現場の状況を考えろよ
作品内に出てくる用語
不快害虫:明確な定義は無いが、基本的には見た目のグロテスクな虫や煩わしい虫。毒のある虫などを天使は不快害虫と言った言葉で表現する。
見た目のグロテスクな不快害虫の1例:G。
黒くてカサカサ動くアレ。名前を見聞きするだけでも激烈な不快感を催す最凶の不快害虫。戦闘力は弱いが悍ましいビジュアルと生態は最凶の名に恥じぬ流石のひと言に尽きる。
天使が神の最高傑作ならGは悪魔の最低傑作と言えよう。
煩わしい不快害虫の1例:コバエ。
ぶんぶんと素早く飛び回って鬱陶しい事この上ない。天使の身体能力なら正確に射抜くことは容易いが、それでも非常にウザい。
毒のある不快害虫の1例:ムカデ。
天使の世界で毒虫と言えば誰もが最初に想い浮かべるのはムカデだろう。中でも世界樹クラスの大樹に巣食うムカデは、強烈な猛毒に加えて圧倒的な体躯と頑強さを合わせ持ち、多くの天使から恐れられている。
時は少し遡り、西暦2200年の9月20日。
AM11:12。
和歌山県・北西の町はずれ。
海沿いの小さな一軒家に転送されるなり、レードは驚愕した。
小雨程度で雨漏りしている屋根。
海から来る強風をほとんど防げない壁。
そして、自宅とは比べ物にならない量の足の踏み場も無い程のゴミ。
いや、足の踏み場が無いと言うよりかは、ゴミで足の踏み場となる床が出来上がっていると表現した方が適切か。
「オイオイまじかよ……裏方連中はなにやってんだ?」
レードの言う裏方連中とは、天界から仕事に出向く天使の滞在先を用意したり、現地の調査等の役割を担う者達の事だ。
大多数の天使が異世界に出張する度に半分以上冗談で言うワガママな常套句を、本気の不満からレードが口にする。
『もっとマシな物件は無かったのか?さすがにコレは酷過ぎんぞ。せめてゴミぐらい片付けて……』
「ぐわっ!?不快害虫がっ!?」
天使専用のコンピューター、フランを操作して近隣のゴミ出し日を確認している最中、天界には存在しない不快害虫Gが足のゴミの隙間から姿を現すと、思わずレードが短い悲鳴を挙げる。
「クソっ!!裏方連中どもめ!!」
こうなったらゴミ捨て日など知った事かと言わんばかりに、近隣のゴミ捨て場だけ確認してから宙空のモニターを切って、玄関の軋んだ音が鳴るドアを開き、Gが蠢く室内よりはマシだと、手にしていた替えの衣服を水浸しの外の地べたに避難させ、角度を付けて立てた剣をドアストッパーがわりにして扉を開けっぱなしにしてから、両手で持てる限りのゴミを持って、家とゴミ捨て場の往復を何度も繰り返す。
更には、フランを操作してTP(天界ポイント)を消費しつつ清掃用具を買い漁り、再びTPを消費してそれを現地に転送させるなり徹底的に家を掃除する事3時間。
「ハァハァ………」
『なんでこんな事でムダに消耗しないといけないんだ』などと考えつつも、いちおうは住める状態にまでもって行く事ができた。
「ア〜疲れた!幸先わりぃわマジで!今日はもう寝ようかな」
よほどの事情があったのか、それとも酷い手抜きかは分からないが、裏方の者達が用意した物件への皮肉と愚痴をもらしながら、レードが室内の設備を確認する。
いちおう、電気・ガス・水道は使えるようになっている。設備までダメだったら説教の一つでもくれてやる所だったが、これなら文句だけで済ませれる範囲だ。
「はぁ〜めんどクセェ〜」
設備の確認が終わるなり、雨漏りしている部分から離れた場所でゴロゴロと寝転がる。
「ハァ………」
寝転んでから15分程の所で、寝返りを止め、腕を枕代わりにした横向きの状態で、短い溜息と視線を落とす。
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
長い沈黙。
外で鳴る小雨と、海から吹く風の音を聞きながら、物思いにふける。
『…………マジで始まっちまったんだな……』
2度と働かないつもりだったが、今こうして、自分は天界から離れた世界に来てしまっている。
既に始まっている仕事に対する意欲を燃やす事も無く、面倒くさがる事も無く、しばらくの間は、目を瞑って外で鳴る雨風の音を聴くことにだけ集中する。
更に15分程経った所で、静かに目を開き、うつ伏せ気味に横になっていた姿勢から、仰向けになって、頭の中でフランに出現するように念じる。
顔の近くに浮かんだ四角いモニターを何度か指で押してから表示された【討伐対象の情報】と書かれた項目の、1ページ目を確認する。
【ページ01
名前:ホムライ
種族:ホモ・サピエンス
性別:男性
年齢:21
住所:大阪府旧堺N地点マカド14
職場:大阪府旧松原A地点モカバ01
髪:黒
瞳:赤
身長:170.2センチ
体重:60.4キロ】
幾何学模様と数字が混ざる天使の共通言語でそれらの情報を確認してから、2ページ目へ続く項目をタップして、顔写真を確認する。
以降のページに続く細かい情報は無視して、TPの画面に移行する。
『……………………』
余程の特殊な場合を除き、1TPを現地の1ヶ月分の通貨に換金する事ができるのだが、先ほど掃除用具を買った事により、残りのTPがピッタリと1万になっていた為に、実際は大した痛手にこそならないが、ここで換金をすれば桁数がひとつ落ちると言ったある種の貧乏性のような理由から、換金を思い留まる。
『まずは下見だな。散歩がてら徒歩で行くか』
ムダに強がるような思考に切り替えながら、ゆっくりと起き上がり、苛立たしげに髪を数回掻き、剣を片手に家を出る。
家を出てから、1分そこらで、この世界に来て最初の人間に出会ったのだが、その相手である老人が、体の重心を後ろに置きつつ、あからさまに怪訝な視線を自分に向けている。
『ん?』
老人の視線の先を辿ると、どうやらそれが、自身の持つ剣に向けられているのが分かった。
「なぁフラン…コレって…」
現地の人間には見えないモニターを触れば、タダでさえ怪しい人物が、宙空に指を泳がせる怪しい動きをしていると取られかねないと考えたレードが、小声でフランに呼び掛ける。
「はいレード様、鞘に納めていようとも、この世界で堂々と武器を持ち歩けば危険人物扱いです」
「ど、どうすりゃ誤魔化せそうだ?」
「剣道部だと言って立ち去りましょう」
「わ、私はただのケンドーブ?でーす!!」
踵を返して家に戻り、この世界の常識と法律を簡単に確認したあと、結局レードは、渋々と換金ボタンを押して、近場の武道具屋で竹刀袋を買う事にした。




