隠しもしないが、金山は違った。


「どうやって、ここに入って来た、岩村」

「他人の名前を呼ぶのなら、様ぐらい付けろよ、金山」

「き、貴様・・・」

「あんた!金山さんに失礼でしょ!」

「失礼?失礼なのは、金山を自称する、こいつの方だと思うがなあ」

「自称?何言ってんのあなた・・」

「本当の金山陽介さんは、ダムの底にいるものなあ、ねえ、朴君」


本当の金山陽介は、九州のとある政令指定都市で育った、ごく普通の青年だったが

彼が十九歳の時に両親が交通事故で他界、兄弟も近しい親戚も居なかった。

だから彼らに目を付けられ、殺され、戸籍を乗っ取られた。

死体は過去一度も干上がった事の無い、古い発電ダムに沈んでいる。


「・・・・まさか公安・・」

「残念、外れだ」

「なら、なんだと・・」

「俺はお前らが、騙して裏切って捨てた、ただの(鬼)さ、」


こいつは、あの倉庫に居る三人と違って、戦闘はどうも不得手の様で、今、必死に

どう、この場を切り抜けようかと考えているのが手に取る様にわかる。

そんな事、許す訳が無い。


「ふざけるな!いや、そうか、お前、陸幕2部か・・・」

「誤解するのは勝手だが、お前の未来は変わらんぞ」

「取引をしよう、お前らの欲しい情報を、俺は提供できる」

「言っておくが、倉庫にあるキャンピングカーと3人の工作員は確保済みだぞ」

「そんな馬鹿な!」

「色々、細工したからな、夕方までには警察が大挙して訪問してくるだろうよ」

「嘘だろ・・・・・・・・判った、抵抗はしない」


あの倉庫は破壊力満点の爆弾、金山にとっては切り札だった。

もっとも、あれ一つでネタ切れだから、それが無くなった今、すぐに交渉を諦めた

のだろうが、そんな事など俺には関係無い。

そこに状況が飲み込めない美紀が割り込んで来た。


「か、金山さん、いったい、どうしたのよ・・・・」

「み、美紀・・・」

「朴なんだが、もう金山でいいや、彼は今から俺に復讐されて泣き叫ぶのさ」

「お前!何を聞いていたんだ!抵抗はしないといっただろ!」

「お前こそ、何を聞いていた、俺は(鬼)だと言っただろが」


言い終わると同時にローテーブルの上にあった果物ナイフを金山の右膝めがけて投

げつけた。


「ぎゃああああ」


悲鳴と同時に金山はその場にうずくまった。

綺麗に関節の隙間に刺さった様で、今は激痛に襲われているが、行動の自由を奪う

なら、もう一方にも損傷を与えるべきだろう。


「あなた、いったいなにを・・・」


困惑する美紀を横に見ながら、痛みに蹲っている金山の膝裏にアイスピックを突き

刺した。


「うぎゃああぁぁぁぁ;@%:&;@\¥;」

「ほうら、こんな所刺された事が無いから、新鮮な痛みだろう」

「ゆ、ゆ、ゆるし、ぐがぁぁぁァァ」


引き抜いたアイスピックを今度は股間に突き刺したが、睾丸は簡単に貫通した。


「う~ん、一個だけだったか、残念!再チャレンジだな」

「ふぎゃぁぁぁぁぁぎいぃぃぃぃぃ」

「ああもう邪魔すんなよ、そうだ腕も潰せばいい、ええと肩の関節のここだな」

「ぎひいぃぃぃ、いだ、いだい、いだいよおぉ」

「良い大人が泣くなよ」

「だ、だずげでぐだざぃぃ」

「そんな、金山さんが、なぜ・・・」


今まで絶対強者だった金山が、鼻水を垂らしながら必死に命乞いする姿に、美紀は

衝撃を受けていた。

それも今まで散々馬鹿にして見下していた相手にだ。

勇猛だと思っていた獅子が、今、野兎相手に一方的に嬲られている、その逆転して

しまった認識に混乱していた。


「あらら、お前の大好きな課長様が漏らしちゃったみたいだぜ」

「えっ、嘘・・でしょ・・・」

「不思議か?純粋な暴力では、こいつは絶対に俺に勝てない」

「なら、この人は、ええと、あ、あれ?」


自分の価値観を一方敵に破壊した相手は、自分が一方的に捨てた相手だ。

どうしても人物像が重ならなかった。


「ああ、もう訳わかんない!」

「なら、本人に聞けば良いだけだ、おい」

