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空は暗くなってゆく-アンドロメダ

 大阪府出身、東京都在住、人材系の企業で働いている社会人3年目の港区OL。仕事はそれなりに慣れて、最近は繁忙期でそれなりに忙しくさせてもらっている。

 家は会社の借り上げで、オフィスから徒歩15分弱、チャリで3分強。つまり残業し放題。残業代は出るとはいえ、体力的にキツくないと言えば嘘になる。

ただやっぱり、毎日続くブルーライトとの睨み合いは流石に視力が良い私でも少しキツい。特に今はもう終電後で社内の明かりも少ないため、この明るさは相当目に刺さる。

 パソコンの端に目をやると時刻は1時半をまわっていた。流石に集中しすぎていたと反省し画面を閉じる。割といろんなことに気がつくタイプだから、自分の仕事を終えたあと、後輩のミスを無言でフォローしこの時間になるのは日常茶飯事。部屋に落ちているホコリとか髪の毛1本も気になってしまって掃除しないと寝れないタイプ。もちろんこんな時間だから、このフロアに残っているのは私だけ。仕事用のリュックを背負いオフィスを出る。イヤホンをつける直前、背後でオートロックの施錠音が響いた。


 この気が付いてしまう性格で得することも損することもたくさんあった。たとえば今乗ったこの自転車。ずっと前から憧れだった型で、自転車屋や通販、フリマアプリで探し回っていたところ、たまたま家の近くの自転車屋で入荷されているのを横断歩道の向かい側から気づき、見事ゲットした。他にも仕事でクライアントは気づかなかった点を指摘し褒められることもよくある。

 損することといえば、相手の表情の細かなところまで気づいてしまうから人をそれで判断してしまって人間関係があまり深くならないことかな。会社の同期や同じチームの人と飲み会に行くこともあるがそれ以上でもそれ以下でもない。地元に帰れば友人はいるが、今はそんな余裕もない。

 そんな私を港区は肯定してくれるからこんな生活も嫌いではない。仕事もプライベートも全てここで完結するためずっとここにいる。最近は新しい発見や新鮮味も無くなってきた。疲れもあって、マンションの掲示板の張り紙なんてあまり目に入らない。ポストを開けると母親から封筒が届いていた。家に入り封を開けるとそこには実家に届いた私宛ての郵便物がいくつか入っていた。1つずつ見ていると高校の同級生からのハガキがあり、表を見てみると、

「3年3組 同窓会のお知らせ」

の文字が目に入った。


 「同窓会か。」

 誰に聞かれるわけでもないが、溜め息混じりにそう呟いてしまった。同窓会というものが何なのかをいま一度確認するためだ。同窓会ということはクラスメイトが集まる。クラスメイトが集まるということは付き合っていた元彼もいるということだ。

 彼とは3年間同じクラスで、優しいところや私の話を面白そうに聞いてくれるところが好きで2年の秋から付き合った。放課後都合が良い日は制服のままデートをし、休みの日にはいろんなところへ遊びに行った。このままずっと一緒にいるんだろうな、と思っていたのも束の間、彼が東京の大学へ進学してしまい遠距離恋愛となりあっけなく別れた。別にお互い何か嫌いになったわけではなく、ただ環境による人間の変化により、といった感じだ。

 そんな風に彼のことや高校生活を思い出したりしながらハガキを読み進めると、同窓会の日程と仕事のプレゼンが重なっていた。まあ行けないよな、と最初からわかっていたように自分を納得させていると、

「あ、ここ誤字ってる。」

同窓会のハガキの誤字にも気が付いた。そう呟きながら欠席に丸をつけたハガキをリュックのポケットにしまう。



 繁忙期の睡眠時間はやはり短く、もう朝が来てしまった。時刻は7時半。社会人でありながらこの時間に起きられるのは会社と家が近い唯一の利点だ。軽めの朝食を取り支度していると意外にも時間がなくなり急いで会社へ向かう。

 今日は繁忙期の中でも特に忙しい。昼休憩もろくに取れず時間が過ぎていく。世間は金曜日で浮き足立っているなか私は今日もブルーライトと視線を交わす。華麗なブラインドタッチを決めていると手元のスマホが鳴る。見ると母親からだった。

『同窓会行くの?帰ってくるんだったらシーツ洗濯しないといけないんだけど。』

そういえば、とリュックのポケットを見ると昨日書いたハガキが目に入る。終業時間外だから、と言い訳をし休憩がてらポストにハガキを出しに行くことにした。

 金曜の夜の港区は賑わっている。仕事終わりの人々が駅や居酒屋に向かい一直線に歩いている。私は駅の向こう側にあるポストを目指す。


 交差点で信号待ちをしているとたくさんの車が行き交う。乱立するビルの灯りは輝き、共に残業している仲間たちに想いを馳せる。ビルについているビジョンに流れる広告は眩し過ぎて、疲れ目を紛らわすため手元のハガキに視線を移す。信号が青になり、向かいから来る人を都会的な足取りで避けていると誰かのフルネームが耳に入り、それが知っている人であると認識するのに時間はかからなかった。

 彼の名前だった。紛れもない、平凡すぎず特別すぎない、私が何度も呼んだあの名前。急いで振り返るが人が多すぎて誰が言ったのかわからないまま信号は点滅し始める。心の中がぐるぐる渦巻き、次第に視界はぼやけていく。

 高校時代に彼と行ったハンバーガーショップ、彼と聴いた音楽、一緒に見た景色、くれた言葉、繋いだ手、全部そこにあったが、ここにはない。全て本物だったのに、今はそれを示す証拠もない。ここに来るまでに落としていっていることに気がつけず、残像だけが目の前にある。かろうじて視界の端に見えた赤へハガキを投函する。これで最後の1つも落としてしまったような気がして、そんな自分を肯定するために一言呟いた。

 「さよなら」

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