ぶっちゃけサボる口実ができたと言えなくも無い
とある世界線の西暦2200年9月20日。
PM03:54。
伸び放題の髪と不健康に痩せた体から、人気の無い夜道などで出会うと幽霊の類いに間違えられそうな事以外はこの世界を出歩いても問題無い状態にまで持っていけたレードは、拠点となる海沿いの古びた家から、徒歩30分程の場所にあるバス停にて、竹刀袋片手にバスを待っていた。
時刻表通り午後4時ちょうどにバスが来ると、それに乗り込み、老夫婦と、草臥れて遠い目をした若い男を視界の端に見流して、最後部の窓際の席に座る。
自分を含めて乗客は4人しかおらず、車体が鳴らす音以外は静かで広い空間の中、雨が止みつつある外の景色をボーッと眺めつつ、暫くの間バスに揺られ続ける。
1時間ほど経った辺りで、街並みを抜けて自然の景色が流れ初め、更に30分ほど経つと山間部に差し掛かった。
段々畑の鮮やかな緑と夕陽の色合いが混ざって黄金色に輝く景色を目にしたレードの、殆ど働いていない頭の中に『綺麗だ』と言った感情が浮かぶ。
そこから更に2時間、計3時間半かけて大阪に着いた時にはすっかり日も沈み、夜の暗がりが空に広がっていた。
都会と言うほどの発展も無く、田舎と言えるほどの緑も無いアスファルトとコンクリートに覆われた街並みの旧堺のバス停で、4人いる乗客の内、レードだけが降車する。
標的となる人物、ホムライの自宅がある大阪府旧堺N地点マカド14までは、レードの降りたバス停から徒歩で10分も掛からない。
まずはその住所にまで移動し、歩きながら、ホムライの住む二階建てアパートの様子を確認する。
大通りから外れた所に建っているとはいえ、アパートの周りには、この世界線の主な移動手段である人力者や馬車が通れる広さの通路が4ヶ所と、歩行者専用の狭い通路が1ヶ所に分岐していて、まばらではあるが人通りもなかなか途切れない。
『ちょっと…人目が多いな……』
天使の性質上、強行突破も可能ではあるが、矢鱈と突っ込んでホムライを討つ瞬間を誰かに見聞きされても面倒くさいと考えたレードは、まずは人の流れや建物の配置など、大まかに周辺の様子を確認する事にして、一旦その場を歩き去る。
標的の自宅周辺における細かいデータは事前に裏方の者が調査済みで、フランを使えばそれらのデータが確認できるのだが、今回は転送されてすぐの時点で裏方の不手際を疑う出来事があった為に、とてもでは無いが信用する事ができない。
そもそも、レードには昔から、現地を自分の目で見て周るのが一番分かりやすくて確実だとの考え方があった。
時間に追われるような案件でも無い為、通常時の自分なりの手順に従って、まずは標的の棲家から半径1キロ範囲を目安に、螺旋を広げていくように歩いて回る。
いちおう途中までは順調に事を進めているつもりだったが、道ゆく人の内の何人かが、自分を見るなり驚いた様子で一瞬だけ硬直するのが気になり始めて、手近にあった衣服店のショーウィンドウに反射した自分の姿を確認する。
「……………」
ガラスにぼんやりと映る自分の姿を見て合点がいった。
伸び放題の髪と不健康に痩せた体の自分を見て驚く人々。
一瞬だけとはいえ、幽霊や妖怪の類いだと見られていたのであろう。
この世界線の人類は殆どが霊感を持っておらず、それらに対する未知と警戒心から恐怖を抱いて先程のような表情をされる為に尚更だ。
体型を今すぐ改善する事はできないが、まずは髪の毛だけでも整えようと思ったレードは、フランを操作して、近場に開いてる理髪店があるかを確認する。
「現地店の向かいの歩道に渡り、左に進んで4つ目の通路に入って中間地点の辺りに理髪店があります。あと5分で閉店ですが、営業時間内に駆け込めば対応してくれるようです」
機械音声に従って、現在いる大通りから、行き交う馬車や人力車が途切れるタイミングを見計らって向かいに渡り、左側4つ目の通路に入る。
「トラカラ〜!踏み板あげてくれ〜!」
「待てリュウさん!歩行者がいるから一時中断だぁ!」
通路に入ると、理髪店に作業用足場を組み立てている2人の男が見えた。
「すんません!御迷惑をお掛けしてます!」
高所作業者を補助する為に、地面で作業をしているトラカラと呼ばれていた小太りの男が、歩行者の安全を保つ為に作業を止めてから、通りがかったレードに会釈をする。
「ど…どうも〜…………」
作業の邪魔をしてはいけないと思った事と、そもそも理髪店が開いていない事からレードが会釈を返しながら足早に立ち去る。
「どうやら工事の為に臨時休業していたようですね」
「見れば分かる。なぁフラン…今回の裏方連中いい加減過ぎないか?」
「私もたったいま担当者一覧を確認したのですが、殆どの者が現地作業は初めてのようです」
「あ、そう。もういいわ。今日はここまでにするから、適当に近場で泊まれそうな所を探してくれ」
宙空に浮かぶモニターに、寝泊まりできる場所が複数表示されるなり、レードは脇目も振らずに24時間営業の漫画喫茶に向かう。
「あの、レード様、いちおう確認ですが、漫画が読みたいだけとかじゃあありませんよね?」
他の客に聞かれないよう、声量を抑えつつ、レードが自己の正当性を主張する。
「なに言ってんだ。こんなナリじゃあ悪目立ちするだけだろ。今日はもうゆっくり休んで明日に備える合理的な考えを私は……」
言い掛けたレードの言葉が途切れる。
レードの目線は、【ジャジャの珍妙な冒険】と言うタイトルの本が、第35部まで発刊されている本棚に吸い寄せられていた。
『……うおっ!?マジか!?この世界線ジャジャの漫画あるの!?35部ってめっちゃ先まで出てるし』
フランとの会話を忘れ、レードが適当に棚の中の何冊かを手に取って流し読みする。
『しかも天界の世界線のジャジャと話の内容がちゃんと繋がっているじゃねぇか!?コイツは思わぬ役得だぜ!』
レードが、持てるだけのジャジャの本を手に取って、自分の部屋に向かう。
「レード様………」
こうなってしまえばフランの声はレードには届かない。
強制停止の操作をされた訳では無いが、フランはもう諦めて、レードにどうこう言うのをやめる事にした。
作品内に出てくる用語
ジャジャの珍妙な冒険:独特な呼吸法や背後霊などを用いて闘う漫画。良い意味でクセの強い絵やバツグンのセンスを感じさせる奇抜なポーズ。それらから滲み出る魅力的でシュールなギャグ。
根底にあるテーマ人間讃歌から来る独自の哲学を持つ登場人物達。一見するとどうでも良さげなポッと出のモブキャラが真理を突いた鋭い言葉を吐くなど随所まで造り込まれた世界観等々によって大人気を博す伝説の作品。
レードも大ファンらしい。
蛇足ではあるが質問に質問で返すとオラオラされるとかされないとか…。




