決して手に入らないものに焦がれる二人の話
彼女は人形のように美しく、ただひたすらに完璧という言葉でしか表せない。
午後の日差しの中、そよぐ春風に髪を揺らしている彼女。
少し眩しいのか目を細め、陽光をすくうように美しい額に手をかざした彼女が絵画のように美しかったせいだろう。
私の口からは、気が付けば声が漏れていた。
「エアリエは、その、好きな人はいるのか」
彼女はこれといった表情を表さずに振り返り、静かな声で淡々と答えた。
「いるよ」
いっそ感情のないような声で、ひどく穏やかに。
美貌と才知、権力とを兼ね備えた完璧な彼女が、恋愛などという不完全な感情に身を焦がしているところは想像できなくて、思わず息を呑んだ。
彼女の生家は執着深い血を継ぐことで知られていると知ってはいても。
「エアリエのような出来た人間に好かれるとは、なんと、幸運な。…どのような人なのだ?」
返答の声音があまりにも淡々としていたからだろう、こうして続けて聞くことができたのは。
彼女と出会ってまだ半年も経っていない。
同じ身分の者、同じ責任を継ぐことが決定している者として隣を歩くことが許されているだけであって、私という個人の器量が彼女に並べるほどのものでは到底ないと分かりきっている。
そうだ、つまり、私は彼女とそう親しい訳ではないのだ。
それなのに、踏み込んだ質問をしてしまった。
後悔が押し寄せたのは、その次の瞬間だった。
「……わたしの心を作ってくれた人、わたしの幸」
それはじんわりとした情感のこもった声だった。
声の中でさえその存在を抱きしめるように、優しい音で彼女はそう呟く。
愛情のこもった、という表現ですら陳腐に思えるほどだった。
私は気圧されて、目を見開く。
つまらないことを口走る。
「本当に、………愛して、いるんだな」
彼女は軽く笑って、いつも通りの美しい声で言う。
「そう聞こえた?」
何の熱も感じさせない、ただただ人当たりがいいだけの笑みを浮かべる彼女。
その神々しいまでの美貌の上に、愛想のいい微笑みをいつも貼り付けている。そう、いつもの彼女と同じ笑顔だ。
彼女の完璧に中てられて、劇薬のような美しさに目を焦がして、もう私は彼女の中毒者と成り果てた。
だが幸い、…いや、最悪なことにと言うべきか。
私の将来は彼女の近くにある。
私はいずれ適切な身分の者と結婚し、責任と土地を背負うのだ。
彼女も同じ立場。
共にこの国を導く仲間であり、この関係が崩れることは永遠に無い。
そして私と彼女とが交わることも、決して無い。
だからだろうか、彼女がその瞳を静かに翳らせたのは。
「…ふふ、染み付いて離れない執着と、どうしたって掻き消せない誠意。そういうものの、成れの果てなんだけどね」
その暗い呟きは私の耳朶を激しく打った。
数歩近づけば手を握れるほどの距離にいる私にすら、どうにか聞こえる程度の声量であったのに。
そうか、彼女もそうなのか、と。
手に入らないものに心を焦がし、責任で己を律する。
それならば、私と彼女は正しく同士であろう。
美しい彼女は今日も明日も、この先もずっと、決して手の届かない遠い星でありながら、同じ感情を共有する仲間であり続けるのだろう。