小さな罪と大きな罪
とある世界線の西暦2200年10月11日。
大阪や兵庫と言った関西の都市圏が、京都や鳥取に変わってから150年程経った日本国の深夜2時。
郊外となった大阪の、人気の無い道をひとりの男が歩いていた。
彼の名はトラカラ。現場職人の男で歳は51。身長は169センチ。髪と瞳は黒く、やや肥満体型。
最近のところ、彼には不幸な出来事が続いていた。
唯一の友達だと思っていた長い付き合いの男が、詐欺師に騙されて多額の借金を背負うハメになり、家族を守る為だと泣き付いて来たからコツコツと貯めてきた貯金を丸ごと貸したのだが、程なくしてその知人が高跳びして消えてしまった。
頑固で不器用な性格から仕事仲間には迷惑を掛けまいと何事も無かったかのように振る舞う傍らで、荒れた心境がしばらく続く中、20年近く飼っていた愛犬までも3日前に亡くなってしまう。
精神的に参っていたトラカラは、この日から2連休なのもあり、現在手元に有る僅かな金で仕事終わりに大量の酒を買い込んでは自宅で酩酊するまでヤケ酒を呷り続けたが、それでも呑み足りない事と、ただ家にいても気分が落ち込むと言った両方の理由から、最後の缶ビールを片手に、24時間営業のコンビニを目指してフラフラと歩き続けていた。
自分と店員以外は誰もいないコンビニに着くと、トラカラは来店時の挨拶をする店員には目もくれず、買い物カゴを手にとっては粗雑な動きで目についた酒類を片っ端からカゴに放り込み、ついでに、酒のアテも幾つか適当に手に取ってから、レジに向かう。
「い、いらっしゃいませ」
ようやくレジ打ちを覚えたばかりの店員が改めて挨拶をするが返事は無い。
機嫌の悪そうな男が大量の商品をレジに置く。
気の弱い新人にとっては緊張の瞬間だ。
「こちら温めますか?」
「あぁ」
ここに来て、初めてトラカラが口を開くが、本人が思っていたよりも声量が出ていなかった事と、トラカラの方から顔を合わせていない事もあって、店員には意図が伝わらなかった。
「あの、こちら温めますか?」
「ア"ァ"」
再度の質問に思わず唸り声が出ると、店員が小さく肩をすくめながら慌てて商品を電子レンジに入れる。
この時点で店員のペースが乱れ、覚えたてのレジ打ち作業にぎこちなさが現れて大幅な遅れが発生する。
ストレスと酒で理性が弱まっている事もあり、トラカラが苛立ち混じりの小さな溜息や、それよりも更に小さな、聞こえるか聞こえないかの音量とはいえ舌打ちまで漏らしてしまう。
「あっ…」
仕事を始めたばかりによる技量の少なさと言うどうしようも無い問題と、トラカラの様子から来る動揺によって、店員の手元から缶ビールがこぼれ落ちてトラカラの体に当たる。
「ッ!てめぇ!」
頭の片隅では八つ当たりだと理解しつつも、思わずトラカラが怒鳴り声を挙げる。
「スッ!すいませっ」
レジ打ちをしていた店員の声に被って、背後からも謝罪の声が飛んで来た。
「申し訳ありませんでした!!」
溜飲が下がったと言うよりは、予想外の方向から声が飛んで来た事によってトラカラの怒りの感情が瞬間的に忘却された。
振り返ると、レジ打ちの店員と同じ制服を着た、セミロングの黒髪の男が頭を下げていた。
「お怪我はありませんでしたか?」
「あ、あぁ……」
「大変失礼しました、こちらすぐ替えの商品を持って参りますね」
細身の男は、頭を上げてから、赤い瞳を細めて、柔らかい営業スマイルを浮かべてから、小走りで落ちたビールと同じ商品を持って来た。
「レジ代わって」「は、ハイ!」
上司であろう男がレジに立つと、あっという間に商品が捌かれ、温かい弁当が入った紙袋と、冷たい酒が入った紙袋が並ぶ。
