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あなたの影 あたしは想う-KissHug

 もう今日であなたと会うのは最後だ。


 2年前の5月、彼氏に振られ自暴自棄になって毎日遊び歩いていた時に彼と出会った。当時19歳だった私にとって、5つ上のあなたはとても大人に見えた。出会って、ドライブに誘われて、そのままあなたの家に行った。社会人の男の人の家に行くのはそれが初めてで、棚に飾られたコーヒーサイフォンや高そうな家電は一層あなたをカッコよく見せた。同時に枕元に置かれたクマのぬいぐるみがとっても可愛いく見えて、頭を撫でてから逃げるように帰った。

 それから毎回「最後かもな」と思いながらもあなたとの関係はずるずる続き、気づけば3年目を迎えていた。最初の方は駅まで迎えに来てくれていたけど、途中からそれも無くなっていって、「大事にされてる」なんて実感は湧いた事がない。でも、必要以上の言葉は交わさないが、何がしたいのか、何を求めているのかは誰よりもわかるし、わかってくれた。あなたが私のことをどう思っているのか、それは正直わからない。プライベートの話をしてくれて、私の相談に乗ってくれることもあれば、これでもかと言わんばかりに「早く帰れよ」というオーラを出されることもあった。ただ最近は少し機嫌が良いこともあるようだ。

 この2年、いろいろなことがあった。あなたは知らないと思うけど、私は彼氏ができることもあって、その度に「もう会わない」と心に決めた。しかしあなたから連絡があると、なぜか心がうきうきして、そわそわして、会いたくなってしまう。彼氏のことが嫌いだったわけではないが、あなたのことも嫌いではなかったのだ。

 それが天罰として下っているのか、この2年間でできた彼氏とはあまり長く続いたことがない。彼氏と何かあってもきっと、「それでもいい」と思わせるあなたの存在があったからだろう。

 ただ、普段の生活で何が起きても、あなたの家に行けば何もかも忘れられる。お互いのことを何も知らないからこそ、自然体の自分でいれるのだろう。友達ではないけど、恋人でもない。かといってよくあるような都合のいい関係でもない。独特のこの距離感が、私にとっては心地よかった。


 では、私があなたのことをどう思っているのか。それも正直わからない。大好きだ、と思う日もあれば、大嫌いだ、と思う日もある。

 大嫌いだ、と思う日は、呼ばれるがまま家に行き嫌になってすぐ帰る。嫌すぎて、涙を流しながら部屋を出たこともある。

 大好きだ、と思う日は、家を出て駅に向かうまでの道を、あなたの部屋の窓から漏れる光が小さくなるまで、何度も振り返りながら歩く。電車の時間を気にしながら、まだ近くにいたいと思ってしまうのだ。それからまた大嫌いだと思う日がやってきて、大好きだと思っていた日の自分が嫌いになったりもする。



 そんなあなたとも、さよならをしなければならない日が来た。21歳、7月の終わり。

 地元で就職することが決まり、大学の単位も取り切った私は月末に今の家を退去して夏休みから地元に帰ることにした。次の誘いで、毎回「これで最後」と思っていた関係が本当の最後になる。私の家に来たことはないから思い出の品とかは何にもないけど、引越しの準備を進めれば進めるほど頭に浮かぶのはあなたと過ごしたいくつもの時間だった。そんな自分が可愛くて、嫌いだった。


 引っ越しを目前に控えたある日、あなたから家に来ないかと連絡があった。そわそわしてしまうのは連絡がきてあなたに会えるのが嬉しいからなのか、あなたと会えるのが最後だからなのか。

 いつも通り、あなたの家に行きインターホンを押す。いつもと変わらないあなたの様子を見て、さらに緊張する。

 本当にこれが最後だとは信じきれなかった。毎回最後って気持ちでいたのに、今回で、これで、ほんとに本当に最後なんだ。そう思うと胸が苦しくなった。

 正直あなたと付き合いたいと思ったことは一度もない。私のものにしたいとか、私以外見てほしくないなんて思ったこともない。ただ、ここだけ、ここにある私とあなただけの時間は私たちだけのもので、誰にも邪魔されたくなかった。この世界にいる私はあなただけが知っていて、わかってくれていなくても、わかっているつもりでいて欲しかった。


 帰る支度をしている途中、どうやって話し始めようか迷っていた。そもそも最後だということを告げるかさえ迷っていると、ベッドに座ったあなたが口を開いてくれた。


『就職決まったの?』

「うん。地元で就職することにした。」

『ふーん。』

「で、今月末で引っ越すから、もう会えない。」


『そっか。』



「どうでもいい?」


『どうでもは良くないけど・・・。そっか。』


「なんか、出会えてよかった。

 色々あったけど、なんか、もう会えないのは、寂しいかも。」


『うん。』


いつもの会話より間に少しだけ沈黙があった。

全てが愛おしかったけど、執着してるって思われたくなくて、この家を後にすることにした。


「じゃあ、帰るわ。」


『うん。気をつけて。』


「じゃあね。」



 私は立ち上がり、あなたにキスをした。重くならないように、軽く。



 家を出ると生ぬるい風が体温を少し上昇させた。もうドアの向こう側も、この景色も、この道も、もう会えない。駅までの道で、何度も何度も後ろを振り返った。

 街の様子、見えているものは全ていつもと変わらない。ただ私だけが最後で、私がいなくてもこの街は、この世界は回っていく。何度も立ち止まって深呼吸をした。涙が出そうになる度、上を向き、大きく息を吸った。明日になれば私の世界にあなたはいない。あなた無しでも世界は回る。でも、それでも、あなたしか居ない訳じゃないのに、あなたが良かったんだ。







 引越しの日、窓の外を見る。雨が降っている。目を閉じて自分の鼓動に耳を傾ける。

 あなたがいなくても私の時間は進み、私がいなくてもあなたの時間は進む。全部夢だったと思えればそれほど楽なことはない。

 それでも、また年を重ねてきっと思い出す。あなたの影、あたしの言葉、あなた自身を、あなたとの時間を。

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