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図書館と観測者のブレイクタイム!  作者: 鳥路
第一章:略奪乙女と愛情の観測記録
8/30

観測記録7:アイリス編「元貴族な奥様と技師の不穏な年末」

「時雨ちゃん、ケーキは美味しいかな」

「美味しいですよ、その・・・」

観測部屋に彼女を連れ込んだ後、僕は残っていたケーキを出して、彼女をもてなしていた

もちろん、彼女の腕には手錠が繋がれている

繋がれた先?僕に決まっているじゃないか

彼女は右利き。左手を繋がれても問題はない

僕は幸いにして左利き。両利きだけれど、まあ・・・右手を繋がれたところで何も問題はないのだ

「さあて、そろそろ聞こうかな。君は何しにこんな大社以下のクソッたれ空間へ?」

「そ、それは・・・」

「言えないこと?」

「言えるけど、言えません」

「一言ぐらいしか喋っちゃいけない奴とか気にしなくていいからね?どうせ、もうバレてるんだし」

「・・・それでも、です」

彼女は頑なに口を閉じる

僕はその反応に少し寂しさと、珍しく苛立ちを覚えながら今後、どうするか考えた

さて、一応次の観測を始めようか

僕が時雨ちゃんの口を割らせるまで観測を閲覧できるようにしておこう

今回の観測はエドガーさんの奥さん、アイリスさんのお話

どうせ予定調和だからってそういう設定を先にお出しされた不憫な人だけれど・・・その話も近いうちに語れそうだね

それでは、観測を始めようか


この国は日照時間が長い

それは、冬でも相変わらず。けれど、年越しがあるその日。今年は特別な日になる


三十一日から一日にかけて・・・そうね。東洋では「大晦日」と呼ばれるこの日

私たちの国では「聖グレギオスの日」というのだけれど・・・今年はその日「白夜」になることが観測されたそうなの


そして、十二月三十一日は・・・私たちにとっても特別な日だ

なんせ、あの子が産まれた日でもあるのだから


十二月二十七日

ユークリッド家の朝は今日も早くて賑やかだ

子供たちは時間にゆとりをもって動くことが出来る子なの

だから子供たちはこうして、慌てることはないのだ

慌てているのはいつも一人だけ


「もう!こんな日に寝坊して!何回も起こしたのに全然起きないんだから!」

「すまない、アイリス・・・!少し寝すぎたんだ!」

「いいってば。貴方がお寝坊さんだってこと、昔から知っているし。それより、待たせているんでしょう?カテリア先生。急がないと」

「ああ。わかっている!」


今日も慌ただしく、そして教えたはずの作法をすっかり忘れて行儀悪くスープを飲んで、パンを口に咥えたまま服を着替えるのは私の旦那さん

彼はこの国で選ばれた存在しか入ることが許されない「王立工房」の制服を羽織る

・・・制服が泣いているんじゃないか、と常々思う

あの制服を受け取ってもう十年以上たつけれど、彼にはこの国随一の精鋭としての自覚はまだ芽生えていない


今日もお寝坊。マナーは守らない。そして行儀は最低そのもの

彼の技術に憧れを抱く子供たちに見せられないようなそのみっともなさに三時間ぐらい説教したいほどだ


けれど、彼の恩師であるカテリア先生を待たせるわけにはいかない

だから、帰ってきてからみっちりお仕置きをしなければいけないのだ・・・彼と姉弟のように育った「アイリス・トーレイン」として、そして彼の妻であり、二人の子供の母である「アイリス・ユークリッド」として


彼が慌ただしく部屋を出ようとする前に、私は素早く彼を観察して忘れ物がないかと確認する

どこか抜けているのはいつものこと。それを支えるのも私の仕事だ


「ちょっと、エドガー。ループタイ忘れてる!衛兵さんに怒られるわよ!」

「げっ!あ、アイリス!付けてくれ!」

「はいはい。慌てないでじっとしてくれる?」

「んー・・・」


彼はパンをもしゃもしゃ食べながら、動かずに待つ

確かに合理的だけれども、頭にパンくず落ちるのよね・・・これ


「ほら、終わったわ」

「ありがと!それと、忘れ物思い出した!」

「なに、まだある・・・・・の」


不意に口が塞がれる

焼きたてのパンの味が口に広がる。バターの香ばしい香りも・・・って!


