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図書館と観測者のブレイクタイム!  作者: 鳥路
第一章:略奪乙女と愛情の観測記録
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観測記録4:早瀬冬夜編「黄昏執事のとある約束の手記」

「寒いねえ・・・もう十二月だからかな」

今年ももうあと二十日近くしかないし・・・時というものは早いね

「さて、今回も元気に観測をしていくよ。準備はいいかな」

時が早いと言えば、彼女と出会った「あの事件」の事

まるで昨日の事のように思い出せるあの客船での出来事は、僕にとっても彼女たちにとっても大きな出来事だと言えるだろう

「今回、観測するのは僕がとある船の事件で一緒になった、冬月彼方さんの執事さん」

名前は何だったかな。泣き虫で彼方さんが大好きな・・・ええっと、早瀬冬夜君だ

「彼女が生きているか死んでいるかで大きく性格が変わる彼の幼少期は、彼方さんとその家族。そして養父の弘樹さんとの思い出しかない」

二つの本を取り出す

オレンジ色の本と白色の本

オレンジの方には一本の糸が巻き付いており、本の中はそれぞれ「緑」「金色」「茶色」「灰色」「水色」「青」「桃色」の栞が挟まっている

白の方にはなぜか懐中時計が巻き付いている。オレンジの本同様に「赤」「黄緑」「黒」「紫」「黄色」「藍色」そして「桜色」の栞が挟まっている

「彼女との未来がある青年たちの中で、最も彼女の影響を受けている彼にとって、彼女の印象を大きく変える出来事が存在しているんだ」

「今日は、その観測をしていこう。では、どうぞ」


小さい頃、孤児を理由にいじめられていた僕は、彼女以外に同年代の友達がいなかった

最も、友達がいなかったのは彼女もだが

家柄で寄ってくる人間が嫌いで、僕以外の友人を作らなかった彼女と僕はほとんどの行動を共にしていた


「ふぁ・・・」

「・・・わかった。冬夜に確認してから折り返す。ああ、お前も無理すんなよ」


早朝から義父さんが誰かと電話をしていた

特に気に留めず欠伸をする僕に気が付いた義父さんは顔面蒼白ながらに笑いかける


「おはよう冬夜」

「おはよう義父さん。どうしたの?」


十一年前の十二月八日

九歳の誕生日は、いたって普通と変わらない日で始まる予定だった


「なあ冬夜。彼方ちゃん。お前のところに来てないか?押し入れの中に匿ったりとかしてないか?」

「そんなことするわけない。なんで?」

「・・・今、侑香里と嘉邦さんから連絡あったんだが、彼方ちゃん、朝から家にいないらしいんだ」

「・・・へ?」

「俗にいう家出という扱いだ。なあ、冬夜。彼方ちゃんの居場所を知っていたら隠さず教えてほしいんだ」


義父さんは諭すように僕に言い聞かせる

僕の九歳の誕生日は、唯一の友達である彼方ちゃんの家出と共に始まった


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


朝食を食べてから、僕は教会を出て近所を歩いていた

結論から言えば、教会の中に彼方ちゃんがいた形跡はなかった

その為、さらに捜索は難航する羽目になる


思い当たる場所を警察と嘉邦おじさまがすでに探しに出ており、その全てに彼方ちゃんはいなかったそうだ

教会にいなかったとなれば・・・思い当たる場所はもうないらしい


義父さんから連絡を受けた嘉邦おじさまは捜査範囲を近所から永海市内全体に広げて、大々的な捜索が行われた

侑香里おばさまは昔大怪我をしてしまっており両足がないので、冬月家で彼方ちゃんの帰りを待っているらしい


義父さんも探しに出たそうだったが、今日は日曜日。教会のミサの日だ

しかも今日、結婚式を挙げる夫婦もいるし・・・今日は教会を離れられないらしい


その代わり僕は結婚式のお手伝いを免除されて、彼方ちゃんを探しに外に出る許可をもらった

しかし、すべて任せるのも大変かもしれないから、途中で一度教会に戻らないといけないかもしれないが


「むう・・・」


僕が個人的に思い当たる場所を探してみたのだが、その全てに彼女はいなかった

そうなると、あと一つだ

僕は教会に引き返して、あの場所へ向かう準備をしに行った


