死の女神アリス
「六人目の……女神?」
俺は思わずそう聞き返してしまった。
少なくともそんな存在がいるとは聞いたことが無い。さっき亀爺自身も五人の女神と言っていたはずだ。ただ、目の前にいる亀爺が嘘をついているとは思えなかった。
「そうじゃ。はるか昔……今から千年前ほど前、この世界は六人の女神さまが統治されておったのじゃ。儂はその時、死の女神アリス様の眷属じゃった。しかし、ある日――グァあああああああ!」
亀爺が俺に何かを教えてくれようとした、その瞬間。亀爺の首についていた首輪が白く発光し、電流を放った。
「……すまないフユキ殿。これ以上千年前についての詳細な内容を話すと、この首についた隷属の首輪が反逆とみなして儂を攻撃するようじゃ。だから、ここからは本当にただの懇願となる」
亀爺は最初にあった時とはまるで違う、真剣な顔つきを見せる。俺はもう何も言えずに黙って聞いた。
「どうか、アリス様を助けてはくださらぬか」
再び亀爺の腕に電流が流れる。それでも亀爺は耐え続けていた。一体アリスとは何者なのか、なぜ追放されたのか。様々なことがまだわからない。
ただここで見捨てたくないと、俺は思った。
「……俺のスキル『星に願いを』があれば助けられるんだな」
「助けられるかはわかりませぬが、少なくともこの世界で『あの場所』に行くことができるのはただ一人、フユキ殿だけ。だから、どうか……」
間違いなく、ここで頷いてしまえば俺はもう普通にこのゲームを楽しむことは出来ないだろう。
それでも、俺の選ぶ答えは決まっていた。
「分かった。座標を教えてくれ」
俺はそう言って、たった一度しか使うことのできない転移スキル『星に願いを』を起動させる。亀爺が涙を流しているのが見える中、一通の電子メッセージが俺のもとに届いた。
《座標を入力してください(x,y,z)》
俺は亀爺を見る。亀爺は一度大きく深呼吸をすると、俺へ向かって告げた。
「x軸364 y軸-36475 z軸6454。かつてこの世界の創造神が新しく世界に加えようとしたが、今は女神たちによって幽閉施設と化し誰も立ち入れなくなっている場所。その名も――」
俺は数値を入力し終えて、実行ボタンを押す。自分の体が徐々に薄くなっていくのを実感していく中、最後に亀爺の言葉だけが聞こえた。
「地獄ステージじゃ」
●●●
「なんだよ、これ……」
目を開けた瞬間、俺の目に飛び込んできたのは目を覆いたくなるような惨状だった。
そこは厳重な扉のようなもので閉じ込められた部屋だった。やけに気温と湿度が高く、サウナのような蒸し暑さがある。
そんな中で、一人の少女が拘束されていた。手首と足首が鎖で縛られ、うなだれている彼女。銀色の長髪はくすみ、目には生気が宿っていない。
目の前にいるの彼女こそが死の女神アリスだというのは、直感で分かった。
「……大丈夫か、意識はあるか?」
俺は近づきながら恐る恐る尋ねる。少女は光のない瞳を俺の方へ向け、目を丸くした。
「う、そ……」
「嘘じゃない。俺はお前を助けに来た」
いったいどれほどの期間ここに閉じ込められていたのかわからないが、彼女はろれつが回らないのか中々言葉が話せていなかった。それでも、彼女の白い頬に一筋の涙が流れていた事だけは分かった。
亀爺の言葉から推測するに、もしかしたら1000年間ここに閉じ込められていたのかもしれない。
たった一人で、何もない世界で。ただ熱さに耐え忍びながら。
「……もう大丈夫だ。俺が助けてやる」
俺がそう言うと、アリスはようやく少し喋れるようになって来たのか、俺に尋ねた。
「私、は……死の女神、アリス。あなたは……だれ?」
「俺はフユキ。君の眷属と名乗っている亀爺に頼まれて、君を助けに来たんだ」
「そっか、亀ちゃんが……。ありがとう、フユキさん」
「フユキでいい。さん付けはいらないよ」
「うん、フユキ……。なら私もアリスでいい」
こんな普通の少女が、ここにずっと閉じ込められていたのか。
俺はいてもたってもいられなくなり彼女のもとに近づくと、肌に無数の傷跡があることが判明した。俺は収まらない怒りを何とか抑えようとこぶしを握りながら、彼女の拘束具を外そうとする。
しかし、とてもじゃないが俺に外せるようなものではなかった。
腰にさしてある剣で斬りつけても、びくともしない。
『星に願いを』を使ったせいで、今の俺はスキルを一つも持っていない。ステータスもレベル1のせいで強くない。
手を伸ばせば助けられる距離にいるのに、助けられない自分がもどかしかった。