「先程はすいません。大変お待たせしました、合計で4382円になります」
「お、おぉ…」
トラカラが慌てて財布を取り出して会計を済ませ、ひとまずの用事が済んだ事と、呆気に取られる内に幾分か冷静になった事から来るバツの悪さによって、そそくさと店を後にする。
「す、すいませんホムライさん……」
「大丈夫だよ。俺の方こそ気付くのが遅れてごめんね」
「いやそんな…さっきのは僕のミスですから……」
「今のは仕方ないよ。あんまり気にしないで」
「は、ハイ……あ、ありがとうございます」
「イヤイヤ、それより、トラブルがあった側からなんなんだけど、もうすこし1人でレジ番を頑張ってくれるかな?まだ色々と細かい作業が残ってるんだ。もう無いとは思うけど、さっきみたいな客が来た時は遠慮せずすぐ呼んでくれて良いから」
「わ、わかりました」
ほとんど客の来ない時間帯とは言え、トラブルがあったばかりの新人店員が苦い表情で、再び1人のレジ番になる頃、帰路につくトラカラは、つい先程の出来事を考えていた。
「ハァ〜…………」
自分に対して、呆れた感情の溜息を落とす。
『なにも怒鳴ること無かったよな……研修中だったし………謝りに行った方が良いのか?』
外の空気と時間の経過で幾らか酔いが醒めた事により、少しは建設的な考えができるようになって来たが、不器用な性格と、溜まりっぱなしのストレスがそれを阻む。
『でもどのツラ下げて行けば………なにも戻ってまで謝る事もないか?次会った時に謝ればそれで……?ッくそ!アレもコレもアイツが高跳びしなければ!イヤっ!そもそも金なんか貸さなければ!!ポチも死んじまうしよぉ〜!!あぁもうっ!!!』
「グッ!!」
立ち止まっては衝動的にガサガサと鳴らしながら袋の中の缶ビールを手に取り、フタを開けるなり缶を握り潰しながら勢い良く中身を呑み干す。
「ヴあ"あ"〜!!クソっボケがぁ〜!」
空になった缶を力一杯放り投げようと腕を振り上げるが、既の所で不法投棄を思い止まり、地面に向けて開きかけていた手を、静かに袋の中へ移す。
「はぁ…………」
再び、小さな溜息が漏れる。
自業自得とは言え、いちおうは気分転換の散歩も兼ねて向かったコンビニでの出来事で余計に疲れてしまった。
今日はもう帰って寝ようと、重い足取りで歩き出した矢先、背後から男の声が飛んで来た。
「お客様!」
「?」
トラカラが振り返ると、先程の上司の男が走って来ていた。
今更なんの用だとか、謝るチャンスだとか、まさか仕返しに来たのかとか、色々な考えが浮かぶ中、男の言葉に、トラカラの意識が自分の手にした紙袋の中へ向かう。
「お客様!忘れ物が!」
「う?」
袋の中を確認するが、酒も飯も適当に手に取ったから何を忘れたのかが分からない。
まさか財布とかを忘れてしまったのかと、トラカラの視線が走ってくる男の方に向くと、眼前に、赤い光の塊が見えた。
「ッ!?ガあああァア"ア"ア"ア"!!!?」
トラカラが地面に倒れる感覚を覚えた次の瞬間、激痛が全身を襲い、少し遅れて、熱いと言った感覚が、凄まじい密度と勢いで爆発する。
「ウルセェよ」
「ブッ!!?」
燃えながらのたうち回るトラカラの顔に、ホムライの片足が振り下ろされる。
「テメェらはいつもそうだ。コッチがやり返せないと思って言いたい放題やりたい放題やりやがってよぉ。誰もが誰も泣き寝入りすると勘違いして舐めてんじゃねぇぞコラ?」
「〜〜〜!!!?〜〜!!!」
バタバタと暴れるトラカラの全身が、10秒と経たず骨まで溶けて消滅する。
「フン、死んでろクズが……」
燃えカスが舞う周囲の空間に、ホムライが憎しみと嘲りの言葉を吐き捨てる。




