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図書館と観測者のブレイクタイム!  作者: 鳥路
第一章:略奪乙女と愛情の観測記録
4/30

観測記録3:六平坂薫編「植物助手とものさし以上定規未満の距離」

「やあ、青い鳥のSNSでは五日ぶり。こちらではええっと、大体二ヶ月ぶりだね」

椅子に座り、観測記録を取るための羽ペンではなく竹でできたものさしと定規を構えながら本日の挨拶をしてみる

「・・・我ながら恥ずかしいな」

ものさしと定規を机の上に置いて、自分の行動に対する羞恥と馬鹿らしさを感じながら頭を抱えた

「二刀流で戦うこともあるんだけどね。まあ、それはそれで置いておいて、今回の観測記録のお話をしよう」

本棚から一冊本を取り出す

その本は植物図鑑。未知なる植物が記載された、見ているだけで心が躍る本である

「植物と言えば、彼だよね。九重三波君」

植物の研究者である彼は、品種改良の実験を海外の研究所で行っていた

その結果、副産物で自我を持った植物を生み出してしまった

それが彼の運命を大きく変える悲劇を生み出すのだが、これはそれが終わった後の話

「しかし、今回の観測記録は三波君が対象ではない」

九重三波の人生を大きくかき乱した人間を姉に持ち、彼の教え子として、助手として彼の側に立つ少女

・・・六平坂薫

「これは、六平坂薫と九重三波の出会いの物語」

そして、彼らが互いのコンプレックスに対する答えを出すまで・・・は、まだまだ遠いみたいだけどね

「さあ、観測を始めようか」

恵まれた体だと、誰かは言った

モデルを目指すなら、この身長は理想的な身長だろう

立っているだけで注目を浴びる

けれど、それを望んだことは一度たりともない

私の性格は大人しい方だと思う。人前で立つことも、目立つことも苦手だ

この身長は私の願いと裏腹な恩恵を与え続ける

目立ち続けて、苦手なことをさせられて・・・嫌なことばかり


「はぁ・・・」


改めて言おう

私、六平坂薫は・・・並みの男性より高い180を超える自分の高身長がコンプレックスだ

あの日、あの人に出会うまでは・・・


「どうしたの、薫。溜息吐いてさ」

「なんでもないよ、志夏」

「・・・また巨人とか言われたの?」

「ううん。昔の事思い出してただけ。ごめんね、気にしないで」

「それならいいけどさ」


大学に入学してから数週間

趣味の読書で意気投合した志夏とお昼を食べながら、嫌なことを思い出していた


「・・・ねえ、志夏。首痛くなったりしない?」

「三波兄さんが帰ってきてからしょっちゅうだし、低すぎる三波兄さんと高すぎる薫でいいバランス取れてるよ。運動させてくれてありがとう」


志夏は首を上下に振って、痛みが出ていないアピールをしてくれる

けれど、高すぎる私は今更ながらいいとして、低すぎるってどういうことだろう


「・・・三波兄さんって?」

「私の四番目のお兄ちゃん。身長148センチの小学生以下の低身長」

「いいなぁ」

「薫がいる農学部の・・・どっかの准教授やってるみたいだから、小学生みたいなの見たら無視すること」

「小学生が迷い込んだと思って無視できないかも・・・」


志夏は弁当箱を片付けて席を立つ


「まあ、色々と気を付けるんだよ。またねー」


志夏はふらりふらりと道を歩いていく

その覚束ない足取りに不安さえ覚えるけど、なぜか志夏なら大丈夫だろうという謎の信頼もあった


「・・・私もそろそろ行こうかな」


私も弁当を片付けて、志夏とは真逆の道を歩いていく

一人で歩いていると、周囲からの視線が酷く刺さる

嫌でも目立つ。嫌でも視線を感じる

私を見ないでほしい。私に注目しないでほしい

どうか、私を・・・


「ねえ、お姉さん」

「・・・はい?」

「お姉さん、お姉さん」


急に小さい子供から声をかけられた・・・が、そこで志夏の話を思い出す


『小学生みたいなのを見かけたら注意しなよ』


白い上着、否白衣を着た少年のような男なのだろう

可愛らしいくせ毛は多分・・・整えていないだけ

よく見れば、子供のように丸い瞳は意識して開かれている

普段は細い目で物をとらえているのだろう


全て子供らしいけど、本当の子供らしくない彼こそ、志夏の四番目のお兄さんなのだろう

けれど、今の私にはその情報が至極どうでもよかった

私の視線は、九重三波の容姿ではなく「腕の中のそれ」を注視していた


