第三話 百舌鳥と梟
「もうこの世界に何の未練も無いじゃろう、わしの話を聞いてみんか?」
まともな神経なら、こんな状況に引きずり込まれて冷静に対処できるはずも無い
のだが、幸か不幸か、俺はいま、まともな精神状態では無かった。
「あんた、随分古風な出で立ちだな、何もんだ?幻覚か?」
「かかか、幻覚などではないわい、まあ、まともな存在でもないがの」
「なら何だ、神か?悪魔か?」
「違う違う、わしの名は武内宿禰と言う、まあ仮称じゃがな」
「・・・ふざけるな・・・・いったい何歳だ爺さん・・」
武内宿禰と言えばたしか日本書紀や古事記に出てきた人物で、千数百年以上前
の人物だ。
名前を騙るにしても、限度が有るだろう、わざわざ名乗る意味が解らん。
「やはり困惑するか、じゃが宿禰の名を名乗る、きちんとした訳がある」
「ほお、そんな昔の人間を持ち出す意味とは何だ」
「わしには、古より与えられた役目があっての、それを説明するのに好都合だか
らじゃよ」
「その役目とは何だ」
「間違った場所に生まれた者を本来の場所に戻す、それが儂の役目じゃ」
「何でそんな事をする必要がある、何の意味がある!」
「そう興奮するな、一言で言えば、平行世界維持管理調整システム、その仕組み
自体が儂、武内宿禰じゃ」
この老人そのものがシステム?与えられた役目?漠然とだが全容を話して貰った。
数万年前から一度も巨大噴火を起こしてない阿蘇カルデラに溜まったエネルギー
は、龍脈に沿って、富士山を筆頭に桜島や浅間山などに流れ、その火山が噴火を
する度に、何時しかそれぞれの龍脈が複雑に重なって、次元に穴が出来た。
だが気が付いた時には、完全に塞ぐには手遅れで、縄文時代に入ると、何かの
偶然か、ごくまれにだが、向うの魂がこちらに生を受ける事が発生したそうだ。
ここに来て事の重大さに気が付いた、高次元管理者たちは、急遽、送還システム
を構築したそうだ。
「つまり俺はこの世界の住人じゃ無いって事か?」
「そう、お前さんは、間違ってこちらに生まれた迷子みたいなもんじゃな」
「なぜ、俺だと判るんだ?」
「魔力を纏った人間など、この世界では、お前さんだけじゃ」
「魔力?でも俺は魔法など使えんぞ」
「周囲に魔素が無いのに、魔法が使える訳がないじゃろう」
「なら、放っておけば良いだろう」
「そうもいかん、ここで死なれたら道が開いてしまう」
「道?」
つまり、俺の魂は細い糸で向うの世界と繋がっているらしい、そして俺が、もし
死んで、こちら側が魂の蓋を失えば、その細い糸から魔素がこちらに流れ込んで
来るらしい。
例えるなら、ダムに小さな穴が開く様な物で、放っておくと穴は際限なく大きく
なって、こちらも魔素に溢れかえる事になるそうだ。
「一旦開いた穴を塞ぐのは、非常に厄介でな、とんでもない時間と手間が掛かる
んじゃ、それを未然に防ぐために儂が来たわけじゃ」
「そうか、おれの存在は、それ程迷惑なのか、こちらで死ぬ事もできないのか」
「申し訳ないが、そういう事じゃな」
「いいさ、だが出来れば生まれてすぐ送り返して欲しかった、そうすればこんな
苦痛だらけの地獄の様な人生を送らずに済んだのに・・・・」
「こちらで、ある程度成長してから、儂が接触する事になっておる」
「何でそんなに面倒なシステムになってるんだ!直ぐに送り返せばいいだろ!」
そうすれば両親からも、同期と知人からも、そして同僚や妻からも、避けられ、
嫌われ続ける一生を送る事も無かっただろう。
そう考えると、恨まずにはいられなかった。
「そんな事をしたら、向うですぐ死んでしまうではないか」