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


教会に一度戻ると、そこでは既に結婚式が行われていた

この教会で結婚式を挙げたところ見たのは、今日が初めてだ

本人たちの希望で、この場所で規模の小さい式を挙げたいとのことらしい

それも当然だろう。なんせ、今日の花嫁は・・・


いのりさん」

「あら、冬夜。いないと思っていたらどこに行っていたの?」


七里祈。かつてこの教会に住んでいた女の子だと義父さんから聞いた

今の両親に引き取られてからもちょくちょく教会に遊びに来てくれており、僕も何度か世話になっていた


「少しね。彼方ちゃんがいなくなっちゃって・・・」

「あら。貴方のお友達の・・・?ここにいる場合じゃないんじゃない?」

「うん。ごめんね。本当はちゃんとお祝いしたかったんだけど。彼方ちゃんを迎えに行かなきゃいけなくて」

「気にしないで頂戴。大事な友達なんでしょう?ちゃんと迎えに行ってあげなさい」

「うん。ありがとう」


僕は自室にあるそれを取りに帰る前に、彼女たちに伝えなければならないことを伝える


「今日はおめでとう、祈さん。あきらさんにも伝えておいて!」

「ありがとう。貴方こそ、誕生日おめでとう、冬夜。今度教会宛に誕生日プレゼントを贈るわね」

「いいの?」

「ええ。貴方が好きなホットケーキのミックスにするわね!」


なんだかプレゼントがずれているな、相変わらず・・・なんて思いながら祈さんにお礼を言い、僕は自室へと戻る

部屋から持ち出すのは、彼女と僕を繋ぐ一つの鍵

それを持って僕は教会を出て、裏の森へと駆けていった


・・・・・・・・・・・・・・・・


「祈」

「あら、晃」


冬夜が去った後、白いタキシードを着た青年が祈に声をかける

彼は三好晃。本日の主役の片割れである


「冬夜君、急いでいるのかな。久々だし挨拶しておきたかったんだけど・・・」

「今は引き留めないで上げて頂戴。あの子、大事な友達を探しているみたいだから」

「そっか。じゃあ、僕から一つ聞いていいかな」

「何かしら」

「探偵さんには、そのお友達がいる場所。わかっていたりするのかな?」


探偵さんと言われたのは祈

彼女は晃と共に小さな探偵事務所を営んでいる。

探偵の祈、助手の晃、そして今日は所用でここにはいないが、事務のひじりの三人でやりくりしている

彼女が探偵と呼ばれるようになった「サクラメント・セレクト」を含む数多の事件については、いつか、どこかの機会でお話しできればと思う


「わかっているわよ?」


祈は間髪入れずに晃の問いに答える

既に、彼女の頭の中では冬夜の行き先も、彼の友達の居所も見当が付いているのだから


「あの子が部屋に「あれ」を取りに行ったと仮定すると、行き先は「幻の花畑」ではないかしら」

「あの・・・特殊な条件を満たさないと辿り着けない教会裏の花畑の事?」

「ええ。上空からその存在は確認できるけれど、上空からも、はたまた周囲を囲う森から中心へと向かって歩いたとしても・・・その花畑には辿り着けないそうね」

「いつ聞いても不思議な花畑だよねえ」

「貴方が言う?」

「いうよ。この世にはまだまだ不可思議な事が多い。僕もその一例だけど」

「・・・・・」

「・・・・祈?」

「なんだか、貴方がまたどこかへ行ってしまいそうな気がしたのよ」


そう言って繋がれる手

晃の手は死人のように冷たい。まるで氷を直に触っているような気さえ感じさせる

それでも祈は嫌な顔一つせず、彼の手を引き留めるように握り締めた


「熱いね、祈」

「貴方が冷たすぎるだけよ。カイロでも持ち歩いてくれないかしら」

「あったかくするのは聖さん曰く「腐りやすくなるからダメ」だって。祈が腐った僕でも愛してくれるのなら、この手はいつでも人肌並みに温めておくよ」

「臭いがきつくなければ考えるわ」

「それもそうだね」


特殊な関係を持つ夫婦は、弟のように可愛がっている少年が「あるもの」を持って駆ける様子を見守る

自分たちが収まりきれなかった「普通」の中に生きている少年

願わくは、彼が普通の幸せの中で生きられますようにと二人は願う

最も、冬夜は彼方と関わった時点で普通から縁遠い生活を送っているのだが、それを祈と晃が知る由もない


冬夜が特殊な環境で生きている事を二人が知るのは、彼方が十五歳の春を生き延び、冬夜との未来を掴んだ時間軸だけである

