0.6
僕の目の前に現れた水の鏡は楕円形をしていて、今の僕の姿を丸々映していた。
突然の魔法に内心興奮しながらも、それを表に出すのはみっともない気がして鏡に集中する。
・・・ふむ。感覚的にだが、150cm前後というところか?
分かっていたが特に太っていることも無く、かと言って物凄くキュッと締まって脚長!って感じでも無いので、日本人的美少女かもしれない。目と髪黒いし。
曖昧なのは仕方ないだろう。だって日本からほとんど出たことないから、白人とか黒人の美少女の全身姿なんてほとんど見たことないんだ。
肌も白いと言えば白いけど、病的な白さでは無いように感じる。
外にまったく出ない奴の白さ・・・いや、それは少し病的か。
とりあえずクルスさんからの評価も総合して考えると、普通の美少女ということでいい気がする。
クルスさんには勝てないけど、学年10位以内には入ってる・・・かも?
クルスさんはミスコン常勝レベルだ。
さて、自分の容姿に関する情報は得られた。では・・・
「あの、クルスさん!今の魔法って!」
「魔法?今のは魔術よ。私、水の適性低いから水の魔法は使えないのよ」
「魔法と魔術は違うんですか?」
「ええ、そうよ。簡単に言えば自由なのは魔法で、不自由なのが魔術ね」
自由?不自由?
「???」
「簡単に言い過ぎたかしら?こほん。きちんと説明すると、基本的に魔法を使うためには魔法適性が必要になるわ。土の属性を持っていれば土の魔法が使えるし、水の適性を持っていれば水の魔法が使える」
「はいはい」
「まあ適性をまったく持っていない人間なんてほぼいないんだけどね?ただ、魔法を習う際にはその適性の強弱によって、適性があるかないかを判断するの。だから因果関係としては、<土の適性を持っているから土の魔法を使える>では無く、<土の魔法を使えるだけの土の適性を持っている>と言うのが正しいわ」
なるほど。理解を簡単にするために適性の有無としているけれど、実際には基準が違うと言うわけか。
「それで、私の水の適性は魔法を使える程じゃ無いの。そんな時に使うのが魔術。魔術は魔術陣による発動を前提とした魔法で、適性が低くても魔法が使えるけど、その陣に刻まれた物しか使えないからほとんど応用が出来ないのよね」
「魔法は自分で発動出来るから応用し放題って事ですか?」
「ええ。自分が起こしたい現象を想像出来て、魔力が足りればほぼ全部出来るわ」
それはまた万能な技術なものだ。魔力と適性が足りていれば、一人で何でも出来るようになるわけだ。
「そういう物だから、魔術には全部名前が付いているわ。さっき使ったのは水を鏡の様に使う水輪鏡。基本は真ん丸なんだけど、注ぐ魔力を増やして楕円形に出来たわけ」
「なるほど・・・。私も魔法が使えるんでしょうか?」
これが一番気になるところだ。こんな体の僕がこの世界で生き延びていくには魔法は必須になるだろう。
「それは適性を調べてみないと分からないわね・・・。でもごめんなさい。適性を調べるための水晶は勝手に持ち出すことが出来ないの。一応長に請願だけはして見るけど・・・」
「いえいえ!そんな悪いです!ぼ、私のためにクルスさんがそこまでされなくても大丈夫です!後で自分で調べます!」
自分のせいで目の前の彼女の立場が弱くなったり、責められたりするのは許容出来ない。下手したら世話係が変わる可能性も生まれるし、せっかく色々教えてくれる優しい人なのだから魔法以外の重要な事も教えてもらいたいのだ。
「そう?」
「はい!クルスさんのおかげで魔法と魔術について良くわかりました!他にもお聞きしたいです!」
「私に答えられる事なら何でもいいわよ」
クルスさんがこれ以上魔法適性について考えないように話題を切り替える。
この世界の食生活、文化レベル、国際事情etc。生き延びるために、そして街で浮かないために必要な情報はいくらでもあるのだ。
