観測記録24:神楽坂小陽編「遠き春の茶会」
十年前、私はクルーズ船のハイジャック事件に巻き込まれました。
その事件の首謀者達は、将来世界を動かす家の子供達を排除するための行動をしていたらしいです。
しかし、彼らを潰すための計画にしては非常に杜撰な代物で…。
「具体的に世界を壊すって何?あまりにも抽象的すぎるよね。それに世界を動かしかねない家の子供を消したところで、大体は親が生きているというのに何を考えているんだい?この不利益な戦闘を仕掛けた理由は?僕は詳細な説明と計画を要求するよ。面白かったら…まあ、残念ながら僕は減刑が行えるような「子供」ではないから…ここに大人が来るまでの暇つぶしに付き合いなよ、お兄さん?」
「冬月と椎名を潰したところで対した利益は得られないと思うのだけれど…貴方達が私達を襲撃し、得ようとした利益というのは如何なる物なのかしら。少なくとも椎名は血が絶えるけれど…うちはまだお父様がいるわよ?それに財閥形態にこだわらなければ会社を任せられる優秀な人材を山ほど抱えているのだから、冬月が潰えることはないわ。で、もう一度聞くけれどこの戦闘に対する利益、何が存在しているの?「子供」の私にはわからないから、教えて頂戴、お姉さん?」
…私と一緒に「標的」として巻き込まれた二人は、あっという間に事態を収拾した後、呑気に紅茶をしばきながら犯人グループに尋問を仕掛けていたっけ。
「神楽坂さん」
「ひゃっ!はい!なんでしょう、椎名さん…」
「同じ被害者なんだから、君もこのおも…捕虜と一緒に遊ぼうよ」
「今おもちゃと言いかけましたよね!?」
「今なら魔法が使えるからね。こいつら、カタツムリとかにできるから…屈辱的な姿にするのは君次第だよ!」
「そんなことしませんから!それになぜチョイスがカタツムリなんですか!?」
「エスカルゴ、食べたくなさそうだったから…嫌いなのかと」
「確かに食指は動きませんが、カタツムリは見る分には好きです!せめてナメクジにしてください!あれは普通に気持ち悪いので!」
「そういえば、カタツムリとナメクジの違いって何かしら」
「殻の有無だよ、彼方さん」
「あら、そうなの。それぐらいなのね…」
「椎名さんも冬月さんも、先程まで襲われていた事実を噛みしめていただけませんか…?」
「過去を回顧したところで何も変わらないYO!」
「未来に生きろ!未知を駆けろ!見果てぬ夢を見ろ!いぇー!」
「下手くそなラップ聞かせんじゃねーですよ!」
私より一つ年上な二人は、こんな環境でも当たり前の様にくつろいで、はしゃいで…私を引っかき回した。
この後、私は知る事になるのだが…。
椎名さんが「鈴海」という能力者が住まう土地を作り上げた創始の一族の生き残りであり、こういういざこざが当たり前の環境にいた「魔法使い」こと椎名譲で。
冬月さんが「永海」という海辺の街を繁栄させた一族の出身であり、お飾りな私とは違い「ちゃんとした総帥」こと冬月彼方であったことを。
二人とも有名人だった。姿は見たことがなくても、名前は聞いたことがある程の存在。
そんな有名人二人と共に襲撃された、本当に襲撃された理由が分からない存在だろう。
冬月に大きく遅れを取って…没落寸前の神楽坂家唯一の跡取り…それが私「神楽坂小陽」
二人に比べたら、全然狙われる価値もないような私ですけど…まあ、毒を盛られても無効化されるし、身体が硬いせいで銃弾とか貫通しない特殊体質。
何かあって成り上がった未来を想定し、消しておきたい気持ちがあったのだろう。
そんなことしなくたって、いつかは勝手に死んでいますよ。
私を消したい人間は沢山いるのですから。いつか誰かが成功しますよ。
この二人ならともかく…成り上がるだなんてそんな未来、私にあるわけないのです。
誰かがやるのを待っていればよかったのに…本当に、ご苦労様です。
◇◇
さて、あの時から十年の時が経過しました。
私は二十三歳になれまして、こうして過去を回顧する立場になりました。
確かにそうですね。椎名さん。
過去を回顧したとしても、何も変わることはありません。
貴方の死も、不変の事実として突きつけられましたね。