彼の腕には、小さな植木鉢

自在に、そして意志を持って動くそれは・・・私の姉が懺悔した「盗んだ研究成果」のそれと相違なかった


「・・・九重、三波さんですか?」

「・・・ちっ、志夏から話聞いてんのかよ。つまんねえな」

「・・・つまらないって」


穂希お姉ちゃんの話によると、彼は子供みたいだけど凄く頭のいい人だと聞いていた

好奇心の赴くままに、そして子供らしい無邪気さで理想をつかみ取る人だと

いつも楽しそうに笑う人だと・・・聞いていたのに


その視線は凍てついており、とてもじゃないが話に聞いていた人とは思えなかった

最も、彼をこうしたのはきっと穂希お姉ちゃんなのだろうけど


「ツマンネエナ、ミナミ!」

「うるせえ喋んな。除草剤食いてえのか」

「ヒエエ!ゴカンベン!」


花は自分の身を守るように、身体を丸めて小さくなる

彼は面倒くさそうに一度溜息を吐いてから、来た道を戻っていこうとする、が


「あの」


私は、彼に声をかけて引き留めた

お姉ちゃんが盗もうとした研究も気になるが、それ以上に私は目の前にいる九重三波という小さな男性に興味があったのだ


「あの、それは・・・」

「お喋り花。それ以上は話す必要はないだろう」

「待ってください」

「あぐっ」


掴みやすそうだったので去ろうとする彼の襟首をひょいと掴む

すると、びっくりするほど簡単に持ち上がってしまった


「・・・・おい」

「あら」

「離せ」

「嫌です。話を聞いてくださったら離します」

「・・・お前、六平坂薫だな。今度覚悟しとけよ、お前にやる単位は一つたりともない」

「職権乱用はよくないですよ。九重准教授」

「・・・何のようだ。穂希の妹」


色々と諦めたようで、彼は息を吐いた後・・・私を睨みつける


「気がついていたんですか?」

「事前調査ぐらいするさ。志夏の友達であればなおさら」

「妹の交友関係にもあーだこーだ言うんですか?」

「その「ユウジン」が、俺の家族に不幸を与えるのなら手を下すまでよ」


彼の目は笑っていない

その気になれば、本気で手を下すだろう

・・・姉の時のように


「・・・私が志夏と仲良くしているのは気に食わないですか?」

「あの女の妹だが、お前自身に罪はない。今のところは何も言わないさ」

「そうですか。それはよかった」


私はそれを聞いた後、彼を更に持ち上げて腕に乗せる

体勢としては、そうですね。抱っこというやつです


「・・・流石穂希の妹。どういう神経をしているか全く理解できない」

「襟首を引っ張られ続けるのは辛いと思いまして」

「こんな羞恥プレイ望んでないのだが」

「もう少しだけ我慢してください」


そのままの体勢で道を歩き始める

どうせ行く先は同じなのだ


「・・・清宮先生の研究室に行くんだろうな」

「ええ。清宮教授に研究室に招待されていまして」

「あっそ。それまでお前に付き合ってやろう。タクシー替わりぐらいにはなるんだろうな」

「・・・人をタクシーにしないでもらえます?軽いからいいですけど」

「・・・・」


何か言いたそうな様子だったが、あえて荒い足取りを取ることで彼の口は噤む


「・・・なあ、妹」

「薫です。六平坂薫。覚えてくれます?」

「じゃあ、妹」

「貴方、話を聞かないタイプですね?」

「・・・軽いのか。俺は」

「そうですね。私よりは絶対に軽いです」


私が欲しい身長を持つ人

目の前にいる彼は、理想的な体でありながらもその身体を疎んでいるかのように感じた


「お前は重そうだよなあ。羨ましい」

「重いとは失礼ですね。私からしたら准教授の方が羨ましいですよ・・・小さくて、軽くて」

「・・・好き好んでこの体系ではない。お前のように恵まれた容姿ではないんだ」


また。また、恵まれていると言われる。恵まれている事なんて一つもないのに

日頃は何とも思わないのに、思うことを諦めていたのに

理想を持つ彼の前では、我慢することができなかった


「私だって、好きでこんな身体に産まれたわけでは・・・!」


今までため込んでいた泥のようなものが、心の底から這い出るように

濁流となって、抱きかかえる彼にぶつけてしまう


「大体、大きいから恵まれているって訳ではないのですよ!?身長が高すぎて扉は屈まないと通れないし、服だって可愛らしいものはほとんどないですし!靴も含めて海外から・・・お姉ちゃんが買ってきてくれましたし!」

