観測記録23:葉桜光輝編「通信手と忘却の入社試験」(後編)
あの後、俺は「ひとまず適当な部屋に移動しようか…僕の執務室でいいかな?」と、面談の提案をされ、彼の後ろをついて大社の中を歩いて行く
理解の追い付かない思考で、必死に考える
そもそも俺は入社試験の記憶が一切ない
手段を選んでいられない様子だったとか、俺は一体何をしでかしたんだ!?
一体俺は、どうなってしまうのだろうか…
「やっほ〜。日々音さん、江上君。君達、もしかしなくてもうち所属?」
「ええ。私は自由にやりたいので。消去法で貴方の部隊が一番条件に適合だと思いましたの。貴方に従うつもりはありませんので、あしからず」
「俺は、貴方の元で、貴方の側で戦うために来ましたから。ここ以外はあり得ません」
「…今年の合格者も全員第二部隊なんだね。歓迎するよ。入社の手続きを行うから、君達も執務室に入って」
「わかりました…あら」
「げ…」
椎名さんの言葉を聞く限り、今年の合格者はたったの二人
十歳程度の少年と、試験前に出会った気の強そうな金髪女だ
「あら…貴方は」
「…な、なんだよ」
「なかなかいい観察眼をお持ちの上に、面白い能力の使い方をしていましたわね。捨てるのには惜しい…司令の気持ちも理解できますわ。弱いですけど」
「うっ…」
「あの、お怪我は平気ですか?魔物に思いっきり叩きつけられていましたが…」
「俺、そんな滅茶苦茶な目に遭ったのか?」
「ええ。もしかして、記憶が?」
「…入社試験前から今まで記憶が飛んでいるんだ」
「それは、災難ですね。でも、これだけは言わせてください」
「なんだ?」
「ありがとうございました。俺も優梨さんも、貴方がいたから合格できたので」
「は、はあ…」
小学生と思われる年齢の子に心配され、さらには身に覚えがないことに対するお礼
色々なことに疑問を抱きつつ、俺も執務室へ足を踏み入れる
彼が執務室の扉を閉めた瞬間、一緒にいた少女が話を切り出した
「それで、司令。彼も交えて、何をする気で?」
「んー。君達も試験中身を以って体験したと思うけど、彼の観察眼、分析力。何をとっても高水準だったね」
「そうですわね。指示も的確で、てっきり大社側のサポートかと感じましたわ」
「俺も。おかげで魔物の急所がわかって討伐が楽になりました」
「しかし彼は不合格だ。その理由もわかるね」
合格者の二人はなぜか酷く驚いていた
「彼、大社仕込みの人間ではないのですか?」
「うん。彼も君達同様受験者だ」
「確かに、外で道に迷っている風でしたものね…演技ではなかったと」
「演技じゃない。俺は鈴海に来たのも初めてなんだよ」
「「…へ」」
「事前提出資料だと、君は本土の夕暮市在住。後天的に星紋が覚醒したんだねぇ。資料にはいつ覚醒したか書かれていないけれど…」
「一ヶ月前。理由はここで話さないと駄目か?」
「そうだねぇ…せっかくだから二人にも聞いて貰おう。三人とも、椅子に腰掛けて」
椎名さんは俺たちを座るように促した後、魔法で紅茶を用意してくれる
「ありがとうございますわ。いい香りですわね…いいものを使用されているようで」
「ふう、ふう」
「あらあら和夜。ふうふうしないと飲めないお年頃なのですか?」
「い、いいじゃないですか」
「砂糖とミルクは必要ですか?取って参りますわよ」
「…じゃあ、両方ください」
「承りましたわ。司令、茶葉棚に触れますがよろしくて?」
「いいよいいよ。好きなものを取って。ついでに左の棚にお茶菓子のクッキーがあるから二人で食べておきなよ」
「ありがとうございます。和夜、種類がありますからこちらに来て選びましょう?貴方はどれがいいかしら?」
「本当ですか?わあ…どれも美味しそうだなぁ…」
「仲いいな、あいつら」
「今日が初対面だよ、あの二人」
「えっ」
「…和夜、このままお菓子を選んでいるフリをし続けますわよ。疲れたら私に寄りかかっていいですから」
「え?わ、かりました…?」
「さて、葉桜君。僕は君に問うよ。君は一ヶ月前…どうして星紋が覚醒したのかな」
二人がお菓子に夢中になっている今こそ、身の上話をするのにはちょうどいいと思う
ぽつり、ぽつりと思い出すように…あの日のことを話した
「能力者とは無縁。本土でごく普通の暮らしをしていた俺には家族が五人いた」
「いた…」
「あの日は弟の晶の、中学受験の合格発表日で…父さんと母さんは晶と一緒に結果を見に行っていた。その帰りに、両親は事故で亡くなったんだ」
「そうか…晶君は?」
「今も意識不明。晶の治療費は事故を起こした会社が全面的に負担をする手はずになっているし、誓約書もある。だから心配はしていないんだが…問題は俺と妹の葉月」
「…」
「両親は駆け落ちだったらしくて、親戚どころか祖父母にも今後は頼ることができない。だから今後は俺と葉月の二人で頑張っていかないといけない」
「…」
「俺はともかくとして、葉月はまだ小学生。今後、晶みたいに受験をしたいって言い出すこともあるだろうし、あいつは絵が得意なんだ。高陽奈にある芸術科がある高校に進学したいって言い出す可能性もある。それを成すためには金が足りない」
「…そっか。それが君の志望動機であり、星紋が覚醒した理由なんだね」
「ああ。俺の願いは「家族を幸せにする手段を探し出す」もの」
今回は敵の情報を提供したらしいが、それだけじゃない
