0.2
自分が女性になったと気づいてしまった僕。
とりあえず起きた。
先ほどの手の感覚から何かしらの服を着ているのは分かっている。
自分の体を見ると胸元にぷっくらと膨らみ、そして寝ている環境にそぐわない肌触りの良い病院着。寝る前の病院着の感触なんてまったく覚えていないので分からないが、少なくとも自分が生きていたころっぽい技術を感じて安心する。
まあ、絶対にコールドスリープと関係ない体だから時系列が昔と繋がってる証拠にはならないんだけど。
「・・・痩せぎすとかでは無い。髪は、黒・・・?」
周りから謎の光源でふんわりと照らされているだけなので自信は持てないが、たぶん髪は黒だ。長すぎず、短すぎないけどそれは女性としての常識。元男としては圧倒的に長く感じる。
一応全身をまさぐって怪我をしていないかも確認する。恋のAくらいまでしか行ったことのない男としては、自分の体で女性の体の仕組みを知ることになるのが何かかなしい。
「とりあえず怪我は無いな」
体に問題が無いと分かったらさっさと動こう。なんだかんだで無駄な思考とか感傷があったが、論理的に考えれば今この状況は大変不味いはずだ。
まず手短な所に食べ物が無い。飲み物が無い。つまりあと半日もすれば飢えに苦しみ始める。
いや、下手したら3時間くらいでお腹がすき始めて喉が渇くだろう。
更に安全の確保がされているのかが分からない。周りの音がほとんどせず、自分の鼓動が聞こえそうなほど静かな空間だが、3秒後に熊とかが突っ込んでくるかも知れないと考えると怖気が走る。
ここまで衣食住のうち2つが駄目で、最後に衣も駄目だ。服はあっても靴が無い。
というわけで、最低限の衣食住を整えるためにこの場から動こう。
「よいしょっ」
その場で立ち上がると結構天井が低いことが分かる。そのまま天井に触れてみると、岩とかだと思っていたそれは木の幹のような感触だった。
もしかしたら僕がいるのは洞窟ではなく大木の根元とかかも知れない。
まあ、それで状況が変わることも無いからどうでも良いが。
次に光っている謎の光源に近づく。
「んー・・・苔?」
推定、光る苔。生物を専攻していない僕にはこれが本当に苔なのか判断することが出来ないが、とりあえず持っていくことは出来なさそうだということは分かったので放置する。
と、その光を受けて僅かに光るものを見つけた。
それは宝石?を細い蔦で通したネックレスだった。
・・・琥珀。そうだ、琥珀だ。虫の死骸とかを核に樹液が固まった宝石みたいなものをコハクと呼ぶはずだ。
このコハクは妙に透き通っていて虫の死骸とかが入っているようには見えないが、この世界で生きるための軍資金になるかもしれない。
蔦に棘がないのを確認してから首に掛けて、唯一存在する穴に入った。
穴の中は真っ暗で先ほどの光る苔すら無かった。その中をゆっくりと、足元に気を付けながら歩く。
一応まったく光が無いわけでは無いようなのでうっすらと壁の輪郭が見えるのが幸いだ。
「足元の固さ、これも木の幹とか根っこなのかな・・・」
そんな呟きを漏らしながら1分ほど歩くと、目の前を何かが塞いでいるのが分かった。まさかこのまま出られないなんて勘弁してくれよ、と思いながらその何かを押すと動き、まるでドアが開くかのように外の光が中に入り込んできた。
「外だ・・・!」
外に出ると木々が生い茂る森だった。
「・・・まあ、仕方ないよね」
振り返って自分が出てきたところを見る。それはとてつもなく大きな木だった。樹齢500年などではここまで育たないだろうと分かるほどに大きく、幹の端が見えないレベルだった。
僕はそんな大木から出てきたようで、さきほど押したのは扉なんかではなく蔦や木皮などが絡まって出来た自然のカーテンだったみたいだ。
ゆっくりと地面に降りて土を踏む。痛みは特に無い。
次に小石が落ちている場所を見つけて、その上に立ってみる。
・・・特に痛みは無い。何かがあるというのは感じられるが足の裏が傷つけられた感覚は無く、足ツボ的な痛みも発生しない。
何度かその場で足踏みをしてみても怪我をする様子が無いので、とりあえず移動することはできそうだ。
(まあ、本当なら木の皮とかで即席の靴を作って足裏を守ったりしたほうがいいんだろうけど、科学文明社会の一般人がそんな技能を持ってるわけが無い・・・)
今更ながらサバイバル雑学の本くらいは読んでおけば良かったかなと後悔し、その後悔に言い訳しながら大木の元を離れた。
一瞬、ここが分かるように目印を付けたほうが良いかなと思ったが、こんな森の中で見つけられる訳がない。
こんなに大きいんだからこの木までたどり着ければ見つけられるだろうと考えたのだった。
歩くこと10分程度。
大丈夫そうとはいえ、やっぱり裸足で森を歩くのは怖いので注意しながらゆっくりと歩いていると、何かが揺れる音が聞こえた。
頭上から聞こえた気がしたので上を向くと、
「・・・・・・」
「・・・・・・」
弓に矢を番えた人が、こちらに矢先を向けながら見ていた。
僕は静かに両手を挙げて告げた。
「こ、こんにちは。あ、怪しい人じゃアリマセン・・・」