0.5
危うくベッドで寝そうになったところに美味しそうな匂いがやってくる。
ぐー、と鳴くお腹に促されてまた格子近くに正座。
クルスさんが持ってきたご飯は、パンと野菜スープとベーコンだった。
こんがりと焼き上がった分厚いベーコンがとてつもなく美味しそうだ。
「あの、こんなベーコンいただいてもいいんですか?」
「ええ。私達はあまりお肉を食べないの。せいぜい骨を出汁に使う程度だから余った肉は適当に燻製とかにするのよ。村の近くに来た獣を狩っただけでもそこそこ貯まるのよね〜」
ベーコンの香ばしい匂いによってよだれを垂らしてる僕を見て、クルスさんは苦笑しながら格子の小窓を開けてお盆を入れてくれた。
いただきます、と感謝を示しながら食べ始める。
上手い。美味しい。美味。さいこう!
パンが少し硬いがスープに付ければそうでもなく、野菜だけでは出ない甘みがあるスープと合う。
そこに少ししょっぱいベーコンも合わせるととりあえず美味しい。
僕、このご飯だけ食べてれば幸せかも・・・。
いや、流石にそれはきついか。
クルスさんに見守られながら頂いたご飯でお腹を膨らませた後、一つお願いをしてみた。
「あの、クルスさん。鏡ってありますか?」
「鏡?あるけれどどうしたの?」
「その、今の私の姿を見ておきたくて・・・」
そう。僕は自分の容姿が気になっていたのだ。
とりあえず髪は黒い。せいぜい肩の高さなので少ししか見れないが、たぶん全部黒だ。
で、胸は少しある。カップ?分かるわけ無いだろ。何でカップが決まってるのかも知らんのだぞ。
話を戻して、それ以外の手脚もそこそこスラリとしてると思うので体型は悪くないと思うのだが、要肝心な顔が分からない。
これが非常にまずい。何せ世の中は見た目なのだ。
昔、学生の頃。
周りから「かーわいいー」って言われてた女子がいた。
言ってるのは同じ女子だけで、実際にはそうでもなかった。
本人もそんなことないよーとか言いながら満更でもなさそうで、傍から見ると馬鹿みたいだった。
今考えればそういうコミュニケーションというかおだてていたんだろうけど、見当違いな評価に少しその気になっている彼女がうざく見えた。
ごめん、渡辺さん。当時の僕はそんな大人じゃなかったよ。
というのは置いといて。
世の中は見た目に応じた振る舞いというか、自己評価を前提にした応じ方をしないと上手く生きられない。
美人に対して美しいですね、とそうでもない人に対して美しいですね、は意味が変わるからだ。
まあ、僕の美醜観がこの世界で通用するのか?という疑問はあるが・・・。
目の前にいるクルスさんに評価してもらえればそれも擦り合わせられるだろう。
そのクルスさんはポケットから折りたたみ式の鏡を取り出した。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます!」
さぁ、僕の顔は・・・・・・んー、び、少女?かな?
小さな鏡なので断定は出来ないが、まず小顔だと思われる。それに応じた鼻と口の大きさで、目は少し大きめだからたぶん美少女だ。
・・・よく考えたら僕の中での美少女の定義ってなんだ?
生まれて初めて自分にとっての美しいについての哲学を考えてしまった。
結論としては、綺麗と思ったものが美しい、となったので僕の中でこの顔は美しいとする。
髪なんかは枝毛とか無さそうだし普通に綺麗だった。
ストレートで纏まってらぁ。
一応クルスさんにも聞いてみよう。
「あの、私の顔に変なところありませんか?」
「変?そんなところ無いわよ。可愛らしい女の子の顔よ」
お世辞なんじゃないかと疑いたくなるが、そんなことをする意味もわからないし素直に受け取ろう。
しかし顔は見れたがやはり自分の体も込みで見ておきたい。
身長とか体型とか身長とか。
さっきから目安になるものがまったく無いのだ。
「あの、全身鏡ってあったりしますか・・・?」
このコンパクト手鏡を持っている点から、この地ではそこまで鏡が希少ではないと思いたいが、この願いは通るだろうか。
「全身鏡?んんー・・・この村にはあまり大きな鏡は無いのよねぇ」
くっ、大きな鏡は希少だったか・・・。
まあ、顔を見れただけでもヨシとしておこう。
そう思ったときにクルスさんは何かを思いついた。
「そうだわ。魔術で鏡を作ってあげる」
「え?」
「水よ、全てを映し出せ。水輪鏡」
クルスさんの呪文の後に現れる水の鏡。
それは僕が初めて見る魔術であった。
か、かっこいい・・・!!
水輪鏡 ―すいりんきょう―
水属性の魔術:水鏡を改変したもの。魔術故にあまり改変できないが、形の変更くらいは出来る。