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図書館と観測者のブレイクタイム!  作者: 鳥路
第一章:略奪乙女と愛情の観測記録
3/30

観測記録2:七峰志貴編「調律師のメメント・セレナーデ」

「ハッピーハロウィン!」

世間では十月三十一日

・・・投稿日は一日遅れている?提出日の関係かな。気にしないでいてほしいな

せっかくだし、流れに乗って挨拶をしてみたのだが、どうだろうか

季節や時期、イベントごとなんてもう縁のないような世界で生きている分、なんだか不思議と楽しく感じる

もっとも、生きている時代でも・・・ハロウィンなんてイベントごとに片足を突っ込んだ記憶はないが

「さて、気を取り直して・・・今月の観測記録だね」

本棚から適当に記録を取り出してみる

正直言おう。今月の観測記録は割とイレギュラーだ

「全く、仕事が忙しいって理由の一つにはなるだろうけど・・・もう少しゆとりを持って行動してもらわないと僕の予定にも影響が出るというのに」

珍しく愚痴をこぼしてしまいながら、どの記録を観測するか決めていく

「せっかくだし、今回はハロウィンにちなんだ時間の記録を観測してみようか」

椅子に腰かけて、観測の準備を始める

「今日の観測はある青年が事故に遭う前の、まだ普通に暮らせていた時期の話だね」

最も、彼の境遇はなかなかに酷なものであり、普通に暮らせていた時代にもある悩みがあったようだ

九重深参がいなければ間違いなく潰れていただろう

「さあ、観測を開始しようか!」


十月三十一日

世間一般ではハロウィンと呼ばれる行事が催される日だ

そんなイベント事の日でも、僕の日常は変わりない


朝四時。いつも通りに起床する

深参と暮らし始めて、かなりの時間が経過したが実家で暮らしていた時期の癖はなかなか抜けずにいた

無言のまま布団を抜け出して、洗面所に向かう

いつも通りに顔を洗って目を醒ます

しかし今日は鏡の中の自分と目が合ってしまった


「・・・醜い」


鏡の中に映るのは、半分だけ人の姿をした化け物。七峰志貴だ

十二歳の頃に負ったやけどは、成人してもなお僕に残り続けていた


「・・・あわい


精神的にマズい状況に陥った時に出会った「似たような境遇」の少女が教えてくれたことを思い出し、平常心を取り戻す

そして、棚の中に収納していた化粧道具を手に取る

同時に真新しい包帯も手に取り、体、腕、そして手指に巻いていく

そして、醜いものを化粧で隠して、僕は人に擬態していった


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


朝七時

朝の掃除、洗濯、そして朝食づくりと「今日の為にやるべきこと」を終えた僕は同居人の仕事部屋の扉を叩いた

寝室ではなく、こちらに来た理由はいたって単純

彼はここを寝床にしているからだ。ここに住んで五年ぐらい経つが、彼が寝室の寝具を使って寝た回数なんて片手で足りるほど

それほどまでに、ベッドよりも椅子の方がお気に入りらしい


ディスプレイの灯りで照らされた部屋

光源の役割を果たしているディスプレイが並ぶ机に、彼はいつもと変わらず寝落ち済み


「・・・かずま、そうま。かんべん、してくれ・・・なす、だけはぁ・・・」


自分の片割れである二人の名前を呼びながらうなされている彼こそ、僕の同居人

九重深参は僕の呼びかけでゆっくりと目を開いた


「あれ、志貴?」

「うん。凄い冷や汗だね。茄子に追いかけられる夢でも見ていたの?」

「あ、ああ・・・一馬と双馬が好き嫌いはよくないと茄子を握って追いかけてくる夢だ」


小さい頃から深参は茄子だけが苦手で、大人になっても食べられずにいる

個人的には、一つぐらい好き嫌いがあってもいいと思うのだが・・・九重家だとそれは許されない


九重家は十人・・・今は九人兄妹。深参はその三男

長男の一馬君と次男の双馬君は深参とは三つ子

三つ子のお兄さんたちは、弟妹達の見本になるために色々ときちんとしている

好き嫌いをなくすのもその一環だと聞いた


けれど、そう簡単にいくものではないようで一馬君は豚肉。双馬君は小松菜がどうしてもだめらしい

そんな三つ子は口を揃えてこう言うのだ「豚肉、小松菜、茄子を使った炒め物だけは勘弁してくれ」と


「・・・・・」

「どうしたの、深参。まだ寝ぼけてる?」

「いいや、志貴から甘い匂いがするなって」

「今日はハロウィンだからね。例年通り、児童会の子たちが回ってくる日だからお菓子を作っておいたんだよ」

「もうそんな時期か・・・志貴の作る菓子は美味いって好評なんだぜ。子供たちからも、保護者の人たちからも」

