『空のkiss〜小さな小さな小さな物語』~ある野原(のっぱら)の見た夢が捧ぐ~
ああ・・・ええ・・・おはなししましょうね。
わたしがこんなにおっきな”野っぱら”に育つ前にこの草むらの懐に大事に見つけたあの夢のような時間を。
なあがいなあがい時の中に埋もっていても、ふと、あの空を見上げた瞬間にわたしの中に大切に眠ってるあの夢を・・・ここで紡いでみましょうね。
『 小さな小さな小さな野原の真ん中に、小さな小さな小さなお花が一つ咲いていました。
小さな小さな小さな野原の真ん中に咲いている小さな小さな小さなお花は、頭上に広がる青い空の下で、風に揺れながら、降り注ぐ命の滴をいただき、煌めく星達に包まれて、たった独りで咲いていました。
小さな小さな小さな野原を南へ渡る鳥の群れが通りすぎるのを見上げながら、小さな小さな小さなお花は今日も唄います。
「行ってらっしゃい。どうか気をつけて。また帰って来てね。」
小さな小さな小さなお花の小さな小さな小さな声は、届きません。
けれど、小さな小さな小さなお花は今日も微笑みながら空に歌うのでした。
ゆったりとした時間の中で、幾つの群れが通りすぎたのか・・・・・
小さな小さな小さなお花がいつもの様に首をピンと伸ばして、にっこりと笑顔で空に向かって歌っていたある日のこと・・・。
渡り鳥の群れの中から一羽の小さな小さな小さな小鳥が、小さな小さな小さな野原の真ん中咲く小さな小さな小さなお花に向かって飛んで降りて来ました。
小さな小さな小さなお花は驚きました。そして嬉しくて、その喜びに身体中が震え、でもあまりの喜びに胸が痛くて声が出ません。
小さな小さな小さなお花は身体中が脈打つ様に歓喜に弾むその小さな胸を抱えて、ただただ小鳥を見つめることしか出来ませんでした。
小鳥も小さな小さな小さなお花をじっと見つめました。
そして、小鳥は小さな小さな小さなお花を包み込むようにゆっくりと羽を広げながら、小さな小さな小さなお花にそっとキスすると、その羽をはばたかせてまた群れのもとへと飛び去っていきました。
小さな小さな小さなお花は、空から小鳥が自分に向って舞い降りて来るのを感じたその瞬間から、自分がそこに存在する時間がゆっくりと優しい螺旋の底に沈んでゆく様な温かさに打たれ、その衝撃の余韻に、土に張りめぐった根の隅々から、花びらに浮かぶ露の滴のその光にまでもが包みこまれるのを感じました。
そして小鳥が羽ばたいて飛び立った瞬間、その魔法の螺旋は解け、小さな小さな小さなお花の目には、小鳥の羽から何かが地面に落ちるのが映ったのでした。
小鳥が群れを追い飛び去った後、小さな小さな小さな野原の真ん中に咲く小さな小さな小さなお花のすぐ傍に残ったのは、小さな小さな小さな一粒の種でした。
小さな小さな小さな野原の真ん中に咲く小さな小さな小さなお花のすぐ傍には小さな小さな小さな一粒の種が眠っています。
小さな小さな小さなお花は、傍らの土に優しくくるまれ眠る小さな小さな小さなその種を、暑い夏の日には、少しでも日差しの暑さから守ろうと、全身で日影を作ろうと小さな体を思い切り伸ばし、冬の寒い日には、少しでも冷たい風から守ろうと、全身で風よけになろうと小さな体を思いきり伸ばし、優しい子守唄を唄いながら、小さな小さな小さな種の寝床を見守る小さな小さな小さなお花は幸せでした。
・・・とても、とても幸せでした。
小さな小さな小さな野原に初めて春の吐息が届いたのはいつだったのか。
ある日、小さな小さな小さなお花の傍に、小さな小さな小さな芽が、ぴょこん、と生まれてきました。
永い眠りから目覚めた、小さな小さな小さなその芽は、「ふあああ・・・」と小さなあくびをしました。
すると、「おはよう、ぼうや・・・」と声がしました。
小さな小さな小さなぼうやが声のする方を見上げると、そこには、大きな大きな大きなお花がぼうやを優しく見つめていました。
「おはよう。ぼうや。私はずーっとずっとあなたを待っていたのよ。」
「ぼくを?」
