町を埋め尽くす桜の花に-恋の涙
あの日は桜が目一杯咲いていた。風が吹いて舞い散る花びらの中、私は佇んでいた。
大学に入って3年目、大学生活にはもちろん慣れて、むしろあと2年で終わってしまうことにひどく寂しさを覚える。
1年の春に入ったこのサークルももう3年目。引退を控えながらも今年も1年生がたくさん来てくれて嬉しい。
新入生歓迎会と題したお花見中にそんなことを思っていると隣にいるあなたが声をかけてくれた。
『やばい!あいつめっちゃ酔っ払ってダル絡みしてくる!』
「また〜?飲ませすぎないでね。」
『マジ醜態だけは晒せない。』
そう話すあなたは私の好きな人だ。
同じサークルということで仲良くなって、今日までずっと仲がいい。というのも、何度か彼の家に行ったこともあり、合鍵も持っている。付き合ってはいないけど何回かデートに行ったこともあり、サークルのみんなにバレると面倒くさいことになるので隠しているがお互いの鍵には去年の冬おそろいで買ったご当地キーホルダーもついている。一緒に買った日からキーホルダーを見るたび、鍵にくくりつけられている赤い紐がまるで私とあなたを結ぶ赤い糸みたい、なんてことを1人で思ってはニヤけている。
たぶん今日も彼の家に行くことになるだろう。こんな大学生のありきたりな関係が、実は嫌ではない。だって、あなたといる時間はとっても楽しくて、あなたの腕の中にいるときは安心する。朝までくっついて寝て、起きるときあなたを起こさないようにゆっくり動くと痺れている足さえ愛おしい。
日が暮れるまで楽しく飲んで、みんなで駅まで歩いて解散することになった。私はこのあと別の予定がある、とみんなに嘘をついて別の方向へ足を進める。
10分くらい経ってみんなが電車に乗ったことを確信し再び駅へと向かう。あなたの家に行くってバレないために。
19時過ぎ、街が完全に暗くなってきた頃、私はあなたの家のドアを開ける。
『待ってた。』
「追加のお酒買ってきたー!」
『お、ナイス!』
2人で映画を見ながらお酒を飲み進めた。映画の趣味とか、音楽の趣味が合うあなたと過ごす時間は苦痛ではなく、むしろ大学で出会った誰よりも居心地が良い。
だいぶ気分が良くなってきた頃、そのまま流れるようにキスをして、私とあなたは目を瞑る。私はあなたの名前を何度も呼び、手を握る。
夜中起きてしまい、目の前にあなたの顔があって安心する。同時にあなたのスマートフォンに通知が来て、画面の明るさにやられて視界がぼやける。
その時見えたものを認識するまでに時間がかかった。目を凝らして画面をよく見ると、そこに写っていたのはあなたの笑顔と、その隣で笑うのは「最近彼氏が出来た」と喜んでいたサークルの同期だった。
その瞬間私の中で何かがプツンと切れた音がした。ここにある全てが憎らしく思えて、荷物を持って家を飛び出した。
春でも夜中は冷える。体が震えているのは昼間用の装いだからかと思ったが、別の理由がありそうだ。
公園を歩いているとき、キレイな夜桜を見て我慢していたものが溢れてしまった。思いっきり落ちる涙は地面の土に吸収される。
寝起きでそのまま出てきたから格好もひどいのに、涙がこぼれるせいで顔もどんどんひどくなっていく。
いつかこうなるとわかっていたはずなのに、何故か1番だと思いこんで期待していた。そんな自分が恥ずかしくて、でもいつしかその思いはあなたへの怒りに変わっていた。
寒くてポケットに手を突っ込むと何かが手に当たる。取り出してみるとあなたの家の合鍵だった。
「マジで許さない・・・。」
キーホルダーを外し、公園の茂みに思いっきり投げた。そのまま合鍵も捨ててやろうと思ったけど、何かと面倒なことになりそうなので今度ポストにでも入れておこう。怒り狂って、涙を流しまくった結果、一周まわって冷静になっている自分がいた。
私の涙で成長した桜が葉をいっぱいつけるころ、私にも奇跡は起きるだろうか。