「そう、なんだ」


お菓子を作るのは、趣味であり特技の一つだ

深参以外の人に振る舞うことは、ここに越してくるまで一度もなかった

いつもは、作ったら材料の無駄遣いだと捨てられていたから

こうして美味しいと言って貰えているのも初めてで、心の中が未知の気持ちで満ちていく


「・・・奥様方からも、志貴にお菓子の作り方を教えてほしいって」

「レシピ書いておくから、渡しておいてくれるかな」

「・・・お前に会ってみたいって言う人も何人かいるんだぜ」


話の続きはいつもお決まり。けれど、僕はその提案を拒絶する

会ってみたいけれど、僕の姿を見てどうせ幻滅してしまう

気持ち悪いと、おぞましいと拒絶してくるだろう


「お前、ここに越してから一度も外に出てないだろ?今日は志貴に会いたがっている子供と保護者が来るだけだし、顔を出すだけでもどうだ?」

「・・・嫌だよ。怖いし」

「無理強いはしないが・・・気が乗ったら一緒に行こう」

「無理。嫌。深参と淡以外に僕を受け入れてくれる人なんて・・・いないんだから」

「あ、おい。志貴!」


これ以上話をするのが辛くて、僕は部屋を急ぎ足で出ていく

深参が引き留めようと僕に手を伸ばすが、その手は空振り、虚空をきる


「朝ごはん、用意してるから。今日は一人で食べて。食器は水につけて置いておいてね」

「・・・志貴」


深参の部屋から自分の部屋へ

遮光カーテンのかかった暗い部屋

一寸先すら把握できない暗い部屋の端にある、つい三時間前まで眠っていた布団の中に潜り込んで、僕は時が経つのを待った


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


時刻は十一時になる頃

珍しく家のチャイムを誰かが鳴らす音がした

俺は返事を返しながら玄関の方に向かい鍵を開ける

そこには、ハロウィンらしく仮想をした子供たちが両手を広げて待っていた

そして声を揃えてお決まりの台詞を俺に向かって叫んだ


「トリックオアトリート!」

「ハッピーハロウィン!」


近所の児童会の催し

年々少なくなっているお菓子をあげる役をする家として、俺と志貴が住むこの家も対象になっていた


最初はノリで応募したのだが、お菓子を作ること、誰かの為に何かをすることが志貴の気持ちにも変化を与えてくれたようで、彼に少しずつ笑顔を与えてくれる行事になっていた

悪くないと思い、毎年のように参加を続けていると、気が付けば志貴は近所の子供たちから人気のお菓子を作るお兄さんになっており、小さい世界だが有名人になっていた


「かぼちゃ!」

「かぼちゃ、食べられるようになったのか、さとし?」

「う、うぐ・・・」

「しかもお前バスケットはどこに・・・」


ハロウィンと言えばかぼちゃだと思ったのか、自分が食せないものの名前を高らかに叫んだ智は両腕でお菓子の山を抱えていた

周囲の子供たちのように、籠か袋を持っている様子ではない


「・・・壊した」

「仕方ねえな。ほら、志貴が前に作った籠があるからそれに入れていけ」

「やったぁ!」


玄関先に置いておいた子供でも持てるサイズの籠を智に手渡す

これも志貴が事前に作っているもので、毎年籠を壊したり、袋を破く子がいるから・・・代わりに使って貰えたらと作っているものだ

まさか本当に使われる日が来るとは思っていなかったが


「その代わりお菓子なしな。それがお前のお菓子だ。よかったな、特別だぞ?」

「やっぱり残念!?」

「冗談だ。人数分用意しているから、一人一つ取っていくんだ。横取りしたら志貴が泣くから喧嘩するなよ」


俺の合図で子供たちは志貴が作ったクッキーを取っていく

市販品がいいのかなと思ったこともあったが、志貴の手作りは割と子供たちどころか奥様にも好評なのだ

子供たちの保護者である奥様たちも、なんだかそわそわしていた


「これ、差し入れです。皆さんでどうぞ」


志貴が別口で用意していた奥様達用のお菓子を手渡す

奥様たちは嬉しそうにそれを手に取って揃ってお礼を言ってくれた


「・・・何から何までありがとうね。深参君」

「いえ。これも何もかも志貴がしてくれている事ですから。俺はほとんど何も・・・」

「あのバスケットも志貴君が作ったのよね。作り方教えてほしいわ」

「伝えてみます」


そうは言うが、志貴自身俺以外の誰かと関わることは一切ない

強いて言うなら・・・淡

彼女もまた、志貴と似たような存在らしい


しかし、話を聞く限り彼女は一般家庭に生まれて・・・志貴みたいに家族から存在否定されたりしたわけでもなく、さらには火事に巻き込まれた過去もなければ学校でいじめに遭った経験もないらしい