それもまた、いつかのお話の中で語られるだろう


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


教会裏の森の中

そこを抜けた先には小さな花畑がある

特殊な二つの花が群生している花畑

名前は確か「ハルトキ草」と「フユトキ草」

互いの花粉を受粉することで、種を残していく不思議な花だ


その花畑に行くためには、特殊な条件がある

それを明かしてしまえば、秘密の場所ではなくなってしまう

だからその条件は、僕と彼方ちゃんだけの秘密だ


「・・・・・・」


白銀の髪が風で舞う

花畑の真ん中に、彼女はいた


「彼方ちゃん」

「・・・冬夜?」


声をかけると、彼女はゆっくりと僕の方を向いてくれる

その表情に、僕は酷く驚いてしまった

彼女の目には、大粒の涙が溜まっており、零れていくそれは彼女の頬を静かに濡らした

今まで、彼女が泣いた姿なんて見たことがなかった分、僕にはそれがとても衝撃的で今でも印象深く残っている


「うん。迎えに来たよ。みんな心配してるし、一緒に帰ろう?」


彼女の目線に合わせるように、僕は彼女の隣に腰かける


「・・・嫌」

「どうして?おじさまとおばさまと喧嘩でもしたの?」

「違うの」

「じゃあ、彼方ちゃんはどうして泣いているの?」

「な、いてなんかないもん」

「泣いてるよ。はい、ハンカチ」


彼女にハンカチを差し出しても全然受け取る気配がなかったので、僕はそのハンカチを彼女の頬に無理やり押し付ける


「・・・・意地っ張りなんだから」

「今は関係ないでしょ・・・!」

「今、おじさまたちは彼方ちゃんを探しているよ」

「・・・そう。どうでもいいわ。私、帰る気ないもの」


普段の彼女ならば、ここで「本当?それは大変ね」から始まるのに・・・

ここまで落ち込んだ彼方ちゃんを見るのも初めてで、どう接したらいいかわからなかったけれど、ここでの正解はきっと「いつもどおり」だと思う


「何かあったの?僕でよければ相談に乗るよ?」

「・・・冬夜には関係ない話だもの」

「関係あるよ。僕は、君の友達だもの」

「友達か・・・ねえ、冬夜」

「何かな?」

「・・・私の友達、辞められる?」

「急に何を言っているのさ!?」


彼女の口から紡がれたのは予想外の言葉

その反応を見て笑うのかと思いきや、彼女は眉一つ動かさずに僕の答えを待っていた

それを見て、彼女の問いが真面目なものだと気が付く


「・・・どうして、そんなことを聞くのかだけ、先に教えてもらっていい?」

「・・・私、どうやら許嫁がいるらしいのよ」

「・・・いいなずけ?」

「許嫁っていうのは、親同士が決めた将来の結婚相手よ。昨日、存在を教えられたの」

「・・・彼方ちゃんが、結婚」

「成人したらでしょうけどね。けれど、今まで会ったことも、はたまた成人するまで会うかわからない人間と将来結婚してほしいなんて、馬鹿馬鹿しいわ」

「だから、家出したの?」


彼女は無言で頷く

僕にとってはそんなことで、なのだが・・・彼女にとってはとても大きなことなのだろう


「・・・私、好きな人がいるもの。だから、会ったこともない人と結婚なんてしたくない」

「・・・好きな人」

「ええ。だから・・・私と家出して。冬夜」


今思えば、彼女は僕に遠回しの告白をしていた

好きな人がいる。だから一緒に家出して・・・こんなわかりやすい告白

今の僕や彼女にはできない、子供らしい告白

十歳の彼女にはそういう感情は既に芽生えていたようだった

けれど、九歳の僕は気が付かない

まだ、自覚していないから


「いいよ。僕、彼方ちゃんと一緒に家出するよ」

「本当?」

「うん。けれど、それは今でなくてもいいんじゃない?」

「今じゃなくても?」

「うん。だってまだ僕らは子供なんだから。今すぐにでも結婚させられるわけではないんでしょう?それに現れる保証もどこにもない」

「・・・言われてみれば」


彼方ちゃんは虚をつかれたようで、目を輝かせてこちらを見ていた


「いきなり「許嫁がいる」と言われて、色々と困惑していたんだね。君ならすぐに気が付きそうなのに・・・」

「そうよね。そもそも会うかわからないって自分でも言っているじゃない。深く考えることはなかったわね」

