0.8
体感したことのない馬車旅に揺られて数時間。少しお尻が痛くなり始めたところで、馬車が止まった。
「ここで小休憩になります。お手洗い等は大丈夫ですか?」
お手洗い?ああ・・・・そういえば、これまでトイレに行った事があっただろうか?
いや、無い。この世界に(たぶん)転生してから一度もトイレに行っていないんじゃないか?
あれ、それって生理的に不味いんじゃ?と思ったら急にトイレに行きたくなった。
「い、行きます・・・!」
「ではご案内します」
世話をしてくれる女性の手を取って馬車を降りる。そして少し茂みに入ったところで、女性が僕の手を離してまず地面に、そして宙に翳した。
すると地面が凹み、周りの雰囲気が変わった。目には見えないけど空中に何かがあるように感じる。
「ただいま風の魔法で結界を張りました。この中であれば他者の目や耳を気にせずに済みます。お手拭きはこちらをご使用下さい」
そう言って少しごわっとしてるけど厚みのある紙を渡してくる。
あ、普通に紙があるのか。なら結構技術は発展してそうだな、と少し思ってから急いで凹んだ土の上に跨り、野外排泄の準備をする。
貰った服装がワンピースタイプで良かった。女の子の体での手順なんて知らないけど、とりあえず汚さずに済みそうだしね!
羞恥心よりも生理的欲求・・・!!
意外とすんなり出来た。格好が和式だと男も女もあまり変わらなかった。
ただ5日間一度もトイレに行かずにいた割には少ないなと思った。
って感想を述べてる場合じゃない。早く片付けて馬車に戻らないと。
僕がトイレの上から退くと、まず風の結界を縮めて匂いを凹んだ場所に集めてから土の魔法で埋めていた。多少の匂いは漏れるだろうがほとんどしないので、これなら羞恥心もあまり刺激されない。
魔法の便利さをまた体感出来た。学園に着いたら僕も使えるようになるといいなぁ。
小休憩を終えてまた進み始め、夕暮れ帯に馬車が止まった。備え付けられている窓を覗くと、少し広い空き地のようになっており、外から聞こえる「早く準備しろー!」「すぐに夜になるぞー!」という声からここが野営地なのだと分かった。
僕達は出なくて良いのかな?と思って世話係の彼女を見ると、一言。
「貴方はエルフの村からの客人ですので、夕食の準備が出来るまでくつろいでお待ち下さい」
村からの追放だった気がするのだが、客人という立場だとは知らなかった。
この胸の琥珀は彼らにとってよほど価値あるものだったのだろうか?
その後、エルフの村のご飯より野生的で、でも不味くはない夜ご飯を食べ、馬車の中の長椅子の上で寝た。
次の日からはもうずっと馬車に揺られて跳ばされて走るだけだった。お尻は痛くなってたけど、そこまででもなく、ギリギリ耐えられるレベルだった。
それが逆に駄目だったかもしれないけど。
なんせクルスさんの助言に従いずっと黙っていた影響で、人見知りというか、話しかける気まずさが出来てしまったのだ。
一応「ありがとう」とか「いただきます」とかは捻り出している。
が。それ以上の言葉がどうも出ない。
彼女が魔法を使ってくれる時とか、夜にランプみたいなのを使ってくれる時とかに話しかけようと思うのだが、こんな外套被ったまま失礼じゃないか?という考えが浮かんで引っ込んでしまう。
僕はこんな男だったか?いや、もっと勇気ある社会性のある男だったはずだ!
と思っても、クルスさんとの約束を思い出すとその想いも萎んでしまうのが駄目だった。
仕方ないから自分の殻に籠る事にした。
眠る間際とかはあんまり触れていなかったけど、これでもそこそこゲームなどを嗜んでいた男だった。
だから超能力的な修行方法もよく知ってる。子供の頃は気の練習とかしてたし。
まず座禅を組む。どうせ外套で見えないからワンピースでも気にしない。
目の前の彼女が疑問の目を向けてきている気がするが気にしない。
そして両手を丸い球を持っているように形作り、そこに体の気を集めるように集中する。
気は体を巡るもの。
魔力もクルスさんの言い方的に、体に溜まってるものだ。
だからきっと同じイメージで出来るはず・・・!
「むむむ・・・」
「――――――」
・・・っ!な、何か、手元がふんわりと暖かい気が・・・?
「・・・はぁ」
「っ?」
アホか僕は。それは手が痺れ始めて感覚が薄くなり始めただけだろう。
手を楽にして座禅を崩して外を見る。
早く、魔法を習いたいなぁ・・・。
馬車旅7日目。
今更ながらとんでもない事に気づいた。お風呂に入っていない!特に汗ばんだ感覚も無ければ気持ち悪い感覚も無かったから無視してたけど、お風呂入ってないじゃん!
自分の腕を嗅ぐ。外套の内側も嗅ぐ。
腕からはこれと言って匂いはしていないが、外套は少し臭い気がする。
・・・クルスさんも不衛生は許さないだろう。世話係さんに伝えよう。
「あ、あの」
「っ!?は、はい。いかがしましたか?」
「み、水浴びって、出来ますか?あと、出来れば着替えたいんですが・・・」
「水浴び、ですか?えぇっと、この近辺に水辺はありませんので少し難しいかと・・・。どういった理由なのでしょうか?」
「えっと、シャ・・・身を清めたくて」
なんか「シャワー浴びたくて」はこの世界に似合わない気がしたので少し上品っぽく言い直す。
「でしたら洗浄魔法をお掛けします。次の小休憩の時でよろしいですか?」
「はい!お願いします!」
女の子の体として流石にこれは不味いよな。でも何でお風呂に気づかなかったんだろう?汚れたって感覚が無かったからかな?
そして次の小休憩。
馬車の外に出てトイレの時と同じように茂みの方に向かった。
「では息を止めて目を閉じて下さい」
「はい」
馬車から少し離れた所で外套を脱ぎ、言われた通りにする。
(あ、そういえばこの人に普通に姿を見せちゃった――――!?)
突然体を襲う衝撃!
ぶっとい蛇みたいなものが全身を締め付けるように動いて、流れていく!
「んぶぶぶぶふ!?」
これ、水流だ!すごい勢いの鉄砲水が僕の頭から足まで流れて高圧洗浄してる!!
だから目を開けちゃいけないし、息を止めないといけないのね!!でもそれとは関係なくこの勢いは体持ってかれるって!!
そんな渦潮に頭から突っ込んだような洗浄は10秒足らずで終わった。
だが魔法式お風呂は終わりではなく、今度は竜巻に突っ込むはめになった。
「では乾燥させますので一呼吸してください」
「はぁぁぁ、すぅぅぅ!」
乾燥の魔法は先程の風版で、少し暖かい風が全身を走っていく。これがまた強力で、下手したら服切れるんじゃないか?と思ったが、何故か服は何とも無く、ただ全身を洗ってさっぱりした気分だけが残るのだった。
やっぱり魔法ってすごいな、と思わされてばっかりだ。こんなの現代技術じゃ絶対に無理だね。