・・・どこが似たような感じなのだろうか。さっぱりわからない


「ねえ、深参兄ちゃん」

「なんだ、智」

「これ、俺たち皆から志貴兄ちゃんへのプレゼント。渡しておいてくれる?」

「ああ。構わないが・・・」


智から片手で持てるようなサイズの袋を受け取る

・・・今まで智が持っていたんだろうと思うこの袋。どこに入れていたのだろうか


「ありがとう!お願いね!」

「それじゃあ、みんな。そろそろ行きましょうか」

「はーい!」


袋を受け取ったタイミングで、保護者が声をかけて子供たちを先導していく

それに続いて子供たちも俺に手を振りながら去っていった

俺は子供たちに手を振りながら、賑やかな集団が遠ざかるのを見送った

子供たちの姿が見えなくなってから家に入り、鍵を閉める


「・・・これ、なんなんだろうか」


子供たちから受け取った袋を凝視してみる

しかし、中身はわからない。だからと言って無断で開けるわけにはいかないだろう

朝から気まずい空気だが・・・この袋のお陰で話す材料ができたのは幸運だ

俺は袋を志貴に渡すために、そして彼と話すために・・・彼の部屋の扉を叩いた


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


身体が重い


「うぅ・・・・ん?」

「すぅ・・・・・」


どういうこと、なのだろうか

時刻はどうやら昼の三時。あの後、僕は眠ってしまったらしい

しかしなぜ、深参が僕の上で寝息を立てているのだろうか

その手には見覚えのない袋が握られていた


「・・・破けたらどうするのかな」


袋をひょいと掴み、寝相の影響のなさそうな場所に置く

そして、呑気に寝息を立てる親友を起こさずに僕は彼の様子を見守った

整った顔は、夢を見ているのか色々な表情にコロコロと変わる

けれど、深参がみる夢はいつも同じ夢だ


「さ、さくらぁ・・・おまえもおんななんだから、りびんぐできがえるなぁ・・・」

「・・・女の子、か」


羨ましいと思ったことは何度もある。心が女の子だという訳ではない

ただ、もし僕がそうであったならば・・・「深参が望むもの」を与えてあげられたのにと思うことが度々あるのだ


「みなみぃ・・・むかつくからって、かなでいじめんなぁ・・・」

「・・・い、いじめ」


三波君は留学から帰ってきてから、少し荒れている

あまり手を付けない方が身の為だと直感で感じ取っていた


「きよし、わるだくみは、ゆるさねぇからな・・・とくに、むにゃ・・・」

「清志君は悪戯大好きだもんね・・・僕も、よく・・・やられるし。控えてほしいとは思うんだけど、中学生だしもう少ししたら落ち着くかな・・・」

「しなつ、ふたごなんだ。きよし、とめろ・・・」

「無茶じゃない?」


清志君と志夏ちゃんの双子の兄妹は正直何を考えているかわからない

特に、清志君は深参とはあまり良好な関係ではないようでたびたび衝突している

そして、腹いせに僕へ・・・・・

思い出したくないことを思い出し、今すぐにでも吐きたくなるような感情を胸に抱く

僕はそれを、寝息を立てる深参の腕を掴んで必死に抑え込んだ

自分に大丈夫だと言い聞かせて息を整える

本当なら、清志君に何をされたのか深参に伝えなきゃいけないのに、自分の汚い部分を彼に出したくなくて黙り込んでしまった

それが、のちに僕の人生を大きく分岐させる選択とは、この時の僕は思っていなかった

思い出したくないことを忘れるように、深参の寝言の続きを聞いていく


「おとはぁ、にいちゃんは、おいしいごはんがだいすきだぁ・・・」

「・・・僕だって美味しいご飯は作れるよ」

「かなで・・・そうまのいうこと、きけって」

「・・・いいなぁお兄ちゃん。そういうの、憧れるな」

「つかさぁ・・・なくのが、しごとだよなぁ・・・」


深参が見る夢は、いつもきまって家族の夢だ

それは彼が抱く理想の夢でもあった

両親が思い描いて手に入れた、家族のように自分も暖かい家庭を築きたい

それが、彼の夢だった


「・・・いいなぁ。いつか、深参と夢を叶えられる人は」


羨ましがることしかできない。欲しいものは手に入らない

深参は同情で僕の側にいるだけだ。親友だから、放っておけないから、自分が見捨てたら僕がどこかへ行ってしまうかもしれないからという不安を抱くから