まさか貴方程の魔法使いが、戦場で死んでしまうとは考えてもいませんでした。
死ぬ時はそう。こんな優しい光が差し込む病室の中で———と、考えていました。
「…小陽、何を思い出してるの?」
「昔の事ですよ、陽輝。私が十三歳の時の…」
「ああ…椎名のお坊ちゃんと、冬月のお嬢様と巻き込まれたっていう…」
「ええ。その時の話は貴方にもしましたね」
「俺と出会う前の話ね」
「そうでしたね。貴方とはその二年後にお会いしましたね」
「———小陽を殺しにきたんだ」
「ええ。でも、なんやかんやあって…今はこの間柄に落ち着いているでしょう?」
「…まあね」
一回り大きな手を握り、目を閉じる。
野坂陽輝。私が十五歳の時に、私を殺しにやってきた元殺し屋。
今は離れて暮らしていた妹さんと再会し、殺しとは無縁な穏やかな生活を過ごしている。
あの日の事は昨日の事のように思い出せる。
だけど、回顧すべき記憶はそこではない。
「そういえば、彼方さんは何をお持ちになったのでしょうか」
「開けたら?」
「そうですね」
陽輝に促されるようにして、大事な友人から贈られた箱を手に取り…中身を確認する。
その中には茶葉が入っていた。
「ふふっ…」
「どうしたの、小陽」
「いや、彼方さんらしいなと思いまして。やはりお茶です」
「…相変わらずだね。そういえば、茶しばき同盟はまだ続いているの?椎名の坊ちゃん、死んだけど」
「この世にもう居らずとも、あの事件へ共に巻き込まれた私達は一生同盟ですよ。それから、茶しばき同盟なんて変な名称をつけないでください」
「へいへい…で、何が入っているの?茶葉?」
「ええ。これは…ああ、譲さんが夜さんの前で調合させたお茶ですね」
「冬月のところの旦那の前で調合って…」
当時は何とも思わなかった行動も、事実を知れば性格の悪さが滲み出る。
彼がまだ生きていた時代を回顧しよう。
久々に三人集まって、のんびり茶会を過ごす中。
新しい紅茶をブレンドして作れないか…と、話題になった時へ———。
◇◇
「…この集まりも、長いものだね」
「ええ。まさかこうも続く間柄になるとは思わなかったわね」
その年の集まりは冬月家で行われた。
玄関先で譲さんと従者であるピニャさんと合流する。
「や、小陽さん。息災そうだね」
「ええ。譲さんも…。この前、高陽奈で色々とあったそうですね」
「ああ。まだ事後処理に追われているよ」
「貴方ほどの魔法使いが後処理に手こずるとは…」
「部下が盛大にやらかしてくれたものでね。本土の皆々様からはお怒りの言葉を毎日ぶつけられているよ」
「大変ですね…こんなところで油を売っていても?」
「息抜きぐらいさせてくれよ。ああ、ほら、今日の主催がお出ましだ」
「いらしゃい、小陽。譲」
「彼方さん。本日はお招きいただきありがとう」
「これ、心ばかりですが…」
「二人とも、ありがとう。早速案内するわ」
彼方に部屋へ案内される中、数多の使用人が主人の影に潜むように動き回る姿が視界の端に映る。
その光景に、私と野坂さんは静かに目を合わせた。
「…我が家の使用人は俺いれて四人。二百人もいればスパイも紛れ込むでしょうけど、少なくとも屋敷の手入れは行き届きますねぇ、お嬢さん?」
「…すみません」
「早瀬〜。この家、使用人何人いるの」
「ええっと…この屋敷直属だと…現在三百人ですね」
野坂さんが案内役を担う、早瀬冬夜君に声をかけます。
彼は少し悩んだ後、ざっくりとした数字を伝えてくれますが…その数に、私も野坂さんも目を丸くしました。
…全盛期の神楽坂家でも、そんな多くの使用人を雇ったことが無い。
「三百人で二人の世話してんの…?やばくね…?」
「家の維持には必要な人員ですよ。主付きになると…嘉邦様は寺岡さんの指揮の下、二十名が仕えています。彼方様は僕を入れて五名ですね」
「…側付きだけで見ると、うちとどっこいだな」
「主の周りだけでなく、家の維持まで行っているのでしょう…?むしろあの規模の屋敷をよく四人で維持できているものですよ…」