「・・・穂希が自分に合わない服を買っていた理由は、お前の為か」

「なんで知っているんです?」

「付き合わされたから。自分じゃ服のセンスがないから、選んでほしいってな」


確かに、お姉ちゃんが選ぶ服のセンスは壊滅的だ

寿司がでかでかと書かれたTシャツで出かけようとしたり、色々と酷い

まともな服なんて、お母さんが選んだ数着しかないようなお姉ちゃんが、私宛に送る服だけはとても可愛らしいものばかりで・・・道理でおかしいと思っていたのだ


「その服「シャルリ・エルベスタ」の服だろう。俺が選んだ」

「嘘っ!?」


まさか目の前に服を選んでくれた張本人がいたとは

けれど「お姉ちゃんのセンスに口出ししてくれてありがとうございます」なんて今は言えなくて

当時はまだ、彼のセンスに若干疑問を抱いていた


「・・・桜にも同じ服を贈ったからな。春らしくてとてもいいデザインだと思ってな」

「桜、とは?」

「俺と志夏の姉だ。俺とは年子に当たる」


なるほど。志夏の他にも姉妹がいるみたい・・・だからかな


「妹さんやお姉さんには・・・よく服を選んで差し上げているんですか?」

「桜だけな。あいつ、放っておいたら毛玉だらけの服で外出しようとするポンコツだから放っておけないんだ」


・・・どこかで聞いたことのある耳の痛い話だ

向こうでも彼がお姉ちゃんを放っておけなかった理由は、自分のお姉さんに重ねていたからなのかもしれない

意外と面倒見のいい人・・・なのかな


「九重准教授は何人兄妹なんですか?三人兄妹?」

「今は九人だ」

「九人!?」

「俺はそのど真ん中。五番目の子供」

「真ん中、何ですか?」

「ああ。三回目の子供で四男だけどな」

「三回目で、五番目で、四男で、お姉さんは年子で・・・ううん、うんうん」


「一番目から三番目が三つ子の兄さんたち。四番目が桜。五番目が俺。六番目と七番目が清志と志夏の双子。清志は死んだけどな」


さらりと志夏の双子のお兄さんが亡くなっていると伝えられる

重たい話のはずだけど、彼のかなりドライな反応に・・・むしろ死んでもらってよかったと思う感情さえ読み取ってしまう

実の、兄弟であるのに


「八番目が音羽で、九番目が奏。十番目が司・・・って言ってもどうでもいいだろう」

「いえ。私は姉だけなので・・・たくさん姉妹がいるというのは少し、憧れます」

「・・・いいものじゃないと思うぞ。双馬兄さんとか絶対そう思っているし」

「え」

「何呆けてやがる。ほら、きびきび歩けタクシー。遅れるぞ」

「痛っ!蹴らないでもらえます?ちゃんと歩きますから大人しく座っててください」


力も子供並みのようで、不意の一撃以外そこまで痛くない

抗議の小突きを受けながら、私は九重准教授を抱きかかえて清宮教授が待つ研究室へと向かっていった


ちなみに、私がふと抱いた疑問の答えを知るのはこの二年半後・・・いや、三年後ぐらいの事になる


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「・・・おい、あれ」

「マジ幼児だな九重准教授」


「・・・・」


すれ違いざまに、声がする