「うん。だから、もしも君の前にそいつが現れたら――――――――――――」


僕は彼女の手を取って、小さく微笑む

いつもの彼女がしてくれているように、安心させるように


「その時も、僕と家出を望んでくれるのなら・・・僕は君と一緒に行くよ」

「冬夜・・・」

「約束してもいいよ」

「じゃあ、約束・・・」

「うん」


互いの小指を絡めて、指切りをする

小さい頃はわかっていなかったけれど、かなり歪な形の約束だと今は思う

けれど、この約束は、僕と彼女が交わした大事な約束の一つ

どんなにおかしいものでも、僕にとっては、大事なものだ


約束の一つ、たいしたことないと思う人もいるだろう

けれど、僕にとっては少し形が異なる


彼方ちゃんと交わした約束は、大事な思い出でもあり

彼方ちゃんの隠した一面を垣間見るものでもあると思っている


この約束を交わした後、僕らは冬月家に戻り・・・彼方ちゃんは嘉邦おじさまにこっ酷く叱られた

僕の誕生日は後日、きちんと祝ってくれた


その年の彼女が用意してくれた誕生日プレゼントは、ホットケーキミックスだった

・・・その日に二人で作って、美味しくいただいた


九歳の誕生日。僕らは一つの約束をした

その約束が果たされるかはわからない・・・家出したり、しなかったりで様々なのだ

時間軸の差異というのは、とても難しい


けれど、ここはきちんと着地点を付けなければならないだろう

数多の未来の中の一つ

彼女が十五歳の事件を生き延びて、僕と結ばれた未来の先のお話を少しだけしようと思う


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


二十歳の誕生日

自分で借りているアパートの一室で、彼方と僕は朝食後の一杯を飲んでいた


「・・・むう」

「どうしたの、彼方」

「・・・苦い」

「砂糖とミルク、入れる?」

「い、いいわ。貴方が美味しいという味だもの。しっかり堪能するわ!」


眉間に皺を寄せて、無糖のコーヒーを飲む彼女を見ながら、僕も同じものが入ったカップを口につける

僕は無糖でも大丈夫だけれど、彼女は子供舌のようで、まだまだ砂糖とミルクたっぷりのカフェオレがいいらしい

けれど、なぜか変なところで意地を張って、無理をする

そこも可愛らしいと思うあたり、完全に惚気てしまっていると思う


「・・・ほら、飲めた!」

「はいはい。よく飲めたね。おかわりは?」

「カフェオレでお願いしてもいいかしら・・・?」

「うん。用意してくるね」


彼女の真っ白なカップを受け取り、おかわりを入れに行く

ついでに自分の分もおかわりしようと思い、自分の桜色のカップも持って行く

カフェオレとコーヒーを淹れ終えた後、再び僕は彼女の元へ戻る


「はい、どうぞ」

「ありがとう。冬夜」

「いえいえ」


彼女にカップを渡して、僕は彼女の隣に腰かける


「ブランケットどうぞ」

「ありがとう」

「どういたしまして」


彼女の足にかけられていたもふもふのブランケットの中を進められて、僕もそのブランケットを足にかける

二人してカップに口を付ける

彼女を横目で見てみる。今度は眉間に皺を寄せていない

味は問題ないようで安堵を覚える


「甘くておいしいわ」

「本当?よかった」

「ええ。紅茶もコーヒーも、貴方は淹れるのが凄く上手ね」

「ありがとう。褒めてもらえるのは素直に嬉しいよ」


カップを机に置いた後、彼女はカフェオレの感想を述べてくれる

そう言って褒めてくれるのが原動力となり、色々と上達したと思う


「貴方は凄く頑張り屋さんよね」

「君が頑張った分以上に褒めてくれるからね。沢山頑張れたよ」

「そ、そう・・・」


素直な気持ちを伝えると、彼女が照れたように手を宙に彷徨わせた

素直に手を繋ぎたいとも言えない彼女ににやけが止まらないが、しばらくは傍観してみる

せっかくだし、素直になり切れない彼女に少しだけ意地悪をしてみようかなと思った

彼女の手が僕の手に触れようとした瞬間、僕は口を開いてみる


「ところで彼方」

「なにかしら、冬夜」

「家出の予定は消えた?」

「・・・まだ覚えているの?」


彼女の顔が露骨に引きつる

人前にいる時は絶対に表情を崩さないけれど、こう、油断をしているときはコロコロ表情が変わるので見ていて楽しい