「すまない、俺が来たぐらいじゃどうにも……」
無力さを痛感しながら、俺は彼女に謝った。しかし次の瞬間、アリスは突然予想外のことを口にした。
「フユキ、私のステータス画面を見て」
「え、急にどうした?」
「おねがい」
真意は分からないが、とりあえず俺は言われたとおりに彼女のステータスを見る。だが、そこに書かれていたのはとても正規の物とは言えない物だった。
【爛ゥェ樊】
・●●●※@
・怜喧縺代ヱ爛繧ソ繝シ繝ウ……
明らかに文字化けしていて、読み取ることができない。おまけにステータス画面を開いた瞬間、突然俺の方の動作も重くなって、視界が一瞬点滅した。
「……これは、どういうことなんだ?」
あまりの驚きに俺は、目の前にいる少女を見つめる。
彼女から帰ってきた言葉は、衝撃的なものだった。
「私はね、他の女神によって無数のウイルスを仕込まれて、この世界に適合できなくなったの。そのせいで、この牢獄に閉じ込められているんだ」
「えっ……」
思わず耳を疑った。なぜ、あくまでこのゲームのキャラクターであるはずの女神がウイルスを使えるのだろうか。しかも、未だに運営側から修正パッチが施されていない。いやそもそも、アリスは何故こんなことをされなければならなかったのか。
疑問は尽きないが、更に驚くべきことをアリスは告げる。
「だからね、私がこのままここを脱出できても、この地獄エリアの外では生きられないの。バグにまみれた私が生きられるのは、世界の理と隔離されているこの廃棄エリアだけだから」
「じゃあどうすればいいんだよ……」
「私を……殺して」
「……え」
私を殺して、という言葉の意味が最初数秒間理解できなかった。しかし、目の前にいる今にも消えてしまいそうな彼女は、平然とそう告げる。
「そんなの駄目だ! 死ぬだなんて、そんな……」
正直、俺はアリスのことについて何もわかっていない。なぜ彼女がここに閉じ込められているのかも、なぜウイルスを送られたのかもわからない。
でも、彼女には死んでほしくないと俺は思った。
それは、彼女があまりにもかわいそうだったからかもしれない。
故に拒否する俺へ、アリスは首を横に振る。
「やっと、一人の悲しみから解放される。もう……千年間も頑張ったから」
「俺が一緒にいてやる! そうすれば一人じゃないだろ!」
「この地獄ステージは、本来廃棄されたはずのバグまみれの世界。だからフユキがずっといることは……できない」
「そんなの……あんまりだろ」
悔しさのあまり、俺の頬に涙が流れた。こんなにも自分は感情的な人間だったのかと、自分自身に驚くほどたくさん。
「ありがとう、私のために泣いてくれて」
「……なぁ、本当にどうしようもないのかよ」
「うん。でもフユキが来なかったら、この後も一生一人で孤独にここにいた。だから、ありがとう」
そう言ってアリスがうかべた笑顔は、何処までも儚く胸を切り裂く。俺はぎゅと目を瞑り、それでもアリスのために殺すしかないかと思った――瞬間だった。
「え……」
信じられない光景が俺の目に映った。剣が空中で分解されていったのだ。
俺は慌てて自分のステータス欄を確認する。
名前:フユキ
レベル:1
種族:人間
職業:なし
宗派:なし
スキル:なし
所持アイテム:献上の珠 500ポイント
さっきまで双剣士だったはずの職業は空欄となっていて、本来は戦の女神フレイアと書かれるはずの宗派にはなしと書かれている。
そして、フレイアに奉納したはずの献上の珠が、なぜか俺の手元に戻っていた。
さらに、一通の電子メッセージが届く。
《アリスを助け出してほしい。助けられたら、私の元を訪れなさい by戦の女神フレイア》
「どうなっているんだ……」
そもそもアリスをここに閉じ込めたのは女神のはずなのに、その女神のうちの一人が俺を応援しているという今の現状はよくわからない。まぁ詳しいことは、全てここでアリスを助け出してから聞けばいい。
ただ今この状況において、これは逆転の一打となりえた。
なぜなら、俺の目の前に一通の電子メッセージが表示されたからだ。
《一定範囲内にいるため、奉納の珠が使用可能です。これを死の女神アリスに奉納しますか?》
俺は迷わず、それに『はい』を押した。
奉納の珠:女神に渡すことで、信仰のしるしとなる物。使用方法は、亀爺経由で奉納する初期奉納・町の教会で奉納する通常奉納・一定距離にいる女神に奉納する直接奉納の三通りあります。入手方法は、最初に亀爺からもらうかと特定ダンジョンの宝箱からのレアドロップするかの二通りです。