「はあ?」
「お主、死を向うの世界で行う為に、わざわざ送ると思っとらんか?」
「違うのか?」
「お主には向うの世界で再び生活してもらう、詳細は向うで聞いてくれ」
「向うの世界?異世界転移か?本気かよ」
「そうでもせんと、お主の魂が世界に馴染まないまま行き場を失うのでな」
「馴染まないとまずいのか?・・・」
「最悪、魂が悪霊化する。被害甚大じゃ」
「・・・・俺は向うでも迷惑者なのか、なんか、すんません」
「なに、魔力のせいで、周りの人間から嫌われたんじゃ、お主のせいではない、
この程度の手間、どれ程の物か、気にする事は無い」
「魔力のせいで、嫌われる?どういう事だ」
「それだけ濃い魔力なら、鈍感な人間でも、2年もすれば恐ろしくなるわい」
「おれが・・・・恐ろしい・・・・・?」
「目に見えない虎が、傍に居るようなものだからな」
つまり、ほんの僅かな感情の揺らぎが、物凄い威圧となって、周囲にまき散らさ
れている様なものらしい。
例外として、妻は俺が異様に下手に出て猫状態だった事、会社の新入社員は最初
からクズだったんだろうとの事だ。
なんてこった、つまり俺が嫌われていた事に、なんの責任も無かったって事だ。
俺の努力は全て無駄だった、何一つ俺に責任は無かった、しかし今更分かった所
で何の意味も無かった。
自分の人生が、更に無価値になっただけだ。
「はは、俺って、本当にこの世界の異物だったんだな、納得したよ」
「ああ、それに異様な能力も、発現しかかっている様じゃし、決断感謝する」
「能力?」
「そう、お主は身体能力強化系のようじゃ、もう影響が出とる、思い当たる節
があるのではないかの」
そう言われれば、子供のころから持久走など、それ程速くは無かったが、苦しい
と思った事は無かった。
自衛隊の訓練でも、皆が息絶え絶えになっている中、一人顔色も変えず、平然と
していたため、かなり気味悪がられたが、レンジャーの訓練生の頃は周りの皆の
身体能力が、途轍もなく高かったため、体力お化けとか人間タンクとか言われた
だけで、この頃には、自分が異常だとは全く思わなくなっていた。
「確かに思い当たる事もあるが、みんな能力を持っていたのか?」
「そうじゃ、特に最初の送還者だった卑弥呼は酷かった」
「卑弥呼が最初の送還者?」
「ああ、当時は政治形態も経済活動もとにかく未熟で、そこにあの特殊能力が
来てそれはもう、神扱いじゃった」
「その能力って何だったんだ?」
「魅了と未来視の魔眼じゃ、あの時代では最強じゃったからの、執着も物凄くて
奴のおかげで九十年以上も、監視し続ける羽目になったわい」
「強制的に送ればいいじゃないか」
「そんな事をして、もし途中で暴れられたら、世界が大災害に見舞われるわい」
どうやら、送るにしても色々条件があり、こちらに未練がなく素直に送還を受け
入れてもらう必要があるらしい。
「一切の繋がりを斬ったのじゃ、もう何も未練は無かろう」
「ああ、只、娘の成長は傍で見たかったな・・・」
「知っておる、妻の連れ子だろ、お前は優しいな」
「違う、俺の娘だ」
「ははは、何を言ってる、魔素持ちがこちらで子を成せるわけなかろう」
「・・・・もう一度言ってくれ」
「魔素持ちは、こちらに子孫は残せんぞ、魂の理が違うからの」
「・・・・つまり俺は子供が作れないと」
「そう言っておるじゃろう、卑弥呼も宮本武蔵も子なしじゃ」
「・・・・では、穂乃香は俺の子じゃない?」
「当たり前じゃ」
「・・・・なら、送還も自殺もやめだ」
「今になって、何を言っとる!」
「とにかく中止だ中止!ふざけんな!こんちくしょう!」