「うちはほら、俺と透と明の元殺し屋三人と一般人で構成されているから。小鳥以外は身体に自信がある奴しかいないから、無限に働けるわけ。俺たちは暇な時。小鳥は基本的に夜遅くまで掃除してる」
「つまり、効率的ではないと?」
「冬月家からみたら、我が家は非効率的な集団の集まりだろうよ…今度動画で一日のルーティン送ってやろうか?」
「他家の事情はあまり知りたくないのですが…」
渋る早瀬さんの前に、野坂さんは何かを差し出します。
…封筒のようですが。何なのでしょうか。
「…すっ」
「なんですか、この封筒は」
「お前も年頃だろう?こういうの、欲しいだろう?」
「下世話は結構です」
「そうか。じゃあこの楠原新菜提供「我が家の簡単お料理レシピ〜子供もにっこりデザート編〜」はいらないな」
「———どうしてそれを!?」
なんと、あの封筒の中身はレシピ本だったのですね。
…下世話なものを想像してしまった自分が情けない。
「しかもサブタイ通り最新巻だ。「夫婦の手抜きレシピ編」「栄養たっぷりお手軽ご飯編」に続く楠原家のお手製レシピ集…写真の監修は勿論、五十里悠真だ…」
「なぜ貴方が発売前のそれを…今度のイベントでの販売予定のはずだ!」
「なぜ彼は発売情報を把握しているんだい?」
「愛読書なの。いつも新刊発売日はイベントに行っているわ」
「そこまで…」
「この前、依頼の品を受け取った時、一緒に頂いた。我が家の家事監修してくれよぉ。冬月彼方の専属執事こと「黄昏」様なら、俺たちの規律を一言で正せるってぇ〜」
「そ、そんなことできません…!」
助けを求めるように、彼は主である彼方さんへ視線を向ける。
しかし彼女は軽く目を伏せたまま。
縋る視線は、届かない。
「冬夜、それを受け取った後…神楽坂家の家事一式の監修を行いなさい」
「また成海さんのスイーツで買収されてる!?」
「彼方さん、それでいいの?総帥の威厳とか」
「あ、椎名さんにはこちらの品を。奥様よりお預かりしています」
「ピニャ、お礼の手紙を書く。送付予定の出産祝いに加え本日のお礼の手配を行ってくれ」
「御意…ですが、主。椎名の当主が市販の紅茶セットで買収されるのはどうかと思います…それから手紙は帰宅してからお書きください」
「はーい」
二人して一般人夫婦に翻弄されてる姿に、笑みより先に呆れが零れる。
楠原夫妻はいい人だと思う。私も家で使用している食器の類を発注する際にお世話になっている。
…しかし、あまりいい噂は聞かない。
噂によると、中学時代から相談役こと九重に懐かれるとか…。
高校時代に冬月の総帥を菓子で買収したとか…。
政府高官の影をしている岩滝家に一目置かれる存在になったとか…。
この前の仕事で、巳芳と卯月の後ろ盾を得て通販事業にも乗り出したとか…。
正直、船で私達を襲った一派は楠原硝子工房を襲撃した方が手っ取り早いと思います。
あの人達が定義している「世界を動かす可能性がある家の子供」…大半が大集合です。
楠原家に危害を出したら少なくとも九重と冬月は人員を動かすでしょう。
…九重は二代目相談役自らが組織する「教室」とかいう私設部隊が厄介と伺っています。
冬月は人海戦術を行える上に料理本で買収できる早瀬さん———「黄昏」が最も厄介でしょうね。
近接戦闘に限りますが…彼は野坂さんを倒せるほどに強いのですから。
ついでに今なら奥様と駄弁りフレンズをしていた椎名家の子息もついてきます。
実力は折り紙付き。能力者だらけの空間で最強と謳われる彼がついてくると思うと、正直頭が痛いです。
彼はどう足掻いても止められませんので…。
…当家もお世話になっていますので、出せる人員は出す所存ですが。
とにかく、船での皆さんが狙っていた子供達は全員楠原成海に手を出すだけで釣れるのですから、狙う場所はここであるべきでした。
もっとも、船の時のように誰も温情は見せることはないでしょうから…無事では済まないでしょうけど…。
「世界を動かす子供達ですか…」
「なあにそれ」
「あの船で襲ってきた一派が狙っていた存在です。どうやら、私も含まれているようで…」
「没落寸前お嬢さんがねぇ…まあ、狙われるだけの価値がある体質だからねぇ。いっそのこと我が家も製薬会社にでも転向したら?お嬢さんの抗体を研究しきれば大金になると思うけど」