いつか、深参はどこかへ行ってしまう。僕ではない誰かと、夢を叶えるだろう


引く手数多だということはわかっている。深参自身が、食事に誘われたとか色々教えてくれるから


どうして、僕は深参と同じなのだろうか

どうして、僕では彼の夢を叶えてあげられないのだろうか


いつかの瞬間を想像する

その瞬間は、本来なら喜ばしいことなのだが

僕は素直に喜ぶどころか、そう見せかける演技をする自信すらなかった

むしろ、憎悪を押さえきれるかどうか不安になるほど


今では少しずつ受け入れられるようになった同性へと向ける感情を抱いた

けれど僕は伝えられない。なんせ穢れているから

彼の何も知らないままの寝顔を指先でなぞる


僕の深参

薄色で今すぐにでも消えそうな僕に、生きるための理由に「深み」をくれる存在

彼のすべてが誰かの物になったら、きっと僕は消えるしかないだろう

そんな日が来なければいいのに、と思いながら僕は再び目を閉じた

こんな身体でも生きていたいから。深参とまだ一緒にいたいから

この夢が、醒めませんようにと願いながら、現実から目を逸らした


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


うっかり眠っていたようで、気だるい体を起こして状況を把握する

持っていたはずの袋がどこにもない

周囲を見渡すと、枕元にそれは置かれていた


「・・・志貴。起きたのかな」

「・・・呼んだ?」

「ああ。起きていたのか。おはよう。よく眠っていたな」


寝ていた割には覚醒しきっている様子で志貴は俺に接してくれる


「深参もね。で、なんでここにいたの?」

「あ、ああ・・・これをお前に。子供たちからだ」


やっと智から預かった袋を志貴に手渡せた

志貴は恐る恐るそれを開く

俺も中身が気になってその様子を覗き込むと・・・袋の中には種が入っていた


「・・・見覚えがない種、だね。何が育つんだろう」

「・・・三波に調べてもらおうか?」

「お願いしてもいいかな」


志貴は袋の口を閉めて、俺にそれを手渡してくれる


「・・・今度、お礼をしないとだね」

「お菓子のお礼だから、必要ないとは思うけどな」

「じゃあ、さらにおいしいお菓子を作れるように頑張らないといけないね」

「それがいいよ」


志貴の頭を撫でる

ふわふわな髪。けれどところどころ生えていない部分が存在する

頭も少しでこぼこ、正直言って撫で心地がいいものではない

しかし、志貴はとても嬉しそうに目を細めてそれを享受する


「加減はどうですか?」

「問題ありません。もっと、欲しいな」

「はいはい」


彼の頭を撫でながら、三波に連絡を取る

種の鑑定を頼みたい・・・と

返答は意外と早く「ゲーム内アイテムの回収」と「庭の整備一週間」と送られてきた

いつも通りの報酬でなんだか安堵さえも覚える

むしろそれでいいのか弟よ


「三波君、だっけ。返事が来たの?」

「ああ。ゲーム内アイテムと庭の整備一週間と交換らしい」

「じゃあ、頑張らないといけないかもね。僕の頼み事でもあるんだから、全力で協力するよ」


志貴がやる気になって「A-LIFE」を耳に装着する

俺もそれに倣って、耳につけていたそれの電源を入れる


ドリーミング・プラネット

三波が要求するゲーム内アイテムはこのゲームのハロウィン限定アイテム「カボチャ」のことだろう

期日は今日まで。必死にやらないと三波の機嫌を損ねて種を捨てられかねない


「頼めるか、シキ?」

「勿論。君と二人なら、どこまでも。どんなことでもできるよ。フカミ」


撫でていた手を、彼の方へのばす

伸ばした手は、包帯に包まれた志貴の手がおそるおそるつかみ取ってくれた


「行こうか。夢の世界へ」

「また、だけどね」

「ああ。なんだか今日は寝てばかりだ」

「そんな日もあるよ」


志貴が小さく笑う


最近、志貴は淡に会うために外出をするようになった

彼女と会うようになってから、志貴の表情の変化は大きなものだった

そして何よりも、外出を泣いて拒絶するような志貴が、自分から外出するようになったのは大きな進歩・・・・なのだが、俺の心境は喜ぶべきことも素直に喜べなかった


