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百舌鳥の墓標  作者: 勝 ・ 仁
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第五話 月に鳴く



「では、幾つか質問させてくれ」

「構わんぞ」

「あんた、時間を止められるのか?」

「いいや、止められん」

「では、さっきのは何だ?」

「あれは、お前さんを別の次元に組み込んだだけだ」

「?????」

「解りやすく言えば、動画の中のお前さんを画面の外に連れ出して、止めた動画を

 わしと一緒に見てるような物じゃな」

「・・・・・・・動画を動かす事は可能か?」

「可能じゃ」

「向うから俺は目視出来るのか?」

「見えんぞ」


これなら、どんな機密も秘密も隠し事も、全て暴く事が可能だ。

頭の中に今まで疑問だった事が、次から次へと浮かんで来る。

いったい娘は誰の子だ?

妻はいつから金山課長と浮気をしていた?

会社は何故、たいした混乱もなく、たった三日で倒産した?

疑問は後を絶たない、まだまだ山ほどあるが、全て暴き出してやる。


「あと此処から移動したいんだが、あんた、空を飛べるか?」

「飛べるが、意味は無いぞ」

「どう言う事だ?」

「見ている画面を動かせばいいじゃろう、空など飛ぶ必要は無い」

「はは、とんでもねえな、何だよその万能能力は・・・」


だがこれなら、俺の願いは叶う。

そのまま、部屋に戻ると、テーブルの上の離婚届けが目に入った。

あれ程、俺に絶望感を与えた紙切れが、今や復讐のアイテムにしか、見えない。

そう、ここから復讐劇場の始まりだ。


「まずは、会社に繋いでもらおうか」

「構わんが、何故そんな手間をかける?始末すれば良かろう、すぐ済むぞ」

「周りを巻き込むだろう、さすがに却下だ」

「なら、次元の狭間に落とせばいい、一秒も掛らず、消滅するぞ」

「冗談じゃない、そんな祝福を与えるつもりは無い」

「・・・・・やはり人間の感情は今一つ理解出来ん」

「だから、こうなったんだろ、今後、学習する事を薦めるぞ」

「確かに検討する価値のある問題のようだ、学習させて貰おう」

「次の奴の為にも、そうしてくれ、あと、そろそろ会社に頼む」

「うむ、わかった、では行こうか」


宿禰が手を振ると、目の前の光景が上下左右に異様な速さで、流れ始める。

まるで仮想世界の中を高速で飛行するような感覚に、俺は立っていられず、座り込

んだ挙句に胃の中の物を吐き出してしまった。

そして数秒後、封鎖されている会社の事務所に俺は倒れていた。


「おえぇぇぇぇぇぇぇ――――」

「ふむ、ちと、遠過ぎた様じゃな」

「い、胃が、何だよ………これ………」

「ああ、次元酔いじゃな」

「次元酔い?」

「空間を無理矢理捻じ曲げての移動じゃ、便利な分、体の負担は当たり前じゃ」

「うう、もう少し何とかならないのか?」

「15㎞の移動が15秒、1㎞当たり1秒だぞ、無理だな」

「なら、短距離ならどうだ?」

「・・・・・・・200~300mなら、何とか大丈夫じゃろう」

「万能だとか言った自分が恨めしい」

「わしの責任では無いぞ」

「・・・わかってる」


それから、持ち直した俺は事務所の物色を始めた。

目的は社員名簿と取引先名簿だ。

今の俺は社長や課長の住所さえ知らない。

だが、電子機器の類は全て持ち出され、プリンターあえ残っていなかった。

金目の物は、残らず持ち出したのだろう、まるで何処かの国の略奪現場のようだ。


「電子媒体は何も残っとらんぞ、どうするつもりじゃ?」

「紙がある」


俺は、大型の書類キャビネットの一番奥の戸棚にある青い書類の綴りを、数冊ほど

引っ張りだした。

青い表紙には、岩村のお仕置きと大きな文字で書いてある。

中身を見ても、破損させられた様子はない。


「良かった、流石にこんな物には手を出さなかったか」


外部に流出したら拙い物や、自分達に不利益になりそうな物は、例え紙媒体でも、

処分してしまうのが、当たり前だ。

