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百舌鳥の墓標  作者: 勝 ・ 仁
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第一話 落ちた巣の欠片



「告示書って、いったい何だ?」


たった今、上司の失敗の責任を押し付けられて、ただひたすら土下座を繰り返す

だけの北海道出張と言う名の拷問を終えて、三日ぶりに自社名前が書かれた扉の

前に立って呟いた。


「倒産って・・・・なぜ誰も教えてくれないんだよ」


俺の名前は岩村龍馬、歳はもうすぐ三十歳に手が届く。

4歳年下の妻と5歳の娘を持つ只のサラリーマンだ。


普通なら、社員が出張中に会社が倒産するなど、ましてやそれを誰も知らせない

などと言う事はあり得ないが、俺は驚きつつも、妙に納得していた。


俺はとにかく全ての社員に嫌われていた、特に入社当時からの上司からは、異様

なくらい、嫌われた。

だから、こんな事態になっても、驚きはしたが、動揺はしなかった。

この会社には、返しきれない程の恩義を感じていたが、それは露頭に迷いかけた

俺を拾ってくれた先代の社長に対してであり、会社を継いだ途端、どんなに忠告

しても、経営に身を入れず、FXや先物取引に熱を上げるばかりで2年もしない

内に会社を潰した2代目の息子になどには微塵もない。


心残りと言えば、急死した先代に恩も何も返していない事だろうか。


俺は、この会社に入る前は自衛隊の第1空挺団に居た。

そして。ある事がきっかけで、懲戒処分を受けた。

それはある国に治安維持軍として派遣されていた時に起こった。


巡回中、顔見知りになった部族の女や子供達が村祭りの買い出しに来ていたのを

見かけて声を掛けた。

嬉しそうに、買ってもらった菓子を自慢気に見せる子供達に手を振り返していた

俺は、後ろの路地から、男が前かがみになりながら一目散に子供達に向かって走

って来るのが見えた。

一瞬、まくれた服の下に手製の爆弾を確認出来た俺は、子供達を伏せさせると、

躊躇なく男を撃った。

腕に二発、そして頭に一発、完全に制圧した。


翌日、命を救われた子供達の村長が、わざわざ宿営地まで来て、感謝してくれた。

男は、反政府勢力のテロリストで、実の所その異常なほど過激な思想で、指導者

たちも手を焼いていたらしく、破門にした途端の強行だったらしい。

実際、テロリストの標的は現政府であり、村長たちと指導者はそれなりに友好的

な関係を保っていたらしく、男の完全な逆恨みだったらしい。


そして、おまけの様に同行者からも感謝されたが、乾いた笑いしかでなかった。


しかし、日本国内では、俺の行動は非難の的になった。

あの日、どこかの反戦団体か何かが、死亡したテロリストの動画を撮影、何故か

俺が無差別に発砲した事になっていた。


勿論、上層部も冤罪だとは認識していたし、相手が自爆テロ犯だったと、報道も

されたが、その団体は執拗に非難の抗議を続けた。

これ以上、粘着されるのを嫌った軍の上層部は俺に自主的に退役する事を求めて

来た。

実質的なクビ宣告だった。

それに現地の同僚や関係者が誰も擁護しなかった事もあり、俺は受け入れた。


まあ、何とか退職金が少しだけ支払われたので、すぐに生活が困窮する事は無い

だろうが、もって一ヶ月だろう。

しかし、こんな事になって再就職が上手く行くはずがない。

話さえ聞いて貰えない就活に耐えられなくなりそうな時、余りにも理不尽だと、

拾ってくれたのが、先代社長の川田宗一郎だった。


だからこそ、二代目を持ち上げて、おこぼれを期待する連中に我慢ならなかった。


「たまたま利益が出て、お祝い金を貰ったからとFXを薦める社員が何処にいる」


だが、社員の甘言は二代目を飲み込んだ。

挙句に苦言を呈し続ける俺を、空気を読めない役立たずと決めつけ、閑職へ追い

やって自主退社する様に仕向けてきた。


ここでも俺は孤立していった。


昔からそうだった。

俺の親は、いわゆる毒親だった。


両親とも貞操観念を何処かに置き忘れて来たような連中で、幼い頃の俺は自分の

父親が誰なのか、全く分からなかった。

俺の名前にしても、母親の旧姓が坂本だから、離婚したら坂本龍馬になるからと

付けた名前だ。

しかし、このくらいで済めばまだ幸せだったかもしれなかった。


そんな親だから、当然まともな仕事につける訳も無く、男女間の問題を起こして

は、離職を繰り返し、当然生活は困窮した。

俺といえば、可愛く無い、気持ち悪い、陰気くさくて気が滅入ると、物心ついた

頃には、言われ続け無視されていたが、最低限の食事だけは与えられた。


その生活がさらに悲惨になったのは、妹が生まれた頃からだった。

とにかくい妹は可愛かった、それこそ、本物の天使だと何度も言われていた。

俺も始めて見た時は、まるでアニメのヒロインの様だと思った。

成長するにつれ、両親は妹を以上に溺愛し始め、服や装飾品、食事にまで最高級

の物を宛がい始めたが、そうなると、当然金が直ぐに足りなくなった。


俺が中学に入ると、すぐさまアルバイトを強要され、その金は全て取り上げられ

たが、たかだか中学生が稼ぐ金が、そんなに高額な訳も無く、当ての外れた両親

は、俺を虐待する事で、不満の埋め合わせをした。

俺は家族の一員では無かったのだ。


そしてある日、俺は珍しく体調を崩した。 


「こんな大事な時に風邪なんか引いて、移ったらどうするの!」

「いっそ死んでくれたら良かったのに、この役立たずが!」

「ほんと、無駄に頑丈なせいで、保険を掛ける気にもならないわ」


妹の舞奈が子役のオーディションに向かう日の朝、風邪を引いた俺に向かって、

両親が吐き捨てた言葉だ。


その日から家から叩き出された俺の部屋は物置小屋になった。

両親の顔など週に一度か二度、妹に至っては全く見る事も無くなった。

そして、中学を卒業して直ぐに土木作業員として働かされたが、その後、両親の

反対を無視して自衛隊に入隊すると、家族から絶縁されたが、むしろこちらから

切り出したい事だった。

こんな生き地獄の生活を18歳まで続けて来たのだ、もう十分だろう。


その地獄のおかげで、自衛隊のどんな過酷な訓練にも、どんなに孤独な任務にも

表情一つ変えずに、こなす事が出来た。

一流になれば、実力を付ければ、きっと認めてもらえる、そう信じていた。

だが、そんな俺を同期の連中は、死神と呼んで畏怖した。


結局、おれは此処でも異物だったのだろう。


だから、妻の美紀と娘の穂乃香は俺の宝物だ。

結婚してからの五年間は、生まれて初めて家族を感じる事が出来た。

会社は倒産したが、俺にはこの屈強な体がある。

決して家族に不自由を掛けるつもりはなかった。

家に辿り着いて、インターホンを鳴らしたが、扉の先にはには荷物を持った妻と

娘が待っていた。


  「無職に用は無いの、私は出て行く、離婚して」



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