「そう。あなたを待っていたの。どうかすくすくと大きくおなり・・」
それから二人の時間の扉が開きました。
小さな小さな小さなお花は、小さな小さな小さなぼうやに教えます。
太陽の恵みを浴び、雨水から命をいただき、風に感謝の歌を舞うことを・・・。
そして、青い空がどんなに悠々と果てに広がっているのかを。
白い雲のこそばゆい位の好奇心をの深さを。夕焼けの泣きたい位の美しさを。
全てを包み込む夜の優しさと、夜空の星達がくれる無限の明日への煌めきを。
小さな小さな小さなお花は小さな小さな小さなぼうやと共にその思いを紡ぎながら、色とりどりの柔らかな時間を織りなしていったのでした。
そして今、幾つの空が廻ったのか・・・・・
今日も、また小さな小さな小さな野原には小さな小さな小さなお花が唄う優しい子守唄が響き・・・・でも、小さな小さな小さな野原の真ん中に咲く小さな小さな小さなお花の傍には、小さな小さな小さなぼうやはもういません。
今、小さな小さな小さな野原の真ん中には、大きな大きな大きな若い木が一本生えているのでした。
小さな小さな小さなお花がどんなに首を伸ばして見上げても、ぼうやのお顔はもう見えません。
それでも、小さな小さな小さなお花は、遠い頭上の坊やに坊やにぼうやに向けて、ありったけの声で今日も子守唄を唄うのでした。
そして、季節は時を刻み続け、小さな小さな小さなお花を包んでこんでゆきました。
ある日、小さな小さな小さなお花は、空に向かって伸びる大きな大きな大きなぼうやに言いました。
「ぼうや・・・。私はもう逝かなければいけません。
どうか、青い空を心に映し、暑い夏は身体を休め、雨水からは命をいただき、風を友に歌い、星達に見守られて、すくすくとすくすくと育っておくれ。
私はもう一緒にはいられないけれど、幸せに生きるのですよ。」
小さな小さな小さな野原に真ん中に咲く小さな小さな小さなお花の、大きな大きな大きなぼうやの声が響きました。
「おかあさん・・・ぼくを置いていかないで・・・・」
けれど、小さな小さな小さなお花の咲いていた土にはもう何もありません。
小さな小さな小さな野原の真ん中に立つ大きな大きな大きな一本の木は身体中の葉を揺らし、泣き続けました。
幾日も幾日も時間の波が消えたかの様に悲しい歌が響き渡る小さな小さな小さな野原の、真ん中に、ある日、一羽の鳥が舞い降りました。
その鳥は、小さな小さな小さなお花が咲いていたその土の傍に降り立ち、その土をじっと見つめていましたが、やがて、そっと近づくと、小さな小さな小さなお花が咲いていたその土に優しくキスをしました。
そしてまたゆっくりと広げた羽をはばたかせながら、大きな大きな大きなぼうやの太い幹の周りを螺旋に包み込むかのように飛びました。
そして、ぼうやの枝に留まると、驚いて泣きやんだぼうやの顔をじっと見つめ、ぼうやにそっとキスするとまた大空へと飛び立ちました。
ぼうや・・・どうか悲しまないで。
風と歌い、星と語り、いつも心を空に向けて生きるのですよ・・・・
そして小さな小さな小さな野原にも冬将軍が訪れ、ぼうやは冬の眠りにつきました。
小さな小さな小さな野原に季節は何度も廻り、ある暖かな春の日差しの中・・・・
小さな小さな小さな野原の真ん中に大きな大きな大きな木が一本だけ立っています。
そして、その大きな大きな大きな木の胸元には今、小さな小さな小さなお花が一つ、ゆっくりと風に揺れながら咲いています。
小さな小さな小さな野原の真ん中に立つ大きな大きな大きな一本の木とそこに咲く小さな小さな小さなお花が今日も共に風にゆれながら歌うその音色は、悠々と広がる青空に向かって優しい螺旋となって響き渡り、小さな小さな小さな野原の空には一羽の鳥が舞うように、どこまでもどこまでも高く飛んでいたのでした。 』
ああ・・・と、おっきな野っぱらは優しい吐息をあの空に唄いながら、彼らのあの温かな夢を紡ぎながら・・・たゆまぬ時の流れの中で儚くも泰然と・・・悠々なる微笑みに生きているのだろう・・・。