けれどいつもの私の容姿をからかうような言葉ではなかった

人をタクシー扱いして読書を続ける九重准教授に、周囲の人の言葉は向けられていた

けれど、本人はいつものことと言わんばかりに、無心に読書を続けていた


「生徒に運ばせるのは初じゃね?」

「体力ないもんな・・・」

「敷地広すぎて、移動だけで息切らしているらしいぞ」

「それはやべえよ。二十三だろ、あの人」


「え、二十三なんですか!?」

「ああ。そうだけど」

「大学は。それに向こうの研究所にいた時って・・・!」

「向こうで飛び級。ハリス先生に面倒見てもらってな」


お姉ちゃんと一緒の研究所にいた時、そして腕の中のお喋り花を作った時は・・・十七歳ぐらいということになるだろう

・・・まだ、子供じゃないか

それに、彼が口にした人物の名前・・・ハリス先生


「アメリカのハリス先生といえば・・・植物学者のハリス・アーデンフィルトさん?青いバラの量産に成功した・・・」

「ああ。俺も少し手を貸したけど、ハリス・アーデンフィルトは俺の師で間違いないぞ」

「・・・そんな凄い人と、凄い関わりが」

「父さんの伝手だ。詳しくは知らん」


彼はそう言って再び読書に戻る

会話がなくなったことで、私は周囲の声に耳を傾けることしかなかった


「講義は面白いけど、板書が致命的なんだよなあ」

「身長足りてねえもんな」

「むしろあの身長でも普通に書ける黒板なんて小学校にある黒板ぐらいだろ」


ケラケラと笑う声がするが、その会話の中に私に向けての声は一切ない

すべて彼だけに向けられていた


「あの、周りの人の声・・・」

「気にすることはないだろう。低能共の妬みなんぞ聞いているだけで無駄だ」

「なぜ、そんなにも割り切れるんですか。身長の事とか、気にしていなんですか?」

「キニシテ、ノビルモンジャネーヨ!」

「ああ、そうですね。そうですかね?」


彼ではなくお喋り花の方から意見が述べられる

確かに、そうだけど・・・


「お前は羨ましいな。大きくて」

「全然だって言ってるでしょう!?私だって好き好んで・・・」

「好き好んで俺もこの身体ではない」

「え」

「さっき、同じことを言ったのだが・・・聞いていなかったな。流石、穂希の妹だ。人の話を聞かないところはそっくりだな」


本を閉じて、鞄の中に収納し・・・お喋り花をしっかりと抱きかかえる


「諦めたさ。小さいままが、俺だとな」

「・・・そう簡単に諦められるのものなんですか。諦めが早いということは、本当に欲しているわけではないんですか」

「・・・何が言いたい」

「・・・ミナミ?」

「別に、何も?」


にこやかに対応するが、双方ともに内心は穏やかではない

互いに怒りを込めた笑みを浮かべながら清宮教授の元への足取りを急いだ


「薫―、私の荷物の中に薫のペンがーげげえ・・・三波兄さんと一緒にいるぅ・・・」

「清志兄さんが志貴さんにやったこと知った時と同じ顔してるな・・・」

「・・・ブチギレ通り越して、ヤバい状態かな。薫、何もなければいいけど」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「やあ、三波君。六平坂さんもこんにちは」