淡と俺の手が及ばないような遠いどこかに行ってしまうのではないかと思ってしまった

もし、出ていったきり戻ってこなかったらどうしようと思ってしまった

同時に、このまま志貴が過去から進めなければ俺とこのまま一緒にいてくれるのではないかと思ったことがあった


とても酷い醜い感情

なかったことにして、いつも通り志貴に接し続ける

何もない俺に目的という名の「色」を与えてくれる志貴

彼の前ではどうしても一番いい自分でいたかった。綺麗なままでいたかった

その理由はわからないけれど、志貴の前では優しい俺でいたかった

こんな自分を、見せたくなかった


「じゃあ、志貴。いつも通り行こうか」

「うん」


二人、息を合わせて夢に誘われる言葉を出す

「「コネクト!」」


意識は再び夢の中。今度は作り物のセカイ

五年後、俺たちを隔離するセカイを二人で歩いていく


いつも通り平常心を作り上げる


もしもここで俺が、志貴に自分を見せることができていたらあの日の結末は変えられただろうか

志貴が隠している事に気が付いて、それでもなお彼を受け入れて「綺麗」だと言ってあげられたら何か変えられただろうか

愛情を渇望する彼に、素直に「愛している」と伝えることができたら、今も志貴は俺の側で笑ってくれていただろうか

それは、誰にもわからない


セカイに意識が繋がれる

目の前にいるのは、顔にやけどを負った志貴ではない

司祭服を身にまとって、大鎌を抱えるシキ

朗らかな笑みを浮かべる志貴

小さい頃から俺は、その顔に浮かぶ表情kの数々が好きだ

例え、半分が火傷の痕が残っていても、俺は・・・


「行こう、フカミ」

「ああ。行こうか。シキ」


志貴の声で、俺の意識はこのセカイに固定される

余計なことを考えている場合ではない

透明の短剣を展開させて、俺と志貴は三波の依頼をこなすためにフィールドへ駆けていく


その時の俺たちは、これがこれからも変わらない日常だと思っていた


けれど、この半年後

俺たちの日常はあっけなく崩れ落ちることになるのだが、それは別の話だ

「・・・観測、終わりだね」

記録を書き終えて、僕は一度だけ背伸びをする

「九重深参は家族を欲した。七峰志貴は誰かから愛されることを望んだ」

製本して、使いの人間に記録を手渡す

そして、僕は部屋を歩いて頭の中を整理していった

「二人の利害は一致しているけれど、希望を叶えることはできなかった」

なんせ二人は男だから

互いに家族になることはできる。愛されることはできる

けれど、その先には進めない。何かを残すことはできないのだ

「この時に貰った種が、志貴にある事をさせるきっかけになるんだけど、それは本編で、ってなるかな」

歩みを止めて、天井を見上げる

果てまで暗闇につつまれ、星の光すら見えない先

未来はまだ決まっていない。どうなるかはまだ、お楽しみだ

「そういえば、彼はピアノが弾けるらしいよ。ただ指を怪我しているから昔のように弾けはしないらしいけど、深参よりは上手みたいだね。調律師という職だし、楽器は一通り弾けるみたい」

再び椅子に腰かける

最後のまとめだ

「二人の思い出はまだまだあるよ。ちなみにこれは志貴の観測記録だからいつか深参の記録も作ってあげたいね」

2人の出会いの話も、深参が音楽の道を志すきっかけも、本編になると思う

そうなると、五年間の介護生活かもしれない

予定は変わるかもしれないから、彼の観測記録が来る日まで気長に待とうと思う

「それじゃあ、今日はここまでだね」

あれ、どうしたのかな。不思議そうな顔をして

「結局、メメント・セレナーデとはって?」

「そうだなぁ・・・僕自身もよくわからないんだけどメメントって思い出の種って意味があるらしいよ。あとは思い出して、とか」

「セレナーデは小夜曲だね。恋人に送る曲でもあるようだね」

「・・・いつか、その意味がわかる日が来るかもよ。気長に待つしかないかな」

そろそろ箱庭の方が騒がしくなってきた

向こうもそろそろ動かさないと、待っている人の為に

「観測記録の次回は薫さん。近いうちに会えると思うよ。それじゃあ、またね」

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