「疲れてるんならやめれば?」-花火
彼はいつも突然電話をかけてくる。
こちらの都合など関係なしに急にくるから、毎回驚いて心臓がドキッとなってしまう。私は眩しい光とか大きい音とかそういうものも苦手で、だからこの着信によるストレスはできればなくなってくれるとありがたい。でも、彼からの電話が嫌じゃない理由が1つだけある。それは彼と付き合っているから、彼が好きだからだ。
電話の着信音には驚くけど、その後聞こえる彼の優しい声にはとっても安心するし、何より同じ空の下で彼と話している、ということが嬉しかった。晴れた日にはよく電話越しで一緒に星を見た。宇宙が好きな彼は、あれがあの星座で、という話をよくしてくれた。そうやって話していると顔が見えていなくてもすぐそこにいるような気がして、自然と幸せな気持ちになった。
流れ星が見えた夜に一度彼がしてくれた話をよく覚えている。
「流れ星って、ひとつひとつ天使が運んでて、地上から聞こえたお願いを神様に運んでくれるんやで。」
そう話す彼がなんだかすごく愛おしくて、こっそり「ずっと一緒にいられますように」、と願った。
しかし付き合って3年も経つとほぼ毎日寝る前にかかってきていた電話は良くて1週間に1回、ない時は2,3週間かかってこないこともある。じゃあ自分でかければいいのでは、といっても私は電話が苦手なタイプなので発信ボタンを押すのも躊躇われる。私たちの環境も変わって、特に最近彼が忙しいというのは知っているけど、前は忙しくても「5分だけ声聞きたい」と合間を縫ってかけてきてくれてたのにな。
寝る前の時間になるとなんだかいつも妙にソワソワしてしまい、嫌なはずの着信音が待ち遠しくなる。もっと私のこと考えて欲しいな。そう思っているうちに寝てしまうことが多く、そのせいか彼が夢に出てくることも増えた。そして朝になって、なんの音沙汰もないことを確認してまた寂しい気持ちになる。
私ばっかりこんなに思っていることがだんだんムカついてきて、「次かかってきたとしても、絶対に出てやらないぞ」と誓いを立てたことも何回かある。しかしいざかかってくると久しぶりに着信画面に出る彼の名前で一瞬で嬉しい気持ちになって電話に出てしまい、また次の着信に勝手に期待してしまう。
友人は「そんな人やめなよ。」と言ってくれるけど、私の中で今までの優しさを信じきっているから、そう簡単に離れることはできない。それから、彼は私の人生で初めての彼氏だから、別れるのが怖いというかめんどくさいというか。だから恋愛の話をしている時、いろんな恋愛を経験している友人のことが違う世界の住人のように感じて少し羨ましく思える。
付き合って4年を迎えたある夏の日、彼から3ヶ月ぶりに電話がかかってきた。彼は去年忙しくしていた後、遠くへ引っ越してしまった。そこそこ近かった家も、自分の足だけでは辿り着けないほどの距離が開いてしまった。だからなんだか心の距離も開いてしまって、しかも彼がどこで何をしているかもよく知らない。
もう電話に出ないで自然消滅ってことにしちゃおうかな、と思いつつもそこで電話に出ないことを選ぶ勇気は、私にはない。
「もしもし。」
『もしもし!久しぶりやな。電話なかなか架けられんくてごめんな。』
遠くに引っ越したとはいえ、声を聞くと4年前の彼のままで少し安心する。
「今は時間あるの?」
『おう、今日電車混むからってはよ帰らしてもらえたわ。』
「なんかあるの?」
『ちょっと、テレビつけてみて。』
「ああ、花火大会か。」
『そうそう、おっきい花火大会あるねんて。帰る時浴衣の人めっちゃ多くて夏感じたわ。』
「こっちのテレビでも中継やってるなんて、相当大規模なんだ。」
『でもこのおかげで同じ花火一緒に見れるな。』
彼のその言葉と同時に花火大会が始まった。赤や緑の大きな花火が大きな音を立てて打ち上がり、儚く消えていく。
「私たち、付き合う前のデートで家の近くのお祭り行ったよね。」
『そうやったな、あの時浴衣着てた姿とりんご飴頬張ってる姿が可愛すぎてめっちゃ見惚れてもうてたわ。
あと痛いはずやのに草履履いてきてくれて、地面砂利やったから歩きにくかったやろうに。』
「でも私もあの時好きだったから、頑張って可愛いところ見せたいと思って。」
『ってこの話何回目やねん!もう耳腐るほど聞いたわ!』
そうやって呑気に笑っている彼は、私がこの話をするのが好きなことを知らない。私ばっか昔に取り残されていて、彼はどんどん前へ進んでいってしまう。
「ねえ、私たちってなんで付き合ってるの?」なんて言えるわけもなく、目の前の液晶画面に映された花火は咲いては枯れ、咲いては枯れを繰り返す。
『いやー、クライマックスの金色の、あれヤバかったな。めっちゃ感動したわ。』
「私は途中の赤色の小さいのが可愛かったなあ。」
『あーあれか。赤色のやつなあ。』
少しの間、沈黙が流れる。
「てか、今年は帰ってくるの?」
『そうやなぁ。ちょっと忙しいからな。時間できたら帰るわ。』
「そっか、忙しいのにいつもお疲れ様。」
『ありがと!明日も早いからもう寝るわ。また!』
そう言い残して電話は切れてしまった。彼も昔は雑草の中に力強く咲くたんぽぽを見て感動するタイプだったのに、今はもう変わってしまったみたいだ。そんな彼との未来に期待している自分がなんだか虚しくなって、目が潤んでしまった。「忙しいのにかけてくれてありがとう」と思える私はもういない。
テレビには花火大会が終わって帰っていく人たちの姿が映っている。この人たちも、今は同じ方を向いているけど、駅について電車に乗ったらバラバラに帰っていく。あの瞬間同じ方を向いていたとしても同じゴールが用意されているとは限らないのだ。方向が変わるたびにバイバイを繰り返して、それが幸せになるための別れなのか、不幸への道なのかはわからない。
しかし私は自分のゴールが正しいのか不安になって、歩きにくいのに彼のゴールへ向かってしまう。でこぼこした道や雨風が吹き付ける道を歩いてきて、もう疲れてしまった。立ち止まって今きた道を見てみると、ここまで歩いてきた自分が誇らしくも惨めにも見える。
ため息をついて、私も眠りにつくことにした。電気を消してカーテンを開けてみると星が輝いていた。目を丸くしてもっとよく見てみると、流れ星が見えた。何をお願いしたかは、流れ星を運ぶ天使だけが知っている。