「毒が効かないから薬も全て無効化する上に、ナイフどころか勢いよく振り上げられた斧も弾きますし貫…魔法もほぼ無効化する体質に価値があるとお思いですか…?」
「十分大ありでしょ。むしろよくうちの組織に誘拐されなかったね。お嬢さん」
「その組織には姉が誘拐された可能性がありますので…」
「ああ…お嬢さんの双子のお姉さんね。お嬢さんぐらいの年齢の女の子ってゴロゴロいたからなぁ…それに組織の業務的に死んでいる可能性もあるし…」
「そうですか…」
「でも…」
「なんでしょうか?」
野坂さんは私の顔をじっと見た後、時折寂しそうに目を細める。
理由は既に聞かされている。
「…いや、お嬢さんって凪咲にそっくりだからさ。やっぱ関係あるんじゃないかと」
「…噂の結婚まで約束していた生死不明の元カノさんですね。何度も言いますが、私に凪咲という身内はいません。他人の空似です。この話は終わりです。終わりにします。絶対におしまいです。これ以上は何も言いません」
「…凪咲の話題になるとお嬢さん露骨に不機嫌になるよなぁ…」
…私と貴方は仕事関係ではありますが、元カノの話を聞いて面白いと思う程の入れ込みはしていません。
ふてくされながら歩いた先で、やっと目的の部屋に到着する。
今回は屋外ではなく、屋内で行うらしい。
席に案内された私達三人は、背後に控えてお茶の準備を進める使用人三人の話に耳を傾ける。
「あれは乙女心が分かっていない証拠ですよ、野坂さん?」
「流石に元カノの話題はNGだと思います」
「ピニャも早瀬もきびし〜!あ、これもうテーブルに運んでいい?」
「お願いします」
「りょうかーい」
早瀬さんがお茶を準備して、ピニャさんが茶菓子を切り分ける。
野坂さんは…その全ての運搬を担っていた。
手際よく置かれていく茶器はガラス製。
今回の茶会は彼方さんが発注した楠原硝子工房謹製のティーセットで行われるらしい。
透明な層を彩るように、紅茶が注がれていく。
琥珀色が注がれる様子もだが、茶葉がほんの少し踊る様子も全て見ることができる透明な茶器。
…変色も何もありません。匂いも違和感のあるものではない。
早瀬さんのことを信用していないわけではありませんが…嫌な癖ですね。
「今日のお茶は僕が用意させて貰ったよ」
「行きつけの喫茶店のマスターが用意してくださっているものですか?」
「うん。最近は僕のオーダー品を欲しがる人が増えたらしくてね。パッケージ化したものを持たせて貰ったんだ。品名は「ブルバード・ハミング」ノンカフェインで寝る前にも飲みやすい代物だよ。愛飲品さ」
「カフェインを気にせず飲めるのは助かるわね」
「寝る前にも飲めそうです…」
「ミルクティーにしても美味しいらしいよ」
「…」
「…」
「無言でカップを差し出さないよ、彼方ちゃん」
「飲みたいんだね、お嬢さん。ピニャ。淹れて」
「自分の主の分ぐらい自分で淹れては!?」
「俺、上流階級がしばく様なお茶淹れられない…まだ」
「じゃあここで勉強しろ!見せてやるから!」
「ピニャやっさし〜」
「…最近、野坂さんはピニャさんを誘導しているような気さえしているのですが」
「気のせいだぞ、早瀬〜」
この茶会にはルールが無い。
求められる作法もなければ、緊張感なんて皆無。
肩の力を思いっきり抜ける、だらだらとした時間なのだ。
勿論、同行している使用人三人も同じ。どこにでもあるような時間を過ごしている。
「…オリジナルブレンドというのは興味が少なからずあるのだけれど…私でも作れる物なのかしら」
「マスターに連絡しておこうか?僕の紹介なら、引き受けてくれると思うけれど」
「鈴海まで出向く必要があるのは難点ねぇ…リモートは?」
「できない。マスターは魔法で「その人が一番に望んでいるお茶」を作るからね。直接対面する必要があるんだ」
「…こういう話を聞くと、鈴海って本当に特殊な島なんだなと改めて」
「目の前にいるのは魔法使いだよ、小陽さん。何か魔法使ってあげようか?」
「制御リングつけてるんじゃないの〜?」