弱いが伝達システムもあるし、魔力の流れを確認するバイタルチェックの役割も果たすことができる
調べることに特化した星紋だ
「人生設計のルート作成に必要な調べ物から、健康管理にアドバイスを遠隔で行えるように発達した機能…けれど多分、それだけじゃないね。目覚めたばかりだから、まだ使い方が上手くわかっていない」
「そうかもな」
それを、不合格の言い訳にするつもりはないけれど
「さて、俺の身の上話はこれでおしまいだ。それで、これを聞いてどうするつもりなんだよ」
「確かに君は試験では不合格だった。けれどあれは戦う技術を見るものだ。君みたいにサポートに特化した存在はなかなかお目にかかれない。そして…」
椎名さんは魔法で机の上から三枚の紙を運んでくる
ペンと一緒に並べられたそれには「第二部隊入隊届」と書かれていた
「強い能力者は勿論だけど、サポートを的確にこなせる能力者も僕は手放したくないんだ」
「…つまり」
「葉桜君、僕が推薦状を出す。僕の元で特殊戦闘課第二部隊の通信手で働く気はないかい?」
「推薦状って?」
「大社の特殊戦闘課には入社試験を受ける他にもう一つ入社方法が存在している。それがこれ。通称「スカウト制度」」
大社職員の推薦状、事務課による素行調査
得意分野に特化した特別試験
最後に大社上層部の面談を経て合否が判断される仕様
それが大社のスカウト制度
「司令官クラスの推薦状があれば事務課の素行調査は免除される」
「本当、なのか」
「勿論。それに、君は学生だろう?学生の素行調査なんて、能力で何人病院送りにしたかとか、何件大社沙汰になったとか、何件訴えられたとか…それぐらいざっくりしているものだから」
「そんなもの調査されるのか…」
「まあね。でもね、葉桜君。これを受けたら君は今後、命のやりとりを毎日続ける世界に飛び込むことになる」
「……」
「気を抜いたら、どんな凄腕能力者でも死ぬような世界だ。それでも君は飛び込むかい?」
「勿論。それでも俺にはやるべき理由がある」
「じゃあ言い方を変えよう。家族を切り捨てる選択も君にはできるんだよ。それでも君は、家族の為にその身を犠牲にする道を選ぶのかい?」
「ぎせっ…」
「そうじゃないか。君はこれから家族の為に犠牲となり、二人の生活を守るんだろう。僕が言っていることは、間違っているかな?」
椎名さんの顔は全く笑っていない
しかし、なんだろうか。彼の言葉に悪意はない
…これは試されているのかもしれないな
ここは舐められるような真似はできない
「間違っている…俺は、犠牲になるつもりはない」
提示された資料に自分の名前を書き殴る
そしてそれを突きつけて
「家族を支えるのはお兄ちゃんとして当然の義務なんだよ。犠牲もクソもあるか!」
「君自身の幸福は、どうでもいいのかい…?僕が聞きたいのは、兄の義務とかそういうのじゃなくて、それなんだけども」
「…へ」
「ごめんよ、言葉が足りなかった。まあ君がどうでもいいとか言おうとも、僕が推薦するから君は僕の部隊へ所属して貰うことになる。僕は責任持って家族全員と君が人並みの幸福を掴めるように面倒を見るから安心して前を任せてくれたらいいよ」
「…は、はい」
「でもいい啖呵だったよ。ここまで気が強い子であれば、僕の部隊でも問題なくやっていける。入社前にそれが見られてよかったよ」
「…なめた口をきいて申し訳ありません」
「謝る必要はないよ。殺人未遂よりマシだから。君の行動なんて可愛いものさ」
今までスカウトしてきた奴に殺されかけたこともあるらしい
命と隣り合わせか
…俺が前線に出ることがあるかどうかはわからないけれど、少なくとも
「話は終わりました?」
「終わったなら皆でお菓子を食べませんか?まあ、司令の、お菓子ですけど…」
「いいね、江上君。休憩も必要な頃だし、お菓子を食べながらゆっくりしよう」
「和夜とお呼びください。苗字、好きではないんです…だからと言って旧姓で呼んで貰うのも憚られるので」
「旧姓?」
「…旧姓、赤城です。父が死に、母がいなくなった後、妹とはそれぞれ別の親戚に引き取られたので苗字が変わっていますが、俺は」
「…和夜。食べたお菓子は見つかったかい?」
「え、あ…はい。でも」
「ではそれを持ってこちらへ。話は終わったし、三人の入社に関する話をしよう」
旧姓が赤城
それをわざわざ椎名さんに伝える理由ってあったのだろうか
そういえば、数年前に大社でいざこざがあったと聞く
赤城白露。地域密着で住民達の安全を守る鈴海大社特殊戦闘課第三部隊元司令官
そいつが鈴海で七年前に起きた重犯罪…椎名夫妻殺人事件に関係していることが発覚したとか
赤城白露自身も病気で死んでいるから、これ以上の追求はなかったと聞くが…
「…どうしてそんな普通に」
家族の方は、そうでもないらしい
被害者が椎名夫妻ってことは、その間の息子が目の前の司令官になる男なのだろう
江上……赤城白露の忘れ形見である和夜は何のためにここへ、しかも被害者の忘れ形見である椎名さんのところへやってきたんだ?
日々音優梨と江上和夜
これから俺の同期として、この鈴海大社で共に戦い抜くことになる二人にもまた、俺同様に「どうしてもあの試験を受けてここに来なければいけない理由」が存在していた
それを俺が知ることになるのは、もう少し後の話だ
まずは和夜
俺たちが鈴海大社の入社して、一年が経過した頃の話をしよう