それから毎日様々な雑談をした。座敷牢に閉じ込められている僕は一日中暇だし、そんな僕の世話係になったクルスさんもそこそこ暇だった。
だからまずはこの世界のファッションの話をし、クルスさんが知ってる中で最新のニュースとか技術革新とかを聞いて、何故か最後はクルスさんの恋話をしていた。
クルスさんはエルフの村の森林警備隊の一人で、実はエリートらしい。エルフの平均寿命は500歳らしいのだが、わずか50歳で警備隊の試験を突破して一員となり、そこから20年余りという速さで小隊長に選ばれたらしい。
うん。人生100年という常識を持っている僕からすると間隔が長すぎてピンと来ないのだが、エルフの平均寿命を100歳に合わせて単純に考えたら、僅か10歳で国境警備隊に加入して、そこから4年で小隊長になったという事だ。
まあエルフの50歳は既に肉体が出来上がりかけているからこっちの小学5年生くらいでは無いのだが、人生経験量的には優秀なのだと思われる。
「まあ、小隊長に20年で上がれたのはタイミング良く引退した方がいらしたからなんだけどね?」
とはクルスさんのお言葉。でも自分より早く入隊して働いている人々を置いて小隊長に抜擢された時点で普通に凄いと思う。
ただクルスさんは天才ではなかったらしい。立派なエルフとなるために自己鍛錬に多くの時間を割いた結果の秀才なので、男女の機微とか夫を持つという事が良く理解出来なくて最近困ってるらしい。
でも70歳ってまだ人間換算14歳だから結婚するには早いんじゃないの?
「確かに適齢期は100歳からとされているのだけど、既に職を得て活躍しているものはその時点から結婚適齢期になるのよ。一人前の大人になった証と言われているわ。でも、結婚とかよくわからなくてねぇ・・・」
うーん。中身が男である僕が彼女に有益なアドバイスを出来るかは不明だが、ここまで色々な情報を貰っているのだからアドバイスを送ろう。
「クルスさんは頼りになる男性と会ったことはありますか?」
「え?ええ、それは勿論」
「その人と会話している時にふわふわしたことはありますか?」
「ふわ・・・?」
「その人と話しているのが楽しくて、時間感覚がいつもより早く感じる相手とは結婚する可能性があると思います」
「そうなの?」
もちろん相手が卓越した話術を持っていたりしたは駄目なんだけど。いわゆる女たらしとか、結婚詐欺師とか。
でも大抵の人はその人と一緒に居て苦じゃなくて、話していて楽しいから一緒にいるっていうのが多いと思う。自由恋愛主義だった時代だからかもしれないけどね。
こっちの主義は良く分からないけど、クルスさんがこうやって悩めるということは、問答無用で親が相手を決めるとかお見合い前提とかでは無いのだろうから使えないアドバイスでは無いと思う。
「じゃあ私の相手はジュエル?」
「ぶっ!?も、もちろん異性での話ですよ!?」
「ふふふ、冗談よ。でもそうねぇ・・・話していて楽しい相手、か」
「他には一緒にいるのにお互いに黙ったままでも苦に思わない相手、とかですかね。結婚をすれば自然と一緒にいる時間が長くなりますから、常にしゃべり続けるとかちょっと嫌じゃないですか」
「確かにそうね。つまり、自然体で快適にいられる相手が良いということかしら?」
「そうなると思います」
まあ、実際にはお互いが可能な限り自然体でいるために多少快適さを削る場面も必要らしいけど、未婚な僕には分からない。
・・・難病にかかって謎の世界に転生した今を考えると、独身で良かったのかな。
こうして僕とクルスさんの話は有益なものからくだらないものまで多岐に及んだ。
そして座敷牢に入れられてから五日後、僕はまた目隠しをされ、ローブを被り、牢の外に出される事になった。
森林警備隊入隊試験に合格する平均年齢は80歳