彼方さんの言うとおり、鈴海の能力者がこの場所———所謂「本土」と呼ばれる土地に入るためには、その能力や魔法を制限するためのリングを身につけなければいけないと聞く。
現に譲さんの腕には制御リングらしき物が身につけられているが…。
「ああ、これ?その気になれば外せるよ?」
「「そんなあっさり」」
「「使用者が緊急事態と認識した時」だけ都合良く能力が使用できる制御リングなんて作れるわけが無いからね」
「どういう作りなのですか?」
「「強力な能力制御暗示を生む能力」と「それの作用を感知して能力の出力を下げる能力」が使用されている代物だよ」
「能力者の能力を元に作成しているのよね。つまり、そのリングと同様のことができる能力者がいるということになるけれど…所在は掴めているのよね?」
「その能力を使用していた藤本真昼と穂宮有馬は…確か、それぞれ四年前と二年前に他界している。現在も過去も…彼らと同じ能力は観測されていない」
「…そう」
「安心するといい。強力な能力者は例外なく長命ではない。君だって———」
「その話はよして頂戴。今は、あの子がいるから」
「…わかったよ」
「…運命はいつでも、気まぐれなものですからね。能力者云々関係無しに、お二人は簡単に死なないでくださいね」
「ごめん。僕二十歳越えられるかどうか怪しいレベルだから。この前の検査悪かったんだよね〜」
「なかなか上手くいかないのよね…無事に二十歳になれそうなだけ十分かしら…」
「…もう少し前向きな言葉が聞きたかったです」
三人揃って、話を区切るように紅茶を飲む。
…なんだろう。わざわざミルクティーにしてもらったのに、味がしない。
暗い話で収まってしまったからだろうか。
「そ、それで…彼方さんはオリジナルブレンドの紅茶を作られるつもりなのでしょうか」
「あ、ああ…そうね。できればやってみたいわよね。自分好みの味を探求するのも楽しそうだわ」
「巳芳の子息が、紅茶工場を買収したという話は有名ですよね。楠原さんのご縁もありますし…」
「…嫌よ。あの家は私の成海さんの個展開催権をかっぱらって行ったもの。あれ以降ずっと目の敵にしてるけれど、巳芳の長男に痛い目を見せられていないのよね…」
「巳芳の実経営は長男の覚氏以外で行っているんだろう?彼をぎゃふんと言わせたいのなら、卯月に手を出さなきゃ。今は卯月の子息の会社にいるんだろう?」
「それはそうだけど…」
「まあ、その卯月の子息は「相談役」…二代目は九重一馬だったかな。彼とは親しい間柄にある。冬月も流石に九重というか、彼の頭を欲する政府の豚共に手を出したくないはずだ」
「そうね。だからこそ下手に喧嘩を売れないのよね…」
彼がいなければ喧嘩を売らなかったのですね…。
本当に、冬月も椎名もスケールのある話をしてきます。
我が家は、私の暗殺云々とライバル企業とのいざこざだけしか話題に上がらないな。
「とにかく、諸々の事情で巳芳の手を借りるのは嫌よ。勿論九重もね」
「そっかぁ…じゃあ鈴海に」
「今は時間が無いのよ。私は今年が大仕事だからね」
「…そういえば。そうだったね。じゃあ、素人ではあるけれど…僕が見様見真似でやってみようか」
「できるんですか?」
「これでも「鈴海一の魔法使い」だからね。まあ、慣れないことだからマスターみたいな事はできないだろうけど頑張るよ。茶葉の調合は…そうだ。冬夜君」
「は、はい!」
「君に任せるよ」
譲さんが彼方さんの欲しいお茶のレシピを魔法で作るらしい。
それを元に早瀬さんが茶葉をブレンドして提供を行う算段らしい。
試飲は私と彼方さん、それからピニャさんが任された。
「じゃあ、早速始めてみようか」
「お願いするわ」
譲さんは周囲に魔力という名の光を舞わせながら、それらを彼方さんの元へ向かわせる。
非能力者である私達にも、何らかの魔法を使用しているのは分かるのだが…何を使っているかは分からない。
「…なるほどねぇ」
「…これで何か分かるの?」
「うん。君の過去と未来を覗き見て、現在「欠けているもの」を見つけ出す」
「欠けているもの、ですか…?」
「例えばそうだな…もう食べられない親の手料理の味とか。もう潰れて久しい店の味とか…時折思い出しては、それを急に欲するだろう?」