「もーーーーー!」


私が何をされたか気づく間に、彼はもう既に外出済

それを慌てて追いかけると、作りたてほやほやの浮遊式自転車に乗る寸前の彼を確保した


「げっ」

「ゲッじゃないわよ。ゲッじゃ。いつも言っているわよね!いってきますのキスはしていいけど、不意打ちは許しませんって!何回言えば貴方の記憶の中に刻まれるのかしらね!」

「いいだろう?アイリスだって、嫌ではないのだから」

「それとこれは別の話だから。帰ったらお仕置きね」

「・・・はい」


若干落ち込み気味の彼は自転車のエンジンをかける

しばらくした後、それは宙に浮いていつでも動けることを示した

それに乗り込む前の彼に、いつも通り声をかける


「・・・エドガー」

「なんだ、アイリス」

「いってらっしゃい。今日も一日頑張ってきて。仕事納めでしょう?」

「ああ。行ってくるよ」


小さい頃から変わらない、ふにゃふにゃの笑みを浮かべてそう告げる

そしていつも通りの挨拶を済ませた後、彼は仕事へと出かけて行った


「・・・ねえ、エクレール。あれがうちのお父さんとお母さんの朝だよ」

「覚えました、シエル姉さま!」

「・・・シエル?エクレに何を教えているのかしら・・・?」


彼の外出と共に、九歳になる娘のシエルと、今年、療養を終えてこの家でやっと暮らせるようになった六歳になる息子のエクレールが起きてくる

まだまだ、賑やかな朝は終わらないらしい


・・・・・


その日の夜


「父様」

「どうした、エクレ・・・ふわぁ」


元気いっぱいのエクレと、既に眠そうなエドガー

まだまだ夜になったばかりだというのに、最近眠たげなのが酷い気がする

お仕置きという名のお説教も、半分夢の中に入り込んでいたし


「眠いのですか?」

「ああ。すまない・・・な。そろそろ寝かせてくれ」

「わかりました。では、また明日お話しますね」

「ああ。頼むよ」


先に寝室に行こうとしたエドガーをもう一人、引き留める


「ねえ、お父さん」

「なんだ、シエル」

「お願い。聖グレギオスの日はーーーー!」

「・・・今年は、きちんと頼んできている。だから、大丈夫。今年は一緒にいられるぞ」

「本当!?やったぁ!」


シエルが嬉しそうにはしゃぐ。その隣でエクレもよかったですね、とこれまた嬉しそうに喜んでいた

その光景を、二人して微笑ましく眺める

今年のグレギオスの日は、いい日になりそうだった


けれど、不審に思うことが沢山ある

小型飛行機を完成させてから、彼はよく眠るようになったのだ

寝坊だって、今までもだったけど・・・最近は特段酷い


「・・・何事もなければいいのだけれど」


そんな不安を抱きながら、私は春に向けて新しい服を縫い始めた


・・・・・


十二月三十一日

家族全員で町へ出かけた

お祭りみたいな空気の街並みを、四人で進んでいく


「風祭以上の賑やかさだね、お父さん!」

「一応、今年最後のお祭りだからな。それにほら、今年は特別なんだ」

「何が特別なのですか?」


エドガーは近くにあったチラシを指さしながら、腕の中にいるエクレに今日の特別なことを説明してくれる


「今日は、太陽が沈まない日なんだ」

「夜になっても、ですか?」

「ああ。昼が終わって夜が来ても、一晩中太陽が空を照らし続ける。数百年に一回の出来事だそうだ。だから今年はいつも以上に盛り上がっているんだぞ」

「じゃあ、今日の夜は怖くないですね!」

「ああ。けれど、いつ夜が来たかわからないから・・・時計を見るのを忘れないようにな?」

「はい!」


シエルとエクレはそう言って、ポケットから懐中時計を取り出す

小型飛行機を完成させた後というか、その途中だったけれど・・・金策の為に懐中時計を作って世に送り出していたエドガーの最後の作品

それはシエルとエクレ、そして私に手渡された


自分の分はないの?と問うと、彼は複雑そうに「時計は嫌いなんだ」と告げた

その答えはわかっている。彼は、時間を測るもの、そして刻むものが嫌いだから

特に、砂時計・・・残り時間を示すものは、極端に嫌悪を示していた