「こんにちは、清宮教授」

「・・・お疲れ様です。先生」


丸々とした体格で駆け寄ってきた清宮元吾氏は、私たちの到着をにこやかに迎えてくれる

その穏やかな空気は、怒気を孕んでいた彼の心を少しだけほぐしてくれたようで睨みつけるのをやめてくれた

もっとも、清宮教授に見せたくなかったからかもしれないけれど


「おや、三波君。六平坂さんに運んでもらったのかい?」

「少しでも楽をしたかったので」


腕からひょいっと降りた彼は、白衣を直しながら清宮先生の問いに答える


「食堂から遠いもんねー。三波君、前は妹さんお手製の弁当だったのに、なんで食堂?」

「料理担当の妹が今年高校に入学したもので。今まで弁当作ってもらっていた俺、桜、双馬兄さん・・・全員外食にしたんです。音羽が勉強に集中できるように」

「確か栖鳳西に合格したんだっけ。凄いよねえ」


このあたりじゃトップクラスの進学率を誇る公立校だ

流石九重家、なのかな。妹さんも頭がいいらしい


「ええ。自慢の妹です」


兄妹のことを褒められたら素直に笑えるんだ

・・・なんだか意外だ


「三波君」

「はい」

「今日君を呼んだのは、君の助手を決めようと思っていたからなんだけど、いい助手さんを既に見つけているようだね」

「は?」

「しかも僕が推薦しようと思った子!早速仲良しになっていてくれて嬉しいよ。ね、六平坂さん!」

「・・・はい?」


二人揃って一言しか声が出なかった

清宮教授の言っている意味が全く分からなかったからだ


「凸凹コンビだけど、いい感じに互いの欠点を補えるいいコンビだと思うよ!これから頑張ってね!三波君は意外と行動力高いから!」

「「ええ・・・?」」


あっけに取られている間に、気が付けば清宮教授はいなくなっていた

二人揃って顔を見合わせて、首をひねる


「・・・お前が俺の助手?ふざけているのか?」

「私、なんでよりにもよって・・・この人の助手なんか」


しかし、二人揃って心の中でこう思う

清宮先生を裏切れないなと


「・・・強引なところがあると思っていたが、まさかここまでとは」

「それでも、裏切れませんよね。色々と」

「・・・しばらくは面倒見てやる」

「私が面倒見るんですよ」

「・・・言わせておけば。まあいいだろう。これから長い付き合いになりそうだからな。長期間姑息な手段でいびり倒してやろう。でかいの」

「・・・それはこちらの台詞です。やられたらしっかりやり返して差し上げますよ・・・おちびさん!」


互いのコンプレックスを口に出し、感情を隠さずに睨みあう

これが、二年前の私と准教授の最悪と言っても過言ではない出会いであり、私が彼の助手になる経緯である


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


そして時は流れて、二年後の事になる

あれから、清宮教授が学生を助手に推薦したのは、勉学以外の事も経験させてやりたいという心遣いだったということだけはわかった


三波さんなら特に、側にいるだけで学ぶことが多いだろうということらしい

同じ学部の子からは凄く羨ましがられた

彼の手伝いは面倒なことも多いけど、何より彼の研究は見ているだけで面白い

今日も私は彼の手伝いに勤しんでいた


「薫、あれ取ってくれ、あれあれ」

「ハサミですね。はい、どうぞ」

「ありがと」

「アレデ、ツウジンノカ!」


ハサミを手渡すために彼の隣にしゃがんで、その後の作業を見守る

大学敷地内にある温室

そこを使用して、三波さん・・・もとい、九重准教授は新しい花を作ろうと日々実験の毎日を過ごしていました


「薫、ほら。綺麗な色だろう?」