「た、確かに…?」
「味覚は常に欠けているものを追い求めると僕は考える。この魔法で探すのはその「欠けているもの」で」
「作る味は「埋め合わせるもの」…でしょうか」
「正解だよ」
譲さんは私の問いに答えてくれた後、魔法の発動を終了させる。
それから軽く思案した後、悪巧みを思いついた子供の様に、にんまりと笑いを浮かべた。
「そうだなぁ。彼方さんに欠けているのは、春のような味だねぇ」
「春って…」
「春は出会いの季節。優しく甘い季節の背後には、別れの苦みも確かに存在している」
「…」
「それを包み込む星明かりの様に瞬く夜空。夜の帳の様に大きく包み込むような優しい味で表現したいものだね。ねえ、冬夜君?」
「…今、準備をしますね」
一瞬、早瀬君の顔が笑っていなかったような気がしたのですが、彼はにっこりと笑みを浮かべたまま準備に取りかかる。
…気のせいだったのかな。
そこから、早瀬君が分量を決めて調合を行い…彼方さんが欲しい味が出るまで私達は試飲を頑張りました。
そうして出来上がったのが冬月家オリジナルブレンド「プロクルノクティス」
命名は譲さん。
「直訳は「遠き夜」だけども僕は「彼方の夜」としての意味合いを持たせているよ〜」と笑いながらつけたその紅茶は、ただの紅茶ではなかった。
その紅茶の名付けと、この日の出来事こそ…「彼の忠告」だと知ったのは、後のお話です。
◇◇
さて、記憶は再び今に。
彼方さんから贈られたプロクルノクティス。その隣には、彼女の夫が選択した茶器が入っていました。
「とう…夜の奴、相変わらずのセンスだね。普段使いしやすい」
「ええ。でも、真っ白というのは、少し味気ないですね」
椎名さんの忠告は、本名を隠していた彼へ対するもの。
プロクルノクティスが完成した年に、彼方さんの周囲には沢山の男性が現れたとかで…執事として身を潜めていた早瀬さんは内心ヒヤヒヤしていたようです。
長年彼女に思いを寄せ続けた彼にとって生きた心地がしない一年は過ぎ、無事に収まる場所へ収まったと伺っています。
その際、さりげなく本名が春岡夜と伝えられました。
今は冬月に吸収された「春岡貿易」…その行方不明となっていた子息であり、彼方さんの婚約者の名前だった気がするのですが…あまりその辺りは考えないようにしましたね。
「それに、しばらくは紅茶は飲めませんね…」
「そうだねぇ。後でお医者さんにいつから飲めるか聞いてみようか」
「はい」
転機の時は常に等しく。
それを乗り越えられなかった彼と、乗り越えた彼女の後に続くように…私も転機が訪れました。
私の体質を狙って何度も暗殺を試みていた製薬会社アルカナム。
陽輝が元々属していた組織との抗争に区切りがつき…今は、こうして…。
「ところで、小陽」
「なんでしょう」
「小陽の腹を貫通させた銃って何?教えて教えて」
「…対戦車ライフルですよ。それも至近距離」
「流石宙音。我が妹も百発百中…兄としては誇らしい…」
「ゼロ距離でやられたらそりゃあ百発百中ですよ…と、いうか陽輝も現役時代は」
「百発百中だが?」
「さも当然と言わんばかりに言わないでください」
「まあ、ナイフは九割になるけど」
「私には刺せなかったからですね」
「本当に、凪咲と似てなければなぁ…取引を持ち込まれる前にサクッと」
「元カノさんの顔には感謝しておかないとですねぇ…色々な意味で」
「あんま怒るなって…」
「怒りますよ。何度言えば分かだだだだだだだだだ…」
「ほらほら、まだ弾摘出したばかりなんだから、動かない動かない」
痛む腹を押さえ、力なくベッドの上に倒れ込む。
麻酔は効かないし、点滴で栄養も無事に摂取できているのかすらわからない。
無事に治るのだろうか。
不安はないと言えば嘘になるけれど…。
「…陽輝は」
「んー?」
「こういうの、しょっちゅうだったのではないですか?」
同じ体質の人が側にいるだけで、そんな不安も少しだけ拭えたら…なんて。
まあ、陽輝の場合は私のようにこんな場所の世話になったことはないでしょうけど。
「あー。俺も効かないもんね、薬の類い」