「三人とも、それ、落とすなよ。とんでもない価格で取引されているらしいから」

「とんでもないって?」

「あの日、アイリスが買い戻してくれたあれの倍以上の価格が付いている。盗まれないようにしろよ?」

「え!?」


彼の話の続きはこうだった

ハイネ君から懐中時計が国内外問わず、名が売れたエドガーの作品だからか、高値で取引されているとか

品が限られているだけあって、億単位の取引ができるらしい

俺が死んで、金に困ったら売りさばけ、とかも言っていたな・・・一生、動かなくなっても手放す気はないけれど


「ねえ、エクレ。あっちに綿菓子あるよ!買いに行こう!」

「はい、姉さま!」


子供たちがはしゃぎながら前へ走っていく

その光景にかつての私たちの姿が重なる。とても懐かしい、小さい頃の思い出


「懐かしいわね、エドガー」

「・・・何が?」

「昔、風祭で・・・」

「・・・あ、うん」

「何か、考え事?」

「いいや。何でもないんだ。行こうか・・・・」


少し様子がおかしいけれど、それを隠すように私の手を引いて進んでいく


「何かあったら、すぐに言うのよ。貴方、体調不良もすぐに隠すから」

「何でもないんだ。何でも。大丈夫だ」

「ねえ本当に大丈夫なの!?顔、真っ青よ!?」

「い、いや。大丈夫だ、アイリス。少し、疲れが出ただけだから」


いつも通りに笑う。大丈夫だと何度も告げる

けれど、不安は拭えない。何かを隠している気がするのだ


「本当に?」

「?」

「本当に、それだけ?」


外だとわかっている。けれど、今追求しなければ何か取り返しのつかないことが起こりそうだったのだ


「お母さん、綿菓子買ってきたー!お父さんと分けて食べて!」


丁度いいタイミングで、シエルとエクレが戻ってくる

話はここまでのようだ


「ありがとう、シエル」

「どういたしまして」


彼から離れて、シエルから綿菓子を受け取ろうとすると・・・


「・・・なんだ、それ」


そう、彼は告げたのを、私は見逃すことが出来なかった


・・・・・


もうすぐ新年がやってくる時間になった

祭りの出店を見て回るのもいいかと思ったのだが、嫌な予感がしたため予定を切り上げて自宅に戻ってきたのだ


「花火だよ!」

「花火です!」

「もう、二人してはしゃいで・・・」


この国は年を越すと同時に花火が上がる

幼い二人も、珍しく夜更かししてその花火を楽しみにしていた


「・・・シエル。こっちにこい」

「なあに、お父さん!」


眠たげな彼と、相対的に元気いっぱいなシエル

椅子に座る彼に頭を一回撫でられた後、シエルは二冊の本と、大きな木箱。そして金の鍵を手渡される


「十歳の誕生日おめでとう、シエル」

「うん!十歳になったよ!で、これ何?」

「俺がカテリア先生に世話になっていた時期、そして王立工房に召集されてしばらく使っていた手帳だ。色々書いてある。お前も色々作っているみたいだから、その参考に」

「うん。でも大事なものでしょ?いいの?」

「いいんだ。もうじき全部・・・お前のものになるからな」


まるで終わりを見据えた言い方に、色々といいたいことはあった

けれど、小さい頃からずっと・・・三十以上は生きられないと冗談を口にしていた彼はもう二十七歳

その冗談の為に終わりを見据えた準備をしているのだろうか

・・・とても、縁起が悪い


「この箱は?」

「工具を入れておいた。先生に工房を借りて・・・俺が一から全部作ったんだ。大事にしてくれよ」

「うん!そして、この鍵は?」


その金色の鍵は私も見覚えがあった

それに合う錠がかけられた箱の中には、彼の生きてきた記録が収められているのだから


「・・・俺の、日記をつめた箱の鍵だ。もう俺には必要ないからな」

「必要ないって?」

「まあ、すぐにわかる」

「ううん。わかった。でも、必要な時にはいってね。すぐに返すから!」

「姉さま!もうすぐ花火です!」

「了解!」


エクレに声をかけられて、シエルは庭の見やすい位置にエクレと並んで花火が上がるのを待つ

二人して、彼から贈られた懐中時計を見ながら、今か今かと花火が上がるのを待っていた


