一生歩けないって思ってたけど-宇宙で息をして
今日、彼を見かけた。
彼は昔付き合っていた同じ会社の同期。
同じ部署で働いていて、仕事のこともプライベートのことも相談するような仲になり、お付き合いに至った。私が仕事でミスをしてひどく落ち込んでいた時も励ましてくれて、毎月の記念日には手紙をくれた。友達のように仲が良くて、私の友達にも会ったりしてくれていて、「ああ、多分ずっと一緒にいるんだな」と直感した。
しかしそんな期待も虚しく、付き合って1年半が経った頃彼が花形部署に異動となり、忙しくなってお別れをした。別れた当初は地獄の底に突き落とされた気分で、もう自分に未来はないと思った。最後まで自分の心のほとんどの部分を彼が占めていたことに気づき、止まってしまった彼との連絡をずっと待ってしまっていた。
久しぶりに見た彼は私と付き合っている時の彼とはなんだか違う感じがした。もちろん同一人物ではあるけれど、同じ人だと思えなかった。髪型が変わったからとかではなくて、なんか経ったんだ、と感じた。
そりゃ、置かれている環境とかが違うから同じ人ではないのは当然で、なのに少しだけ昔の彼の面影を探している自分がいた。
夜、彼の夢を見た。私の家で彼と一緒にご飯を食べている夢だった。当時はそれが当たり前で、彼との時間は日常の一部だった。
しかし朝起きてみると、なんだか胸が苦しかった。彼とはもう夢でしか会話できなくて、昔このベッドの上で隣にあった面影を今はもう撫でることしかできない。苦しくて、息ができず、電車通勤なのに運転用のメガネをかけて出勤した。
会社に着くと、エレベーターホールでまた彼を見かけた。2日で2回も、いや、夢を合わせれば3回も彼を見るなんて。
上層階行きのエレベーターを待っている彼の手元を見ると、ブラックコーヒーのペットボトルを持っていた。私と付き合っていた頃はブラックコーヒーなんて飲めなかったのにな。
そう思っていると彼も私を見つけた。目を開いて、あっ、というような表情をしていた。しかし私が待っていた中層階用のエレベーターが到着した音が聞こえたので、足早に乗り込んだ。
出世コースの部署に栄転となり、私がいなくても充実していそうな彼にどこか嫉妬していたかもしれない。だから話しかけられてもうまく話せる自信がなかった。毎月くれていた思い出の手紙の中の声はもう聞こえない、というか、聞きたくなかった。
帰って、なぜか残していた手紙を全て捨てた。この瞬間、本当はもうない彼との繋がりをどこか信じてしまっていたことに気がついた。
しかし彼を見かけたこと、そして時間の経過を実感したことで、前を向けた気がする。決して強くはない、けれども弱くはない私の人生は、まだまだ輝かせられる。