特に裏取引の資料や帳簿の類は、社長辺りが念入に処分しただろうが、だからこそ

俺用の書類には目もくれなかったのだろう。


「何じゃ、そのお仕置き帳と言うのは?」

「奴らが嫌がらせで、俺に複写させた社員名簿と取引先名簿さ、手書きだぞ」

「・・・・・お主の会社は馬鹿や阿呆が大量に生息しておったのか?」

「はは、俺に怪しい取引を知られて反撃されるのが怖かったんだろう」

「なぜ、そうしなかった?」

「クビになったら給料が貰えないからな、何にも気が付いていない振りをしてた」


課長や部長達が、何やら怪しい取引先を接待してた事も、社長の一族が会社の利益

を不当に横領していた事も知っていた、知っていたが、俺は何もする気は無かった

奴らが勝手に踊っただけだ。

俺にとって奴らが死のうが生きようがどうでも良かった。

給料が貰えれば文句は無かったが、今となっては、それも無い。


「これでも無ければ、何にも出来ないからな」

「まとめて消滅させれば事は済むだろうに」

「だから、やらないって」


俺は放置されていた紙袋に5冊の台帳を突っ込むと、そのまま会社を出て自宅に向

かったが、今度はきちんと電車を使った。

何とか終電に間に合う事ができたが、横に居る宿禰はやや不満顔だ。


「なぜわざわざ、こんな移動手段を使う?、時間の無駄ではないか」

「次元酔いがするからに決まっているからだろう」

「ほんの十数分だけ、苦しむだけではないか、収支はプラスじゃ」

「だけじゃねえよ、だけじゃ!」

「何を怒っておるのか知らんが、これが人間の感情か?」

「ちげ――よ、感情じゃなく不快感だ」

「不合理なものだな」

「どこがだよ・・・・」


それから駅を出て歩き出したが、ふと、疑問に思った事を口に出した。


「そう言えば、卑弥呼や宮本武蔵以外にも送還者はいたのか」

「ああ、有名な者なら、上杉謙信もいたのう」

「全員が有名人では無いんだな」

「ああ、全員が必ず特殊能力を持っているわけでも無いし、それに」

「それに?」

「いくら能力が有っても、時代と社会にそぐわなければ、宝の持ち腐れじゃ」

「確かにそうだな」

「お前さんも、もし戦国時代に生まれておったなら英雄じゃぞ」

「他にもいたのか?」

「動物使いの娘も居たし、変身能力の少年も居た」

「・・・・・まさか」

「両方とも村人から化け物扱いされて、追い出されていたな」

「そう・・・か」


恐れられるか、拒絶される。

だが、よく考えれば、人間など、いつもそうだったではないか。

自分より上位の者には、嫉妬して足を引っ張り、下位の者は蔑み排除する。

自分たちと違う、ただ、それだけで陰口を叩き虐めを繰り返す、そんな連中など、

そこいらじゅうに居るではないか。


そう思うと、心が少しだけ軽くなった。


「彼らは向うでは幸せになったのかな?」

「わからん。向うには、儂とは別のシステムが居るからな」

「そう言えばそんな事を言ってたな」

「ただ、両世界の管理者協定で、かなり優遇措置が取られる事になっているからな

 年齢調整もその一つらしいぞ」

「何だそりゃ?」

「向うに着くときには、一律に十六歳に肉体変換するそうだ」

「えっ?じゃあこっちの死体は?」

「そんな物は無い」

「葬式はどうしてたんだよ」

「替りの死体を用意して、周りに幻覚を見せて誤魔化す、それも儂の役目じゃ」

「・・・・つまり少々無茶をしても大丈夫だと」

「否定は出来んな」

「なら、存分にやらせて貰おうか」


この男なら、俺が引き起こした復讐騒動の余波を被った罪の無い人達を救済する事

も、受けた不利益の補填も可能だろう。

なんの制約も無く、思うままに行動できる事に歓喜し、足を止め、空を仰ぎ見る。

重苦しく垂れこめていた暗雲はいつの間にか霧散し、今は何故か真っ赤に染まった

別の世界の巨大な月が見降ろしていた。



      今、男は、復讐に燃える一羽の猛禽と化した。




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