「ねえ、エドガー」

「なんだアイリス。眠いのか?」

「貴方じゃないんだから眠いわけないでしょ。それに、さっきのはいつもの冗談?シエルにまで付き合せるの?」

「そうだなぁ。まあ、二年後にその言葉の意味は分かるだろうさ」

「二年後?三十手前ぐらいの時に?」

「ああ。それまでにきっと・・・俺は」

「・・・エドガー?」


また、彼の目がゆっくりと閉じられる

気が付けば寝息を立てていた彼の頭は留まる場所がないから、恐ろしい具合にぐわんぐわんと頭を前後させていた


「もう、完全にヤバい人じゃない!」


頭を抑えて、身体を私の方に倒させる

そして、私が膝にかけていたブランケットを彼にかけて、久々に寝顔を眺めてみた


「・・・やっぱり、綺麗な顔をしているわね」


綺麗な絹のような白い髪が私にかかる

大きくなってもふわふわで、柔らかい髪は少し手入れしてあげないでいるとすぐに彼の頭の上で自由に跳ね回る

まるで彼のように自由気ままな髪を少し引っ張って、離して、戻して遊ぶ

自由でも、すぐどこかに行っても必ず戻ってきてくれる。それは彼の頭も、彼自身も同じ


「・・・あれ?」


いつものように髪を引っ張ってみると、その髪は元の形に戻らず・・・そのまま他の髪に混ざってしまった

今日の一件といい、最近の眠気といい・・・凄く嫌な予感がする

まるで、彼が遠くへ行ってしまうような・・・そんな気さえ覚えるのだ


「たまやあああああああ!」

「あけましたー!」


シエルとエクレの叫び声と同時に、空に花火が上がる

今年が賑やかな音と共にやってきた


「エドガー、新年が来たわよ」

「・・・・」


賑やかな声、花火が打ちあがる轟音

それでも、彼は目覚めない。まるで、何も起きていないように眠り続ける

今年はこうしてやってくる。この花火は、年明けを告げると共に、忘れてはいけない半年間が始まる、合図となる


そしてこの日は

彼がシエルの誕生日を祝う、最後の日となり・・・最期の年の幕開けとなったのは

今の私が、知る話ではない

「・・・あれ?」

おかしい、凄くおかしい

僕は、この四年前の大晦日を狙って観測したはずなのに

なんで、最後の大晦日に標準がずれているのだろうか

エクレール・ユークリッドがいる時点で気が付かなければならなかった?

これじゃあ、これでは・・・僕が望む、理想の観測にならない

「・・・譲さん?」

「違う。僕は、こんな観測するつもりじゃ・・・」

「わかっています。幸せな結末を望む貴方が、好き好んで不穏な気配をする観測をするわけがないということを・・・私が、一番知っています」

「・・・ケーキを頬張りながら言う台詞かな?」

「では、逆にお聞きしますが・・・さっきのは人を監禁しながらいう台詞でしたか?」

「いいや、違うね。けど・・・なんで」

「貴方が人間味を見せるのは珍しいです。けれど、譲さんも人間ですからミスの一つあってもおかしくない・・・とは思います。けれど、そのミスに終わるまで気が付かないのはおかしい。最後まで見て、初めて気が付くのは非常に貴方らしくない」

「つまり・・・」

「神様は譲さんの観測に干渉するつもりはないそうです。その言葉は、信用に値します」

ということは、誰か、僕の観測標準を狂わせた存在がいる

そう、彼女は告げているのだ

「・・・譲さん、この拘束を解いてください」

「あ、ああ。わかった」

「神様に今回の事、報告してみます。対策も、今度・・・」

「けれど、それじゃあ君が・・・」

「大丈夫。その時は、その時です!」

彼女はそういって駆けていく

僕はそれを引き留めることなく、茫然と彼女の後姿を眺めた

「あ、そうだね・・・そろそろ締めの一つ、しないとだね」

「・・・彼の一生は、とても短い。その血に流れる短命の運命は覆すことが出来ないんだ」

「そして、彼女は・・・ううん。ここから先はいつか、語ろう」

「それじゃあ、また明日。今度は、そうだな・・・少しだけ、終わりが優しい観測が、いいなあ・・・」

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