0.7
「ジュエル、おはよう」
「おはよう、ごじゃいます、クルスさん・・・」
一日中部屋に閉じ込められた生活だが、柔らかい草のベッドだからかぐっすりと眠れる毎日。
初日二日目はクルスさんの前でみっともない姿を見せないために気合を入れてしゃっきりとしていたが、3日目からはもう化けの皮が剥がれて寝起きのふらふらな状態でも何も思わなくなった。
クルスさん優しいし、僕の事を見る目が妹というか小さな子として扱ってる節があるので、もうそういう事にして僕も女性に無様な姿を見せたくないという自尊心を捨てた。
もう体は女の子だから。まあ、かと言って性同一性障害かと聞かれるとそんな感覚は無いんだけどね。やっぱり元々男で転生して女の子になったという自覚があるから自分の性に対する認識が緩いんだろうなぁ。
「はい、朝食よ。食べながらでいいから私の言葉を聞いてね。あ、返事もしなくていいから」
「?はい。いただきます」
今日の朝食はいつものごはんに野菜スープ、そして魚の干物を焼いたものだ。
この世界の文明レベルが良く分からないのだが、とりあえず食べ物は日本とそんなに違いは無いと思う。
「今日あなたはこの座敷牢から出されます」
「っ、え?」
「実は昨日の朝に交易隊がやってきたの。昨日と今日で荷の交換を終了させたらすぐに出発するから、その交易隊にあなたを渡すわ。これは以前長がおっしゃっていたのを覚えているわよね?」
「は、はい」
こんなに早くに来るとは思わなかったけど、間もなくって言ってたからむしろ丁度いいくらいなのかな。クルスさんとの他愛無い会話が楽しかったからもう少し楽しみたかったと残念な気持ちだ。
「長からあなたにこの村の中を見せてはいけない。そして誰かに姿を見られてもいけないと命じられているから、来た時と同じように目隠しをして、更に大きめの外套で全身を隠して私が運ぶわ。不安になるかもしれないけど、ごめんなさい」
「んぐっ。大丈夫です!クルスさんのことは信頼していますから!」
「・・・ありがとうね。」
そういえばどこに送られるかは聞いたことが無かった。教えてもらえるかな?
「あの、私はどこに連れていかれるのでしょうか?」
「行先はアラビス学園都市という大きな学校よ。そこで教授をしている人がいるから、彼女に預けるの」
「学園都市?エルフの学校ですか?」
「いいえ、人類種であれば誰でも入学出来る学校よ。エルフは少なめね。エルフの学校は村の中に小さいのがあるわ」
ふむ・・・学園都市。とりあえず面白そうだと思うし、色々な情報を得られそうだから悪くない場所だ。あとは預け先の人との相性次第だ・・・!
「詳しくは会ってみれば分かるけど、とにかく凄い人よ。若くして村を出て様々な場所や国を旅して、今では魔法学に関する第一人者として教鞭を取っている方なの」
「へー。クルスさんと同じくらいですか?」
「いいえ、私より100歳ちょっと年上だったはずね。村を出たのが50歳前後って聞いてるからもう150年くらいは見聞を広めて研究し続けているんじゃないかしら?」
「すごーい・・・ごちそうさまでした」
なんか予想以上に凄そうな人だな。さっきは相性次第とか思ったけど、これは大人として愛想笑いしながらでも教えを請わなければいけなさそうだな。
クルスさんから情報を貰い、朝食を食べ終わった僕は運搬のための準備があるクルスさんを見送ってゴロゴロする。
今のところ使い方が微塵も分からない魔法とか、この体で出来る事とか、他愛ない事を考えながらだらける。
頼れる相手とか物が一切無いから本当は危険な状態のはずなんだけど、ここの居心地が良いからどうしても緩むんだよねぇ・・・。
ゴーロゴーロ
ゴーロゴーロ
そして僕は帰ってきたクルスさんに目隠しを付けられて、裾が床に付く長さの外套を被せられてお姫様抱っこされながら座敷牢から出た。
「出来れば向こうに着くまで喋らないでね。長は何かを警戒されてるみたい」
「分かりました」
何も見えないのは勿論のこと、音も生活音とかは聞こえるが具体的な会話は聞こえない。
(やっぱり座敷牢は村の外れに設置されていて、交易隊がいる場所までは人が少ないのかな?)
そんな事を考えていると人の声が聞こえた。
「今回もお世話になりました。そちらが例の?」
「ああ。こちらの方についての情報はこの紙に書かれている。くれぐれも失礼無く学園まで運んで欲しい」
「分かりました。おい」
「はい、お預かり致します」
久々の堅いクルスさんを聞いた後に僕はお姫様抱っこのまま渡された。
いくら華奢な女の子の体とは言えど重いと思うんだけど、僕を渡された女性(肩の感触で判断)は特に震える事無く持ち続けているのでこの世界の女性は結構強いのかも知れない。
(いや、女性と言えども荷物を運んで交易をする立場だから実は筋肉ムキムキな女性だったりするかも)
自分の知っている常識が狭い可能性に気づいたので、異世界だから生態が違うのか立場の問題で鍛えられてるのか判断が付かなくなってしまった。
いっそのこと、どんな人が現れても全部多様性の一言で済ませて行こうかなー。
「では私たちはこれで失礼します」
「ああ。また来月に会おう。達者でな」
何故か最後の言葉は僕に対するものだと分かった。だから彼女を見ながら一度頷いた。
本当は挨拶をしたかったけど、口を開く事を止められてるからきっとこれで分かってくれただろう。
別れの場から離れて何かに乗ったことが分かった後、腕の中から丁寧に降ろされて椅子に座った。
「学園まではおよそ2週間の予定ですがご了承ください。ご不便な事がありましたらご遠慮なくお申し付け下さい」
黙ったまま一度頷く。こうして僕はエルフの村を出発した。
2週間も黙ったまま過ごせるかは不安だが、どうにかクルスさんの言葉に従おう。
ガタン
ガタンガッタン
(っ。これ、馬車旅って、結構辛いかもしれない・・・)
どうにか頑張ろう・・・!