少し雨が降り始めた-運命
運命ってたくさん存在する。大人になってそう気付いた。
今よりもう少し若かった頃は、出会ったその日に恋に落ちるとかはもちろん運命だと思っていたし、部屋番号が同じとか、好きなアーティストが同じとか、そんな簡単なことにも運命を感じていた。
特に数年前に出会ったあなたには運命をひしひしと感じていた。一緒にいると笑いが絶えないし、考えてることとかその時したいこととか全部同じだったし、今流行りの性格診断の相性も最高だった。
彼氏ではなかったにせよ、好きて言ってくれてたし、いつか結ばれるんだろうな、と考えていた。
一度私が冗談混じりに
「私たちの関係って運命だよね!」
と言ったことがある。その時もあなたは微笑んでキスをしてくれたし、いつか絶対に結婚して幸せな家庭を築くものだと思っていた。
街を歩いていても何をしていても考えるのはあなたのことで、世界があなたでいっぱいだった。
なぜ今更になってそんな恋愛を思い出しているかというと、先日歩いている時にスズランの花を見かけたからである。
フランスでは毎年5月1日に愛している人やお世話になっている人にスズランをプレゼントする習慣があるらしい。数年前の4月末、友人からその話を聞いた私は、5月1日にあなたと会う約束を取り付け、町中の花屋を探し回った。
しかしどこに行ってもスズランの取り扱いはなし、もしくは売り切れてしまっていて、諦めてあなたの家へ向かったのを覚えている。
玄関を開け家に入るとそこには私が探し求めていたスズランの花があった。そもそも自分でお花なんて買いそうにないあなたの部屋に真っ白で綺麗なそれが置いてあり、驚いてしまった。
「なんでスズランの花?」
「フランスではさ、愛してる人にスズランの花をあげる風習があるんだって。だからこれ、ほら、あげる。」
「ええ、本当に?」
「うん。」
そのことを聞いて思わず私は笑みがこぼれてしまった。同じ話を知っていて、同じことをしようとしていて、ホントに本当に私たちは運命だと思った。
「ありがとう!すっごく嬉しい。」
「ニヤニヤするなよ〜。」
そのお花は前日別の女の子が持ってきたものだったのを知ったのは、後になってのことだった。
運命なんて、その人のいいところしか見なければそれは必然的に運命になるのである。人はその時々の環境によって変わっていくもので、その時運命の人だと信じてやまなかった人がいつまでも運命の人とは限らない。
でも今日を思い切り生きている、という事実だけは間違いじゃないし、そうやって生きてきた日々は自分の財産になる。
だからあなたと出会えた日々に感謝しつつ、私は今日も前へ進む。