「綺麗なチューリップですねえ。けど、これ・・・見たことない色ですね」

「ああ。新しく灰色が出るようにしてみたんだ。白よりはくすんでいるが、これはこれでいいものだろう?」


すんなりと告げられた事実に頭を抱えそうになるが、相手は品種改良で無限種やお喋り花を生み出した男だ

それに比べたらさほど凄くはない・・・という感じなのだろう

自分がどれほど凄いことに手を出しているのか、本当に理解していただきたい


「・・・新種ということは、大発見では?」

「まだ世間には隠すさ。実験段階だし、表立って公開できるものじゃない」


そう言って、彼は灰色のチューリップを近くに置いていたバケツの中に生ける

後で花瓶に入れ替えるのだろう。いい感じの花瓶はまだ余っていただろうか

二年前はすぐに辞めてやると思っていたこの助手という仕事は・・・なんだかんだで、私はまだ務めている

凸凹コンビとまとめて呼ばれるようになったが、悪い気はしない

全くもってその通りなのだから


かつてはとんでもない人と組まされたと思っていたが・・・

互いの欠点を補いあえるいい人に巡り合えた、と今は思っている

まあ、時たま悪戯されるけど、それも初期に比べたら可愛げのあるものだ


「薫」

「なんですか?」

「次は何が見たい?どんな難題でも叶えてやるぞ?」

「そうですね。次は、三波さんの好きなカスミソウがいいですね。花の大きさを変えるとかどうでしょうか?」


次の提案をしてみると、なんだかいつも以上に不機嫌な表情で私を睨んでいた

そして私は自分の失言に時間差で気が付く


「あ」

「・・・少なくとも学内で名前を呼ぶな、馬鹿」

「すみません。九重准教授」

「いいだろう。今は温室だからな。特別に許してやろう」


彼は先に立ちあがって私を見下ろす


「ほら、薫。次に行くぞ。今日もきびきび働いてもらうからな」

「はい。でもその前に一つ」

「一つ?」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「三波兄さん。今日お弁当忘れていったでしょー。音羽が半泣きだったよ」


温室に志夏の声がする

鍵が開いたということは、清宮先生から鍵を預かってきたのだろう


温室は一応新種の温床なので、セキュリティは厳重になっている

清宮先生と三波さんの虹彩認証の鍵と、予備のカードキーしか温室に入る方法はない


「清宮先生に居場所聞いたら薫と音質にいるって。カードキー借りたんだよね。後で返しておい、て・・・・」


茂みが揺れる音がする

きっと志夏がこれを見て、とっさに隠れたのだろう


「・・・薫」

「なんでしょう?」

「今日の昼ごはんは、カステラか?凄く甘かったのだが」

「はい。軽くつまみました」

「しっかり食えよ馬鹿。大きくなれとは言わんから、健康には気を遣え」

「はい。三波さん」

「だからぁ・・・ん。志夏か?」

「・・・バレてた?」


茂みから気まずそうな顔をした志夏が出てくる

けれど、三波さんは睨むことなく・・・いたのか、と言うような表情で妹の来訪を迎えた


「いつの間に入ってきていたんだな。どうしたんだ?」

「・・・バレてない」

「ん?」

「ううん。なんでも。お弁当、忘れていたみたいだから届けに来た」

「音羽に今日はいらないって伝えていたはずなんだがな・・・丁度いいや。薫に恵んでおいてくれ。俺、今から清宮先生のところ行くから」

「あ、そしたらカードキーを返しておいてよ」

「ん。じゃあ後は頼んだぞ。薫、志夏」


白衣をはためかせて歩いていく

その後ろをお喋り花が鉢ごと撥ねながらついて・・・え、これどういうこと?