「は”い”ぃ、い”ばぶだざまぁ、な”んでも”じま”ずぅ」


涙と鼻水は、どうやら枯れると言う事は無いらしく、いくら待っても終わりそうに

無かったので、元栓を止めてみようかと、顔面に拳を叩き込んでみた。


「いい加減泣き止めよ、いい大人が」

「は”い、は・・い、はい」

「まず、どうやって美紀を洗脳したか答えて貰おうか」

「えっ、洗脳?」

「うう、あの、何というか・・・」

「何だ、また体に穴を開けて欲しいのか?」

「いえ、あの、薬で」

「そんな事だろうと思った」

「・・何・・・薬って・・・何?・・・・」


美紀自身もその異常性に気が付いていないなど、有りえない。

好きでも無い相手の子供を産むように要請されて、それに何の疑問も抱かずに実行

するなど、常軌を逸しているとしか思えない。

どう考えても普通の精神状態ではないだろう。


「薬で洗脳か、お前達のお家芸だもんな」

「嘘・・嘘・・・」

「美紀、お前、川田を愛していたのか?」

「あんな爺なんて愛してる訳ないじゃない、馬鹿にしないで!」

「そんな爺と子供を作ったんだよな」

「そう・よ・・・そうしろって・・言われた・・から・・・・」

「誰に言われた?」

「それ・・は・金山さんに・・・俺を・・愛してるなら・・命令され・・て」

「恋人なのに、まだ金山さんか?陽介くんじゃ無くて?」

「だって・彼は強くて・・素敵で・頭が良くて・尊敬出来て・命令は絶対で・・」

「その、素敵な彼とは、そこで鼻水垂らして小便を漏らしてる小僧の事か?」

「そんな・・訳・・無い・・・彼・・強い・・だから・・・体を・・に」

「よく見て見ろ、そこに居るのは金山じゃないのか?」

「あれ?・・・でも?・・えっ?・・わたし・・あっあっああああああああああ」


現実が頭に侵入して妄想を塗りつぶし始めたのだろう、拒絶と肯定の狭間で自己を

見失ってしまった美紀は、叫び続ける事で、辛うじて精神の均衡を保とうとした。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


暫く叫び続けた美紀は、そのまま気を失った。

このまま発狂するか、正気を取り戻すかは、彼女の精神力次第だ。

そして、次はこの男だ。


「お前はどれだけの人間の人生を狂わせたのかなあ」

「く、国の命令だったんだ」

「何人、お前に人生を喰い潰されたんだろうなあ」

「仕方なかったんだ、命令だったんだ」

「そんな寝言が通用すると思うなよ」

「なあ、助けてくれよ、お願いだ」

「大丈夫、殺しはしない」

「そうか、助かった・・・・・・」

「だが、死にたくなる程、痛い目には会ってもらう」

「いま、何とい・・ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!」


俺は再び金山の体にアイスピックの穴を開け続けた。

関節という関節を破壊しても、出血死しないのだから、得物の選択は大事だ。

ただ今後、犠牲者を出さない為に、股間は二度と使い物にならない様に殊更丁寧に

穴を開けたが、激痛にとうとうこちらも、気絶してしまった。


「まあ、このぐらいで良いだろう」

「何じゃ、殺さんのか?」

「ああ、もうこいつは指一本動かせない、これからずっと、惨めな一生さ」

「そうか、これで向うに行く気になったのか」

「ああ、待たせてすまん、もう良いぞ」

「その事なんじゃが・・・・・・・」

「珍しいな、言い淀むなんて」

「どうせなら、今日一日、事の顛末を見てからにせんか?」

「・・・・良いのか、そんなにゆっくりで・・・・」

「かまわん、わしも少しは感情と言う物が判って来たからのぉ」

「そうか、ありがとう」

「気にせんでええ、それにもう夜が明けとる」


窓の外にはもう既に朝が押し寄せているのか、隙間から光が入って来た。


   どうも俺の旅立ちは今夜になってしまたらしい。



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