「…どうしていたんですか?」
「小陽全部見たじゃーん。俺の身体には、傷一つ無いって知ってるでしょ?」
「…まあ。そうですね」
「だから今まで手術とか無縁。身体も丈夫に産んで貰ったし、薬が全く効かなくても、俺が苦労したことはないよ」
「それは羨ましい」
「だろ?」
私の不安を拭うように、手を取り…そっと包み込む。
「大丈夫。小陽も丈夫だから。すぐ治るって」
「その根拠は?」
「根拠はないけど…」
「けど?」
「「野坂陽輝の人生まるごと買い上げる」って元カノの前で宣言した俺の御主人様は、そう簡単にくたばる女じゃないだろう?」
「ええ。罪も罰も全部含めてお買い上げです。貴方こそ、くたばらないでくださいよ」
死線を共にくぐり抜け、これからも人生を一緒に歩く約束をした。
小鳥も、明も、透も…いつもの五人でこれからも仲良く。
だけど、ここから先の人生、何があるかはわからない。
私は神楽坂小陽。
没落寸前神楽坂財閥を立て直し、少数精鋭で再起を図る新米総帥。
未知なる未来を駆け抜けた先は、真っ当である保証なんてどこにもない。
それでも、あの場で死ななかった私に…残された時間はまだまだ長いらしい。
かつての友人の元へ向かうのは、まだ先の話のようです。
貴方が見ることが出来なかった夢を見果てるまで、生き延びてやりますから。
せいぜいそれまで、暇な時をお過ごしくださいな。
おまけ:志半ばの彼は今
これはどこかの物語の、メサティスとかいう街の宿屋。
死後、二番弟子である友江一咲の物語進行をサポートするため、師匠として合流した僕は彼女と共に紅茶を嗜んでいた。
一咲さんの相棒である永羽さんの救助も無事成功し、休息へ。
生前は飲む事が出来なかったカフェイン入りの紅茶。
プロクルノクティス。名付けを担ったとはいえ一度も飲むことが無かったこれを、死後飲む事になるとはどんな縁だろうか。
…割と飲みやすいんだよな。お気に入り。
「べっくちょい!」
「うわ師匠紅茶飲みながらくしゃみしないでよ。私の紅茶に師匠の唾入るじゃん」
「ちゃんと口元押さえたんだけどな!?」
「あんま見てませんでした」
「左様で…」
「てかまた同じ茶葉なんですか?なんかバリエーション無いんですか?」
「あるといえばあるけれど…」
「率直に言いますね。飽きました」
「君は本当に本音で喋るねぇ」
「あんたほどじゃないですよ」
「…嫌味かい?」
「嫌味です。立場を明かせない事情がある「本音で喋れない人間」の揚げ足を取って、こんな命名をする薄汚い師匠には「自分が本音で周囲に向き合わなかったから死んだ」という事実を噛みしめながらこの紅茶を味わってほしいですね」
「性格悪いなぁ」
「あんたほどじゃないですよ」
僕と一咲さんは一時の最中、穏やかな時間を過ごす。
かつてのような上品さはどこにもない。
ただただ、お茶を飲むだけの一時。
「ひょい。もぐ。ひょい。もぐ。もぐ…」
「…ところで、一咲さん」
「なんすか?」
「君のところの隷属対象が机の上に用意した茶菓子をテーブルの下から手を伸ばして貪っているのだけど」
「いいじゃないですか。減るものじゃないですし」
「うちの弟子はいつから引き算ができなくなったんだい?」
「死ぬ直前にはもう足し算引き算どころか呼吸方法も」
「…すみませんでした」
「師匠の謝罪とかレアじゃ〜ん」
「もぐ!ご主人!録音録音!」
「…君達あまり調子に乗らないでね」
これが今の僕にとっての日常。
辿り着く場所にはまだ辿り着けていない。
まだ、夢を見続けている。
後継に星を託す日まで、僕はまだこの暖かな夢の中で弟子達と騒がしい日々を過ごすのだ。
拝啓、未来に辿り着いた友人達へ。
あの日、三人で考えた紅茶の味をやっと知る事が出来ました。
唯一の不満を述べるのであれば———あの日僕だけこの味を楽しめなかったこと。
ただ、それだけです。
君達はこの茶を飲む度に、あの時間を懐かしんでくれるでしょうか。
もう二度と訪れない穏やかな時間ですが、君達がそれ以上に穏やかな時間を過ごし、いつか長い時間をかけて僕と同じ場所にやってきてくれることを、祈っています。