「え」

「オイ、ミナミ、オイテクナ!」

「え、お前移動できるの?」

「ハネル、テイド、ナラ!」

「植木鉢、プラ製に変えて・・・衝撃吸収材つけてやろうか?」

「カイリョー、ウレシー」

「じゃあ、今度の休みにでもな」

「ヤッター!」


お喋り花は高く飛んで、三波さんの腕の中に納まる

・・・羨ましいとは口には出せないけど、その光景は微笑ましい


「・・・ねえ、薫」

「なにかな。志夏」

「・・・私、いつか薫の妹になるのかな」

「そう遠くないかもよ?」

「ええ・・・・なんでよりによって三波兄さんなんだよぉ・・・」


志夏の嘆きを聞きながら、私は彼の後姿を見送る


これは、あのゲームに閉じ込められる少し前

この数日後に、幾多の人々を巻き込んだ事件が起きるなんて、露ほどにも思っていなかった春の日の昼下がりの事だった

「これにて、観測終了だね。お疲れ様」

僕は記録をまとめて、封筒の中にいれる

そして提出用にまとめたそれを、あの子が受け取りに来るのを静かに待った

けれど今日はなかなか来ない。締め切りに遅れたせいかな。怒っているのかも

「二人の今後は、本編の方だね。こちらは割と早くお届けできるんじゃないかな」

多分、だけどね。年末はどうやら忙しいらしい

「暇が欲しいよ。それと丈夫な体。休業時代に戻してほしいぐらいだ」

「さて、愚痴はそろそろおしまいにして。今回の補足だね」

始まる前に取り出した定規を再び向ける

「ものさしというのは、ものの長さを測るものだね。では定規とは?」

竹でできたものさしを向ける

端からメモリが付いたそれは、置く位置を調整しなくとも長さが測れそうだ

「定規も役割はほとんど一緒だけど、ものさしとは少し異なる役割があるんだ」

「直線を引いたり、ものを切る時に添えるのは、定規じゃないかな」

今度は透明な定規を向ける

その目の前には、いつもの「あの子」だ

「観測記録取りに来たの?」

「はい。ゆず・・・椎名さん」

「・・・昔みたいに名前で呼んでいいのに」

「規則なので。観測記録は頂いていきます。それでは」

あの子は速足で去っていく。少しぼろを出してくれたので確信した。あの子は間違いなく・・・彼女だ

今はまだ、彼女の正体を追求するときではないだろう

「さて、最後のまとめをしよう」

「ものさしが示すのは、薫さんと三波さんの身長の事だね。足りるものさしもあるけれど、ここでは三十センチとするから、ものさし以上の身長差ということになるね」

「では、定規は何を示しているのか?」

「先ほども言ったけど、添えて使う物・・・だと僕は思っているよ」

「二人が添う距離は定規では測れない。だから未満だね」

志夏さん。案外君のお姉さんが増えるのは近いのかもしれないね

「さて、この観測記録はおしまいだよ」

十二月は大判振る舞いをしたいと考えている

予定にはない観測記録の予定も、ここで少し行おう

「十二月八日に、早瀬冬夜の観測記録を。家出中の彼方さんと過ごす誕生日のお話らしいね」

「十二月十五日に、有栖川明の観測記録。透さんと陽輝にクリスマスプレゼントを選ぶ明さんのお話」

明って誰?そうなるよねえ・・・まあ、少し待っていてくれよ。明日ぐらいにはいい知らせができそうだからさ

「十二月二十五日に、黒傘雨葉の観測記録。一月さんと雨葉さんの廃棄区域時代のお話らしいね。クリスマスらしい話になるのかな」

「そして、十二月三十一日に、アイリス・トーレインの観測記録。あの国にも大晦日と年越しの概念はあるらしい。なんだか特別なことをするらしいね。え、二十七歳のエドガーさん?どういうことかな・・・?」

「最後に、連続になるけど一月一日に夜ノ森小影の観測記録。こちらはすごーーーーーく、重大なネタバレが出るから、今月は雪季君と拓実さん書き上げて、小影君の秘密を明らかにしないとダメみたい。頑張らないとだね」

今月は観測記録祭りになる

今まで動けなかった分、色々なものをお届けできればと思う

・・・手伝えはしないけど、今度こそ頑張りなよ?自分でやるって言ったんだからさ

あまり待たせるのも、よくないからね

「それでは、次は八日に会おう。またね!」

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