色々な表情が見たくて、意地悪したくなる


「覚えているよ。だって、とても印象深いし・・・」

「早く忘れてくれるかしら!?」

「忘れないよ。絶対に。お爺ちゃんになっても忘れないから」

「覚えていなさいよ。絶対に」

「うん。覚えておくよ。絶対に」


僕から彼女の手を取る

一瞬だけ指先から彼女の動揺が伝わってくるが、その指先はしっかりと僕の手を掴んでくれた


「ねえ、冬夜。そろそろ今年の誕生日プレゼントを渡したいのだけれど」

「今年もあるの?毎年用意してくれてありがとうね」


ブランケットの中から、小さな箱が出てくる

白の包み紙に、桜色のリボンが巻かれたそれは彼女から僕への誕生日プレゼントだと視覚的に示してくれる


「早速開けてほしいわ」

「うん」


名残惜しそうに手を離し、僕はプレゼントのリボンを丁寧に解いて包み紙を剥がす


その中から出てきたのは懐中時計

蓋の面には、ハルトキ草とフユトキ草が彫られている

それ以外は普通の懐中時計のようだ


「ねえ、冬夜。知っているかしら」

「何を、かな」

「桜彦曾お爺様、弦蔵御爺様、お母様・・・と続いている伝統が冬月家にあるのよ。昔話したけど、覚えていないかしら」

「・・・ごめん。覚えてない」

「いいわよ。ちゃんと説明するわね。実は冬月家の当主はね、伴侶になる人に懐中時計を贈っているのよ」

「へえ、伴侶に・・・・へ、はい?へい!?」


自分の手の中にある懐中時計を二度見する

その話が本当ならば、この懐中時計は・・・・!?


「お爺ちゃんになっても一緒にいてくれるのでしょう?」


そうは言ったけど、まさかこんな形で先手を打たれるとは思っていなかった


「・・・てよ」

「?」

「プロポーズぐらい、僕からさせてよ!ばかなた!」

「ええええええええ?!」


予想外の返しに彼方も驚いたようで、彼女らしからぬ大きな声で驚いていた


この日、僕は彼女にプロポーズをされた

その日の出来事は、一生忘れない出来事となった

そういえば、許嫁がどうとか言っていたけど、解決してないんじゃないかって?

それは、また別のお話になるよ

ここで言えることは、そうだな。二つだけだ

彼女が送ってくれた二十歳の誕生日プレゼントは、僕の一生の宝物になった


そして僕は

この時間軸において、お爺ちゃんになっても・・・


彼女の側に添い続け、幸せに生涯を全うしたということだけだ

「観測終了だね。お疲れ様」

まだまだ先のお話だけれど、早瀬冬夜という人間の一面がのぞくことができただろうか

彼はかなり特異な人間であり、冬月彼方にとってなくてはいけない存在である

「今は彼方さんがいないから、やさぐれているけれど・・・本来の彼はこういうほんわかしている人なんだよ」

彼方さんの側で常に彼女の為に動く存在

彼女の意見を肯定するだけの人間ではない。理由を述べて否定もきちんとしてくれる友人として彼女の隣に立っている

「しかし・・・そうだね。向こうの都合で早瀬君の名前は早瀬の頃の名前で進んでいるみたいだね」

どういうことかって?

彼は孤児だと最初に言っていただろう?

「・・・元々の名前があるんだよ。早瀬教会に引き取られる前の名前がね」

どうして伏せているかはわからないけれど、それはきっと彼の為であり、彼女の為でもあるのだろう

「・・・しかし、彼方さんの周囲は偽名使いというか、名前で騙してくる人間が多いんだよね。真っ当なのは岸間君と探偵の方の相良君ぐらいだし・・・」

鹿野上君はご両親の苗字ではなく、引き取られた先のおばあさんの苗字だし

一ノ瀬君は昔の名前を奪われているし、朝比奈さんも同様

拓真さんは拓実さんのお話で語られるけれど、双子ならではの凶行に出るし

早瀬君も、教会に引き取られた時の名前であり、元々に苗字があるし・・・

「それでいて相良君もかなり特殊な環境にいるし・・・岸間さんはろくでもない環境にいるし、もしかして彼方さんの周囲はろくな連中がいない?」

・・・・何か、気が付いてはいけないものに気が付いてしまったかもしれない

「・・・今日の観測はこれで終わろうかな。次は十五日。有栖川明さんの観測でお会いできると嬉しいよ。それじゃあまたね」


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